いのちおり - 本来の自分に還るために

人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

カテゴリ: メルマガ記事から

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11月は躍動の月です。
または厄動。

厄が動く月。

厄年は、年齢による体調の変化や家族の年齢などにより、問題が起こりやすい年だと言われます。
また一方で、それまでお役に立ったかどうかがわかる年だという話もあります。

お役に立っていた人にはいいことが、そうでなかった人にはその報いが来る年だそうです。
自分のやったことが返ってくる年なのでしょうか?

今月は躍動の月。
物事が動きます。

心ウキウキと躍る人もいれば、今までの厄が返ってきて、厄動となる人もいます。
それは必ずしも悪いことではなく、それで厄落としができる人もいますから、ビンチはチャンスです。
その時にどういう対応をするかで、厄が落ちるか、増すか、その後が変わってくるでしょう。

では、何をしたらいいんですか?というと、特別に何をするということはありません。
今まで通りに過ごしますが、改めたがいいと思われることは改め、続けたがいいと思うことは続けましょう。

自分の見直しをするといいですね。


旧暦の10月10日が出雲大社での神迎えの祭りです。
今年は11月17日。

それまでに一度、自分を反省して、
伸ばすところと、悔い改めるところを見てみるとよいでしょう。

来月はもう師走ですから、今の内に捨てた方がいいものは捨ててしまうといいでしょう。

厄落としとは厄を落とすことですから、手放すこと。
いつまでも実らない願いに執着するとか、手に入らないものを望むことはせず、いったんリセットしてしまうといいでしょう。

そしてまた欲しければ、望めばいいです。
いったん捨てるという作業をすることで、見えなかったことが見えてきます。

いつまでも同じ環境に居続けると、本当に大切なものが何かわからなくなっていきます。
同じことをずっと根に持っていたり、悩んでいる場合も同じです。

そういうところに厄が溜まっていきます。
いったん手放して厄払いできたら、すっかり忘れていた何かを思い出すでしょう。

それは厄に包まれている時には気づけません。

禊をする気分で、身を清め、自分自身を清めましょう。
清らかな心身であれば、本当に必要なものが見えてきます。

それが見つかれば、心は躍動し、厄は動き去り、お役があなたの元にやってます。

躍動から厄動し、役動する。

心躍れば、厄が去り、役が来ます。

心躍るには何をすればいいか?

厄を落とすこと。
積もり積もった思いをいったん捨てること。
今までのお役を捨てること。

それをするから心が躍り、新しいお役か、リフレッシュされたお役に巡り合うでしょう。

「和音」2018.11.1



こちら側からあちら側を見るのと、あちらに行ってしまってからとは全然違います。
これは橋を渡らないとわかんないですね。

あなたがもし何かで悩んでいるとしたら、こちら側、つまり、悩んでいる側で悩んでいます。
あちら側(手放した後)に渡って振り返ったら、「あらまあ!」なんて驚きがあるかもしれないです。
こんなことならもっと早く・・・とか、思っていたより〇〇だった、とか。

悩み続けるよりは、行動する方が変化があります。

厄落としも、役落としも大事ですね。
落としてみないと、落ちた後のことはわからないです。

落とす前は「こうなったら、ああなったら」と想像しているだけですから。


今月は、悩んでいること、迷っていることなどあれば、いったん手放してみるとよいでしょう。そうすることで、自分の本当の気持ちに気づけたり、見えなかったことが見えたりするでしょう。

私たちは自分が思っている以上にやらなくてもいいことを、やらなければいけないと思ってやっています。それが多いほどストレスになります。

もしあなたがストレスを感じているのなら、自分の本当の気持ちに反したことをしているのでしょう。
それを減らしていくだけで、頭の中も人生もシンプルになっていきます。

その分、やりたいことに集中できるようになっていきます。

やりたいことが見つからない人の中には、やらなくてもいいことをやらなければと一生懸命になっている人もいます。

やらなければいけないと思っていることに時間のほとんどを費やしているので、やりたいことにまで気が回らないということも考えらますね。

不安を感じながら手放すと、不安が実現しやすいですが、
明るい未来を思い描いて、次の段階に行くために手放すと、明るい未来がやってきます。

では、楽しい11月となりますように!


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最近、感じる力を取り戻すことの大事さを感じています。

感受性の強い人たちは、感じすぎることによって振り回されがちでした。

今までは、よくわからない、あいまい、なんとなくこんな感じ、
で済まされていたので、分かりづらかったですし、

気にしすぎだとか、神経質なだけだ、弱っちいだけだとか言われ、
自分はなんでこんなんだろう?と悩んでいた人が多かったと思います。

感じすぎることが悪いことのように受け取っていたと思います。

が、そこをちゃんと認識して良い方向に導けば、すごくプラスな能力となります。

何が言いたいかというと、五感で感じる力を
もっと取り戻す必要があるということです。

例えば、わかりやすいところで言えば、
味覚が、甘い、辛い、にがい、しょっぱい、酸っぱいぐらいしかない人と、

「辛い」にしても、喉がヒリヒリする辛さ、わさびのように鼻がツーンとする辛さ、
ハーハーいう辛さ、塩辛さなどたくさんの辛さを判別できる人とでは、
食べ物を食べた時の味の豊かさが全然違ってきます。

これはどの感覚において言えることです。

感情もそうですね。

「楽しい」も、笑いが止まらない楽しさ、夢中になれる楽しさ、心地よい楽しさ、
人と分かち合う楽しさ、身体を動かす楽しさ、心温まる楽しさ、ワクワクする楽しさ、
スリル感のある楽しさ、ゾクゾクする楽しさなど全部違います。

