いのちおり - 本来の自分に還るために

人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

カテゴリ: 未来創造

これからは感性の時代だなとすごく感じています。

今までの時代は、理性の時代で、見えるもの、説明できるもの、
物理や科学で証明されたものだけが正しい、存在すると思われる傾向がありました。

しかし今では、見えないものの方が圧倒的に多いことがわかってきています。

感情、感性、感覚、気などの見えないもの、個人の内側で起こっていることは、
表に表現されない限りは誰にもわかりません。

とくに言葉で表現されてやっとそれについて理解が増します。

例えば、「恋」という言葉や概念を知らなければ、誰かを好きになっても、
その感情がなんだかわからないでしょう。

誰かを見るとドキドキするとか、その人のことばかり考えるとか、

もしかして私は病気なのか?
それともその人物が何か私に妖術でもかけたのか?

そんなことを思ってしまうかもしれません。

しかし私たちは「人を好きになる」とか、「恋」という言葉を知っています。
なので、そういう感情や感覚を得たら、「これは恋だ」と気づくわけです。

今までの時代は、言葉で理論的に説明ができないと、
ばかだとか、わかってないとか思われがちでした。

そのうち、言葉でいちいち説明しないとわからない人の方が、愚鈍だとか、
「なんでこれがわからないのか?」という時代がやってくると思います。


見えないものを察する能力。

ただしこれは気をつけないといけません。

主観的な判断に陥ってしまえば、すごく偏った見方になってしまいます。
だからこそバランスのとれた人間性が大事になってきます。

何年か前によく書いてた「うしろの世界」や「裏返しになる」という話が
このところまた、自分の中で浮上してきています。

あー、こういうことだったのかと改めてわかりだしている次第です。

自我の成長。
エゴとしての自分からそうでない自分へ。

このシフトはパラダイムシフトぐらいのシフトです。

裏返しというのはそういうことだったのか、改めて思います。


だんだんと微生物が流行りだしてます。

腸内環境とか、土の微生物とか。無菌は良くないとか。

つぶつぶの話が出てきたのもうしろの世界とかの話をしてた頃でした。

自分でも感覚的にしかわかってなかったことが、
だんだんと現実味を帯びてきているのを感じています。
これからはこれをもっと現実化するための探求が必要だなと。

先駆的な人たちに会ってきましたが、みんな新しい世界を作り出しています。

微生物にしても小さすぎて目に見えません。
研究されることによってだんだんとその世界が明らかになり、
新しい認識が生まれてきます。

すべてはすでにあるけれど、認識されなければないも同じ。

認識されることによって生じる世界。

つまり、世界は意識が作り出していると言えます。

これからは一人一人がもっとこれを意識して
共同作業していく時代になっていくんだろうなと思います。

世界を作り出せるとわかって共同創造作業をしていく人たちと、
ただ受け身で人生を歩んでいく人たちと分かれていくんでしょうね。

本当に時代は変わりだしてますね。


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これから先、意識がどんどんと進化していくことを考えると、
意識が一体、いつどのように発生したのか?興味のあるところです。

2012年以前、とくにスピリチュアル分野で「アセンション」と騒がれました。

でも相変わらず同じ世界が続いているじゃないか?と言う人もいますが、
私としては、その時に見ていた上の次元にすでに突入しているのを感じます。

数年前に決死の白山縦断をしたのですが、その時、大汝峰の山頂で意識の扉が開き、
「これからは現実の世界でやって行きなさい」と言われ、今に至ります。(私の場合)

すでに次の段階に来ているので、それは不思議現象ではなくなり、
現実となって現れてきています。

数年前、たくさんの人たちが神社巡りやパワースポット巡りを始めました。

それからそれが第二世代(と私は呼んでいる)に受け継がれ、
もっと若い世代が日常的にスピリチュアル的な要素を用いるようになりました。

神社やパワースポットに呼ばれもするけど、それほどスピではなく、
言ってしまえば、右脳をもっと使うようになっているということですが。
言語外のところをキャッチしやすくなっています。

そして今はテクノロジーの世界自体が魔法の世界っぽくなってきたし、
情報化、バーチャル化の時代なので、スピらなくても日常で十分その要素はあります。

つまり、昔、悟りとか、アセンションとか、覚醒とか言っていたものが、
すでに日常化し始めています。

日常化といっても、魔法を使えるようになったというわけではありません。
(スマホやインターネットがすでに魔法といえば魔法といえますが)


例えば、今は言葉で話さないとこちらの言いたいことが通じなかったりしますが、
そのうち言葉がなくても、意識の情報の空間の共有の仕方がわかり、
ポッと自分の中で映像を思い描くとそれが相手に伝わって、
「ああ、それね、そういうことね」と通じてしまう。

最初はテクノロジーの助けを借りるけど、そのうち意識自体がそのように進化して、
脳裏の映像を共有できるコミュニケーションが当たり前な時代が
すぐそばまで来ているように思います。

