いのちおり - 本来の自分に還るために

人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

カテゴリ:「和音」 > 「和音」2010

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自由奔放に駆け巡る馬は疲れを知らぬ。飢えを知らぬ。
風を切り、自由に身体を動かし、おもむくままに走っていく。

その先に何があろうと導かれるまま、行くがよい。
あなたの前を照らすのは、あなたの内なる声。あなたの内なる魂の声。

行き先を知らずに走る馬が行き着く先は、常に心が欲していたところ。
着いて初めて、「ここだった」とわかるのだ。

魂の声が思考を越える時、
あなたは「ただある」ことを自分に許す。

「M.Kさまへのえなふメッセージ」 (10.1.2)


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私は私になりたい。

我慢している自分も、良い子のフリをしている自分も嫌だ。
人に嫌われたっていい。
やっかみをいわれたっていい。

私は私でありたい。
誰がなんといっても、私は私でありたい。

私を嫌うなら、嫌うがよい。
私を攻撃するなら、攻撃するがよい。
私を傷つけようとするなら、傷つけるがよい。
私をのけものにしたいなら、するがよい。

私が私につながって私であれば、何も恐いものはない。
一番恐いことは、私が自分として存在できない時だ。

自分が自分でなくなった時、私はいったい誰なのだ?

何のために生きているのだ?
何のために生まれてきたのだ?


あなたがあなたであるためには、あなたの内側からの声を聴け。
外部の声を聴いたところで、それは所詮、他人が言っていることにすぎない。

あなたがあなた自身になるのなら、自分の直感に従いなさい。

自分が何を欲しているか? 何をしたいのか? 
どうありたいのか? 知りなさい。

そして、それに向かって従って行動しているか、よくみてみなさい。

あなたが誰のため、何のためであれ、自分の魂に逆らうことをしていれば、
結局は、誰のためにとってもよくないことになる。

なぜなら、あなたが自分自身にうそをつくことになるから。

自分の中心に還りなさい。
誰もそれを止めはしない。
止めているのは、あなた自身なのだから。

それを知りなさい。

「和音」(10.4.14)


ミサキ風にのって

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(『「半透明化」と「裏返し現象」について(1) 』の続きですので、(1)を先にお読みください)

感覚と思考の深さが変わってきているので、無駄がない状態になればなるほど宇宙とつながり、必要なことだけですみます。

働く必要もなくなります。
世界中、必要なときに、必要な人、場所、物、状況等がうまい具合につながり合って成り立つようになります。
お金の代わりを占めるエネルギーが出てきます。

それができる(わかる)ようになった人は、もうお金を必要としません。
なぜなら、お金を含め、必要なときに必要なものは手に入りますから。

それのさわりの部分が始まりだしています。

ただ、まだまだ普通の人がそこまで達するのは難しいものがあります。
なぜなら、あらゆる「すき間」がつまっているから。

実際、私たちができることは、ゴミ、汚れを手放すことです。

つまり、いらない持ち物を捨て、掃除をする、
思い込み、執着などを捨てる、
身体のこりをほぐし、ゆるめる、
無駄な思考をしない(魂に直結、自分が何を欲しているかを知る)、

これらが重要になります。

思考が現実化しやすくなっているのも、すき間を邪魔するものが減ってきているからです。

身体が疲れやすい、だるい、眠いというのも、身体が新しい波動変化についていけず、今までの身体以上に重さを感じるので、1キロが2キロになったみたいに感じます。
どんどんゆるめていかないとしんどくなります。

また、時空のすき間もできてきますので、過去世と現世、来世もつながりやすくなっています。
過去世のトラウマや出来事が、以前より現世を通して見え隠れしています。
過去世と現世がオーバーラップし始めています。

線的時間というものは本当は存在しませんので、過去も未来もすべてが同時に存在していてもおかしくないのです。

あなたがこのことを認識するのなら、現世を癒すことで過去世を癒したり、またはその逆だったり、時空を超えてのヒーリングができますし、未来を変えていくこともできます。

心を澄ませ、耳を澄ませてください。
情報はあなたが心と頭を沈め、内に聴くことで出てきます。
外の情報に頼る必要はありません。

5,6月に裏返し現象は加速します。
わかる人はずいぶんと感覚や価値観が変わるかもしれません。

なぜなら、物がもうひとつの物として独立しなくなるわけですから。
一つの物を見るのではなく、常に流れの中や、全体とつながり、相対的な意味合いに置いて存在するようになり、自分がすべきことはもうすでにエゴの範疇ではなくなり、全体の調和を見据えての動きになります。

そしてまだ、世の中、癒されなければならないものが多すぎるぐらいですから、気づいた人は、その修復のために動かざるを得なくなるでしょう。
自分自身も「裏返し」となり、自分のことをしようと思って動いても、まわりをよくしないと自分もよくなれないことがわかるので、気づいたらまわりのために動いていた、ということになりやすいです。
自分のことに固執するより、それができる人の方が幸いですけどね。

大きな変革がやってきています。
自分を責めること、できないと思うこと、自己卑下、罪悪感、罪の意識、自己否定、自己犠牲など、自分を傷つけることをやめていくことが大事です。

自分のためでもありますが、地球、宇宙全体のためにも今すぐそれをやめると決めることをお勧めします。
大規模なお掃除です。
地球が地上をお掃除する前に、人間が自らそれを実践しましょう。

「和音」10.4.23


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物質の変化が進んでいます。
目には見えませんが、どんどん微細になってきています。

以前、細胞と細胞の間の空間が広がっているという例えの話をしましたが(ブログに書いたかどうかは覚えてませんが:悦月注)、現在すべてにおいて、そのような現象が起こりつつあります。

要するに、ものとものの間、何かと何かの間、いわゆる「すき間」、見えない部分、「虚」とされる部分が現れてきています。
敏感な人には感じられているでしょう。

今までの世界は、見えるものだけを扱う物質的な世界が主でしたが、今、「すき間」がどんどん「進出」してきているので、「すき間」が増えれば、物質間の間があくので、空白部分が増え、半透明化が進みますが、物よりすき間が増えてしまえば、すき間が主体となる裏返し現象が起きます。