単語を10個しか知らないのと、100個知っているのとでは、
経験していることの質の認識度が俄然違ってきます。

言葉は物事を分けてしまうものですから、言葉で言わない方がいい場合もあります。
言葉の制限にとらわれてしまうのはよくないですが、
いったん言葉ではっきりと認識すれば、もっと深く入っていけます。

認識できたあとは、言葉にしなくても感知できるようになりますので、
”層”を増やしていけます。

情報の認識量が多い分、たくさんのことを感じ取れるということですね。
その分、リンクできる量も増えます。


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私たちの脳が認知しなければ、それは存在しないも同じ。

私たちが見ている世界は、一人として同じものはありません。
みんなが違う世界を体験しています。が、共通の認識はあります。

脳は、あなたにとって必要であり、
重要だと思える情報だけをあなたの認識下にもたらします。

これは効率のいい素晴らしい方法であるとともに、
勝手に選択されてしまうので、ちと不便なものでもあります。

気をつけないと視野が狭くなるという問題点があります。


カクテルパーティ効果...。
大勢の人がいるパーティであっても、誰かがあなたの名前を口にしたら、
即座にあなたはそれをキャッチします。

なぜなら、あなたの名前はあなたにとって重要だからです。
誰かが自分のことを話しているのでは?と即座に聞き耳をたてるでしょう。

会ったこともない田中浩一さんの名前が聞こえても、
あなたは聞き取らず、スルーしてしまいます。

あなたにとって重要な情報というのは、あなたの外側に広がる物理情報だけでなく、
あなたの体感覚についても言えます。

身体はたくさんのことを感じ取っていますが、
それを全部認識すると処理がたいへんなので、必要な情報のみを選択します。

しかし困ったことに、現代人の私たちは頭でっかちになっています。

自分の身体のことはお医者任せにするわりには、
意識で身体をがんじがらめにしています。

例えば、呼吸が浅いとか、いつも身体が緊張しているとか、
猫背になっていたり、胸を張りすぎていたり。

病気になるのも、不自然な考え方が身体に影響を与え、
不自然な動きや生活習慣、食生活を強いてしまっていることが考えられます。

自然に身体を動かすことを忘れ、意識で身体を動かそうとしています。
本来の自然な動きではなく、長い間に身についた習慣で、クセある動きをしています。
その上、わざわざ自分の意志でコントロールして動かそうと操作します。

自然な動きでなく、人工的な動きになりますから、
効率は悪いし、本来の能力も発揮できなくなります。

身体機能を取り戻すというより、
身体感覚を認知する力を取り戻すことが大事です。


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痛い話です。

理想を持って進んでいくこと。
それは立派な行為です。

でも今の自分は、それに満たない自分。
だからこそ「こうなりたい」「ああなりたい」という思いがあります。
けれどもどうしても現状とのギャップが生じます。

だから、

「どうして自分はこうなのだろうか?」
「まだできない」
「どうせ自分は…」

と自分を責めてしまいがち。

でも本当のところはそうやって、できない自分を慰めています。
本気を出してやることから逃げています。
逃げているから、願いが実現しません。

なぜできないのか?
それをできるようにするにはどうすればいいか?
本気で考えて行動していません。

「できない」を言い始めると、できないことを正当化し始めます。

時間がないから、才能がないから、
お金がないから、勉強が足りないから、
まだ時期じゃない、自分には向いてない、

理由はいくらでも作れます。

本当のところを言えば、本気を出してやってないだけ。

自分でもわかっている。だから痛い。
「できない」に逃げてる方が楽。

本気を出すと言っても、「全力出して突っ走れ!」
という根性話ではありません。

静かに密かに情熱を傾け、ひたすらに真摯にそれに臨むこと。

シンプルに言えば、

「100% 生きてますか?」
「やるべきことやってますか?」

ってことでしょうか?

有名になれとか、成功しろとかいう話でもなくって、
「今ここ」にいるか?ってこと。

自分という存在を十分に感じきり、一瞬一瞬、生かしきっていますか?

もしそれができている人がいたら、ずっと歓喜と至福の中にいるでしょう。

そこでは「できる」「できない」は全然どうでもよいことです。
「できる/できない」と分ける意味すら無意味です。

宇宙の森羅万象と同化すれば、その瞬間瞬間にやるべきことは現れ、
あなたはただそれをこなすだけ。

そこに私情は入る余地がない。

「できない」と言って甘ったれていては、その境地はやってきません。

「できない」の壁は自分の思いです。
自分が作っているものだから自分で壊せます。

けれどもそこにこだわる必要はありません。

壁がどうしたら壊れるか?と考える必要もありません。
考えてしまえば、そこにとらわれます。

本当のところ、
どこに到達したいのか?
どうなりたいのか?
何を得たいのか?

