いのちおり - 本来の自分に還るために

さあ、未来の自分に還る旅に出よう!
人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

カテゴリ: ネームリーディング

溝口さまのネームリーディングの続きです。
今、このような感じの方は多いのではないかと思います。

ーーーーーーーーーーー

自分で自分はこうだと思っている自分は多分、本当の自分とは違うと思います。
それは今までの経験と知識から得た情報で造り上げられている自分なのでしょう。

もし自分にはそのような面がないと思うのであれば、それは自分がそう思っているだけで
本当ではないと考えてみてください。

表に見せている自分、自分がそうだと思っている自分は表向きの自分。
いい人であろうと仮面をかぶった自分です。

本来は無邪気な宇宙人(笑)

その部分が出てくると収拾がつかなくなるとか、人に迷惑がかかると、子どもの頃にそれは閉じられたのかもしれませんが、また再び出てきてもよい時期なのでしょう。

そんなところのある子どものような自分を感じてみてください。

好奇心いっぱいで、いろんなことに首を突っ込んでいろんなことを知りたい、
経験したい、楽しみたいというエネルギーがいっぱいのあなた。

たくさんの夢を描いたりいろんなことを想像して楽しんでいるあなた。

まわりが「そんな非現実的なことを考えるな」「バカなことを言うんじゃない」
「常識をもて」といったとしても耳を貸さないでいいです。

自分がやりたいと思うこと、好きだと思うことをしてみてください。

常識的、理性的、模範的な自分は演じようと思えばいくらでも演じることができますので、
今度は普段はひっこんでいる反対の性質のところをあえて出していってみるようにしてみてください。
無理のないように、でいいです。

今まではどちらかというと、天真爛漫な自分の方は抑えられてきて、
神経質な自分の方が表に出ていたと思います。

そしてそれが自分自身だと思い込んでおられたと思いますが、
確かにそれも自分ですけど、本質はもっと自由なところにあります。

なので、いい人の自分を手放す勇気をもってもいいと思います。
そうするともっと力強い自分が出てきます。

その根っこはどこか地球の奥深くに根ざしているような、
まさかこんなパワフルな自分がいたのか!と思うほどかもしれません。


もともとそこにつながっているのですが、なかなかそれが見えないような
人生の仕組みになっていたようです。

自分がそこに気付き始め、そこにつながろうとして初めて、
もともとから自分はそうであったということに気付くみたいです。


その自分は、今までこれが自分だと思っていた自分と真逆ではなかろうか?
と思えるような自分ですので、最初は驚きと戸惑いがあるかと思いますが、慣れてしまうととても居心地が良くなり、以前の自分は過去の経験が造り上げた自分だったんだなーと気付かれることと思います。

そうなるまでは山あり谷ありで上り下がりしながら、人生の裏表を経験していくことになりますが、もう大きな山は超えていますので、あとは自分の本質をしっかりと知っていかれるといいと思います。

それには、今の自分のウソ、というか、自分だと思っている自分が仮の姿なのかもしれない?
と疑ってみることです。

「私は・・な性格だ」と思うところが本当にそうか?

いちいち疑ってかかってみてください。
とくにネガティブに感じる部分。

もし周りにイヤだと思う人がいれば、その人のイヤな部分を自分が持っていないか?
あるいは、その部分を自分が抑圧していないか?を見てみることも、自分の持っている隠された性質に気付くヒントとなります。

自分のいいところ悪いところをひっくるめて個性ですので、
どれがいいとか悪いとかではなく、みんなあってみんないいんです。

それをそれぞれ適した状況で用いることさえできれば、特に問題はありません。

そうやって自分自身の裏表を統合することにより、自分自身を丸ごと受け入れることができます。

そうなった時に自分の人生を振り返ると、ああ、そうだったのか、だから私はこのような人生を選んできたんだなーと納得されることと思います。

そう思うと、どんな人生でもいい人生ですね。

ーーーーーーーーーーー


(感想をいただきました)
  ↓
たった今、読ませていただきました。
感想は 後日また メールさせていただきます。
ありがとうございました。 読み終えて なぜか 涙がでてきました。
何の涙なのか わからないです。

リーディングお願いして 本当によかった。
ありがとうございました。

ーーーーーーーーーーー

ネームリーディングの詳細

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人生には山あり谷あり、バイオリズムありで、調子のいい時期と悪い時期があります。

天体や自分の身体の作用で自然に起こる場合もあれば、
自分のブリーフシステムが起こす場合もあります。

自然の作用であれば、それに逆らおうとしないほうがうまくいきますが、
自分の観念が引き起こしていることであれば、自分で変えることができます。

溝口章江さまのネームリーディングの一部です。
ご本人の掲載許可は取ってあります。(省略部分あり)
 ↓ 
-----------------------------

プラスとマイナスが両方あるけど、足したらゼロになるというような人生で、
その流れには少々極端なところがあるかもしれません。

あるいは、幸せと不幸が交替でやってくるような感じ。

辛い思いをしたら、それをバネにしてきっといいことがあるだろう。
幸せな状態が続いたら、きっとどーんと突き落とされることがおこるだろう。

というような思いがあるかもしれませんね。

もしそのようなことが人生で起こっているようでしたら、
その考えを見直してみるといいと思います。

いいことがあったら悪いことが起こって帳尻を合わすような流れのことですね。

またその反対も。
春と秋をすっとばして、夏と冬しかないみたいな。


ふわふわと夢見がちな自分がいると地に足がついていないので、
ガツンと現実に引き戻されるようなことが起こるとか、
夢みたいなことばっかり考えてちゃダメという思いがあるとか、、、。

なにかしらふわふわしている状態をストップさせる潜在意識の作用があるみたいです。


ご自身ではあまり意識されてないかもしれませんが、
上がったら下がる、下がったら上がるというところで帳尻合わせをされているようなので、
安定しているようでしていない感じがするかもしれません。

精神的にも、とても開放的な時期があるかと思えば、
どっぷりと自分の内面に閉じこもり、いろいろと考える時期があったりしそうです。


裏表、強弱、柔剛、高低というように
反対になるものを経験しようとするところがあるようです。

それらを経験しながらも中庸を保つ、あるいはそれらを経験するからこそ
中庸を再確認するという作業なのか、両極を体験しては中心に戻る働きがあると思います。


両極と中庸、中心。
それを知ることとそのバランスをとること。

人になかなか理解してもらえないと、人中心の軸に立ってしまうと自分が苦しくなりますが、
「わからんならわからんでいい〜」ぐらいの開き直りというか厚かましさというか、
いい意味での自己中心的になると気楽になると思います。

「私はこんなんだからなんか文句あるの?」ぐらいの厚かましさを持っていてもいいと思います。
そうしたら人も「あの人はあんなんだし」と気にせず、そのように受け入れて接してくれることでしょう。
そうなると自分も楽になりますので、表が出ようが裏が出ようが、これが私なんで〜〜ですませることができます。


中庸な自分、中心軸の撮れた自分というものができあがってしまえば、アップダウンが起きてもあまり気にならず、不動の自分となれます。

そうなると今度は、その状態を人に教えていく役割になっていくのかもしれません。

教師や講師というかたちをとっていようがいまいが,それはあまり関係なく、自分が関わる人たちに対して、必要に応じて伝えていかれるとよいと思います。

(後編へつづく)


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T.Sさまのネームリーディング(前半)」の続きです。


今のエネルギーを大切にしすぎるとそこに留まり、新しいものを入れません。
井の中にいて、「外の世界なんてない、知らない」と耳を塞ぎ、目を閉じている状態です。

このカエルは外の世界を体験するより、今の世界にとどまるほうが幸せと考えています。
それはそれぞれの選択ですから、どちらがいいかはわかりません。

刑務所で20年過ごした人が出所して外の世界で生活できるようになったとしても、刑務所にいるのと外に出て暮らすのとどちらが幸せか?と聞かれても、本人次第ということになるでしょう。