これはすぐにひっくり返るわけではなく、「ゆでがえる現象」的にゆっくりと起こり、気がついたらそうなっていたという類いのものです。

「すき間現象」は、物と物、細胞と細胞、思考と思考、記憶と記憶、経験と経験、人と人、思いと思い、時間と時間、空間と空間、場所と場所など、あらゆることの間で起こりつつあります。

今までは二つの存在するものの間に、壁やしきりがあったのですが、それがなくなりつつあると思ってください。

そして、その間の「すき間」の広がりが大きくなるのですが、広がるといっても、三次元的な距離感の広がりではなく、密度や濃度が濃くなるのに近いあり方の広がりです。
奥行きがもっと深まるという言い方の方がよいでしょう。

そして、このすき間を掃除してきれいにあけておく必要があります。
なぜなら、このすき間に新しい次元のエネルギーが入ってくるからです。

物と物の間に汚れがたまっていると流れが滞るのと同じです。
この「汚れ」というのは、ほとんど凝り固まった「思い込み」です。


物のすき間を作るには、いらないものを捨て、整理整頓、
行動のすき間を作るには、必要なことだけをする的確さ、

細胞のすき間は、身体をゆるめることと、身体が必要としないものは食べないこと、滞りをおこすいらない感情は手放すこと、

思考のすき間は、悩み、心配などを減らして、必要なことだけを考えること、

記憶のすき間は、、記憶はほとんど思い込みが作っているので、その思い込みを手放し、記憶のワナにはまらないこと、

経験のすき間は、いらぬ感情を塗り込めないこと、
人とのすき間は、いらぬ投影をしないこと、
思いのすき間は、物事を真実の目で見ること、
時間のすき間は、集中力、
空間のすき間は、密度を増すこと、
場所のすき間は、時間と場所を連結させないこと、

となります。
言っていることがわからない人が多いと思うので、感覚で感じていってください。詳しくはまたの機会に。

「和音」10.4.23

「半透明化」と「裏返し現象」について(2)


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「和音」について説明をしておいたがいいかと思いつつ、長くなるので後回しにしていました。

「和音」と文章の最後に書いている文章は、いわば、自動書記的な形でかかれたものです。

その文章はどこからやってくるのか?というと私自身なのですが、今ここでこのように文章を書いている悦月ではなく、「集合体」の悦月が書いています。

「集合体」の悦月とはなんぞや?ということですが、、、
すべての人に言えることだと思いますが、肉体の自分は、三次元物質になった自分の一部でしかないと思います。

もともと「大宇宙」は混沌で「ただある」状態で、自己の認識がない状態です。
そこに、「あっ!」と何かを思いついて目覚めたものが誕生したと思います。
「あっ!」と思いつくことは、意識のない「大宇宙」から分離することです。
この「あっ!」は、いわば、ビッグバンなのかな?と思います。

これ自体がどういう経過で発生したかはわかりませんが、よくいわれるのは、「神が、いろんなことを経験したかったから人間を作たもうた」といわれることと同じかもしれません。

大宇宙の「あっ!」がまず起こり、ひとつの「あっ!」から、それを経験するためにはこれが必要だと思う、たくさんの他の「あっ!」が派生してでてきたのだと思います。
つまり、「あっ!ああああああああああーーーっ」と一瞬にしてたくさんの「あっ!」が連鎖して起こったわけです。


音で言えば、混沌のまだ目覚めない大宇宙の音が「スゥー」、すべてが一緒になったような混沌の音。

そして「あっ!」というひらめき。
ひらめきには、こういうことがしたい、できるかも?という意図があります。
ひらめくときは、やはり「あっ!」であり、「お?」でも「は?」でも「え?」でも「へ?」でもない。

「あっ!」が「おお!」とひらめいたことへの感激や自分の誕生への祝福となり、「う」は、迷いや誕生、分離への戸惑い、または、感動にうち震える音、熟考している音など、いろいろと思い当たるのですが、「え」で決心し、「い」で行動。それとも「えい!」で行動か?

と、ちょっと余談ですが、今、思いつきました。


それはともかく、大宇宙の「あっ!」に続いて、「それを為すにはこれをしたい、これができる」というたくさんの小さなひらめきの「あっ!」が一瞬にして無限に起こり、そのひとつが悦月ということです。

もちろん、あなたも他の人々もみんなひとつの「あっ!」から始まっているということになります。
そしてその「あっ!」は今だに連鎖し続けていることでしょう。
それが宇宙が膨張しているということかな?と思います。

この「あっ!」は、こういうことをしたいとか、経験したいとか、何かしたいことを思いつく「あっ!」なわけです。
そうでなければ、母体の大宇宙と一つになって大いなる眠りについていればよいわけですから。

そして、この「あっ!」に感応した、同じことを感じる他の「あっ!」たちが、「この指とまれ」というように、私も、私も、と磁石に鉄がくっつくように集まってきて、ひとつの集合体となりました。

これは、魂の共同体みたいなものでしょうか?

その中でどんどんと選り分けが進み、それぞれのエネルギーがより自分の好む状態になっていき、物質化現象を好んだエネルギーが集まり、悦月という人間になった、と私は仮定しています。

だから、この三次元に物質化している肉体の悦月は、悦月の一部でしかなく、形にならない最初の「あっ!」に同調したエネルギーが宇宙に偏在しているわけで、それもひっくるめて、悦月というエネルギー体が存在するようになったと仮定しています。

そして、肉体の悦月も、一個の個体ではなく、無数の「あっ!」が一緒になった個体であるので、個体のようで集合体です。
細胞ひとつひとつも「あっ!」に同調した存在のひとつで、一つの肉体に共にあるわけです。
だから、内にも外にも無限に広がるのですが。