そこを突き詰めて突き詰めて。
鉛筆の芯を削って削って芯がなくなっても削っていって
やっと見えてくるぐらいのもの。

魂が揺さぶられるぐらい、ハートが熱く燃えたぎるぐらいに
ハッとするものに出会えたらあとは自動操縦。

森羅万象が答えてくれる。

あなたはもう何も考えず、ただそれに沿っていくだけ。
その時にはもうできるだけ自分を挟まない。

ほとんどの人がここまで自分を突き詰めてません。
だから「できない」と言って、人生を終えていきます。

至らない自分に悩んでいる場合ではないのです。
心を向けるべきところはそこではありません。

行き先を明確にする。
そしてそこに到達すると決める。
そして進む。

余分なものは捨て去っていく。
それは研ぎ澄まされていく、ということ。

そのプロセスを楽しみながら生きていけば、
きっと最高の人生になるでしょう。

自戒を込めて。


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日本神話で、黄泉の国に行ったイザナミが「見ないでくれ」と言ったのに、
イザナミは振り返ってその姿を見てしまいました。

半分腐れて、ウジが湧いた体を見て、イザナギはびっくりして逃げ出しました。

でもイザナミの本質は変わりません。

怖がるな、嫌がるなというほうが難しいかもしれませんが、

イザナミのそういう部分を見ても、もしイザナギが理解して受け入れていたら
また事情は変わっていったでしょう。

見た目の怖さもさることながら、朽ちたもの、腐ったものはよくない、汚い、
本来の人間の形でないものは化け物だという思いが生じてしまったからこその行動でしょう。

もっと器が大きかったら、二人が冷静になれていたら、

そうだよねー、死んでしまってるから体は腐るよねー
そうなっても仕方ないよね。

といえてたらすごい!

問題は問題ではなくなります。

ただ、その体のまま地上に戻ったらみんな怖がるよね、って話になりますので ^^;

そこは、どうしたらいいんだろう?と一緒に考えたり、
地上に戻れば、元に戻るよね、と希望を託すこともできます。

そして、そういう時には奇跡が起きやすくなります。

あなたは、イザナミをまたきれいな身体に戻すことができます。

あなたの心の中で。

汚い部分、怖い部分も慈しむことができればまるっとひっくるめて愛せます。

すると現実も変わっていきます。

そのコツはといえば、自分に投影しないことです。
そして判断をしないことです。

それもあっていいんだね、それも光だね
と受け入れられたら瞬時に変わります。



と書いてたら思い出しましたた。
昔、すごくよく聞いたローリングストーンズの曲。Shine A Light
今聴いてても響くなー。




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気になることは自分が気にしているからそれを感じます。

ネガティブに感じることに対しては、

それがあると良くないんじゃないか?
それをどうにかしないといけないんじゃないか?

と思うと、ますますそれの存在を”強化”してしまいがちです。

でも、ネガティブだと思うものはあってもいいです。
ただそれに対する対応、反応がネガティブになるのが良くない。

誰かを嫌ってもいい、恨んでもいい

それを否定しない。

そんな自分がいるんだな〜
傷ついた自分がいるんだな〜
それを根に持っている自分がいるんだな〜
かわいそうと思っている自分がいるんだな〜
認められたいと思っている自分がるんだな〜

自分のことに関しても、人のことに関しても
そこにこだわらず、そういう思いがあると眺める。

すると、なぜそう感じているか?
その奥にある気持ちが見えてきます。

寂しかった、
愛されたかった、
認めて欲しかった、、、

だからなんだねーと受け止める。

エネルギーも記憶も変化します。
暗闇に光をあてると闇はなくなり、光の空間になります。

暗闇も光が当たれば、明るくなります。

でもそこにあるものは同じです。
見え方が変わっただけです。

心も同じです。

自分が持っているライトで、何を照らしているのか?照らすのか?

それがとても大事です。


今日は、自分の心のライトで何を照らしているのか?
を観察してみましょう。


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<女性向けメルマガ「えなふ通信」から>

なぜ私たちが闇を怖がるのか?

それは自分の本性を映し出すからなのではないでしょうか?

だから見たくない。
怖い。

そして避ける。
タブー視する。

そして、きれいごとの自分を取り繕ったり、人生や世界を美化したりします。

わざわざフタした臭いものを開けたいとは思いません。

でも腐っていると思ったものがフタを開けると、
いい感じに発酵してたりするかもしれません。

闇を自分の中に透過させて、光と同化する作業段階になってきているのでしょう。

ぽっかり空いた穴は、闇が広がり、怖く感じます。

その闇の中に入って行ったら一体どこにつながっているのか?


暗い長いトンネルを抜けるとまず見えるのは光です。(昼の場合ですけどね)

そしてトンネルの外の風景。
暗いトンネルにいる時間が長いほど、外に出た時に眩しく感じます。

トンネルの入り口は穴のようですが、実際は「筒」状態。

今までの人類の歴史は争いと殺戮だらけで、
それを思うと何百年も闇の中にいたような気分。

もちろんこれはRASが働くので(興味あることだけ見える)、
そう思うと暗い歴史ですが、明るい嬉しいこともたくさんあります。

その中で、女性の歴史も闇がいっぱいあります。
魔女狩り、男尊女卑、性的虐待など。

しかし今月、この穴を通り越して、次の段階に進んでいきましょう。
臭いものにフタではなく、臭いものを十分に味わって完了して、次に行きましょう。

という感じですね。今月は。

女性の闇といえば、恨みつらみ、報われない思いなど、
日本なら、湿っぽい陰鬱な印象を私は感じます。

心にずっと押し隠して腐敗している思い。


以前「神事前」をタイピングしようとしたら、
変換ミスで「死んじまえ」になりました。

神事はイニシエーション、通過儀礼的なところがあるから、
いったん「死んじまえ」だなと思いました。

今までの自分が死んで、新しい自分に生まれ変わる。

そのために見えている穴であり、トンネルなんですね。

今月はそんな感じします。


■セミナーのお知らせです■

日時:10月15日(日)14:00〜16:00

場所:秋葉原駅から徒歩5分
(お申し込みされた方にお知らせします)

料金:早割:8000円(10/8までのお申込み)
   9日以降:1万円

定員:7名(残4名)