これは100匹目の猿現象で、最初は少数の人達に可能ですが、
ある一定値を超えたら、一気にみんながそういうコミュニケーションが
できるようになるでしょう。

でもそうなってくると、プライベートがなくなっていくというか、
プライベートとか、個人という概念そのものが変化していきます。

でも人間がそれができるようになる前に、
テクノロジーでそういうことが可能になるのが先でしょうね。

それでその感覚が当たり前の世代が出てくるから、
そうするともう意識も変わっちゃいますよね。

近い将来、意識のクォンタム・リープが起きそうなので、
過去のそれを知っておきたいと生物学やらなんやらをちょこっとかいつまんでますが、
とてもおもしろいです。

これは生命現象として、意識の進化として起きていること。
現実的なアセンション。

オタマジャクシに足が生えるような変化が人間にも起こりつつあります。
人間にもと言うより、自己意識、自我意識に起こりつつあります。


脳の進化の5億年、発達の38週間、成長の80年』が面白かったです。
そこから簡単にまとめます。

地球上に初めて生命が誕生したのは、今から38億年前。
地球上に脳という器官が誕生したのは、今から5億年ほど前。

このときに誕生した“原始生命”は、脳を持っていなかったそうです。
今、地球上に存在する動物にはすべて脳があります。


・38億年前:生命の誕生
海中に、“リボ核酸”や“タンパク質”が誕生。このリボ核酸とタンパク質によって、初期の生命は構成された。生命はその後、DNA(デオキシリボ核酸)を形成し、これによってDNAを持つ“あらゆる生命の共通祖先”が誕生した。共通祖先は後に、原始的な単細胞生物へと進化していった。初期の単細胞生物は、神経や脳を有していなかった。


・10億年前:単細胞生物の分岐(1)
 単細胞生物が、“従来のままの単細胞生物”と“植物・菌類の祖先になる単細胞生物”とに分岐した。


・9億年前:単細胞生物の分岐(2)
“植物・菌類の祖先になる単細胞生物”に分岐しなかった単細胞生物のグループが、原始的な動物であるカイメン(海綿)と分岐した。


・8億年〜6億5000万年前:多細胞生物の誕生
 複数の単細胞生物が集まり、多細胞生物が誕生するようになった。


・6億3000万年前:刺胞動物の登場
この頃に誕生した刺胞動物(イソギンチャクやクラゲなど祖先)には、『散在神経系』と呼ばれる神経網が存在していた。散在神経系とは、神経細胞が体全体に網目状となって存在している神経系を指す。


・5億4200万年前:カンブリア紀の開始
 “原始的な脳”といえる構造を持つ生物が誕生した。ここから、5億年に渡る脳の進化の歴史が始まる。
 この時期以降に登場した魚類・両生類・爬虫類・哺乳類などの脊椎動物(多数の椎骨(ついこつ)がつながった脊椎を有する動物)の脳は、どの動物でも『脳幹』『小脳』『大脳』から構成される。


・4億6000万年〜2000万年前:顎口類の登場
頭部を形成する胚葉(=受精卵が卵割することで生じる細胞層)に変化が生じ、脳の前方に存在していた鼻孔の位置が移動し、さらには下垂体(=さまざまなホルモンを分泌する内分泌器官)の位置も移動した。これによって脳の前方が開け、終脳を形成する空間が確保されて終脳の発達が加速していったと考えられている。

・3億7000万年前:両生類の登場
 海中で誕生した脊椎動物である魚類の一部が両生類となり、陸上へと進出した。

・3億1500万年前:爬虫類の登場
爬虫類の脳は両生類と同様に、反射やエサの捕獲、交尾といった本能的な行動を司る部位である脳幹が脳全体の大きな部分を占めており、大脳と小脳が小さい点が特徴である。
爬虫類の大脳は小さく、大脳の構成は動物が生きていくために必要な本能や恐怖などの原始的な感情を司る『大脳辺縁系』が主である。

・2億2500万年前:哺乳類の登場
爬虫類から哺乳類へと進化する直前の段階で、大脳の『新皮質』をつくる基になる部分が形成された。
大脳の表面を覆う大脳皮質にしわができたことで大きな容量(広い表面積)が確保され、新たに発達した大脳新皮質に視覚野や聴覚野といった感覚を司る『感覚野』や、運動機能を司る『運動野』が誕生した。
嗅覚以外にも視覚などの情報が脳に多く取り込まれるようになった。
大脳辺縁系も主に嗅覚以外の感覚に対応するようになり、喜怒哀楽が豊かになった。また、情報を記憶する能力も向上した。こうして、哺乳類特有の怒りや恐怖、攻撃、愛、嫌悪などの感情が出現した。


・6000万年前:哺乳類(霊長類)の登場
霊長類は新皮質がさらに発達して大きくなり、『連合野』が出現し、より高度な認知や行動が可能となった。
類人猿に進化して以降は、指や手のひらを司る領域と隣り合う“脳の顔面筋”や、“舌・唇の運動や感覚”に関わる領域が拡大されたため、表情が豊かになった。その後、さらにその周辺の領域が拡大・発達し、『ブローカーの中枢』と呼ばれる運動性言語中枢が形成された。