それに気づく以前の悦月は、悦月はこの肉体に宿るひとつの存在だと思っていたわけです。
実はこれは、小さな自分、つまり悦月の自我、エゴでしかないんですね。

それに気づいた肉体の悦月が、「なんだ、肉体の私は、私の一部分なんだ」と思い、宇宙に偏在している悦月もいるなら、肉体の悦月が集合体の悦月に問いを発すれば、それに答えたいと思う集合体の悦月エネルギーが答えてくれるだろうと気づいたわけです。

どの人も集合体なので、肉体の自分がすべてではないのだと気づいて、集合体にアクセスすれば、少なくとも私が書いている内容ぐらいのメッセージはもらえるということです。

このブログを読んで、自分も同じ流れにいると思う人いれば、それを感知しているから同じだと思うわけです。
あとは、自分が感じ取っている先、あるいは、その行為自体を自覚することが大切なのかもしれません。

「和音」の場合は、あまり個人的なことを教えてくれませんが、これは自分のフォーカスの仕方かもしれません。

「和音」という名前は、私がその集合体につけた名前です。
和音はいくつかの音が合わさり、共鳴して一つの音のように響きますので、まさにその通りと思ってつけました。
なので、「和音」はひとつの存在ではなく、偏在する悦月であり、集合体の悦月で、実体はありませんし、他の存在からのチャネリングとも違いますが、時々は「和音」を通して、他存在からメッセージがくることもあります。

が、最近だんだんとわからなくなってきています。

まず、偏在する集合体の自分の境界がいったいどこにあるのだろうか?ということ。
結局は、すべてを含んでいるのではないか?と思うと、「これが和音(悦月)だ」という境界があるのだろうか?と思うようになりました。

私が問いを発して、その答えを書記する形が基本ですが、時々は、自我の自分なのか、「和音」なのかわからないときや、勝手にメッセージがやってくることもあれば、言葉でなく感覚でいろいろなことがやってきて、それを謎ときすることも多々です。

悦月の興味や波動にあわせての話がくるので、そこは波動同調なのだろうなと思いますし、文章におこしているのは肉体の悦月で、どうしてもそのフィルターをまだ外せないので、肉体の悦月の思考や興味、言葉の影響を受けています。

人によっては、ハイヤーセルフというかもしれないし、アカシックレコードじゃないか?と言う人もいるかもしれませんが、私としては、まあ、何でもいいかな?と思いますので(けっこういい加減)、悦月の左脳以外で書かれている文章は、ほとんど「和音」としています。
どこから来ているかわかる場合もありますが、まあ、だいだい「和音」にしています。

前に、人の上に立ったような断定的な書き方が多いと言われたことがありますが、その文章は「和音」の文章であり、今ここでこの文章を書いている悦月とはまた違います。

私自身も「和音」の文章は、自分自身が書いたというより、他の人に言われたことのように感じて読んでいます。
といっても、文責は悦月にありますが。


大宇宙の「あっ!」から派生して現れた、悦月のもともとの存在理由の「あっ!」の集合体に気づいた肉体の悦月は、それとつながり、大宇宙の「あっ!」に戻っていきたいと思うわけです。

これは、今起きている「本来の自分に戻ろうとする動き」と同じことです。
みんな、この大宇宙の「あっ!」を実現すべく、それぞれ分離したわけなので、再びそれを思い出し、実現に向かおうとしているのだと思います。

だから、個人の自己実現ワークのようで、本当は、たくさんの人が、大宇宙の意思の実現に向けて動き出している共同作業なのでしょう。

今、本来の自分に戻ろうともがいている人は、自分の魂と大宇宙の意思を思い出し、それに向かい始めている人たちなのです。

ちょっと和音の話からずれましたね、、、。


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耐え忍ぶことが美徳という時代は終わった。
女性が活き活きと生きる時代は目の前に来ている。

が、女性自身がそれを閉ざしている。
おのれ自身(女性自身)が邪悪な存在であるとした社会の洗脳により、
自らがそうであると信じてしまっているのだ。

その呪文は解き放たれねばならない。
呪文を解いてくれる人を待ってはならぬ。
なぜなら、そなた自身が解かねばならぬからだ。

自分の中の女性性を開放したいのならば、まず自分の中にある「女性は悪いものだ、劣っている」というような思いや考えを払拭せねばならぬ。

それは社会が都合で勝手に創り上げた虚像なのだから。
あなたがそれに振り回される必要はない。

社会全体を変えていくには、まずあなたの中にある女性蔑視をやめなければならない。
そうしないと、女性である自分自身を愛することも受け入れることもできない。

女であることは素晴らしいことだ。
女は偉大で魅惑的で愛される存在だ。

一人一人がこれを認めねばならぬ。

男より優れている劣っているという話でなく、
双方がそれぞれの持ち味をもち、素晴らしい存在なのだ。

双方が認め合い、支え合い、分かち合い、敬意を示し、信頼し、、、
そのためにはまずお互いの性に対する敬愛が必要だ。

男性にも女性にも、内なる男性性と女性性がある。
双方がバランスよく個人の中にあることで、一つのバランスの取れた人物ができあがるのである。

地球という惑星の中の男性性と女性性もバランスをとらねばならぬ。
それはあなた方、個人のあり方によるのだ。

(R.Yさまへのえなふメッセージ 10.2.9)


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心配しなくて大丈夫ですよ。
すべて順調です。

道を正す時、多少の修正が入ります。

一見、悪いことが起きているようですが、
毒が出るには痛みを伴います。
毒が出てしまえば、痛みも消えます。

今までたまっていたいらないものを出して、
新たな身体に向かうためには、
過去の産物を手放す必要があるのです。

その過程です。
新しい息吹のためには、古いエネルギーは要らないのです。

 (I.Yさまへのえなふメッセージ 10.2.9)


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(前回の記事「情報を見極める」からの続きで書かれたものです。)