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10月のメッセージの補足的な話です。

日々の積み重ねが、、という話でしたが、日々の積み重ねの結果が今なわけですから、
これは今月に限ったことではありません。

今の状況に満足していないようであれば、それは今までの自分の思いや言動の結果ですから、
そこを変えれば、現状も変わっていきます。

今月はとくに、今までのそういう蓄積があなたの選択に影響を与え、
あなたは知らず知らずに道を選んでしまうということなのでしょう。

じゃあ、もうどうにも変えようないのか、というと、もちろんそうではなく、
今から自分の日々の思考や振る舞いを少しずつでも変えていけばいいわけです。

結局その「今すぐできること」をするかしないかで、この先ずいぶんと違いが出てきます。

今月は今までの積立貯金が満期になったので、次どうしますかー?ということで、
意識的にせよ、無意識的にせよ、大まかな方向を選択する時期なのでしょう。

私たちが生きている限り、選択はずっと続きます。

とくに今月は、”いい選択”をするのがいいんだと思います。

じゃあ、「”いい選択”ってなによ?」ってことになります。

ところが、その選択が微妙で、この10月のメッセージで伝えているのは、
本当はこちらの方なんだと思います。

自分が良かれと思って選んでいる選択が ”本当にあなたにとっていいものなのか?"、
自動的に、今までの価値観により ”選ばされているのか?”

そこはとてもわかりにくい。


私たちの中に刷り込まれている価値観や常識が勝手に選択してしまっていると、
本当に「やりたい」と思うことより、「やるべき」と思うことを優先しています。

そして外から植え付けられたルールにがんじがらめにされてしまいます。


生きることがしんどい人は、そこに縛られています。

そのままの人生を歩むのか、もっと自由になって自分のやりたい方向に向かうのか、
自分で選ぶことができることを知りましょう。

常に「違う選択肢がある」ことを知っておくことは大切です。

あなたはいつでも違うことを選ぶことができます。
違う選択肢、可能性があることは肝に念じておいていいです。
そのためには、客観的に見ることができる自分や俯瞰的視野をもつ自分を培うといいです。


とくに問題もなく、人生楽しくうまくいっているはずなのに、

何か物足りない、退屈している、
本当の自分を生きていない気がする、
何かを探している、
これでいいのか?と思ってしまう人は、

もう次の段階に行くべき時なのに、今のままの方が楽だから、そこにとどまり、
なんとなく過ごしてしまっているのでしょう。

切羽詰まらないと、人はなかなか本気になりませんからね。


この生の時間は有限ですから、うだうだ過ごしているとあっという間に終わってしまいます。

アメリカで80歳以上の老人に「人生で最も後悔していることは?」アンケートをとったら、
70%の人が、「チャレンジしなかったこと」と答えたそうです。


目をつむって想像してみてください。

あなたが今、死に際に瀕しているとしたら、あなたは何を思うでしょう?

「・・をしておけば良かった」と思うことはきっとでてくると思います。


スティーブ・ジョブズは、毎日鏡に向かって、

「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、
今日やる予定のことを私は本当にやりたい だろうか?」

と思っていたそうです。

だからあれだけの偉業を成し遂げることができたのでしょう。
また同時に、だから早く亡くなってしまったのかもしれませんが、、。


自分がしている選択が、本当に自分が欲しているものなのか?
社会的洗脳を受けた結果なのか?

その選択を間違えないようにするにはなんといっても
奥深い「ゴール設定」がとても大事な鍵を握っています。

「ゴール設定」というと、私は以前は、目標設定をして、それに向かってすることを細分化して計画を立ててこなしていくような先入観があったので、苦手意識を私は持っていました。

同じように思っている人も多いかと思います。

けれども全然そういう話ではなく、

人生いかに効率よく生きるか?
本当にしたいことをしていくためには?
より最短で欲しい未来を得るには?
やりたいことだけする人生を手に入れるには?
望むことばかりが起こるコツとは?
ネガティブトークからどうやって脱出するか?

など、自分が本当にやりたいことを明確にしていくために、どのようにマインドを使っていけばいいのか?というところでとても大切になってくる要素です。

もしあなたがゴール設定をしてしんどくなっていたり、夢は叶わないとあきらめてしまっているなら、まちがったゴール設定をしているのかもしれません。


15日の京都でのセミナーはそういうところの話をしたいと思います。

人生の方向性に迷いがある人、
なにがしたいかよくわからない人、
もっと加速してやりたいことに向かいたい人、
自分の可能性を見出したい人、
これでいいのか?と漠然とした不安がある人、
物事が思うように実現しない人、
自分のことがわからない人、
自分軸をしっかりとさせたい人、
本当の自分を生きていない気がする人、
なにか物足りない人、
ハートに火をつけたい人、

などにオススメします。


「あなたの人生を最大限に満たされたものにするためのゴール設定のコツ」セミナー

日時:10月15日 15:30~17:30
場所:長岡京市中央生涯学習センター (京都駅から10分、大阪駅から30分のところです)
   
料金:5000円

下記のお申し込みフォームに
必要事項をお書きの上、送信ボタンを押してください。

「ご希望のセッション」は「その他」にチェックで、
メッセージ欄に「10/15セミナー参加」とお書きください。
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会場でお会いできるのを楽しみにしています。


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昨日載せた「9月のメッセージ」の補足でメルマガに書いたことですが、