・440万年前:アルディピテクス・ラミダスの登場
直立二足歩行を可能とする初期の人類の一種である『アルディピテクス・ラミダス』が登場

・250万年〜160万年前:ホモ・ハビリスの登場
木材や石を加工して道具を作り出すべく、眼と手を正確に連動させ、手先を器用に動かすようになった。
ホモ・ハビリスは脳の進化によって自身を取り巻く世界を認識し、言語を用いて周囲の個体に自身の考えを正しく伝える能力を持つようになった。こうした能力は『心』を生み出す生物的基礎となり、現在のヒトに通じる能力となった。


・180万年〜5万年前:ホモ・エレクトゥスの登場
ホモ・エレクトゥスは道具を巧みに操っただけでなく、火を使うことも覚えた。
直立二足歩行によって骨格が変化し、発声気管が従来よりも低い位置に下がった。この変化によって発声が容易になり、言語の発達が加速した。脳内では、言語を司る部位であるブローカー野がますます発達した。さらに、聴覚を司る部位に隣り合う部位も拡大し、『ウェルニッケ野』と呼ばれる感覚的言語中枢に発展した。


・20万年前〜現代:ホモ・サピエンスの登場
脊椎動物の進化の初期の段階では、脳は神経細胞が集まった“膨らみ”のようなものに過ぎなかった。やがてこの膨らみはヒトへの進化の過程で大脳、間脳、中脳、小脳、延髄、脊髄からなる複雑な構造を形づくり、個体の維持だけでなく高度な精神活動を可能とする器官となった。
ヒトは抽象的な思考が可能となった。


という流れになっています。

そしてこの流れが、人間が受精した後の過程で繰り返されます。

5億年という歳月をかけて進化を遂げたヒトの脳は、母体で受精した後、38週で形成される。

受精後に始まるヒトの脳の形成と発達は、生命そのものの脳の進化の軌跡を辿ることになる。
たとえば、今から5億年前に生命が獲得した神経管は受精後3週目に形成され、今から6500万年前に発達した大脳の皮質は、受精後17週目頃までに形成される。このように、受精後のヒトの脳の発達は生命の脳の進化をなぞる。



まとめると、

【38億年前】
“リボ核酸”や“タンパク質”が誕生
 ↓
DNA(デオキシリボ核酸)を形成
 ↓
単細胞生物
 ↓
【8億年〜6億5000万年前】
多細胞生物
 ↓
【6億3000万年前】
刺胞動物(イソギンチャクやクラゲなど祖先)
神経細胞が体全体に網目状となって存在している神経網を持つ
 ↓
【5億4200万年前】
体を動かすために神経細胞が集合した“神経節”、脳の元になる”集中神経系”を獲得
“原始的な脳”といえる構造を持つ生物が誕生
 ↓
【4億6000万年〜2000万年前】
顎口類(脳の前方が開け、終脳を形成する空間を確保)
 ↓
【3億7000万年前】両生類
 ↓
【3億1500万年前】爬虫類
 ↓
【2億2500万年前】哺乳類
 ↓
【6000万年前】哺乳類(霊長類)
 ↓
【440万年前】
『アルディピテクス・ラミダス』二足歩行を可能とする初期の人類の一種
 ↓
【250万年〜160万年前】
『ホモ・ハビリス』道具を扱う。言語の発達。自身を取り巻く世界を認識。
 ↓
【180万年〜5万年前】
『ホモ・エレクトゥス』火を扱う。『ウェルニッケ野』の発達。
 ↓
【20万年前〜現代】
『ホモ・サピエンス』現代人。抽象的な思考が可能。
 ↓
 ?


自我を持つ人間が誕生したのって、ごく最近ですね。

この流れから何が見えてくるか?

こういうことを考えていると楽しいです


  

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先日、犬を犬と認識する人間の能力はすごいと書きました。

文字で書いた犬、いぬ、イヌ、狗や、絵で描いたイヌ、写真の犬、実物の犬、
いぬという音。
犬の種類もたくさんあります。大きい犬から小さい犬。短毛、長毛。

これら全部を犬だとなぜ認識できるのか?

そこには犬を犬たらしめん定義があるはずですが、
誰か「これだ」と言える人はいるでしょうか?

動物学的や遺伝子レベルで言えたとしても、
生きている犬と、文字で書く「犬」と音の「いぬ」が同じであると
それを理解しない人にはどう説明するのか?

実物の犬と、文字や音の「犬」は形も機能も全然違います。

「ものには名前がある」ということを知って初めて、この生き物は犬だと理解できます。


漫画の『ガラスの仮面』に出てくるシーンですが、
三重苦のヘレン・ケラーが最初、物に名前があることがわからなく、
(というか、個々の物の存在を認識できてなかったんだと思いますが)
サリバン先生の必死の教えで、ある時、物には名前があることに気づきます。

私たちは子供の頃に教えられ、すんなり認識しますけど、
先ほどの犬の話のように、すごい能力だなと思います。

実物の犬と、絵で描いた犬と、鏡に映った犬とが同一である。

それは本当?ウソ?