今の自分には次にやってくる新しい世界は見えてないし、想像できません。
それは一歩、二歩と踏み出して初めて見えてくるものです。

自分で仮設定してそれに向かい出すこともできます。
軌道修正は途中でいくらでもできますので、仮設定でもなんの問題もありません。


自分がどうしたいか?を自分の本心に聞いてみるといいでしょう。

すぐに答えは見つからないかもしれません。
まだ見えてない新しい可能性ですから、そんなものがある/手に入るとは思わないんですね。

なので通常、人はそのままそこに留まります。
無難に人生を過ごしていきます。


今、どちらの道も目の前に現れていますが、一つしか見えていないと思います。

一つしか見えていない時、私たちはその一つをキープしようとします。

なぜならそれしかないと思っているから。
そしてそれをより良い状態に持っていこうとします。

それが自分のできる最善の道と思います。

でもそれが井の中ということです。


なぜこういうことを書いているのかというと、Sさまの心の中に「今のまま(の延長線上)でいいのだろうか?」という思いがあるからです。

どこかでもっと自分の可能性を試したいと思いながらも、「無難に”利口”であるほうがいいよ」というささやきに心乱されます。


どちらにしろ、ガッツリ殻をぶち破って進んでいくタイプでもないですので、そちら向かう必要はありません。

それよりも今の自分の輝きをもっと増すようにされるといいでしょう。
自分の魅力をますます輝かせるということですね。


自分の魅力って何だろう?
私にそういうものはないわ。

というのであれば、それも井の中。


そういう考えから卒業することで、本当の自分らしさが現れていきます。

なにも大きくジャンプする必要はなく、どんどんと自分のよさを見つけ、褒め讃えていくことをされるだけでいいと思います。


自分で自分の才能や魅力、長所を認めること。
自分はすごいんだと思えること。

そうして自らが今いるところからどんどんと輝き始めます。
そうすることで新たな可能性が見えてきます。


つまり、殻を破るために何かに挑戦するのではなく、自分で自分を認めていく作業、認めて受け入れて賞賛する作業をしていくだけで、Sさまはどんどんと自分の本当の魅力と合体していって、その場にいながらも井の中から脱出することができます。

なぜなら「井の中」というのも幻想だからです。


今はまだわかりにくい話かもしれません。

海の存在を知らない人に海の素晴らしさを説いたところで、「妄想」と片づけられるのがオチでしょう。

なんかよくわからないけど、そういう可能性もあるのかな?
とマインド中にそういう可能性をいれる余地を残しておいてください。


「これが自分」と思っている自分は氷山の一角。

可能性は無限です。

-------------------------------------------


リーディングの感想をいただきました。
 ↓ 

先日はネームリーディングをありがとうございました。

最近になってようやく自己否定から抜け出し、しあわせだなと感じることが多くなっていたところでした。
また、“嫌われたくない”という思いも、自覚、認識できるようになってきました。

変化を望む気持ちと、変化を恐れる気持ちがせめぎ合っていることも、ずっと感じてきたことです。
潜在意識では、“元気になったら何をしでかすかわからないから体調は悪いくらいのほうがいい”と思っているようです。
おもだるさ、疲れやすさなどはあるのが当たり前になっており、それを解消するためにしたほうがいいこと(早い時間の就寝、体を動かす、家の中の不必要なモノを片付けるなど)は頭でわかってはいるのに、できないでいました。

以前はそれができないことで、自分や両親を批判して辛くなっていましたが、もうどんな状況でも批判はしないことにしています。

リーディングのメッセージをいただいて、古いエネルギーを宿した不必要なモノたちを感謝とともにすべて送り出すことにしました。

また、潜在意識の抵抗や反発になるべく合わないように、小さな変化を積み重ねて既成事実をつくってしまい、大きな変化が起きやすくできたらいいな、と思っています。

ここ何年かの自己否定や罪悪感などとの対峙で、体に大きな負担をかけ続けてきました。
ようやくゼロからプラスに移行してきているのなら、まずは体の健康を取り戻したいです。
自分に対する思い込みの中に“自分は弱い”ということも確かにありますので、こういったいらない思い込みもひとつひとつ取り除いていきたいです。

同時に、これまではあまりしてこなかった自分の良いところを認め、褒めていくことも、これからはもっと意識的にしていくようにします。

必ず変わります。
本当にたくさんの方々に支えていただいて、これほどたくさんの愛を注いでもらってきたのだから、名実ともにしあわせになり、次は自分が他の方々のしあわせに貢献できるようになりたいです。
今はまだ、それがどんな形で実現していけるのかはわかりません。
でも、繰り返しやってくるメッセージから、それを期待されているのだとわかっていますし、どんな人もそうであるように、私の中にも大きな可能性があるのだと思います。

あまり力まないほうがいいんでしたよね。
楽に楽しくやっていきます。
本当にありがとうございました。

-------------------------------------------


T.Sさま、感想をありがとうございました。

自己否定や罪悪感はもっていてもいいことはないですね。
気楽に構えることも大事だと思います。

自由になっていきましょうね〜。


ネームリーディングについてはこちらをご覧ください。
ネームリーディング


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T.Sさまへのネームリーディングの一部転載です。
今日この方と「ゴールデンマトリックスコース」のスカイプセッションをしました。
たまたま保存していたその方へのネームリーディングを見つけましたが、今日お話した内容と似ていました。
ネームリーディングをさせていただいた時点では、まだお話したことはなかったので、我ながら「すごい!」と自画自賛しました

それほど名前には情報が含まれているということですね。

以下、部分シェアです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私たちの可能性は無限にありますが、
私たちはみな、小さな可能性の中に留まりがちです。

私たちは自分がそんな大きな可能性を持っているとは思いません。

今、手にしている幸せが保てるのならそれが一番幸せと考えがちです。
それも幸せですが、「無難な幸せ」でしょう。

「井の中の蛙大海を知らず」といいますが、

そのカエルにとっては井の中で一生を終えるのが幸せか?
それとも井戸の外の世界を知り、体験することが幸せか?


正しい答えはないでしょう。

人によっては井の中にいるほうが幸せだろうし、
外の世界を知るほうを幸せに感じる人もいます。

「かもめのジョナサン」でも同じように、ジョナサンは新しい挑戦をくり返して自分の求める道を進みますが、大半の人は今いる場で満足しています。

その人たちにとってはジョナサンは大バカの異端児です。
なぜ群れを離れてまで飛ぶのかわかりません。


ジョナサンのように限界を超えて挑戦しなさいと言っているのではありません。

これらの例えでいいたいことは、

今ご自身が求めている幸せや安定は井の中ではないですか?

ということです。


大きくそこから飛び出る必要はないですが、

「自分はこういう人間でこうだから、このように生きてこうなるだろう」

という予測が無意識にされているであろうことを考えてみてください。

それは井の中が世界のすべてと思っているのと同じことですから、
その外にも世界があることに気づいていません。


これは意識を持つ者の性なので、Sさまに限った話ではないです。

今の自分には思いつかない幸せがあるとしたら、

それを手に入れたいですか?
それとも今のままでいいですか?

ということです。


「自分はこういう人間でこうだから、このように生きてこうなるだろう」
という予測は、まだ意識上に上がっていないので意識されてません。

無意識に考えられている分、やっかいなのです。
でもいったんそれを意識し始めたら、それに対して今の自分の選択を加えることができます。

自分はそれでいいのか、変えたいのか。

そのうえで選択すればいいわけです。
その選択肢を知らないままで過ごしていくよりは、自分で選択肢を持ち、
自分で決めていくがいいと思います。

今、あなたが思っている「自分はこういう人間でこうだから、このように生きてこうなるだろう」は井戸の中。

そのまま井戸の中で生きるのもいいですし、外に出るのもいいです。

マイナスからゼロになるにはものすごいエネルギーを必要としますが、ゼロからプラスになっていくのには最初の一歩に勇気がいるだけで、あとはもっと楽に進んでいけます。

宇宙は常に進化を求めます。
これからの道はプラスをのぼっていく道。
進んでいくのは今までとは違い、楽だし、楽しいです。

それをするには力む必要はありません。
ちょっとした自分の後押し(方向づけ)があれば、あとは自然な流れで進んでいきます。

それをしたいか、今のところで留まるかが問われるところです。

進むことを選ぶなら、今自分が考えている自分の可能性や未来は
井の中の話ですので、変わっていくでしょう。


「後半」に続く、、、


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ネームリーディングの後編です。前半はこちらです。


今のままの自分でいけないと思う時は、今の自分ではなにか足りないとか、役に立ってないと思っています。
つまり自己価値観が下がった時にそう思うわけです。

たくさんの人が「なにがしたいか?」といろんなことを体験してみたり、セミナーや講座などに行ったりして「なにか」を探し出そうとします。

なかなか見つからないとますます自己価値観が下がり、焦りも生じます。
人と自分を比べてみたり。

でもそれをストップして、まず自己価値観を高めることをしましょう。


時々そのような思いがわき起こってきたときは、今の自分でオーケーだという承諾をご自身に与えてください。

満たされるのは自分次第で、何もいらないのだというところにまた戻り、思考をストップして、日々の宝を感じるようにする、それだけでいいと思います。


自己価値観,自己重要感が高まってくると、自ずとすべきことをしていきます。

それは自然と自分の中からわき起こっている思いや感情であったり、またはそんな思いはないんだけど、なんとなく流れでこういうことをすることになってしまった、、みたいな流れかもしれません。

人に流されるのではなく、自然な流れでたどり着くのなら、それを十分に心を込めてすればそれでいいのです。

その連続がいつの間にか自分にとって最善の環境を自分にもたらすことになるでしょう。

自然体でそのままの自分で過ごしていれば、おのずとうまくいくようになっていますので、力まず、無理せず、明るく楽しく快く日々を過ごしていってください。


自分がまず幸せを感じること。
そしてその幸せの波動でまわりを満たすこと。(がんばらずに楽しめばいい)