『無数にある選択肢のうちの一つだけを選んでいる』ということに気づくことが大事です。

通常、私たちは、自分が経験している現実はそれしかないと思っているわけですが、
実は無数にあります。

そのなかから一つを選んで「実現させている」んです。

そこに気付かない限りは、その現実は「動かせない現実」としてあなたの前にあります。

が、そこに気づけば、そこからの抜け道も見つかりやすくなります。


現実に固執してしまうと抜け道が見つかりにくくなるというのが歯がゆいところです。

「それをどうにかしなければ」と思うわけですから、
その現実が強化され、ますます抜け道が見えにくくなります。

どうにかするもしないも、ふと横を見たら、違う現実がすでにあるのですね。


というのが「いつもよりチャンス」ということなのでしょう。


右手で重い荷物をもって「重い、重い」といいながら、ますます握りしめてる感じ。
ふと気がついたら、左手もあるじゃんってこと。

それに気づけたら、大きくシフトしますよ

っていう月なんだと思います。


発想の転換というか、視点の移動というか、
今の自分が固執していることの外に出てみることで、初めて見えてくることがあります。

これは人によってその内容は違いますが、すべての人に適応することだと思います。

あなたが今いる現実(あなたが現実だと思っている世界)の外に広がる他の選択や可能性に
気付けるか、気づけないか、それにより、その後の流れが違ってくるようです。

その分岐点となる月になりそうです。


これって、どの人にとっても結構ハードなことだと思います。

いわば、自分の信念を変えることに近いから。

信念は良くも悪くも、自分がそうだと思い込んでいること、信じていることです。
今あなたが体験している現実や信じているセルフイメージなんかもそう。


望む現実を手に入れたい人は今月は自分の思考をしっかりコントロールしましょう。

 ↑
今月は、「こうなりたいと願う」ことの強化ではなく、
「今現在、あなたが信じてしまっていることを疑ってみる」ということです。

簡単に、そして厳しく言えば、
「今持っている自分の思考パターンや信念を捨てろ」ということになります。

今月もまた乗り切っていきましょう!


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前回からの続きです。
前回の記事を読んでない人は先に読まれるがいいと思います。→価値観の優先順位1


「何を優先順位の上に持ってきているか?」は自分がやりたいと思っていることと
反対のことになっていることはよくあります。

「ダイエットしたい、でも食べたい」、、みたいな。

ここで、「ダイエット」と「食べたい欲求」とでバトルをすると、
最後には「食べたい」が勝つでしょう。だからリバウンドとなります。

「ダイエットする」ことがあなたの本来の目的ではないのに、
ダイエットにフォーカスしてしまうので、本心とズレが生じます。


ダイエットした先にある数々のこと。

健康になる。
モテる。かっこよくなる。きれいになる。
パートナーができる。
着たい服が着れる。
動きやすくなる。
人に羨ましがられる。
変身願望がある。
etc.


それらのどれかが欲しいからダイエットしようとします。

なのに、ダイエット自体を目標とすると、
「本当はダイエットしたくない」ということになりかねません。


わかります、これ?

これを認識しないと、「・・なりたい」と思っているのに、それができない自分を見て、
ますます落ち込み、自己嫌悪になってしまいます。

あなたにそれができる能力がないのではなく、
あなたが何を優先順位の上に持ってきているのかに気づいていないだけです。

自分が望まないことを優先順位の上に置いているのなら、即やめるべきでしょう。


自分が思い込んでいる価値観に気づくこと、
そしてそれを欲しい未来の価値観に変えること。


すごく簡単な話のなのですが、自分のことは見えにくいので気付きにくいです。
願いが叶わない人は自分がしている設定を見直してみましょう。
きっと「〜したい、なりたい」より重要視しているものがあります。

やること自体は決めてしまえば、あとは自動運転みたいなものだからやるんですね。
「希望」ではなく、「予定」にしてしまいましょう。


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先日こんなことがありました。

ある人に嫌な出来事がありました。

私から見たらそんなに気にすることでも、、、というところでしたが、
その人にはそれがすごく嫌だったみたいです。

その時はかなり神経質になっておられ、
「・・なことを言われた」「不条理な扱いを受けた」と感じておられました。


何かに腹がたつ時や憤りを感じる時は、自分の信念に反したことが起こっています。

「人はこう振舞うべきだ」とか、「・・なことはすべきでない」と、
自分の価値基準や信念基準に反したことが起こります。
そのため、腹が立ったり、バカにされた、無下に扱われたなど思います。

自分の基準が前提にあるので、相手がすることはすべて
そのフィルターにある価値基準(検閲)に引っかかり、判断されます。
引っかかるたびにあなたはいちいち苛立ち、ちっともわかってもらえてないと思います。

その基準の領域が狭ければ狭いほど自分の了見が狭いということです。

狭く低くなればなるほど、「こうでなければいけない」という自分のルールが厳しくなります。
その分「許せん!」という思いも強くなります。
それだけならまだしも怒りにかまけて、誇大妄想をしがちです。

「あの人は悪意を持って・・をした」「あの人は私のことを嫌っている」「みんなが私のことを笑っている」などと、どんどん妄想は自分の都合のいいように広がっていきます。

そして「だから私は被害者なのだ」という結論に行き着きます。

けれどもそういう風に考えてしまう自分も嫌なので、自己嫌悪に陥ります。
そうやって思考をぐるぐると巡らせます。

しかしながら横から客観的に見ている限りは「気にしなきゃいいのに。考えすぎちゃう?」
「そんな風に受け取ってるのはあなたでは?実際の状況は違うと思うよ」と思います。