判断の基準をどこに置くかで、全くの別物にもなり、同じものの違う表現にもなります。


昨日の私、今日の私、明日の私についても、
連続する時間の中にいる同じ存在だと認識しているから、
子供の頃の私と今の私と、十年後の私は同一人物だと思えます。

これらの能力は、目の前の物体ということを超えて、
抽象的に物事をつなげて認識しています。

犬を犬であるとする何か、私を私とする何か、があるからこそ、
そうやって外観が違うものや、今存在してないものなどを同じものと認識できます。


ところで、「皮膚感覚と人間のこころ」で、著者の傳田 光洋氏は、

『単細胞生物が集合し始めた段階で原始的な「自己意識」が出現したと考えている』
『粘菌の「知性」と私の「自己意識」は、生物学的には同じ次元にある現象だと考えている』

と書いておられます。

粘菌に知性があると考えている学者もおり、私もそうだろうなと思います。

私たちは受精して生まれるまで、生物が発生して、単細胞生物、魚、両生類、爬虫類、哺乳類と成長していった5億年のプロセスをお母さんのお腹の中で歩むそうです。
私たちの無意識の記憶の中にはそれが詰まっています。

細胞レベルの知性、認識、記憶があり、それらが集まって肉体を作るのでしょう。
しかし多細胞生物であれば、そこにそれを統合する「意識」なり「意図」なりがなければ、
個は発生しません。


渡り鳥や魚がまとまって一つの生き物のように動いている時、何が起きているのか?

個を超えたところにある、全体をまとめる ”何か” が必要になってきます。
この言葉を言っている時点で、個であることが基準になっていますが、
本当は ”何か” が先になるでしょう。

粘菌が集まった時に、一つの単体の生き物のように行動するのも、
そこに意図があるからでしょう。

この世界はそのように成り立っているんだなと思います。

人間も同じです。

微細な細胞たちの意思がまとまって、みんなを統一する意識が必要だということになり、
その一つが人の自己意識というかたちを取ったのではないか?

と私は思います。

意識が進化して、バラバラに存在していた単細胞生物の意識が一つにまとまって多細胞生物になるという進化を遂げ、新たな集合意識を生み出し、それが一つの意識として統合され、人間を含めたいろんな生き物を生み出したのかもしれません。

これも時系列で今書いているので、原因と結果みたいな因果律のようですが、
この背後に、それをそうさせるべくもう一つの大きな意図というか、流れがあります。

長い間、人間の自我認識は個という枠の中で形成されてきていました。

地球上に生命が誕生して38億年、脳ができて5億年の年月を考えると、
今、私たちを支配している自我意識は形成されてからの期間が短いです。
進化は加速しています。

意識の実験として、自我をもたせたらどうか?ということがなされていたんだと思いますが、
その時代も終わりつつあり、今また新たな意識段階に移行する時期となっています。

単細胞生物が集まって多細胞生物になったのと同じような現象が
自己意識にも起こり始めているようです。

ひとくくりになった自己意識が、もっと大きな意識に気づくために、
個々の細胞が同じ意図を持ってまとまって他の生物を形成するように、
人間の意識もそのような段階へと移り変わっていくように思います。

シンギュラリティが一つのきっかけとなり、
関係性の中での自分が自己となっていき、
全体=自己とこの境界が曖昧になっていくでしょう。

自分の身体を見た時に、細胞が自分を形成しているのか(自分が細胞に含まれる)、
自分 > 細胞(細胞が自分に含まれる)なのか、

それを外側に見ると、自分が地球の細胞になって、、、

人間が地球上で一番賢い霊長類だったというのはとんでもない思い上がりで、
私たちは地球の小さな細胞の一つだったという「目覚め」。

それにより、全く違う世界が始まるのではないか?と思います。

そして、私たちの集合自我意識が持つ共通のゴールが変わります。
 
個としての自分の生存と子孫を残すというゴールが、
地球というシステムの成長というゴールになるのかな?
 
人間以外の生き物はすでにそのゴール設定の中で生きているかもしれないですね。
 
自我意識を持つという実験の一つの段階が終了するってところでしょうか。

仮説ですけどね。
探究を続けます。

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前回の記事「考える皮膚」からの続きです。

以前、女性の集合意識が意図的に未来の場を作っていくことがこれから大事、
という話を書きました。

そしてある時、下記の動画を見ました。



この本は気になってましたが、この時はまだ読んでませんでした。もう読みましたが。
一部、動画から書き起こします。

第3の進化段階で、生命が生み出した脳。
第4の進化段階で、脳が生み出したテクノロジー。
第5の進化段階で、そのテクノロジーと脳が融合して、特異点を経過する
第6の進化段階、宇宙は覚醒する

特異点を迎えた結果、人間の脳という生命身体的起源を持つ知性と、人間が生み出したテクノロジー的起源を持つ知性と宇宙空間に広がる物質とエネルギーに飽和するようになる。知性は、コンピューティングの最適なレベルを提供するために、物質とエネルギーを再構成して、その起源である地球を離れて宇宙へ、外へと向かっていくことで、この状態が実現されることになる。