とにかくは自然体、力まず、繕わず、そのままでOK、というスタンスで過ごしていれば、あまり問題なく、穏やかで楽しい人生となっていきます。


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R.Mさまのネームリーディングから抜粋編集した文章です。
本人の掲載許可は頂いています。

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よくある話ですが、10〜20代に大きな夢をもってそれに向かってどんどんと突き進んでいくのですが、必ずしも順調にその通りになるとは限りません。

いろんな壁にぶち当たったり、問題が起こったりで紆余曲折の道を歩み、だんだんと夢をあきらめ、普通の生活をするようになります。

そのような生活を続けていくうちに、それまでには見えなかったもの、世間一般がいう成功や冨、豊かさというものとは違うかもしれませんが、心温まる人間関係や素朴な生活の中にある幸せというものに気づいていきます。

社会的な成功を求めていた自分は、「自分はこれだけできる」と認めてほしいがゆえのことだったのかと気づくかもしれません。


自分を認めてほしいがゆえに、成功しようとがんばっている人も少なくありません。

それをするのをやめて、今、普通に生きていることの価値に気づき、そのなかにあるたくさんの小さな幸せに気づき出すと、今度は何かに向けてがんばることが不毛に思えてきます。

もちろん自分のしたいことがあり、それに向かって行動することは何も悪くありませんし、楽しいし、やりがいのあることです。

それはもちろんオーケーですが、本当に自分がしたくてしているのか?

その根底に、自分を認めてほしいとか、自己価値を高めたい、自己存在感が欲しいという思いが隠されていないか?によっては全然違ってきます。


自分を認めることは自分にしかできない。
いくら人に認めてもらっても、自分が納得しなければどうにもならない。

ごく普通の生活のなかにその種がたくさん潜んでいます。


自己価値観は誰のものでもなく、自分がそうだと感じているものです。

さりげない日々に営まれる普通の出来事の大切さに気づき、それを体験できる自分の貴重さに気づくこと、生かされているということはどういうことか?を知ること。

それにはなにも特別なことは一つもいりません。

ただ自分がどのようにそこにあるか、ただそれだけです。


平穏無事な日々を楽しくありがたく平和にすごすことの喜びやうれしさ、それを感じられるほうが実はもっと大切なことであり、それが本当の豊かさだと日々の暮らしの中で感じておられるのではないでしょうか?

それでも時々「このままではいけないのではないだろうか?」「なにかしなくは」「私は何がしたいのだろう?」と疑問がわき起こってきて、焦燥感を感じることもあるでしょう。

でもそれはそれでいいのです。
焦る必要はありませんから、ゆっくりと構えて下さい。

(後編へ続く)



<ネームリーディングとは?>

ネームリーディングとは、悦月(えつき)から自然に生まれたエネルギーリーディングです。
姓名判断とは違い、画数は見ません。
名前の漢字、ひらがな、音、バランス、エネルギーから情報を読み取って文章化していきます。

その時の情報をリーディングしていきますので、その時のあなたに必要なメッセージとなります。
それはあなたの人生についてかもしれませんし、今の状況についてになるかもしれません。

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「Kさまのネームリーディング2」からの続きです。


私たちは何も考えなくても天命を生きています。
ただ天命を生きていると気づいていないことがほとんどなので、外の世界に天命や使命を探し求めます。

それらは職業や肩書きではなく、本当は「状態」です。
「ある状態」になることが天命として生きることであり、その状態は心の状態を指します。

人に感謝されてうれしい人は、人のために何かしたいと思い、お店を開くかもしれないし、お医者になるかもしれないし、先生になるかもしれません。

絵を描くことがたまらなく好きな人は、画家、イラストレーターになっているかもしれませんし、子どもたちの絵画教室をしているかもしれません。

おもてなしが好きな人は、家に人を招いて楽しんでいるかもしれません。


これらはすべて「・・な状態を感じることが楽しくてうれしくてしょうがない」という状態を自分で作り出していることになります。

それが、いわば天命であり、ミッションになりうることなのです。

その状態が引き出せるような状況、環境にあることが天命を生きていることであり、いきいきと自分らしさを発揮していることとなります。


ご自分で見つけ出していただきたいですが(もうすでに見つかっているかもしれませんが)、それはどうも自分では思ってもいないところに隠れているように思います。

つまり、苦手なことの中にそれがあるみたいです。


人付き合いが苦手なら、人と接することのなかに。
人前で話すことが苦手なら、人前で話すことのなかに。

コツコツと好きなことをしていくタイプだとは思いますが、なにか思いっきり大胆なことに対しても魅力を感じておられるようです。

自分にはとてもできないと思っていること、実はその裏には自分の気づかなかった欲求が隠されているように思います。

それはずっと続けていくより、単発的にやってみるといいことみたいです。
そのこと自体よりそれをしてみることが大事のようです。


それをすることでその後の流れが変わってくるようで、そのためにそれをしたらいいみたいです。
それが何かはわかりませんが、びっくり箱を開けるように、「!」と思うことのようです。


それが転機となり、自分の本当に行きたい道、なりたい自分のことがわかり、それに向けて進んでいかれるように思います。

具体的に何というかたちでは出てきませんが、思わぬところに隠れているなにかという気がします。


なので自分に制限枠を課さないようにして、いろんなことに挑戦してみて下さい。
いろいろとやっているうちに「これだ」と思うものに出会いそうです。

そういうことが数回続いた後で、本当に収まるべきところに収まりそうです。
それはきっと「灯台もと暗し」、まさかこんなところに,,と思うところにありそうです。


探そうと思って見つかるものでもなく、目の前の一歩一歩を進んでいたらそれだとわかったというものになるでしょう。

ぐるっと回って戻ってくる感じかもしれませんね。
でも何も無駄なことはなく、必要なぐるりですから、その時その時を大切にして過ごしていかれるとよいと思います。

人生前半の葛藤は後半では大事な智慧となるでしょう。
全体的には優しい愛にあふれた人生だと思います。

------------

いただいた感想です。
 ↓ ↓ ↓

先日はネームリーディングをしていただきありがとうございました。

毎日が平穏無事に過ぎることはとてもありがたいのですが、最近はもしかして老後に入ったのか?というような落ち着いた生活を送っておりました。

けれど、まだまだこれから色々なことができる、人生の旅の途中だと思うと、自分の中に活力が出てきた感じです。

悦月先生のおっしゃる通り、最近はずっと自分をもっと生かしたい…天命は何だろう…と思い続けていて、環境やら色々な理由で日々の生活優先となっておりました。

これといった職業、地位だけが天命ではなく、自分が輝ける心の状態でいられることも、また天命とおっしゃって下さいました。

その心の状態になれますよう、これから人生の中でたくさんの経験をしてたどり着きたい、たどり着けるだろうと思っています。

ありがとうございました!


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11/22 (土)京都で、マスターとなづなちゃんとトークライブします

次回、Change the World 〜世界を変えるコーチング〜は11/29 仙台です。


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「Kさまのネームリーディング1」からの続きです。


今は満ち足りたというよりは、淡々と日常をこなしている感があります。
少し退屈気味かもしれません。
それなりに生活も充実していて問題はないですが、なにかもっとワクワクすることや楽しいことが欲しい、自分をもっと活かしたいという思いがあると思います。

その感覚は自分の魂の声かもしれません。
これからもっと自分の可能性を追求されていくがいいと思います。


「自分はこうである」という先入観を取り去った時、最初は無価値観を感じるかもしれませんが、ゼロになって初めて見えてくるものもあります。

人に好かれるにはこうでなければいけないとか、いい人でありたいとか、嫌われたくないという思いが自分をいい人に見せていないか考えてみてください。

人はあなたをそのような人と思ってみていますので、いまさらそれを崩すのはとても勇気がいります。

別にカミングアウトしなさいというわけではないし、カミングアウトするほどの違いがあるわけでもないですが、いい人の仮面をかぶっているところはありますので、それでいいんですか?ということです。

そういうものだと思って過ごしておられると思いますので、とくにストレスがあるわけでも問題なわけでもないみたいです。


心地良い毎日を過ごされているように思いますが、なにか物足りないというか,自分を活かしきれてない、、そういう思いが時々心をよぎるようです。

もっと人の役に立ちたいという思い。
でも何をやっていいかわからない、、、。

私は私の可能性、才能を活かしきっているだろうか?
そうするにはどうしたらいいのだろうか?