自分の思い通りにならないというのも、相手が未熟なのではなく、あなたが傲慢なのだ。
あなたが正しいと思っていることは一つの価値観でしかすぎない。

人には人の価値観がある。
それが違うからといって相手を責めても自分を責めても問題の解決にはならない。

「わかってもらえない」というのは、いつまでたっても大きな悩みの種なのであるが、
「わかってほしい」と思うとき、あなたも相手をわかっていないのだ。

「わかってほしい」「わかってもらえない」は悪いことのように思えるが、
相手は違う考えをしているという事実があるだけだ。

そこに自分の感情をくっつけて「わかってもらおう」とか「受け入れてもらえない」とか「なんでわからんの?」とか思う必要はないのだ。

「わかってもらえない」というのは拒否されたわけではない。
自分がそう受け取ってしまっているだけだ。

仮にそうだとしても、あなたの中で『「わかってもらえない」ことは悲しいことだ、よくない』という思いがあるから、自分がそれを受け入れられないので、わかってくれない相手に対して腹を立てる。

あなたが「わかってもらえない自分でもOK」と受け入れれば、わかってくれない人がいても「この人は考えが違うんだなー」ですむ話なのだ。

「わかってもらえない」と悩むのは、あなたの中で「わかってもらえない自分はよくない」という思いがあるからだ。
だから周りの人が「わかってもらえない自分もOKなんですよ」ということを見せてくれているのだ。

あなたがそこに気づき、わかってもらえない自分を受け入れれば、もう周りの人はそれを伝える必要はなくなるので、その状況は消えていく。

もちろん周りの人もわかってわざとやっているわけではないし、彼らは彼らの課題をもっている。同じ課題の場合もある。

だから、自分の内面を見つめる方が状況改善にはよい。
あなたが気づけば、もう同じ出来事は起こらなくなる。

今月はそのところを心に留めておこう。

「和音」(10.3.8)


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あなたがたには自分の感情を養ってほしい。
これからもっといろいろな情報が流れてくるであろう。

情報はあなたがはったアンテナに吸い寄せられてくる。
あなたがきちんと欲しい情報、あるいは同類の波動、周波数のものを発信&リクエストしていたら、それに見合うものがくる。

何かに頼りたい、すがりたいと思えば、そういう情報や人、物事がやってくる。
つまり、依存させることでつかまえてしまうケースだ。

だが、彼らを責めるわけにもいくまい。
なぜなら、飛んで火にいる夏の虫、吸い寄せられていったのはあなたになるからだ。

自分がしっかりと自分を持っていれば、そんなことにはならない。
自分の感覚、感性を磨き、必要な情報を選びとって欲しい。
情報に振り回されることなく、情報はあくまでもあなたに与えられた知識と思ってほしい。
それを知り、あなたがどう動くかは、自分の選択にゆだねて責任を持ってほしい。

これから2010年や天変地異に関するいろいろな情報が流れるであろう。
自分の心眼で、それが真実かどうか見極めてほしい。

一人一人が心の目を養えば、先に何が起ころうとしているかがわかる。
わかれば、変えることも防ぐこともよくすることもできる。

それが大切なことである。

外に何かを求めるより、自分の内に聞くことである。
最初はわからないかもしれないが、何度も聞いているとそのうちわかるようになる。
それはひらめきであったり、外の出来事が示唆してくれたり、夢やシンクロであったりと、いろいろなかたちでサインがくる。

もう一人一人がそれを感じてもよい時期だ。

以前よりも地球の個々の存在がつながり始めている。
最近、シンクロが多くなってきているのに気づいている人も多いだろう。
思わぬところで思わぬつながりがあったり、ひょんなことから何かが始まったり、とんとん拍子で人とつながっていったりと、不思議なご縁やシンクロが増えてきていると思う。

地球の波動がかわってきているので、相互の波動が行き来しやすくなってきているのだ。

思っていることが叶いやすくなってきているというもそういうことだ。

だから外に何かを求めるより、自分の内面を掃除する方がよい。
内面の掃除のために、セミナーやワークショップを受けに外に向かうのはよいだろうが、誰かが、何かが、自分を変えてくれるだろうとは思わないことだ。

自分が自分の内にあるゴミを捨てていくことで、きらきらと輝くきれいな魂が現れてくる。


常に自分の中でなにが起こっているかを見つめなさい。
外の事象に振り回されてはいけない。
それは内の出来事の現れにすぎないのだから。

外の事象はあなたが内面に持っているものを映し出しているにすぎない。
他者をせめても意味がない。
外象はすべて自分の作り出している幻想だと思ってよいだろう。

ならば、しっかりと心の内を見るがよい。

鬼を見る人の心の内には鬼が住まう。
しかし、その鬼もまた幻である。
おのれが鬼を感じているから思っているから鬼なのである。

思い、考えはエネルギーであり、エネルギーは変化させることができる。
その鬼を天使にするのもあなた次第なのである。

鬼が本当に悪いものか、今一度見てみるとよい。
あなたが何かを否定したり、悪い者と思っていることが鬼を作り出しているのかもしれない。

「和音」(10.3.8)


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流れるままに進んでください。
自然体を心がけ、自分の魂の、心の声を聞き、抵抗せず、進んでください。
恐れが出ても流してください。

恐れは幻想です。
怖いと思うのは、変わりたくないという思いの現れです。
変化が怖いので動けなくなるのです。

新しい世界に移るときは、未知の世界が待っているので、何が起こるのだろうと不安になります。
不安というものはまだ起こっていないことに対して感じるものです。
だから、変わりたくないという思いの現れです。

恐れを感じるときは、身体的な感覚を身体のどこかに感じるはずです。
胸が痛む、筋肉が緊張するなど。

身体が過去の恐れを記憶していて、身体のその部分が反応するのです。

身体に心配することのないように「大丈夫だ」と伝えてください。
恐れは思い込みであると伝えてください。

身体から恐れを手放すつもりで、それを感じている身体の部分を
「大丈夫」「愛している」「うまくいくよ」「不安は手放すよ、幸せがやってくるよ」などと言いながら、なでたり、離れていくイメージをしたりしてみてください。

流れに任せ、それをとどまらせるものは手放すように心がけてください。

「和音」(10.3.3)


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 パーフェクトであろうと思うな。
 「できる自分」でなくてもよいではないか。

