いのちおり - 本来の自分に還るために

人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

タグ:生き方

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令和元年5月1日、即位後朝見の儀の天皇陛下の初のおことばがありました。

即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば(令和元年5月1日)

日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。
この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い御み心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽に励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。  天皇陛下のおことば


私はこれを聞いた時、「象徴としての天皇とは?」と改めて思いました。
なぜなら、天皇陛下のおことばにその思いを見たからです。

象徴としての天皇とはどうあるべきか、具体的には決まってませんが、
おことばにあるように、上皇陛下と上皇后はまさに象徴としての生き方を体現されていました。

以前、天皇は「現人神」、つまり「この世に人間の姿で現れた神」でした。
明治憲法には「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とあります。

今は「象徴」です。
憲法第一条には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、
この地位は、主権の在する日本国民の総意に基く」とあります。

政治的な権力を持たないという意味も暗に含まれているでしょうが、
今回の天皇陛下のおことばには、象徴として生きる場合だけでなく、
「人としてのあり方」「どう生きるか?」の見本があると感じました。

・自己の研鑽に励む
・世界の平和と国民の幸せを願う
・いかなる時も国民と苦楽を共にする(常に国民を思い,国民に寄り添う)
・その強い御み心を御自身のお姿でお示しになる
・一つ一つのお務めに真摯に取り組む

研鑽(けんさん)は「学問などを深く究めること」です。
「自己の研鑽」となると、「学問などを深く究めるために、自らを磨いていくこと」になります。

自己の研鑽に励み、平和と幸せを願いながら、みんなと苦楽をともにし、
信念を持ち、やるべきことに真摯に取り組み、それらを身を以て表す。

簡単に言えば、「人の見本となれる人」ですね。

天皇は、日本国と日本国民を背負っているという重責がありますので、
一般人の比ではないですので、その覚悟が見てとれます。


以前よりは危険度は増したとは言え、
日本に来る外国人は、この国の安全さに驚きます。

財布や貴重品を落としても警察に届けられる。
自動販売機が壊されないまま町中にある。
災害時にも行儀よく並んでたり、暴動を起こさない、など。


「お天道様が見ている」という考えは今ではあまり通用しないですが、
私が子供の頃などはまだ生きてました。

人が見ていなくてもお天道様が見ている。

悪いことをするのはバチが当たりそうで気が引けました。

今から考えると、これは自分の良心との対話だったと言えます。
めぐりめぐって、自分がしたことは自分に返ってきます。

「自分を律する」とは、自分の中に
「お天道様」のような存在があることなのでしょう。
それが自分の「良心」だとしても。

キリスト教圏では、イエス・キリストがその役割を担っていますね。


昔は、ハレとケの境界がはっきりしていて、
人として超えてはいけない一線(タブー)がありました。

それを超えることは死よりも恐ろしいと思われていました。
つまり、鬼になるのは死よりも怖い、と。

この境界が消えてしまった今は、鬼のようになる人は増えたし、
漫画などでもその手のストーリーはわんさかありますね。

なぜこういう話をするかというと、天皇陛下の象徴としてのあり方が
日本人の「お天道様」になり得るからです。

今回の天皇陛下のおことばは、
言ってみれば「人のために生きる」という宣言です。
天皇たる存在が「民のために尽くす」と言っているようなものです。

上皇陛下と上皇后は象徴としてのそのお姿を見せてくださいました。

今回の天皇の真心のある利他心のお言葉は、ダイレクトに
日本国民の心に響いたのではないでしょうか?

天皇陛下のこのおことばをきいて、
「私もそのように生きていこう」と
心新たにされた方もいらしゃったでしょう。

こういうところは日本のすごいところだなと思います。

これを危ないと危険視する人もいますが、
日本の象徴たる存在がそのような姿勢で物事に取り組めば、国民も感じ取ります。
自分もそのようでありたいと自己の研鑽に励む人もいるでしょう。


また、上皇陛下が在位中、譲位の意思表示されたことは今までとは違う展開でした。

まわりに気を使って同じであろうとしがちな日本人ですが、
天皇が自分の思いをお伝えになられたことは新たな展開です。

「自分のやりたいようにしていいんだ」と
自己主張することを再認識した人もいたでしょう。

この先、天皇皇后両陛下がどのようなお姿を見せてくださるかはわかりません。

もし生きる指針に迷うようなら、生き方の見本として、
国の象徴として生きるお二人の姿を心に留めておくと、
元気が出るのではないでしょうか?