というような疑問が出ては消え、出ては消えしているように思います。

自分の使命、ミッション、天命は、あってもいいし、なくてもいいと思います。
毎日を楽しく幸せを感じて過ごすのでもかまわないし、家族がみんな幸せであるようにという願いでもかまわないと思います。

必ずしも世の中のお役に立たなくてはと考える必要はなく、自分の今あるポジションでやりたいこと、できることをすればそれでいいと思います。


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ずいぶん前のある方のネームリーディングなのですが、今の流れにあっている内容ですので、何回かに分けて載せます。(掲載承諾済。パーソナルな部分は省略してます)

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今までこうだと思っていた自分の仮面はもう脱ぎ捨てて、新たな自分の可能性を探っていく時期です。

それは今までの自分が思いもしなかった自分。
自分にあるとは思っていなかった可能性、才能がまだまだ眠っている状態のようです。

眠っている才能ですので、今の自分にはあるとは思ってもいないものかもしれません。

まさか自分にこんなことができるなんて!とか、自分がこんなことをするようになるなんて!と思うようなことをこの先やっている可能性があると思います。

最初からそこをめざして進んでいくというよりは、何かのきっかけで何かを始めて、そこから始まっていろいろとしていくうちにいつのまにかある方向に向かっていっていて、そういうことをするようになった、というような,流れに身を任せてみたらそうなった、、、という経過みたいです。

そのためには,今までの自分の領域とは違うところに意識を飛ばすとよいです。

違うところといっても、今の自分には見えないかもしれないので、意識を飛ばすといってもどこに飛ばしたらいいかよくわからないかもしれません。

まずすることは、毎日とちょっと違うことをしてみたり、今までの自分だったら絶対にしないだろうと思うことをしてみたり、ふっとひらめいたことを実行してみたりされるといいでしょう。

ゴールは見えなくても、最初の一歩を踏み出すことで、一歩歩くごとに次の一歩が見えてきて、気がついたらちゃんと道になっていた、ということになると思います。

その道の青写真はすでにできている感じですので、あとは自分がそれに向かって歩き出すことです。


夜、車に乗っていてライトを下向きにしていると目の前の道しか見えませんが、進めば進むほどまた前が見えてきて、全貌が見えなくてもちゃんと目的地につけるようになっています。

それと同じで、足下だけ見えていたとしても、一歩一歩歩いていくうちにちゃんと道になっていますので、あまり心配はなされずに動いていかれるとよいと思います。

へ続く)

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5月の個人対面セッションの受付は終了しました。
お申し込みをありがとうございました。

東京での個人セッション、6月10日(火)と24日(火)午前中、
ご希望あれば受け付けます。

京都での6月の個人セッションはご希望日をお知らせくだされば、できる範囲で調整します。

5/29からメニューと料金が一部変更となります。
5/28までのお申し込み分は料金は従来のままとなります。

ネームリーディングも料金が変わります。興味ある人は今のうちにどうぞ!
(リーディング結果がでるのは1ヶ月後ぐらいになります)

お申し込みフォーム

  


ネームリーディング、前回からの続きです。
 ↓ ↓ ↓ ↓

普通の生活の中にたくさんある幸せ、喜び、楽しさなど、実はあまりにもありふれているがゆえに気づかない日常の宝です。

たくさんのその宝に囲まれている事に気づくことができたら、焦る必要も急ぐ必要もがんばる必要もなく、足るを知り、与えられているものや生かされていることに感謝の気持ちがわき上がってくる幸せを感じて日々過ごすことができます。

幸せになるとか、良い人生を歩むというのはなにも金持ちになったり、仕事で成功したり、社会的に貢献したり、幸せな家族に恵まれたり,したいことをしていたり、ということだけでなく、些細なありがたさに気づけること、それだけですでに至福に満たされて人生に感謝することができます。

人生満たされるには本当はなにもいらないのですね。

すべて与えられていることに気づき、その大いなる愛に心から感謝できたら、もう満たされようとする必要はありません。
最初っから満たされてなかったことなどないことに気づくからです。

常に満たされていたけど、「満たされていない」という体験をするために、何かが足りないと感じる状況を自ら作り出していた、、、ということは、『「満たされない」ことに満たされていた』わけです。

それは自分が作り出した幻想です。
その向こうには常に満たされている世界があると気づくと、自分で選んだ体験をするためにこの人生のすべての設定があったのだとわかるでしょう。

実は自分の人生は満たされ続けていたのだと。

海で網で水をすくっても、水は網をすり抜けて落ちます。
網だけ見ていると水がすくえなかったと思うでしょうが、水は減ることなく、海にずっとあります。
網だけ見ていると「ない」のですが、海を見ると豊富に「ある」なのです。

そこに気づくことで、今までと変わりなく過ごす毎日がすっかり変化してしまいます。
していることは今までとまったく変わりなく、普通に過ごしていくのですが、平和で満たされた人生と変化していきます。

もしそれを望まれるのであれば、何かを得よう、探し出そうとすることはストップして、自分がすでに何をもっているのかを考えてみられるとよいと思います。


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お申し込みをありがとうございました。

東京での個人セッション、6月10日(火)と24日(火)午前中、
ご希望あれば受け付けます。

京都での6月の個人セッションはご希望日をお知らせくだされば、できる範囲で調整します。

5/29からメニューと料金が一部変更となります。
5/28までのお申し込み分は料金は従来のままとなります。

ネームリーディングも料金が変わります。興味ある人は今のうちにどうぞ!
(リーディング結果がでるのは1ヶ月後ぐらいになります)

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ある方のネームリーディングを一部転載します。(許可をいただいています)


人生、いつもなにかしら物足りないような気持ちがあるように思います。

「満たされない」という言葉とはまたちがうんですが、それなりに満たされもするけど、心のどこかでいつも何かが足りないような感じがされているのではないでしょうか?
物足りない、、、完成されていないという気持ちかもしれません。

先ほどの編み目の大きい網の話ではないですが、すくってもすくっても何か大事なものを得てないような、なにかが足りないような感じ、、その感覚がいつもつきまとっているような、、。


それは今までの人生観とも関わっているのでしょう。

Yさまの人生観ではなく、世間一般のそれです。
現代を生きているのですからもちろんその影響は受けておられるでしょう。

今までは物質主義的社会でしたから、たくさんのお金を得て、いいお家に住んで高価な物を所有して、とたくさんのものに囲まれてなんぼの世界観でした。

その世界に基準を合わせると、たくさんの物を所有したり、お金をたくさん得ることが幸せと考えてしまうわけです。

そこに焦点を当ててそれが幸せと考えると、Yさまはそんなに物が必要な人でもないですからギャップがあるんですね。

世の中ではたくさん所有したり、海外旅行やいろんな催しなどに出たりするのが豊かな暮らしとされ、皆がその方向に向かっていましたので、無意識に自分も基準をそこにあわせておられたと思います。

でも本当は物もイベント事もあんまりいらない人ですので、まわりのあれもこれものあり方にどうもギャップを感じるんですね。

自分のまわりはシンプルにまとめるんですが、世間一般で言われていることとと違うような気がして、自分には何か足りないんじゃないだろうか?という思いが増幅されていたと思います。

もともとシンプルに生きる方が向いている人です。
田舎のお百姓さんみたいに、太陽が出たら畑仕事して、暮れたら家に戻って,家族がみんな幸せで、、というような基本的生活の部分に幸せを見いだせる人ですから、世間の流行や喧噪に煩わされないことをお勧めします。

Yさまの大切なものは忙しい時間の中にはないようです。(好きなことで忙しくしているのは別です)

自分探しのためにいろんなセミナーやワークショップなどにたくさん参加しても、自分を見つけるための参加のそれが、反対に、大切なものを見失うことになってしまいかねません。

一見なんらかわりばえしないような毎日の普通の暮らしの中に、本当の宝物が眠っているようです。

それは、外の情報を通じてなにかを見つけようと忙しくしていたらなかなか見つからないもので、日々の坦々としたくり返しを続けていくなかで見つかっていくもののように思います。


青い鳥の話のように、自分の一番欲しいものはすごく身近なところにずっとあるんだけど、なかなかそれが見えません。

外を探して探して、あきらめようと思う頃にやっと、毎日くり返しているいつもの暮らしの中にそれを見つける、、というシナリオがあるかもしれません。

それは「あたりまえ」という宝物なのかもしれません。

当たり前に日々暮らしていけること、それがいかにすばらしいかに気づくとき、あなたは自分の本質に気づき、自分の生きる意味に目覚めていくのではないでしょうか?