レイ・カーツワイル氏によれば、それらの知性は、宇宙空間に広がる物質とエネルギーに飽和するようになる。そして知性は、コンピューティングの最適のレベルを提供するために、物質とエネルギーを再構成するのだという。この意味するところは、増強された秩序と複雑化した情報がついに、物質とエネルギーのすべてをコンピューティング、すなわち、情報処理可能なものにするというように理解される。その結果として、その宇宙全体への浸透速度が光速であるのか、光速を超えるのかの議論があるものの、宇宙の寡黙なる物質とメカニズムは 比類なき崇高な知性形態へと変容し、情報パターンの進化をきたすのだという。宇宙自体が知性体となり、そのすべてが秩序となり、情報となる。それが情報パターンの進化における最終段階の第6段階であるといい、それが特異点と宇宙の双方にとっての最終的な宿命なのだと理解している


これを聞いた時に、私が思っていた「女性の集合意識が意図的に作る未来の場」はこのことか!とピンときました。
その素地づくりのことを言っていたんだなーと。
素地の素地あたりかもしれないけど。

アセンションなどのスピリチュアルな用語ではなく、
意識の進化、生物の進化として私はこれを捉えています。

それには最小粒子の単位の存在が関係してくると思っています。
フラクタル的な相互作用で、私たちの意識が微粒子化してしまうかもしれません。


人間の脳の神経細胞がシナプスで連結している数は、
現在のインターネットのWebページ同士のつながりの100倍なんだそうです。

意識がいかに生まれたか?はまだ解明されていませんが、
人間の脳の複雑さとインターネットのそれが同じ数に達するのは10年以内だそうです。

そうなった時にインターネットは意識を持つようになるのか?

これも傳田光洋氏の本に書かれていたかな?

インターネットが意識を持つというより、蓄積された情報によって、
レイ・カーツワイル氏のいう情報パターンの進化の第6段階が起こるのではないか?
と思われます。

自然が人間を生み出し、人間がテクノロジーを生み出し、
自然と人間とテクノロジーが生み出した知性の進化が、
新たに物質とエネルギーを再構成して、次の段階へ向かう。

考えただけでもワクワクしてしまいます


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最近、細胞や微生物について本を読んでいたけどとても面白いです。

今までそんな本を読んでなかったので、まだかじったばかりですが、
私が知りたい情報がいくつかありました。
というか、自分が知りたい情報が載ってそうな本を見ていたわけですが。

細胞、微生物、素粒子などが意識、意図を持っていること。
それらが集まったものが私たちであること。
「私たち」を構成しているのは意識であること。

私たちの身体を作り、生きるためにさまざまな適応を示す、その基礎になるのは細胞です。極めて高次の情報処理をこなす人間の脳も、シナプスと呼ばれる接続装置で結ばれた神経細胞の集団に過ぎません。その細胞の数の多さ、シナプスの天文学的な数、それゆえに神秘的に見える人間の脳も、基本は個々の細胞の隣同士の関係なのでしょう。
個々の細胞が持つ境界の知能、それが集団を形作ると、予想もしなかった大きな構造、運動が現れてくる。私はそれが目に見える生命現象すべての基本であると考えています。例えば、「意識」や「情動」も、その基本は境界を接する神経細胞の作業に還元できるのかもしれません。


これは「驚きの皮膚」傳田光洋著からの引用ですが、
個を分かつ皮膚という境界にも「知能」が存在し、
私たちの判断や行動に影響を及ぼしているとこの方は考えておられます。

私も同感です。
「肌で感じる」という言葉がありますが、
気配や場の雰囲気を肌で感じたりということはよくあることです。
特に女性は肌感覚が優れていると思うので、そうそう!と思う人も少なくないのでは?

同書に書いてありますが、大脳生理学者のアントニオ・ダマシオ博士によると、脳だけ取り出して培養液の中で生かし続けることができたとしても、その状態の脳はなんの意識も思考も持ち得ず、意識も思考も脳と身体の感覚器、そしてさまざまな臓器との相互作用があって初めて意識や感情が生まれ、やがて思考も可能になるというのです。

その中でも、個体とその環境の境界をなす皮膚が、
感情や意識に及ぼす影響が大きいだろうと指摘しているそうです。

脳も皮膚も単独で「考える」ことができない。

脳にさまざまな情報がもたらされた後、全身に生きるために必要な指示を出す、
この一連のプロセスを「考える」と定義するなら、表皮も考えていると言えるのではないか?
と論じています。

細胞、微生物、素粒子などが意識、意図を持ち、
その集合体、集合意識を”自分”と思っているのが私たちの自我意識ではないでしょうか?