 そなたは望むものは手に入らぬと思うておるが、
 自らを差し出せば、何でも手に入るというのに。

 恐れていては与えられぬ、受け取れぬ。
 手を伸ばしても届かぬ。

 ただ手を開いて無防備に
 自分を明け渡せばいいのだ。

 抵抗なぞいらぬ。
 素直になりさえすればよい。

(「I.Yさまへのえなふメッセージ」2010.2.16)


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(ゆうさま&困難を感じている人へ)

自分を知るということは、自分を恐れずに見つめること。
あなたの中に、自分の嫌なところと見つめたくないという思いがあると、いいところだけを見ようとして、逃げていきます。

人間は、いいところも悪いところもあります。きれいなところ、汚いところがあります。
もし、いいところ、きれいなところだけを見て、良い人生を歩いているとか、自分は素晴らしいのだとか思っているのなら、あなたはフリをして生きているのです。

もし、あなたの魂がそれを望んでいないのなら、それはいずれ暴かれます。
たいていの魂はそれを望んでいないので、そこに直面しない限りはだんだんと苦しくなってきます。
なぜなら、本当の自分を見ずに、いい人のフリをしている自分を本物だと思おうとしているからです。

ほとんど無意識にしていますので、それに気づかないと、だんだんとしんどくなります。
物事がうまくいかなくなります。

物事がうまくいかなくなっている人は、「あなたは自分の本心に逆らっているのですよ」ということを教えてもらっているのです。

よくないこと続きは辛いかもしれませんが、悪いことではないのです。
ただあなたに、それを引き起こしている部分を見つめなさいと伝えているのです。

それは、あなたが自分の中に持っているけど、否定し続けているもの、見たくないもの。

息も吸ったまま、吐き出さなければ、苦しくなって、それでも吐かなければ死んでしまいます。
感情も抑え続けていれば、窒息気分になります。

自分が見るべきことを見れないのは、怖れがあるからです。
自分がそれを認めると、とんでもないことが起こるように感じています。

体調がおかしいのに、本当のところを知りたくなくて検査に行かずじまいでいると、どんどん手遅れになります。
悪くなっていけば、自分もしんどいし、最後には、どうしても自分が病気であると認めないわけにはいかなくなります。

ずっと病気であることを認めないでいる間は、そのことから遠ざかっているようでありながら、実はそのことに四六時中振り回されています。
自分の病を認め、人は必ず死んでいくのだ、寿命があるのだ、ということを受け入れることができて初めて、今ある命を本当に心から感謝して生きることができます。

心の中もそれと同じです。
自分の中の自分が認めたくないところ、それを受け入れる作業は恐いですが、それをせずに逃げ続けていれば、ますます大きなことが起きて、その部分を見せつけてくれます。

「本当の自分」は、あなたが逃避していること、フリをしていること、自分に嘘をついていることを知っていますので、そのギャップが大きくなればどうにかしようとします。

現実や自分を、見たくない見たくないと思っていれば(つまり、自分の中の嫌だと感じていることを思う)、「見たくない」という波動がでますので、見たくないことがやってきます。
見たくないと逃げると、ますます「見たくない」波動は増大されますので、それに比例して、もっと「見たくないこと」がやってきます。
するとますますたいへんになり、「どうして私がこんな目に、、」「どうせ私は、、、」と思います。

あなたがそれを呼んでいる発信源を手放せば、それは消えていきます。
つまり、見たくないと思うことをやめること、そこに向き合うこと、あってもいいんだと受け入れること。

このからくりに早く気づいてください。

誰かが助けてくれるなんて思わないほうがいいです。
助けてほしいと思っていると、助けてほしいと思いたくなることがやってきてまたたいへんになります。

まずは、自分で自分の闇に向き合うと選択すること。
そして、向き合い続けること。

それをし始めたら、たくさんのサポートがやってきます。
誰も助けてくれないと思っていたのに、たくさん助けてくれます。

あなたが見つめたくない、変わりたくないと思っているときは、あなたが変化を選択していないので、助けるわけにはいかないのです。
助けたくても手は出せません。あなたが変わろうと本当に思わない限りは。

なかなか自分のことは見えにくいですが、幸せになりたいと思うのなら、この部分、しっかりと心に留めておいてください。

幸せはすでにあるのです。
あなたが受け取るのを拒否しているだけです。
自分がそれに値しないと思い、その心のもとを見ないようにしているので、同時に幸せを受け取ることも拒否してしまうのです。

「私は幸せを受け取ります」と宣言してください。
「私がどんなひどい人間でも、極悪人でも、心が冷たくても、ブサイクでも、ひどい境遇でも、貧乏でも、私は幸せを受け取ることを選びます」と決めてください。

それをして初めて、ゲートが開きます。
門に背を向けていれば、門は開きません。

あなたが門を叩くか、開けようとするかすれば、新しい世界が開けます。
人に開けてもらおうと思っていれば、あなたはずっと待っていることになるでしょう。

最初の一歩はあなたが出すしかないのです。
どうありたいか決めて、なにかひとつ行動に移すことです。

自分の弱さ、わがままなところ、汚いところ、よこしまなところ、全てあっていいのだ、と知ること。
誰もがみな、そういう部分を持ち合わせていること。
それらをひっくるめて自分であり、人間であり、それを認めることによって、愛とこの世に起こっていることを本当に理解できます。

暗闇を恐れていては眠ることができません。
が、寝ている間の夢の世界こそ、制限ある世界から開放されて自由に羽ばたいている世界なのです。

自分が弱い人間であることを認めましょう。
まだまだ未熟で、たくさん迷って、たくさん失敗や間違いを起こし、人や自分を傷つけ、それでも生きている自分を許してあげましょう。

この地球上では、太陽と月があり、昼と夜があり、男と女がいて、両方あるからこそ、豊かな星となっています。
あなたの中の闇を否定しないでください。
あなたが自分の闇に背を向けるのでなく、正面から向き合えば、そこには深い愛が存在していることを知ることになります。