でもその人にとっては大問題なんですね。


現実は往々にそういうもので、本来問題はないんです。
あなたが気にするから、問題視するから問題と感じます。

出来事は純粋に起こったことだけなので、
そこに色付けする自分の思考に気をつけたいですね。

それに気づくには視野を高く持つこと、俯瞰的視野を持って物事を見ることです。
つまり抽象度を高く持つということです。

そうすれば、「私はこういう信念を持っているけど、あの人にそれは重要ではない」ということを理解し、違う考えや価値観があるのだと受け入れることができます。
そうすれば腹がたつことありません。

相手に非があると思うなら、「人間ができてないな」とか、
「あんなんじゃどこかで痛い目に合うね」とか、と他人事で全然気になりません。

つまりあなたは相手にしないし、問題にもしないのです。

なぜならあなたはもっと高い次元から物事が観れるから。
上から目線で見るってわけではなくてね。

苛立った時は、相手のせいして腹をたてるよりは、
自分の視点が近眼になっていないか?チェックしましょう。

だって腹が立っているのはあなたであって相手ではないですから。

その人のふるまいにも問題があるかもしれませんが、「腹がたつ」はあなたの感情です。
相手の感情ではありません。

また、それはあなたの考え方や反応の仕方であって、「あなた自身」ではありません。

ここも気をつけましょうね。

自分が悪いんだと罪悪感を感じるのではなく、
あなたが身にまとっている考え方を見直せばいいだけです。
「あなたの考え方」はあなた自身ではないです。身にまとっている服のようなものです。

そこも勘違いしないようにしましょう。


腹が立ったり苛立ったりした時は、自分が近眼的視点になってないか?
チェックするいい機会です。

そういう時はたいてい近眼的視点になっているうえ、繰り返しその視点からだけでその物事を判断しています。その視点から繰り返し考えているから、その思考が強化されてしまいます。


まずは一つの考えや感情に固執している自分に気づくこと。

気づいたら、自分の本当の気持ちを客観的に感じてみましょう。
そして違う視点や考え方を探します。
自分にとって損な観念、信念、価値観に気付いたらポイしてしまいましょう。


そうはいってもなかなかその視点が変えられないんだよ〜
という人は一斉遠隔ヒーリングをどうぞ。

今月は奇数月なので「ワンポイントグラウンド」です。
あなたが取り除きたいこと、手放したいことに働きかけます。

DVDを再生するように、ぐるぐると頭の中をめぐる同じ考えや感情、わかっちゃいるけどやめられない思い、なかなか手放せない自分の思考パターンや観念など。
体の痛みや不具合に対しても有効です。

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前回、身体の一部の感覚が消えた話を書きました。

存在の感覚が消えてしまうと、存在を感じていた時と感じていない時と
どちらが本当で、どちらが幻想かわからなくなります。
消えている時は何もない感覚がリアルですから。

量子論的に言えば、「身体があるってのが幻想だよ」という話になりますが、
知識より体感で感じることが大事と思いますので、実際に想像してみてください。


ある日、私は布団に入って目を閉じて寝ようとしていました。
その時にふと思いました。

私は今、横になって布団の中に入っていて、私の身体は横たわっていると思っている。

これは本当だろうか?

 
私が「自分の体が横たわっている」と感じているのは、
私の記憶から作り出した幻想ではないだろうか?
本当は私の体はここに存在しないかもしれない、、と思いました。


目を閉じていると身体は見えないし、寝ているので、身体の感覚もほぼ失せています。

私が感じている身体感、、、
頭がここにあって身体が横たわって、手足がこの位置にあって、、、は
記憶から導き出されたことであり、私がそこに身体があると思っているから
そこにあるように感じているだけなのでは?


目を開けて明かりをつけたら、私は私の体を見るでしょう。

でも目を閉じて横たわっている今この瞬間、体も休まって感覚も薄れている時、
私の意識内にしか私の身体は存在してません。

これは「私の身体がある」と記憶が像を結んで、
あたかも私の身体があるかのように私に思わせているだけでしょう。

この時、横たわり、目を閉じて脱力しているこの瞬間に、
自分の身体があると証明できるものはありません。

身体がないとしたら意識はどこにあるのだろう?という疑問が湧いてきましたが、
この疑問の前提には「身体があるところに意識がある」という認識が見え隠れします。


通常、意識は自分の身体を認識しています。
あまりにもずっとそのように感じて過ごしてきているので、
その感覚から離れるのは難しいです。

ふとそのとらわれから解放された時に初めて、
いかにとらわれて制限の中にいたかに気がつきます。

 メルマガ「コンシャス・アウェアネス」2016.6.16 no.69より)


今夜、床に入った時にこの記事を思い出したら、寝入り端の身体の力が抜けた状態の時、
その身体感覚はどこから来ているの感じてみてください。

自分の境界は身体であり、意識はその中にある
という感覚を持っている人は多いのではないでしょうか?


私たちが自分のことを「個体としての生き物」と思う時は、生き残るための生存競争や、
自分と人とを比べたり、成功や幸せを得るためにがんばらなくてはと思ってしまいがちです。

その境界を越えて、一なる世界に触れてみたい方は下記セミナーにぜひご参加ください。
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〜境界を越えて一なる世界に触れる〜

日時:6/26 (日)13:30〜16:00
場所:長岡京市中央生涯学習センター バンビオ
 JR長岡京駅から徒歩2分

料金:5000円

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本日、Amazonで私の電子書籍が発売となりました!

「人間という名の家畜:常識という檻から抜け出す7つの秘訣」


私たちは自分の意志で動いているようで、
実は無意識に選択して行動していることがたくさんあります。

それに気づかずにいると、外部情報によって動かされながらも、
それは自分の意志であり、選択だと勘違いして過ごしていきます。

それをしている限り、あなたは操り人形のように情報に操られてしまいます。

あなたが望んでいる夢や目標は本当にあなたが望んでいることでしょうか?