言い換えれば、彼らに「未来を託された」とも言えるでしょう。
だからそれらをまとめる自我が生まれ、それが今の段階まで成長してきたのでしょう。

もうそろそろそれに気づいて、エゴで突っ走るのではなく、
総合的な自我意識に目覚める次の意識段階に向かうステージになりつつあります。

と私は感じています。


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mil32074-s

意識は、細胞、微生物ひとつひとつ、素粒子にもあって、
その集合体を、私は、自分の意識として認識してるんだろうなと感じています。

つぶつぶの話をした頃から感じてたことではありますが、
ますますそう思うようになりました。

(参考)密なる空
他にもつぶつぶに関する記事を書いたように思いますが、どこか見つけられません


脳は物理的な脳というより、
その個々の意識体の中にある意識のネットワークであり、

ある目的のために集結した時に、
ひとつの個体(目的)としての認識ができあがります。

今、私たちの認識はほとんど物理基準で、
自我が暴走しすぎてしまったきらいがあります。

情報基準、目的基準で認識するようになったら、
新しいゲシュタルトが見えてきて、物理的な個体の基準ではなくなります。

そうなると個(集合体)は目的用途別になり、
目的に応じた「意識」が自立していくと、
今のような個体としての認識はあんまり必要なくなるので、
(個体だからこそできることもあるけど)
まったく違う世界になっていくんだろうなと思います。

あるいは、新しい概念の個体となるか。

天使とか神様とか言われるものはそういうレベルなんだろうと思います。
日本の神様はその働きが人格化されたものだと思います。

八百万の神とか、デイダラボッチなどもそれ系かなと。

などと思って、今まで読んだことない生物学系の本を読んでみたら、面白い!
そういう話も出てきました。


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私の中で「先端理論」と呼んでいるものがあります。
簡単に言えば、人間は、自然の先っぽのところにある触手のようなもので、
本来は自然の手先足先となって、自然からの要望によって人間が動いて必要なことをなし、
またそれがシェアされて進展していくというもの。

櫛の形のように土台ではみんなつながっていて、
櫛の先端(っていうのかな?)ではみんなバラバラ。

この櫛の形、意識の図で使われることありますが、「自然」を当てはめても言えてます。

土台が自然、先っぽが人間たち。

ほとんどの人が、その土台で繋がっていて、
一つの櫛のようになっていることを忘れてます。
(櫛のような物質的なものがあるわけではないですよ)

この発想が進展して、
自然界が何らかの意図を持って人間を作ったのなら、それは何だろうか?
と考えてみました。

そこで思いついたのは、急速な進化。
それもクォンタムリープ(量子的飛躍)的な突然変異的飛躍。

地球が現れ、生命が生まれるに至って何億年という年月を経て進化も進み、
さらなる進化を加速させるため、自然が人間という生き物を作ったのではないか?

「自然が」というより「大いなる意識が」という方がいいのかもしれませんが、
それはさておき。

もしそうだとしたら生物学的にも何かそういう流れがあるだろうと思い、
読んだことのない生物学の本を少し漁ってみたら、これがおもしろい!

リンクする研究がいろいろとされてて、改めて私が思いつくことは
すでにその情報は情報空間に散らばってるんだなと再認識。

私はそれらを自分の関心とフィルターで感知して、自分に下ろしてきているだけ。
私が書くことすべては、すでにある情報を自分なりに再咀嚼しているもの。

前もそう思ったけど、本当にそうだとまた思った。

すべてはすでにある。

でも自分のRAS(網様体賦活系)が開いてないから気づいてない。
それらがリンクされた途端、私の中にひらめきとしてやってくる。

とまあ、改めて思ったね。

そんなこんなでつまみ食いした生物学が面白くて、いろいろあるけど、ここに一つ紹介。
自分のメモのためにも書いておきます。


時間の流れについて。

私たちは、過去から未来に向けて時間が流れるように感じていますが、
それはエントロピー増大の法則。

覆水盆に返らず。
割れた花瓶は元に戻らないし、墨を一滴、水に落としたら水に混ざって色が濁る。
それをまた墨一滴に戻すことはできない。

そういう現象ばかりを体験してきているので、時間は過去から未来に流れると感じます。

でもこれは閉鎖系だけで起こることらしいです。
つまり錯覚です。

時間が過去から未来に流れるのも、花瓶が割れたら元に戻らないのも、
閉鎖系の中での出来事。

でも生物は閉鎖系ではない。

細胞や微生物レベルでは量子力学的なことが起きているし、
エネルギーや情報という物質を超えたレベルでは、因果律が成立しない。
時間の概念が全く違う。

つまり生体の環境では、原因が結果をもたらしたり、過去が未来を決定するとは限らない。

未来が現在を決めることもある。

「時間は未来から過去に流れる」
コーチングの学びで苫米地英人博士が言われていることと同じ。

劇的な環境変化や危機に面した時、
新しい環境で存在しうるシステムに急速に移行する場合、
未来を先に見ているから、生命体は現状を一気に書き換えることができます。

これはまさにコーチング。

進化にはミッシングリンクがあり、どこかで大きな飛躍が起きています。
長い時間をかけて進化しながらも、時には急激に新しい種が現れます。

その急激な変化は、次に現れるべき未来を見据えたからこそ、起こった進化ではないか?