忙しく日々を過ごすより、できるだけゆっくり過ごせる時間を作り、なにか自分の好きなこと、興味あることを楽しみながらされるといいと思います。

ただ自分が楽しむためにだけすればよく、何かを得たり結果を出したりしようとしなくてもいいです。収入につながるか、なにかの役に立つかなど考えないでください。
ただ庭の草むしりを楽しむみたいな感覚でされたらいいと思います。

(後半へ続く)

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Sさんのネームリーディングの一部です。
ご本人に許可をいただきましたので掲載させていただます。
途中でも省略しているところあります。

前回の記事はこれを載せようと思って書き出した文章が長くなりすぎたものでした。なので突然、自己否定の話になっていたのですが。

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(前略)

人に嫌われるということに対してとても抵抗があるようですが、本当の愛は嫌われることも辞さないぐらいの強さが必要です。

人に嫌われることをしなさいというわけではなく、人に嫌われまいとして自分の本来の力を伏してしまうのはもったいないと思います。


もっと自分に敬意を払い、尊重するようにしましょう。
高貴な大切な人に接するように自分に接してください。
あなたはそれに値する人ですから、その感覚を取り戻したがいいでしょう。


自分の崇高さが蘇ってくると、自然と本当の意味での慈愛もにじみ出てきます。

自分を大切にせずに他者によくしようと思っても本末転倒。
それは人に好かれたいがために行なうことであり、人のためのようで自分(が嫌われない)のためです。


自分を低めてしまうと何ごともうまくいきません。

たいていの場合は自己否定、自己卑下することで、誰かに対して(たいていは親)「あなたのせいで」と思っているのですが、あなたの場合は誰かに対してというよりは、キリストが十字架を背負うような感覚で、全人類の罪を背負うみたいな感覚の自己犠牲精神があるようです。

他の人が幸せでないのに私が幸せになってはいけないとか、他の人の幸せのためなら私が犠牲になっても、、みたいな感じなのですが、他の人といってもある個人を指すよりは全般的な感じだと思います。

そういう姿勢を美とみることもできますが、一昔前の耐えることが美徳みたいなのは本人にとって楽しいことではないですから、そうしたいのかは考えてみるべきところかもしれません。


あなたは一段高いところからまわりを見渡して、必要なものを分け与えるような、ちょっと女神的なところがあるように思います。

一段高いところから、といっても人を見下すという意味ではなく、人よりも高い視点で見ることができるというところでしょう。

だから人々が持っていないなにかを分け与えることができるわけです。


自分も周りの人と同じところに立って、一緒に「たいへんだねー、つらいねー」というところにいってしまうと、共感と「私たち同じね」みたいな安心感、連帯感は得られるかもしれないですが、それは本当にその現状や自分自身や他者に向き合っていることにはなりません。

自分がその人や状況に対してできることは何か?と思う時に、一つ高い視点を持つからこそ、その人たちには見えていない解決法が見えるわけです。

あなたにはそれができる能力があるのですが、それよりも同列で甘んじていたい気持ちが先に出てしまっているようです。

今まではそういう関わり方が多かったかもしれませんが、もうそこから一歩出て新たな立ち位置をもたれるがいいでしょう。


一緒に牢獄の住人になって、そこの人の話を「うん、わかるよ」と聞くのではなく、外に出るにはどうしたらいいか?を彼らが自ら考えていけるように導いていく人であってほしいと思います。

その資質は十分に持っておられると思いますが、その自覚はまだ少ないように思います。


「自分はこんな人」と今思っていることは、過去の自分を指し示して自分の才能や可能性を制限しているものですので、それは偏った見方だと思ってください。

今の自分には思いもよらぬもっと尊大な自分が隠れていますので、それを探してください。

あなたがもっと自分の尊厳を取り戻すことによって救われる人たちがいます。
もちろんあなた自身も救われるでしょう。


自分のために何かしようと思うとなかなかできませんが、人のためや世のためと思って、今の自分からもっと可能性ある自分になろうと思うと案外やりやすかったりします。

どうせ自分を捧げるのであれば、そのような方向に自分を捧げていってほしいと思います。
まわりの人に合わせて同じ次元に留まることに自分を捧げても、その人たちにとってもよくないし、あなたにとっても損なことです。

ただ自我はそこで自分を慰めることができますので、そこに甘んじることにちょっと満足かもしれませんが、それでも本当はそうではないと気づいていると思います。


どこからどのように手をつけていいかわからないようであれば、自己卑下、自己否定をやめましょう。
「自分は素晴らしいのだから自分の尊厳を取り戻そう」と日々の生活を送ってください。

自分は誇り高き部族の女神なのだと思って、女神らしくふるまう遊びをしてもいいかもしれません。

まじめになりすぎるとなかなかできませんが、ごっこや舞台に立っていると思って尊厳ある女神としてふるまってみてください。


そうしてみると女神らしくふるまうことは自分のためではなく、女神を敬ってくれている人々のためだと気づくと思います。

女神らしくふるまうことがおこがましいのではなく、そのようにふるまうことが自分を人々に捧げた状態、自己犠牲の状態です。
どうせならそういう方向に自分を捧げるほうがいいと思います。


天皇陛下が個人を捨てて国民のために生きておられるように、マイケル・ジャクソンが個人を捨て、夢を与えるスーパースターとして人々のために生きたように。
あるいは、キリストが人々の救済のために十字架に磔になったように。

大げさな話のようですが、どこに自分を捧げるかという話で、その矛先の向けようでずいぶんと違ってきます。

自己犠牲という言い方をすれば自己犠牲なのですが、崇高な理念と自分の尊厳を保ちながらそうするのと、自己否定的にそうするのとでは全然違います。


あなたが今まで歩んできた人生は何一つ無駄がなく、それらはこれからの糧となるものです。

あなたが勇気ある一歩を踏み出し、崇高な目標に向かって歩み出せば、あなたの人生はぐるんと裏返って全く違う見解が現れてくると思います。

それができるのは他の誰でもない自分自身です。
どうぞちっちゃな自分に留まることなく、自分の可能性を信じて進んでいってください。

--------------------------------

ご本人からの感想です。
 ↓
数々のご指摘、思い当ることばかりです。
まわりの気の影響を受けやすいこと、自分を弱いと思っていること、自分を低めてしまうことなど。
特に自己否定については、わかっていながらなかなか抜け出せないでいたところです。

“女神”というありがたくももったいない言葉を使っていただきました。
現状とはあまりにもかけ離れたこの言葉は、即座には受け取れなかったものの、
そのままでは自己否定、自己卑下の続きになってしまいます。
女神ごっこのつもりで、自分に良いプレッシャーをかけていければと思います。

“小さな自分にとどまらず、自分を信じて進め。”
昨年末、同じメッセージが自分の内側からも届いていました。
ずっと怖がって、自分で自分を牢獄に閉じ込めていたようです。
もう甘えていてはいけませんね。

まるで台風のような強い風が吹き、明日新月を迎えます。
いつものことながら、最高のタイミングでこのような素晴らしいメッセージをいただくことができ、感謝しています。
今回も本当にありがとうございました。


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東京都内でのセッション 10/28 
14:00~ 、17:30~ です。

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Hさんのネームリーディングの続きです。 
 ↓ ↓ ↓


恋愛や親子関係においても同じです。

「あなたはもっとできるはず」という過度な期待が(それはそのまま「私はもっとできるはず」という思いの裏返しですが)相手に向かい、反対に、それができてないことを強調するようになってしまい、相手は劣等感を感じてしまう。

自分は期待しているつもりが、相手は重荷や批判と感じてしまう。

結局は、自分が自分に対してそうしているので、他者にもそのようにしてしまうのです。

なので、自分が自分に「もっとできる」と面と向かって言うか、できていない自分に直面してそれを素直に認めて受け入れるか、をするといいと思います。

自分に対してそれをしない限りは、他者にそのように対応してしまいます。


自分のすごさを認めるか、自分のダメさを認めるか、、、。

ふたつは真逆のようで、実は同じことなのかもしれません。
どちらにしろ、どんな自分でもOKなんだよという話で。

どんな自分でもOKなら、他者に対してもどんな風な人でもOKなわけなので、期待を裏切られたと感じることもないわけです。


簡単に言えば、「あるがままの自分を受け入れる」ということが今回のリーディングの主なるテーマのようです。

どんな自分であってもそれを自分に許すこと。

それを心がけてみてください。
自分を裁かないことです。

あなたはあなたのままでいいのですから、あえて罪や罪悪感を感じる必要もないですし、自分を罰する必要もありません。

なにかに一心に身を捧げたい思いというのは贖罪の意味もあるのかもしれませんが、その必要はないですから、どうぞ自由になってください。


自由になるのは最初は居心地が悪いと思います。

なにかをしなくては、という思いにかられるでしょうが、何もしないことに甘んじていると、だんだんとなにものにも寄りかからない自分に慣れてきます。

そうなったとき、何者でもない、なんにもしていな自分でもいいんだと、ただの自分に許可を与えることができます。


その時初めて、許される感覚を得られるかもしれません。

それは自分がずっと待ち望んでいたものですが、人のために尽くすことでそれが得られるのではなく、自分自身が自由になることを許すことで初めて得られるものです。

そのためにはもう不必要になったいろんなしがらみを手放していき、何ごとも裁かないことが大事だと思います。

裁くというのは、いい悪いの価値判断をしないということです。
いいも悪いもそれぞれの人の価値判断なので、基準はバラバラです。


この世のすべてはあるべくしてありますから、あってはいけないものなど本当はないのです。
それをああだこうだと判断するのは人間の理屈です。

裁いている自分を見つけたらストップして、どちらもあっていいんだという視点に立つようにしてみてください。
そうやって物事を観ていくと、今まで気づかなかったこの世の仕組みが見えてくると思います。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ご本人さまの感想です。