「かなえたいのにかなわない」という場合、
もしかするとそれはあなたが本当に欲していることではなく、
親や世間やメディアなどの影響でそうだと思い込んでいるだけかもしれません。

自分の本当の願いではないことに向かって進んでいっても、
それを得た時に心からの喜びは得られないでしょう。

そうならないためには、、、?


ぜひお読みください。
  
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もし「自分のここを変えなければ、・・を得られない」という思いがあれば、
その思いこそ邪魔かもしれません。

本当にそれを変える必要があるのか?


「変えたら/変わったら、もっと良くなる」

その考えが現状からの逃げになっていないか?


「・・になれば、もっと良くなる」

という目標設定をして、なかなかそのようになれないのは、
そのベースに現状否定があるからです。


「・・になれば、もっと良くなる」

という時、「今はまだ良くないけど、、」
という気持ちから言うのではなく、

「私はすでにすごくいい」
ということに気付けるかどうか?


それはあなたが何と比較しているか?で変わってきます。

例えば、第二次大戦中の頃と比べると、
あなたの今の状況はすごくいいと思います。


そして、

「すごくいいけど、もっと良くなれる」

と思えるかどうか?


そういうマインドがもてたなら、あなたは白だろうが黒だろうが、
そこに良さやもっと良くなる可能性を見出します。

今の状況がどうか?過去がどうだったか?より、

これからの可能性を見出せるかどうか?

その方がよっぽど大事です。


なぜなら、未来の可能性を見出す力こそが現状を変えていく
からです。
それは自分自身の可能性です。

今の状態を変えたら未来が良くなるのではなく、
良き未来を設定するから、今が変わっていくのです。

そうなると、今や過去がどうだったか?は関係なくなくなります。
なぜならすべて未来設定にかかっているからです。



この記事はメルマガからの抜粋です。
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もしあなたが何かにこだわっているとしたら?

それが心の悩みであろうと、
身体的なことであろうと、

あなたがこだわっているからこそ、
それは解決すべきこととしてあなたの前に現れています。


そこには、「・・であらねばならない」という
外部から植え付けられた観念が働いているかもしれません。


人は健康であるべきだ。
人に好かれる人になりなさい。
成功するには努力が必要。
お金への罪悪感をなくさなければ。
愛されたいならまず自分を愛しなさい。

などなど。


あなたは目標をめざしてがんばりますが、
その考えのベースになるものは「それができてない自分」です。

そのベースを変えないまま追い求めてもその構図自体が変わりませんから、
いつまでたってもそれを求め続けることになります。


あなたが今、問題視していることがあれば、
それはあなたがこだわっているから問題として現れています。


その問題や悩みを解決しようと思う以前に、
それを問題や悩みだとするベースになる観念や価値観を
今一度見てみるといいでしょう。

そこに「・・ねばならない」という刷り込みを見つけることができたなら、
「それは本当か?」「そうでないといけないのか?」と改めて質問してみましょう。

それを問題視している観念や価値観が変わるだけで、
それは問題ではなくなるかもしれません。



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私たちは毎日毎日ほぼずっと何かを考えています。

何を考えているか?
思っているか?

があなたの未来を創っていきます。

もし雑念や悩みがぐるぐると頭の中をかけめぐっているとしたら
それはとてももったいないです。


過去のことや自分のことをうだうだと頭の中で考えていても
考えれば考えるほど損得勘定思考になり、動けなくなっていきます。

不安で動けないというのは「失敗したくない」という意味で損得勘定です。
そうやって悩んでいるよりは何か行動に移してしまう方が進展は早いです。


深刻に考えればいくらでも深刻な問題になりますが、
早く解決の糸口を掴んで行動に移せば、次の段階に進めます。

うまくいけばよし。
うまくいかなければ、他の方法を考えればよし。

これでないとダメ!と考えない方がいいです。
執着は苦しみと痛みの元です。


あなたの考えが苦しみと痛みを生むのか?
楽しみや幸せを生むものなのか?


生産性のあることを考える方があなたの未来は確実に良くなります。

あなた自身の情報空間がクリアな状態であればあるほど、
新たな質問とリクエストにより、新しい流れがやってきます。


自分の内面のソフトを取り替え、新しい流れを呼び込みたい人は
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今日はまだ寒いですが、時折、春の気配を感じて長い冬眠状態から目覚めるように重い殻から抜け出た気分になります。

冬は寒いので体も縮こまりやすく、気づかないうちに固まっています。

この「気づかないうちに」というのはトリッキーです。
気づいてないから気がついてません。

暖かくなって体を伸ばすようになって初めて
「あー、寒いから肩を固めていたな〜」とわかります。

自分の体も思考も凝り固まっていたなあと気づけます。
気づいた時には自分の空間が広がった感じがします。


これって大切ですね。

自分のエネルギー領域が狭いか広いか。
それは自分の視野や思いの範囲と関係しています。


宇宙には「真空の法則」というのがあります。

空っぽになったら埋めたくなる。
空間が空けば、何かが入る。

というものです。

タンスの引き出しの一つを空にしたら、また新たに物を入れますよね?

あなたの空間もスペースを作ることで新しいエネルギーが入ってきます。


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メルマガ「コンシャス・アウェアネス」からの引用です。

こんな会話が成立しそうな人は多いです。


A : そのままはいやですか?