すでに「闇」は開放されました。
自由に開き、閉じることができます。
あなたはそれを知り、自分の好きなように出入りすることを学ばなければなりません。
「闇」はもうふさがれたものではないのです。

あなたが「闇」を知ると、とても強くなります。
光も闇も一つであることを知ることになります。

怖がらないでください。
闇の中には愛があります。

 「和音」(10.3.5)


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「天災と人の心1」の続きです。

人間は地球のことをわかっていません。信頼していません。
子が親を信じなくなれば、世は地獄と化します。癒されません。

母の愛は偉大です。
子と親、人間と地球、これらは相似象です。

地球と人間の関係を良くしたかったら、あなたと両親の関係を良くしてください。

親を許し、自分を許してください。
親も自分も罰する必要はないのです。

必要なのは許しです。愛です。

そこのところを勘違いしないでください。
自分の中の怖れと向き合ってください。

怖れはみな幻想です。思い込みです。
恐れに向き合うことで、本当の気持ちが見えてきます。

真澄の心、真に澄んだ心には怖れがありません。
あなたの中に怖れがある限り、あなたは自分や社会が作り出した偽りの世界にいるのです。

怖れがなくなり、愛の世界に突入すると、自分というものがなくなっていきます。
全体の調和の中に自分があるので、自分の死は問題ではありません。
自分の肉体がなくなっても自分は存在し、すべてのものとすべてを共有していることに気づきます。
そうなると、すべてが愛のもとに成り立っていることがわかります。
地震や他の天災も、戦争でさえも。(人間的視野からみるとわからないかも?)

天災に対する怖れは、罪の意識と死への恐怖です。
「個」への こだわりです。

この世の怖れは「分離」からきています。
自分という「個」にしがみついていると、いつまでたっても怖れはなくなりません。
それを手放すとすべてとつながり、愛の世界へ入ります。

今、地球はそれに向かっています。
仮に「地球計画」と呼びましょう。
「個」を手放すことができた人は、その先の世界へ行けます。

「和音」(10.2.26)

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だいたいからして、天災というものは、人の心が起こしていること多々です。
集合無意識にある「神」に対する冒涜、怖れ、罪悪感などが形となって現れたものです。

以前にも書きましたが、神は罰を与えたりしないのです。
だから「天災」ではなく「人災」です。
人の心が呼んでいるのです。
大地はそれに素直に応じているだけです。

例えば、地震が恐いものであるという思い、この思いが地震を恐いものにします。
実際に起こって、街が崩壊し、人々がたくさん亡くなれば、恐ろしいと思って当然ですが、
人の心の中に恐怖がなければ、地震が起こっても大事には至りません。

人間が自然を無視し、破壊し、自然の道から外れた生き方をしている、
その罪の意識が地震を恐ろしいものにしてしまうのです。
台風、ハリケーンなどにしても同じです。

時折、人間は「神の怒り」というものを感じたいようですね。
もちろん神には怒りなどないのですが、人間がそれを作り出すことで懺悔しているようなものです。
人々の心の中で、災害で人間がたくさん亡くなった、生け贄を捧げたから大丈夫だろうというような思いが多かれ少なかれあります。

この思考をやめないことには天災は止まりません。
もし、自然や神に対する罪悪感が恐怖がなければ、天災が起きても大事は免れるのです。

滞ったエネルギーを払拭する意味で天災が起きることもあります。
自然と共にある人々は、自然が何を感じているかを知っています。
だから前もってどうすればいいかがわかりますので、それに対処して難を免れます。

天災を怖がっている時点で、あなたはまだ地球のことを信じていません。
地球と共にいないのです。
地球も人に復讐をしたりしません。
時々は生態系にバランスを取り戻すためにしなければならないこともありますが、
人間社会を破壊することが目的ではありません。

人間が無理に自然を破壊して開発して、そこで暮らしているわけですから、自然に問題があるわけではなく、自然に則さない暮らしをしている人間に無理があるのです。
自然な運行に逆らっていれば、問題も起きやすいでしょう。
人間の中に「自然に逆らっている」=「神を冒涜している」=「私は悪い人間だ」=「悪い人間には罰が当たる」という思考があります。

いつまでもこのことを認めずに闘おうとばかりしていれば、もっとたいへんなことが起きます。
人間の中の恐れが引き起こしているのです。

この怖れは、「私は神(大宇宙の流れ)に背いている悪い存在である」という思いです。
それを認めたくないので、外に悪者を作って攻撃します。
それが今までの長い間の社会です。

世界が滅びるとかいう予言は、この怖れが増大した時、
人間の中の「罰される」という思いが恐怖を生んで大災害を引き起こします。

だから今、「許し」がとても大事なのです。

社会がどんどん乱れ、一人一人の「私は、魂や本心に従って生きていない」という思いが、無意識の中にどんどんふくらんでいくと、集合無意識としてのそれのエネルギーが現象化します。
そして、天災というかたちで人間に襲いかかります。

そして、人間は「やはり神の怒りが落ちた」と思うわけです。
でも心の中では、罰されるのを望んでいたりしますので、どこかで納得してたりします。
天災が起こることで清算された気になるのです。

だからたいていの天災は、地球が引き起こしていることではないのです。
火山の噴火にしてもそうです。

(続く)

「和音」(10.2.26)

以前も天災は人災だという話を載せたと思います。
似たようなことが言葉を変え、何度も出てきますが、頭でわかるのと本当に腑に落ちるは全く違っていますので、そうやって何度も言われることである日、本当に認識するのでしょうね。

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「亀が動く1」の続きです。

「亀が動く」とはそういうことであるが(→「亀が動く1」)
「亀が動くと、鶴が動く」というのは、それらのネットワークができあがると、地球自体の波動が一気にあがり(つまり、エンジンが入るような状態)、本来、地球が有していたエネルギーが生じること。
それは「愛」のエネルギーといってもいいだろう。