 ネームリーディング、えなふ等ありがとうございました。いろいろいただいた言葉を繰り返し読んでいるうちに、いらいらしたり、怒ったりということが、随分少なくなってきた自分に気がつきました。小さい幸せがいっぱいあります。悦月さんを教えてくれた友人と、悦月さんに感謝です。

 送っていただいた無料えなふの一枚を、不妊治療を続けていたある夫婦にわたしました。えなふをつけたら、温かい感じがするとメールが届き、その後に受けた顕微受精で妊娠したという嬉しい知らせが届きました。ずっとうまくいかなかったのにです。今、4ヶ月になり、順調に赤ちゃんは育っているそうです。おなかの中の赤ちゃんを、きっとえなふが守ってくれると信じています。本当にありがとうございました。


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Hさんのネームリーディングの続きです。 1はこちら
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真理はひとつではないのです。
真理は流動的に常に移り変わり、変化していっています。

その中で目には見えなくても形や定まりはなくても真実なるものがあり、それはまたそれぞれの人にとっては違う形や現れであるかもしれません。

他者にそれを求めたとしても、自分の中にあるものを他者に見ています。
自分の中のそれと自分自身が一致しない限りは、外の世界においても完璧という存在はあり得ません。

理想を追い求めると、なかなかそうなれなくてストレスになってしまうことがあります。
あまり神経質になりすぎないことです。


先ほど、尊敬できる人に師事したい願望について書きましたが、これは相手の言うことを聞くということではなく、相手の夢を叶えるために自分も協力していくというもので、右に倣えというものではありません。

先ほどの宗教の例もそうですが、ある政治家を応援するとか、なにかしら大きな志しをもった人を応援したい思いがあるように思います。

信じてもまたいずれ期待を裏切られるという思いもあるかもしれませんが、それでもまた期待をしてしまうのでしょう。


これも前述しましたが、自分のあり方と深く関係しています。

自分が求めているものはなんなのか?
その答えは自分の中にあります。

他者にそれを見て、今度こそ、と思ったとしても、他者は自分の鏡、自分がどこまで自分を受け入れることができるか?にかかっていると思います。

それは、自分のいいところだけでなく、しょうもないところ、だめなところ、きらいなところなど、自分にとってマイナスと思えるところをいかに受け入れられるか?というところにかかっています。


信じては裏切られ、があると、また傷つきたくないので人との関わりに距離を置くようになります。
そんな中でもまた「今度こそは」という期待をもってしまい、同じような体験をしてしまいます。

これが期待ではなく、希望であれば、自分のことなので、自分が何を信じているのか?その人を通して何を見ているのか?何を求めているのか?をみていけばいいですが、期待であれば、自分がその人に望むことであり、他依存になってしまいます。

その人がきっと叶えてくれる,実現してくれるという思いです。
その時点で、自分にはできないから、という思いがあり、他に過剰に期待してしまうかもしれません。
人から見たら理想論者、完璧主義に見えるかもしれません。


理想を追い求めるのも大事ですが、今ここにある現実をそのまま受け入れること、それもまた大事です。

その地点に立てた時、自分は夢を叶えられないと思っていたけれど、本当はずっと叶えてきたのだ、ただそれは理想論での話ではないかもしれません。

今一度、自分が本当に望んでいるのもはなになのか?見てみるとよいと思います。


他者に実現してもらわなくても、自分でできること。
それが誰かを応援することであればそれもまた良し。

その時に必ず自分の何かを投影していますので、それに気づけば、他者を通さなくても、自分自身の中で昇華できることなのだと気づかれるでしょう。

投影がなくなってしまえば、過度に期待することもありませんので、お互いに重くならず、それこそ適度な距離感を持つことができると思います。



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Hさんのネームリーディングです。
掲載許可をいただきましたので、シェアするといいと思えるところを載せますが、長いので3回に分けて載せます。
 ↓ ↓ ↓

自分が信じることができる対象を求めているところがあるようです。
真実を求めるがゆえに宗教に傾倒することもあるかもしれません。

キリスト教の信者さんの中にはキリスト様に絶対の忠誠を誓っている人がいますが、そのような感じで、何かの対象に忠誠を捧げたいという思いがあるようです。

忠誠というか、何かに身を捧げて師事したいという願望だと思います。


その「何か」とは自分が信じることができるもの。

それは宗教者に限らず、会社の上司や尊敬する人、恋愛対象者などいろいろです。
人でなければ、仕事に対してそのような作用が働くかもしれません。

宗教に入っていなくても、信仰心が強い、あるいは信じることができるものを求めるという意味で宗教的かと思います。


自分が主体となって何かを行なっていくというよりは、誰か/何かに師事することで自分の幸せが満たされると思っておられるような感じがあります。

なので、自分がしたいことを見つけてそれをかたちにしていくというより、誰か尊敬できる人の夢を叶えるために自分も一生懸命にそれに協力するというようなかたちを好まれるように思います。

尊敬できる人や自分が望む世界を実現してくれそうな人の夢やミッションに協力することが自分の夢というような感じだと思います。


そのことを認識してしまえば、人との出会いにもそのような意味づけがなされ、目的も達成しやすくなりますが、それに気づかないとどうもぎくしゃくしてしまいがちです。

自分は共感して応援したいと思うのですが、それが過剰になったり、相手が自分の才能に気がついていなかったりすると、応援されてもピンと来ず、話が噛み合なくなってしまいます。


過剰な期待は、反対に劣等感を強めることもあります。

他の人を応援することはいいことなのですが、「この人なら」と自分の期待を押しつけるかたちになってしまうと相手は負担に感じることがあります。

自分はそのように期待される存在ではないと反発してしまうかもしれません。


相手の本質を見抜き、相手の中にある才能を見据えて相手を応援すると、その人はだんだんと「自分はできるんだ」と思うようになっていきます。

しかし自分の中にある理想像を相手に見て、そのように期待してしまうと、それは相手の可能性ではなく、あなたの心の投影となります。

その場合、相手は本当の自分を見てもらえてないと感じ、居心地が悪くなって苛立ってしまうかもしれません。


これは人のことを言っているようで、結局は自分が自分をいかに見ているか?というところの話になります。

自分自身に潜む可能性を見る場合と、自分の中にある理想像を見る場合とは違います。
(本来、理想像は自分自身の本質を活かして生きている姿だとは思いますが)


前者は自分の中にあるもの(希望,可能性)を見ていて、後者は今の自分とのギャップとして見てしまいます。

『もともと自分はそうだから/それがあると知る』というあり方と、『今の自分はそうではないからもっと良くならなければとがんばるあり方』とは根本が全然違います。


自分が自分を見ているのと同じように人のことも見てしまいます。

自分の評価基準が必ずしも人のそれと同じとは限りませんので、人それぞれいろんな対応の仕方があると思ってください。

自分の基準にあわないとイライラとしがちですが、多種多様性を認めるようにして柔軟に対応していってください。

(続く、、、)


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しばらく前のネームリーディングで掲載許可をいただいて保存していたものですが、たまたま今日開けたら、今に良い内容でしたので掲載します。掲載許可をありがとうございました。

自然や農業の魅力を文章で伝える仕事がしたいが、思うように進んでいないということと、結婚後引越してアトピーがひどくなり、直らないのはなんでだろう?というご質問内容でした。

以下、リーグィングの結果ですが、省いたところもあります。
 ↓ ↓ ↓
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下の土ばかり見て耕していた人が、ふと空を見上げてみたら、お〜、広いきれいな空が広がっているではないか? なんてきれいな空だろう、と気づく、みたいな感じがあります。

この世の中、大地だけでなく、上(空)もあったんだなーと気づいた時に、季節の運行やらいろんな生命がかかわり合って成り立っているとか、もっと大きな視野に気づき始め、新しい視点を得ていくというものがこの名前の変化に見て取れます。


そう考えてみると、自分がしたいと思っていることを土と例えれば、「土を耕さねば」とずっと考えているのだけれど、もしかしてそうでないのかもしれない、、、?