B : はい、イヤです。

A : では状況を変えましょうか?

B : でも私には難しいです。

A : ではそのままでいますか?

B : いえ、それはイヤです。

A : では、どうしたいですか?

B : 変わりたいです。

A : では変わりますか?

B : 変わりたいんですけど、、、
  今までもいろいろやってきましたが、変われないんです。
  私ってきっと幸せになれないんです。


こうして無限ループに入ってしまいます。

「私には難しい」「私は変われない」「幸せになれない」
と思うのは自分の判断です。

自分の判断は
「自分で自分を評価している」
という非常に視野の狭い見方でしかありません。


自分の中に「変わりたいけど変われない」
という矛盾する意見があることで綱引き状態になっています。


まずは本当のところ、どうなりたいのか?
変わりたいのか、変わらなくていいのか?

考えてみましょう。


・・・いえ、考えなくてもいいです。
どちらかに決めましょう。


もし「変わりたい」と思うのであれば、
「変わりたい」と思い続けるのではなく、
「変わる!」と決めましょう。

「変わる」と決めてしまえば、
あなたは変わるしかないのです。

自分が決めてないだけの話です。

どうやるか?は決めたあとで見えてきます。


「変わりたい(と決めたい)けど、変われないだろう」
と思うのなら、あなたがそのように自分を定義しているだけの話です。


あなたは何者にでもなれます。
あなたが信じるなら。


「できない」と思えば、あなたはできません。

というより、ある程度以上はしません。
なぜなら「できない自分」を握りしめているからです。

「できない」というのはやらないための理由です。
だって「できない」と決めるのは自分ですから。

だから「自分は本当はどうしたいか?」に意識を向けることは大事です。


できない自分のままでいるのか?
やってみるのか?

決めることで人生は変わっていきます。


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前回からの続きです。


自我がそこでできるのは何もしないこと。見守るのみ。

そうすることで現れてくるものがあります。

私たちはそれを抑え込むように教えられてきましたが、
もうそろそろそれを解き放つ時期が近づいているようです。

そういう時は、自我があれやこれやと情報探しをしたり、何かを求めるより、
無心になっていると、「あっ!」「はっ!」と気づくことがあるでしょう。

その「あっ!」「はっ!」と気づくことは
ああだこうだと考えている時には絶対にひらめきません。

けれども、ああだこうだと一生懸命に考えるからこそ、
そのあとの無心になっている時にその答えがふっと降りてきます。

まさに今そんな感じの時なのでしょうね。

今までは「人工的」がもてはやされる時代でしたが、
これからは「自然」であることが重要視されるようになるでしょう。

私たちは自然から逃れることはできません。
なぜならこの物質界は自然からできていますから。

自然が一番の教師です。

この架け橋を春分が終わる頃までには渡っておくといいと思います。

力が抜けてより自然に。
がんばらなくてもパワフルになれます。
というより、がんばらないからパワフルになれます。



この内容はメルマガ「コンシャス・アウェアネス」からの転載です。
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(登録は女性のみです。男性の方、ごめんなさい)


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ふたつのメルマガにて月1回、無料一斉遠隔ヒーリングを告知して行っていますが、
今日はその時の気づきの話です。

一つの遠隔は先月21日に、もう一つは今月10日に行いました。
どちらも「何も起こっていないような感覚」がありました。

思い出したのが「十牛図」。

いなくなった牛を探して見つけて戻る話ですが、
牛を「悟り」、童子を「修行者」に例えています。

以下、ウィキペディアからです。

十牛図は以下の十枚の図からなる。ここで牛は人の心の象徴とされる。またあるいは、牛を悟り、童子を修行者と見立てる。

1. 尋牛(じんぎゅう) - 牛を捜そうと志すこと。悟りを探すがどこにいるかわからず途方にくれた姿を表す。

2. 見跡(けんせき) - 牛の足跡を見出すこと。足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。

3. 見牛(けんぎゅう) - 牛の姿をかいまみること。優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態。

4. 得牛(とくぎゅう) - 力づくで牛をつかまえること。何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿。

5. 牧牛(ぼくぎゅう) - 牛をてなづけること。悟りを自分のものにするための修行を表す。

6. 騎牛帰家(きぎゅうきか) - 牛の背に乗り家へむかうこと。悟りがようやく得られて世間に戻る姿。

7. 忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) - 家にもどり牛のことも忘れること。悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。

8. 人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう) - すべてが忘れさられ、無に帰一すること。悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。

9. 返本還源(へんぽんげんげん) - 原初の自然の美しさがあらわれてくること。悟りとはこのような自然の中にあることを表す。

10. 入鄽垂手(にってんすいしゅ) - まちへ... 悟りを得た修行者(童子から布袋和尚の姿になっている)が街へ出て、別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す。


伝 周文 筆:相国寺
55


8の「人牛倶忘」。

8 の絵は人も牛も景色も消えて、ただ円が書かれているのみです。
9 になるとまた風景が戻り、10では人がまた登場します。


今、時期的にそういうところだと思います。
2月半ばの今、2月のメッセージをもう一度読んでみてください。

そこに書いてある

『過去と未来をつなぐ橋渡し。それは過去に得たことを未来に活かすという意味で、自分が本当にすべきことを見つける道標となります。』

の部分。

今ちょうどそのかけ橋を渡っている頃のように思います。

悟りや自分を探して求めていた時期を過ぎ、それも自分の自我が作り出す世界の話だったんだと気づき、自分探しをするのをやめ、もっと根源的な自分の内から出てくるものを感じだしている

というところでしょうか?


(次回に続く)



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