宇宙にとってもこのエネルギーは重要である。
地球は、この「愛」というエネルギーの発生装置みたいなものである。
本来の機能はそうなのだ。

今まで長い間、反対の、怖れと争い、競争に支配されてきたが、それは地球のもともとのエネルギーではない。
新参者の先住民侵略の話と同じように、地球にももともと先住民がいたのだが、いわゆる「先進国」の者達に侵略されていた。
時代も移り変わり、再び先住民の時代がやってきたのだ。

「地球の先住民」達(人種的先住民族のことではない)は、もとの機能に戻そうと今動いている。
先住民たちは何が大切かを直感で知っている。
マザーアースと共に生きるため、マザーアースの本来のあり方を取り戻すため、動いている。

「鶴」が動き出すと、この機能が動き出す。


「かごめの唄」はいろいろな解釈ができる。

「かごめ」というのは、地球の呼吸、上下、、、
言葉では表しにくいが、「和合」「愛」、、、
二つの相反するものが融合することで生まれ出る大いなるもの、
「神」と呼ばれるかもしれないが、「愛」が一番近い言葉かもしれない、、、
到底言葉で説明できるものでないが、「かごめ」とはそのようなものだ。

「かごの中の鳥が出る」というのは、その「愛」の中から生まれてくるもの、
「かごめ」はその調和を表すので、それと同じだ。

「鳥が出る」とは、それが発動するということ。
「夜明けの晩」は地球のこと。夜明けもあれば、同時に他所で晩もある。

「鶴と亀がすべった」
地球上で、愛の波動が基本になる。
もともとの地球の本来の機能が戻る。
「愛」という波動のネットワークのもとで、すべてが循環する。

「うしろの正面だあれ」
地球という星の波動は、地球上にいる生命が、それぞれ愛の思いを持つことで成り立つ全体であり、部分である。
だからあなた自身なのである。

地球の本来の姿が愛であるのなら、あなた自身の本来の姿も愛である。
個々人がそれに気づくことと、地球本来のネットワークが完成し、地球本来の姿に戻るということ、
それが「かごめの唄」に隠されている本質である。

すべてが裏表の関係であり、ひとつなのである。
そのからくりに氣づくこと、その秘密が「かごめの唄」には隠されている。
今年はその秘密がどんどんと明らかにされていくであろう。

「和音」(10.2.26)


*「かごめの唄」はいろんな解釈ができるので、
 ここに書かれたことはそのひとつと思ってください(悦月)


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先日京都府亀岡市にある出雲大神宮にお参りに行きましたが、その時に
「亀が動く。亀が動いたのち、鶴が動く。」とのことでした。
地震のことかな?という懸念もあり、意味を聞いてみましたら違っていました。

私自身は、「慈愛の星」に書いたような地震が起きた方がいいのではないかな?と思う最近です。
私は京都に住んでいるので、京都でそう感じるという話ですが、、、。
今月にそのような地震があり、揺れたあと私は思わず「ありがとうございます」と感謝してしまいました。

そのような揺れがあると古いエネルギーが祓われて、
大地も心機一転、新たな気持ちになるのではないか?と思います。
目覚めののびみたいなものですね。

そういう揺れであれば、地上でもワハハと笑いたくなるようなエネルギーになるでしょうから、
大事には至らないはずです。
地上で人間の笑いが増え、また身体をゆるめれば、大地も緩んで大きな地震にはならないでしょう。

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「亀が動く」とは大地が動く、水が動く、男性性と女性性のバランス、陰と陽、
二つの相反しながら結び合っている諸々の循環が始まるということ。
地震のことではない。

「亀が動いたのちに鶴が動く」とは、亀を器とみれば、鶴は発動。
器が目覚め、意図が生じ、動きが生じる。

亀は陸の上を歩き、水の中を自由に泳ぐ。
鶴も陸の上を歩くが、空中を飛ぶ。

天と地を司るもの、大地にて根を下ろす。

亀が動けば、物事が動き出す。

ここでの亀は大地である。
大地が動くとは、地球の目覚めにより、大地自身も目覚め出すということである。

大地は水とは切り離せない。
大地が目覚めれば、水にも影響を及ぼす。

地球、大地、水・・・が各自の意識を持つ。
大地の意識は地球の意識の中にあり、水の意識はすべてをつなぐパイプ役だ。

樹々も草々も目覚め出すだろう。
そして生物。人間は最後だ。

大地が目覚めるということは、もちろん鉱物も目覚めるということだ。
地球と鉱物たちが連絡をとり合っている。
地球上の自然物等は連絡をとり合って、網目のごとく、ネットワークを作り出している。
それに関わっている人間もいるが、大半はそんなことに気づきもしない。

そのネットワークは地球を網羅する。
人間なぞおかまいなしで組まれていく。
といっても、人間も地球の一部なので、そういう意味では考慮されているが。
人間の身勝手な意図は考慮されない。

このネットワークは地球全体がバランスよく調和を持ち、
愛のもとで呼吸(循環)していくためのものだ。
人間がずいぶんと壊してしまったので、地球意識は自ら再生を試み始めた。

「亀が動く」とはそういうことよ。

石に注目しなさい。
石、とくに地上の巨石たちが連絡をとり始めている。
お互いの周波数を感じとり、フィールドを知覚し始めている。

長い間、石も眠っていたが、目覚めつつある。
巨石、巨樹、水、大地は、地球の中心(意識)に直につながっている。
地球意識を巨大コンピューターとすれば、それらはそこにつながれた他のコンピューターのようのものだ。
水は電波と思えばよい。

大地では水がすべてをつないでいく。
空では風がつないでいく。

ここで、人間はなにができるか?