ちょっと話がコーチングの話にずれてきたけど、話戻して、
閉鎖系の中では、過去から未来、原因と結果という因果律が成立するとして、
それは今まで、肉体という個体を基準にした閉鎖系での話。

肉体を基準にしない、情報やエネルギーというつながりの中で起きることは
因果律も、原因と結果も全然違ったものになる。

生命を「個体」としてみることは、時代の常識だっただけであり、
そこが変わってしまえば、いろんなことが書き換わってしまう。

そして ”個” の基準が物質レベルから情報レベルに変わりつつある今、
「生命」という基準も大きく変わっていくのではないか?と思うこの頃です。

参考文献:第三の脳―皮膚から考える命、こころ、世界 傳田光洋著


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今朝の猫との対話。
  
玄関口に背を向けて、こちらを向いて座っている猫。

私がそばに行くと、ゆっくりと右回りに後ろを見て、つまり玄関を見て、また前をみます。

この時、私は「あ、外に出たいと主張してるな」と感じました。

でも私が動かないと、次に、左回りに後ろを振り返り、玄関を見ました。

お、また主張してる。今日はめっちゃ訴えてる。
と思って見ていたら、次に、正面を向いて、私の目をじーっと見つめます。
 
頭を動かすだけで、めっちゃ対話してるやん、と猫言語に興味津々。
 
そして、次がまた猫らしい。
 
あまりにもストレートに自己主張したと思ったのか、ふと目をそらして宙に虫か何かを見て、
私、何も言ってへんし、と言わんばかり。
 
そしておもむろに立ち上がり、入口とは反対方向に歩いて行って、
少し離れたところに背を向けて座る。
 
めっちゃ、猫ってるやん。

今回の猫のこの動作は、言葉で話されているかのごとく
動作が言語化して、もろ伝わってきました。

ニャアニャア言ってても何を言いたいのかわからない時もありますが、
今日の猫の動きはめっちゃ、言語ってました。
 
昔、言語がなかった頃もこうやって、けっこう対話ができていたんでしょうね。
  
言語ができたのが進化なのか、退化なのか?

言語がなくても瞬間に察することができれば、言葉以上の理解力だと思いました。
 
今回面白かったのは、それが言語のように私の頭に伝わったこと。
 
古事記で、草木が喋ってた頃、というような記述があるけど、
日本語で話したとかではなく、今日の猫のように伝わってたんだろうなと思います。

象徴言語の動作バージョンだなと思いました。


ところで、このMRデバイスと言われる技術の世界。



脳で考えていることをビジュアル化したらこんな感じなんでしょうね。
並列的にやってるんだろうけど。

この日の猫との会話は、こんな感じで、
猫の言っていることが宙に写っているような印象でした。

動物と会話できるような技術もそのうち出てきそうです。

すごい時代になってきました。



■東京セミナー■

テーマは「闇の向こうには」というところですね。
ここ数回のブログ記事に関する内容です。

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人間は、可能性の眠るあちらの世界と、物質的なこちらの世界の間にいる。

人間はあちらの世界に潜む可能性を、こちらの現実世界で具現化することができる。
つまりは眠っている状態の情報をつなぎあわて、新しいものを生み出すことができる。

自然界がずっとやってきたことだ。

自然界が人間を作ったのは、
その具現化をもたらす生物が欲しいと思ったからではなかろうか?

人間は媒体。

あちらの世界の情報をこちらの世界に具現化していく。

これは、もともと自然が人間に求めた役割ではないだろうか?

より良い世界を作っていくために。

人間という、それを加速してくれるかもしれない存在を作った。

この世界に人間がゼロから生み出したものは何もない。
物質はみな、自然界にあるものから作られている。

いろいろな考えだって、自然がベースにある。

すべてもらい物。

自然界では、「意識の外」→「意識」→「具現化」を繰り返している。

自然の意識が必要性を感じて人間を作った。
それは自然界に新しい意識場をもたらすもの。

しかし、自然のその意図を忘れてしまった人間の暴走は
そのまま行けば人間を破滅させる。
なぜなら自然界にとって不必要になるから。

でも自然の意図を汲んで「自然としての人間力」を身につけるなら
人間は本来のあり方と役割を担っていくだろう。

人間は本来、「間」にあるもの。

そしてそれはこれから実現していく。


もっと具体的に、どう生きたらいいか?とか、どうやったら楽しく過ごせるか?など、
日々の考え方や心のあり方などはメルマガで書いています。



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この世界は伸縮自在だ。

私たちの認識が深まれば、その分、世界も広がり、深まる。

それは無限大だし、ほとんど何も進展せずに終わることもできる。

あなたの認識がどれほど深まるか?にかかっている。


空っぽの透明のコップがここに一つあるとき、

「空っぽの透明のコップがある」とだけ思うのか、

コップがどのように作られたか、素材は何か?
コップを発明したのは誰か? その背景にはどういうストーリーがあるのか?
自分のコップにまつわる思い出、体験。
物語に登場するコップの話。
透明という色についての見解、ストーリー、思い出。
空っぽの中に何かを見るかみないのか?
コップの中の空気に存在するたくさんのホコリや微生物、粒子、温度、etcまで気づきが広がるか?

この関連リンクは果てしなく広がる。
そのコップを見た一瞬で、右脳が含蓄することのどこまでを
顕在意識の隅っこででも認識できるか?

気づきがあれば、言葉にまでならなくてもいいけれど、
入ってくる情報をどれほど掴めるのかによって全然見えるものが違ってくる。

すべてのものに対して同じ。

ここに座ってるだけで、どれほどの情報が入ってくるのか?
それをどこまで感じ取れて、知覚し、認識できるのか?