自己の研鑽に励むとともに,常に人のことを思い,人々に寄り添いながら,
倫理にのっとり、自分の責務を果たす

というところでしょうか。

自分がどういうゴール設定をしたらいいかわからなくて困っている人は、
このあり方を自分の仮ゴールにするのもありでしょう。

自分に恥じない自分でありたいです。
私も自己の研鑽に励みます。


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光陰矢の如し。

1月はあっという間に過ぎるでしょう。
ぼやぼやしていると、気づいた時には月末です。

「あら、今月、私は何をしていたのだろう?」
と思ってしまいます。

時間は貴重です。
お金より貴重です。

お金がなくてもどうにかなりますが、
時間がなくなれば、死を意味します。

私たちはまだまだ時間はあると思っていますが、
10分後に消えてしまわないとは誰にも言えません。

一瞬一瞬、今が最期と思うぐらいの勢いで
生きてみることが大事です。

つまり本気で生きる、ということです。

実際、いつも本気で生きている人はそういません。

余命宣告を受けた人とか、
人生の崖っぷちに立っている人や、
大きなビジョンの実現に向かっている人以外は、
それなりに適当に生きています。

今日を振り返ってみても、どこまで本気だったか?

ほとんどの人は心のどこかで、
明日も来年もあるから、と思っています。

きっとあるでしょうが、その心持ちでいると、
明日も来年も同じように思って
ズルズルと過ごしてしまいます。

生きる習慣を変えるには、決心と覚悟がいります。

今一度、「何のために生きるか?」
と見つめ直すといいでしょう。

目の前の損得勘定に左右されるのではなく、
残りの自分の人生を見据えて、何ができるのか、
じっくりと考える時間を持つといいでしょう。

今年、道をつけておくと、
来年はそれに向かって大きく動けます。

そのつもりで今年は過ごしてみてください。

今月はその第一歩。

自分の前の道がどこに向かうのか、
見当をつけておきましょう。

「和音」2019.1.1



本気で生きる。

本気というと、一生懸命、何かに打ち込むことを
思い浮かべる人は多いかと思います。

もちろんそれもありますが、
その一瞬一瞬を満喫する、
味わい尽くすのも本気と言えます。

今を味わい尽くす。

私はこれをモットーに今年を
過ごしてみようかなとふと思いました。

あなたの「本気で生きる」は、どんな風でしょうか?


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美しく生きる

ということ。

私たちは日々の生活を営んでいると、
仕事は、収入は、あの人が、この人が、
今日の夕食は、掃除は、メール返信が、、、
と目の前にあることに気を取られてしまいがちになります。

毎日毎日、それらに追われていると、
本当に大切なことを見失ってしまいます。

美しく生きるとは、見た目のきれいさの話ではなく、

生き方やあり方自体が美しくありたい

という話です。


美しさの定義は人によって違います。

きれいに整頓された無駄のない状態を美しいと思う人もいれば、
落ち葉が無造作に落ちている庭を美しいと感じる人もいます。


心が美しい人とはどんな人でしょうか?

生き方が美しい人、
あり方が美しい人、
所作が美しい人、

あなたにとって美しい生き方とは、どんな生き方でしょうか?

信念を持って突き進む?
無駄がない生き方?
生き生きと好きなことをしている?
穏やかで佇まいが美しい?
利他の精神?

私たちは、あれを得なきゃ、
こうならなきゃと何かとがんばります。
ヒーヒーハーハー言いながら、一生懸命になっています。

しかしふと足を止めてみると、

それ、本当に望んでいること?

ということをしています。

でもこれがなかなか自分ではわかりません。

あくせくとがんばる自分を止めた時や、
自分の信じていたことが崩壊した時、
行き詰まってやる気がでない時などは、
生き方を変えるチャンスです。

頑張らないといけない、認められたい
と思う自分の後ろに隠れて見えなかった
常識や世間体にとらわれない本来の自分がいます。

あなたにとっての美しい生き方とはどんな生き方でしょうか?
ぜひ考えてみてください。


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