ちょっと手を休めて、大空を見てみたら、自分がすごく小さなものにしがみついて「これがないといけない」と思っているだけなのかもしれない、、というところが見えてくるのかもしれません。


そしていったん下の土ばかり見るのをやめて、鳥の声を聞いたり、山に登ったり,海へ行ったり、大空の広さを満悦したりして、今までの自分と違う自分を発見して、もっと自由さを感じてみると、自分が今こだわっていることからぬけでれるかもしれません。

そうしたときに、まったく新しいことが始まるのか、再び今のところに戻ってきて、新たな視点でもってそれに取り組むのか、それはわかりません。

が、一度、そこから飛び立ってみる必要があるのかもしれません。

(ここに書いていることは、例え(象徴として)で書かれているので、言葉そのものを受け取るのではなく、雰囲気で感じてください。)


鳥が大地を歩いてばかりいて飛び立たなかったら、せっかくの翼を持っている意味がありません。
一度空を飛んだからといって地上に戻れないわけではありません。
空を飛ぶことと地上を歩くこと、両方を得ることができます。

私には大地が大事だからと飛ぶのを拒んでしまえば、限られた世界に留まることになります。


アトピーは体内にある毒、先祖代々あるカルマ、自分の中の不必要な思考などいらないものを吐き出している場合もありますが、「殻を破る」ということと関係しているような気がします。

アトピーは、そのためにいらないものを吐き出してしまう浄化の意味と、新しい価値観を受け付けまいと身を守る鎧の意味と両方あるのかもしれません。

自分の肉体内部と外の世界の間に皮膚があります。
そこで葛藤を起こしているのかもしれません。


例えば、文章を書く仕事がしたいけれど、仕事に精を出すと家庭のことがおろそかになってしまうかもしれないという葛藤、、、。

これも内(自分のしたいこと)と外(家庭など)ですね。


いろんなことに当てはまると思いますが、どうも内外の摩擦、葛藤というのがアトピー悪化の原因ではないでしょうか?

自分のしたいことと、家庭や人間関係。
いいたいことと体裁。
やりたいことと不安。
自然と環境破壊。

など。

その狭間で葛藤や摩擦があり、ストレスを感じる、、、というのを身体がアトピーで表現してくれているのかもしれません。


本来、とてもパワーのある人なのでしょう。
そのパワーをアウトプットしていないととてもストレスになってしまいますので、その点は他の人より注意すべきところだと思います。


自分を抑えてまわりに合わせていると、気づかないうちにエネルギーが内にたまってしまいます。

アトピー悪化というのは、自分自身を表現できず、内にためすぎた結果、エネルギーがどうにかして外に出たいと思って起こしている症状と見ることもできるでしょう。

いろんな意味合いが混ざっているのだと思いますが。


アトピーを抑えようとするより、自分の内にあるいいたいことやしたいけどできていないことなどを外に表現される方がアトピーは治まりやすいように思います。

今までの自分の視点に固執してしまうと、エゴでもって「やりたい」ということになってしまいます(本心ではない)ので、その場合は、多分身体がそちらにあまり動かないか、いろんな理由によりなかなかそちらに進めないということになりそうです。

いったん自分の思いを解放してから動き出される方がいいでしょう。


つまり、自分が「・・したい」と思っていることがいつのまにか「ねばならない。・・であるべきだ」みたいになっていないか?というところです。

本当は「好きだから。それをしていると楽しくてしょうがないからしたい!」というのが理由だったと思います。

それがいつのまにか「仕事としてどうにかさせたい」という損得勘定にすり替わってしまっていないか?もう一度見直してみられるとよいと思います。


仕事として成り立たせようと思う前に、なぜそれをしたいか?それを伝えたいのはなぜか?というところがもっと大事なのだと思います。

そこを見失ってしまえば、仕事として成り立ったとしてもだんだんと面白みに欠けてくると思います。



翼を広げて自由に飛ぶにはまず大空があることを知らねばなりません。

そして、大地にいるのも大空を好きなように飛ぶのも、自分の選択で選べるのだと知ること。
好きな時に好きなところにいることができると知ること。


もっと自分を解き放ち、一度、今握りしめているものを手放してみられるといいと思います。

手放したらなくなるか?というと、もう必要のないものであればなくなるし、必要のあるものであれば、必ず戻ってきます。

そうなった時に、自分はまた新たな視点を得てそれに向かうことができます。


大空を知った鳥は、地上も海も空も知りながら自分の好きなところに行くことができます。

私たちはなんでもありの世界に住みながら、自分の好きなものを選択して生きていくことができる、というすばらしい可能性の世界にいます。

その時、失うものは何もなく、必要なものはやってくるという確信を持てば、今できないことがあれば、今は時期ではないだけと思えます。

必要なことであれば、必ずベストタイミングでやってくることが信じられます。


怠けてしなかったり、勇気がなくできなかったり,不安が行動を止めたりというネガティブ作用が起きている場合は別ですが、それは要するに、土だけ見て「これがなくなれば,私には何もない」と思っているようなものです。

それは可能性を限定してしまう思考です。


日本から一度も出ないより、世界一周して戻ってくる方が日本のことがよくわかるというのと同じです。

「私は日本が好きだから日本にいる、外国に行く奴は裏切り者だ」と考えているととても偏った視点になります。

「私は日本が好きだ。世界中を回って他の国も好きになったけど、日本がもっと好きになった」という場合もあり得ます。

その場合はもっと大きな視野を持ち、いろんな違うものも受け入れたうえで,自分でこれが一番と選択しているわけです。

そのような視野が必要なのではないかと思われます。


自分の身体の内側のエネルギーを感じてみてください。
そして外の世界のエネルギーを感じてみましょう。
それから、皮膚がその間にどうあるのか?内外のエネルギーをどう透過させているのか? 

身体の感覚をただ感じてみましょう。

感じにくかったら、皮膚呼吸をしていると思って身体の感覚を感じてみてください。

吸う(体内に入れる)時、吐く(体外に出す)時、どちらのほうに抵抗を感じるか?
その抵抗はどんなものか?

感じながら、自分の中に思い浮かんでくるものをメモして、あとで共通項がないか?考えてみてください。

そして、ここに書かれていることとも照らし合わせて考えてみてください。


文字通り、一皮むける前なのだと思います。
アトピーで一皮むけて、新しい自分の再生。

そのためには、自分と外の世界をいかに和合させるのか?ということになると思います。

今までと違う視点はなんだろう?と探してみるといいと思います。

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リーディングを送ったあとに感想をいただきました。
  ↓ ↓ ↓

まさしく、エゴにとらわれていると思いました。はじめは自然や植物、農業に触れる度に、何て素晴らしいんだろう、と感動していました。それが、どうビジネスにつなげるか、結婚しても経済的に自立したいという想いが強くて、そのことに執着し、よく分からなくなりました。

これを機に、天を見上げて、じっくり楽しんでみようと思います。
貴重なアドバイスを下さって、ありがとうございます。

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今週末は不在しますので、お返事はその後にさせていただきます。


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ぴよこさんのネームリーディングの後半です。前半はこちら

 ぴよこさんの波動調整QR&潜在数秘術セッション

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例えば、「空がきれいだからぶらぶらと散歩したい」と思っても、理性の方は「今日はあれとこれをしないといけないから、そんなことで時間をつぶしている余裕はない」とささやくかもしれません。

でもそこで理性の声を横において、ハートに従って動くことを選択してほしいのです。

最初は一日一回ぐらいでもいいです。
ちょっとずつ「無駄」をすることを自分に許していってみてください。

ただぼうーっとすることも何もしていないようで、自分の頭を休めていることになるかもしれません。
そうすることで、その後、ものすごいひらめきが起きてもうスビードで物事が進んでいくかもしれません。


自分を把握範囲内に置くのをやめて、解き放つ、、、つまり、自分の想定外のことをもっと受け入れて自然な流れを楽しむようにしていくと良いと思います。

計画のあまりない行き当たりばったりの旅行みたいなものですね。
大まかな予定だけたてて、あとは現地での流れにまかすみたいな。

そういうアバウトな感覚を楽しむようにされると良いと思います。


となると、自分のなかのルール「ねばならない」は適応しづらくなります。
それを手放すのは不安になるでしょうが、もともとそんなものはなかったのです。

自分が育ちの過程で身につけた鎧みたいなもので、こうでないといけないと思い込んでいるだけです。

これからはそれを取り外していく作業をされるといいでしょう。
そうするとこんなにも自由だったのかとだんだんと気づいていかれると思います。


それは自分を解放していく作業です。

こうでもいいんだ、これをしても大丈夫なんだと、どんどんと自分を制していたことから自分を解き放ち、許可を与えていくと、どれほど自分が自分に制約をつけていたかがわかってくると思います。

ずっと首輪をつけていたとしたら、それが外れると最初はとても不安になると思います。
でもその状態に慣れていくと、なんだ、大丈夫なんだと自由な状態の自分に気づいていきます。


子供象の足をロープで結んでつなぎ止めて育てると、成長してそのロープをはずしてもその範囲内以上には行かないそうです。
なぜならずっとロープが結ばれていてそれ以上は進めなかったので、自分はそれ以上はいけないと思い込んでいるからです。
ロープから解き放たれても、それ以上進めるとは思っていないので進もうとしないのです。