これは身の回りのことだけでなく、地球の裏側の情報でもかまわない。
情報のレベルになると距離は関係ない。そこに意識でアクセスできればOK。

これはやりすぎるとアップアップしてしまうから、調整するすべは知っておくべきだろう。

でもそれ以前に、ほとんどの人がその方法を忘れているか、気づいていない。


人生やこの世界について考えるときも同じ。

どれほど人生の気づきを深めることができるか?
どれほど意識の可能性を知ることができるか?

人間の頭で考えられることはほんのちょっとだ。

意識を超えて広がる世界に関わり出すと、
どれほど豊かな世界が広がっているかは驚きである。



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前回の話の「”過去基準”だったものが、”未来基準”に移り出している」という話の続き。

個人レベルであれば、今までもそうだった人はそうだったので、特に真新しいことではない。
未来を思い描いて、それが現実化していくというプロセスは今までもあったので。

でも今起こりつつあることは、これがもっと進んだカタチ。

全体の傾向として変わってきているように私には思えているけど、私の意識が変わるにつれて、私が感知する世界が変わっていっているというところが本当だろうと思う。

でも私は自我を通してしか世界を認識できないので、しょうがないっちゃ、しょうがない。
自我を通さない世界は、垣間見ることしかできない。
認識したとたん、それは自我を通した世界になる。

つまり自我の認識が広がり、深みが増せば増すほど、
世界は今までと違う景色を見せてくれる。
この醍醐味はすごく美味しい。

どちらにしろ、”意識の進化”だ。
私個人の意識にしろ、全体にしろ、新しい段階に行こうとしている。

全体的に ”個の認識” が変わりつつあり、自我の領域が広がっていること。

ネットワーク状につながっているという意識になってきていること。

あるいは、意識はしてなくても気配を感じている人は多いと思うので、
漠然と全体感を感じ始めている人が増えていくことが考えられる。

そうなってきた時、個の意識の領域が曖昧になってきて、
エゴとしての意識以外に気づきやすくなってくる。

量子論が広まったのも大きい要因の一つ。
意識を向けた途端にそのものが生じるという認識は、
私たちの考え方をかなり変えたと思う。

全ては波動であって、意識が像を結んでいると思うなら、
主体が物体ではない意識に移ってもおかしくない話だ。

そして微生物意識。素粒子の意識が現れてくる。

社会的にも、SNSやインターネットという媒体をとして、
またはリアルでも、コミュニティが活性化し始めている。

繋がりが起こり始めると、フラクタル的に私たちが微生物的になる。

私たちの身体に無数の微生物がいるように、
私たちは広大な意識の中の微生物のようなものだ。

つぶつぶの世界。
以前、これを見たとき、故郷に帰った感を得たけど、もちろんそこは故郷なのだ。

身体のない意識(集合体の意識)は、
シシガミが夜、デイダラボッチに変身したように成長を始めている。

意識が現象や物質を作り出すなら、未来も作り出すことができる。

結果的には集合無意識でなされることなので、意識はその提案をすることとなる。

こんな未来がいいんじゃない? あんな未来がいいんじゃない? と。

もちろん個々人もそれをすべきであるが、今言いたいのは、
集合的に意図的にそれをする方向が生まれつつあるということ。

よくよく考えてみれば、今までもそういうことはたくさんあったし、
今もあることに気づかされる。

すると面白い宇宙構造が見えてくる。メビウスの輪の入れ子状だ。


としばらくはこんな風につらつらと書いていくと思う。
頭で理解して欲しいとは思わない。
感覚的にニュアンスが伝わっていったらいいなと思う。

デイダラボッチの正体がわかってきた。
こちらも参考に。多層化していく私たち

もっと具体的に、どう生きたらいいか?とか、どうやったら楽しく過ごせるか?など、
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さて、今日は新月。
それに合わせてか、最近つけていたブレスレットが切れた。

ブログをしばらく放置して久しいけど、また復活しなくてはならないと思う。

しばらくは、あることについて書こうと思う。

なぜなら、集合意識が変化し始めているから。(と私は感じている。)

”過去基準”だったものが、”未来基準”に移り出している。

どういうことかというと、今までの現実(今)は、過去の延長線上にあった。

けど、時間も幻想であり、過去から未来に向かって時間が流れるわけでないと
だんだんと気づいている人が増えているようだ。

また、全ては粒子と波動であり、今見えているこの世界が実在するわけではないという認識も
だんだんと広がってきているようだ。

こちらの世界が夢であり、幻想であると気づいてきた人も増えてきたようだ。


と言っても、まだまだ全体の少数であるけれど、ある段階に達したのか、
(もしかすると、ただ単に私の認識が変化しただけかもしれないが)、

”現実の作り方” が大きく変化し始めている。

過去基準から未来基準に軸が移動し始めている。

8月から顕著になってきたこの動き、ますますはっきりしてきた。

全体意識が未来にベースを置き始めている。

主たる場がもう物理空間から情報空間に移ってきてるんだろうなー。

私が感じている世界は私の世界なので、私の感じている情報空間での話なのかもしれない。
しかしそれが私の体験できる唯一の世界なのだから、それを探求していこうと思う。


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