そんな感じで、私たちは自分たちの可能性を制限しています。

これからはどんどんと自分が自分に課している制限に気づいて解き放っていってください。
自分の中の「・・ねばならない」「・・であるべき」に気づいたら、遠慮なく捨ててください。


自分が今自分に課しているそのような制約を解き放ってもっと自由な自分になったとしても、多分、現状はそう今の生活と変わらないと思います。

毎日の景色はほとんど同じだけど、自分自身がもっと素直に自然体でそれを楽しめる状態になっていることになります。

それができてくると、おもしろいほどに、「全く変わらないけどすべてが変わっている」という状態になると思います。

何も変わっちゃいないようで、全く違う世界にいるような感覚です。

それは内的な変化が起きた証拠です。


外の出来事に気をとられていてはそうはなりません。
内面にある、もう必要のない思いをドンドンと取り除いていってください。

それは先ほど書きましたように、「ねばならない」「すべき」と自分が思い込んでいることに気づき、手放す作業です。

静かな湖のように清廉とした状態になれば、外の事象には振り回されなくなり、静かに自分の中心に座すことができます。


そうなった時に、自分の中にある凛とした気質に気づかれることでしょう。

自分を卑下するのではなく、尊厳をもって自分に接することが、自分をどのように高めてくれるのかがわかってこられると思います。

一足飛びにそこに行ければ一番いいですが、なかなかそうはいかないようです。
でもその方向に向かって地道に進んでいると、ある日突然飛躍することになると思います。

宇宙はよくできたものです。

そのためにも、自分を下げることは極力避け、日々「私は素晴らしい!この人生は最高だ!」と思って過ごしてみてください。

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このネームリーディングは悦月が自然に身につけたやり方で、画数は観ません。名前のかたちと音とエネルギーからリーディングしていきます。

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2011年の話ですが、ぴよこさんネームリーディングをさせていただきました。(ネームリーディングは実際のお名前で観ています)
掲載許可をいただいていたのでシェアさせいただこうと思いながらもそのまま保留(というのがけっこうあります)、今日またまた目についたので読んでみたら、なぜか今の時期にちょうど良い内容でした。前後編に分けました。
 ↓ ↓ ↓

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自分の価値観、道徳観、生きる指針、、など、いろいろな概念ですが、古きを捨て、新しきを受け入れる、そういう時期になってきているように思います。

緊張感は、自分はこうであらねばならない、こうふるまわなければならないという、他人から見て自分がどう見えるか?というところが基準となっていると起きやすいです。
常に周りの目を気にして、自分の振る舞いやあり方をみてしまうので、なかなか自然体の自分を許せないのですね。

子供の頃からその傾向はあったかと思いますが、昔はもう少し気楽に構えておられたのではないでしょうか?
ご結婚され、嫁として母として妻としてちゃんとできるようにと気を張ってこられたのかもしれません。

実家の親が悪くいわれることのないように、夫が悪くいわれることのないように、近所から悪く言われることがないように、子供がりっぱに育つように、とがんばってこられたのでしょう。

でも今また変化の時期がきているようで、もうその時期は終わっていいから、元の自分に戻りましょう〜という流れのようです。


みんなのためによくやってきましたね。
がんばってきましたね。
ありがとう。本当にあなたのおかげで助かりました。
たくさんの人々が救われました。

でももう人のために生きるのはいいから、
もう自分のために残りの人生を生きましょう。
他の人のためにはもう十分尽くしました。
これからは自分のために生きていきましょう。



という感じです。

長年、他者のために生きてきた(といってもそれもまた自分のためですが)状態から、さあ、自分のために生きましょうといわれても、何がしたいかわからないとか、そうすぐに今まで培ってきた価値観などを変えられないと思われるかもしれません。

それはそうでしょう。

でも自分を変えていくのではなく、もともとの状態に戻っていくんです。
「こうであらねばならない」「こうすべき」という思いを少しずつ手放していく作業です。


私たちはほとんど無意識に自分を抑えつけて、周りに合わせようとしたり、自分を犠牲にしたりしています。

それに気づかなければ、気づかないままです。

呼吸をしていることに気づかなくても、私たちは呼吸をしています。
毎日していることはほとんど無意識に行動します。

いつもトイレのスリッパを揃える人は、くせのように意識せずにしているかもしれません。
お風呂に入ってからだの各所を洗う順番も毎日決まっているでしょうが、無意識で同じことをしています。

思考の中でも同じことが起こっています。

気づかずに、意識せずに、こういうもんだと思って過ごしていますので、自分が作っているルールになかなか気づけません。

そのようなことに気づいていくことで、自分はこのようにふるまっていた、考えていた、それがどのような影響を起こしていたか?がわかります。

気づくことができると、それをそのまま続けたいか、変えていきたいか、選択することができます。


今まで、周りの人たちのことを考え、その人たちのためにいろいろと気を使ったりお世話をしたりされてこられたように思います。

それはそのまま続けられていいのですが、もっと自由になり、自分らしくなったうえで、それをすると、自分らしさを活かしながら人々にも喜ばれるという状態になっていけますので、今よりもさらにありがたくうれしい状態になれます。

なぜなら、自分が自分らしく、自分の好きなようにすることで、他者も喜び、幸せになっていくことができるのですから、そこには自己犠牲も義務感もなければ、大義名分もなく、ただ自分らしさを楽しんでいる状態があるだけです。

「なんとなくこうなのさ〜」というゆるみや遊びの要素を取り入れるようにするといいでしょう。

ただ好きだから楽しいからやってみる、ぐらいの理由で物事に取り組んでみるのも良いと思います。

それが役に立つとか将来的にどうとか関係なく、無駄なことをすることを自分に許可してみてください。
「無駄なこと」というのは、「理性が無駄であると判断すること」です。

(後編につづく)


ぴよこさんは波動調整QR&潜在数秘術セッションをご自宅サロンでされているそうですので、お近くの方は一度足を運んでみられてはいかがですか?


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とあとあさまのネームリーディングから
(こちらのブログ用にちょっと変更箇所あり)


まったく傷つかない人はこの世の中にいません。
人は傷つき、その傷を抱え、人生を歩んでいきます。

その傷ゆえに防衛もすれば、攻撃もします。
わけのわからないワナを仕掛けてくる人もいます。

そのような果てしなく続くような戦いの中で、
人はまた気づき、癒されもします。

人は傷を持ちながら生きていきます。
その中で愛や癒しを体験していきます。


傷つくことがあるからこそ、
最初は自分のことをわかってほしいと思いますが、
そのうち相手の立場になって考えてみようと思います。

なぜなら相手も傷を持っていることに気がつくからです。


人の傷が見えた時、それがもし自分より大きければ、
人はその人を許そうと思います。

なぜならその人も苦しんでいるのを知るから。


傷つくのは、苦しむのは、自分だけではない。
自分もまた人を傷つけ、苦しみを与えていたのかもしれない。

そう気づいたときに大きな癒しが起きてきます。


人との関わりで常に自分が感じてきたこと、
それは傷の後ろに隠れている愛。

それを知りたくて認めたくて、私たちは人間追求をしていきます。

そして、だんだんとそれは「愛に包容されている苦」にすぎないのだ
と気づきます。

あなたが人の苦悩を見る時に、そこに神の愛をみて、自分の中にも愛を感じ、
苦というものを小さな枠内に押し込めておく必要がないのだと気づかれることでしょう。


苦の後ろには必ず大いなる愛があります。

それは成長したいという思いをもたらすかもしれない、
相手のことを思いやりたいという思いかもしれない、
苦を体験したいという好奇心かもしれない、、、。

苦を苦と見ているのは、この三次元での私たちのマインドです。
そこに気づき出すと、どんどんとこの世のしがらみから自由になり、
愛と調和のバランスの中で、私たちは苦や傷とともに生きているのだ
と気づくことになります。


そのような学びと体験を得ながら生きていけるこの世はすばらしいものです。

自分の望まぬことも経験しながら、
山から削られた岩が川の中を少しずつ流されていくうちに角が取れて、
海に着く頃にはまんまるい石になっているように、
もまれているような人生からだんだんとまるい人生になって、
最後にはお月見のおまんじゅうのように柔らかく優しく
思いやりに溢れるまあるいお人になっていかれるのだと思います。


人生でいろいろと起こることを楽しんでください。

それはすべてギフト以外のなにものでもなく、
あなたが最高の人生を歩めるようにと用意された贈り物です。

楽しみながら、涙しながら、笑いながら、それを受け取り、
経験豊かな人生を歩んでいってください。


とあとあさまの後記 → ふりだしに戻ります

ネームリーディングは 11月25日より値上がりします。
24日までにお申し込みされると、現在の料金です。


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