何も特別なことをしなくてもよい。
特別に何かをする人達はそれぞれのことをしていくだろう。
そうでない人達は、身の回りの自然、地面、雑草、樹々、山、川、水道からの水などによい波動を向けるだけでよい。

そうすると、地球ネットワークにつながっている主流自然物(神木、磐座、龍穴、龍脈、水脈、神山、パワースポット、etc ) のネットワークをサポートすることになるので、変化が早く進む。
地球が自ら望んでやろうとしていることに協力する形となる。

彼らの力と比べると人間の力は些細なので、
大きなことをしようとするより、身近な小さなことに取り組めばよい。
その小さなことがいもづる式につながって「大きなこと(地球の計画))」につながっていく。

(続く)

 「和音」(10.2.26)

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昨年の波動変化もかなりでしたが、今年はこの約2ヶ月でも相当な変わりようです。
変わっていくといっても目に見える範囲では何も変わっていないので、まさに「ゆでガエル」現象です。

「ゆでガエル」現象は、カエルを水に入れて少しずつ水を熱していくと、カエルは気づかずにゆであがってしまう現象です。
今起こっている変化はかなり微細レベルなので、気づかなければまったくわからない状態です。

ということで、載せ忘れていましたが、新月2月14日(旧暦1月1日)の分です。


新しい始まりは一瞬にしてならず。
目に見える変化は一瞬のように見えようが、真底から物事を覆す変化は一瞬にしてならず。
見えないところでゆっくりとじっくりと時間をかけて変化している。

地震が良い例だ。
一瞬にして大きなエネルギーを放出するが、ああなるまでに相当数の年月がかかっている。
大きなエネルギーを動かすには、長い辛抱強い時間が必要になる。

新しい始まりは、すでに長い時をかけて準備されている。
何度となく小さな始まりと終わりがあり、少しずつ進んでいく。
表面上の小さな変化は、大きな変化をカモフラージュする。
大きな変化はほとんど見えないし、わからない。
が、ある日突然やってくる。

あなたたちのなかでも、心の準備を少しずつするがいい。
少しずつのみんなの変化は大きなエネルギーを創る。
いざという時に大いに役に立つ。

「和音」(10.2.14)


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決める」へのカレンさまからの質問↓
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信ぜよ、とありますが
ある講演会で、Oリングでやると「信じる」は弱く、「認める」は強くなります
スピリチュアルなメッセージでよく「信じる」という言葉がポジティブな意味で使われますが
どういうことなのか疑問に感じています。どう思われますか?
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について
 ↓

「信じる」ということは「疑いをもたない」ということ。そのまんまを受け入れること。

「認める」というのは、自分の了解を得ること。
そのまんまを受け入れるのと似ているが、「認める」場合は、「個人」その人の思い、判断が入る。

「信じる」というのは、個人がなくなる。
自我、エゴというものを越えた何かとつながり、何かになる。
それは真我といえるかもしれない。

人により言葉の概念が違うかもしれないので、
これを読んでいても違った意図を受け取るかもしれない。

「信じる」というのは、自分をなくすこと。
「認める」というのは、自分の領域に受け入れること。

スピリチュアルなメッセージで「信じる」と出る場合も意味は多様だ。
外にある何かの存在や教えや信仰を信じる場合、己を信じる場合、何にもとらわれない状態、ポジティブに生きること、etc.

答えは常に自分の中にあるのだから、外に何かを求めてそれを信じても、
本当の「信じる」こととはずれてくるだろう。


人はだれでも何かを信じている。
それを知ることが大事だ。

自分の信念を知ると人生が見えてくる。
なぜならあなたはそれを生きるのだから。

「信じなさい」といわれる時、自分が何を信じているのか、観てみるとよい。

信じたいものを信じているのか否か?
なぜなら信じていることが実現していくのだから。

「和音」(10.2.19)


ちょっとこの「和音」文章、誤解を生じやすいと思いますが、、、

「信じる」というのは、自分の境界をなくして受け入れること、いわば自分を与えることであり、
「認める」というのは、自分の境界は保ったまま受け入れるということではないでしょうか?

本気で何かを信じることは恐怖を伴うかもしれません。それならば、認める方が楽です。
だから、Oリングテストで、「信じる」は弱く、「認める」は強くなるのでは?

何を信じるか?で、ネガティブにもポジティブにもなるでしょうね。(悦月)


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時々「和音」ってなんですか? と質問を受けます。
「和音」という本があるのか? チャネリングのソースかなにかか? 

今までなんの説明もせず、ただ、文章下に「和音」と記載された日付を載せていました。
載せているのは、ただ単に私が「和音」文章だとわかるように、という事務的理由なんですが。

最近たてつづけに「古い日付の文章が今載っているのはなぜ?」と聞かれました。
いつも的を得たように文章が載るので、意図してその時に載せているのか、偶然か?というご質問を受けました。

「和音」の文章は、ほとんどがノートにペンで書かれます。
最近は、すぐに載せたが良いと思う文は、そのままブログへ載せています。
しばらく前からミクシィにコミュ「カムナガラビリンス」を立てて、過去の文章整理をしていっています。(「和音からのメッセージ」をもっと読みたい方はご覧下さい)

たくさんの文章があるので、少しずつ時間を見つけては載せていっているのですが、
その時にブログにも載せたがいいと思う文章があれば、予約配信でブログにいれています。

アップされる記事はその流れで載せたものなので、たまたまその時、という偶然です。
なぜかたいてい時期を得ているようです。
日程が近いのは意図的に載せています。

時間があるときに、ノート内容をコミュにアップしていますが、時々、無性にアップしたくなって、「今日やりたい!」とノートを見て、文章を選んで、バババッと載せます。
私がそれをすると、たいていいつもその時の私に必要な文章がでてきます。
で、私も「あ、だから無性にノート整理したくなったんだな」と思います。

コミュに載せた後は、記事の兼ね合いで、すぐにブログに載ったり載らなかったりですが、なぜかまたタイミングよくアップされているようです。

現在コミュでは昨年6月分を整理中ですので、6月の日付があれば、最近コミュに載せた分ということです。
まあ、そんななんということもない理由です。

で、「和音」っていうのは、悦月が命名した『悦月の「集合体」』です。
こちらにまとめてありますので、興味のある人はご覧下さい。
「和音」について


◆「オラクルカード・ワークショップ in 京都」2月14日13:00~16:00
古神道ワークショップ in 京都 2月20日(土)

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(女性たちへ)

美しい世界は、あなたの心の中にあります。
それを感じてください。

あなたがその美しさを自分の中に感じて、
自分の中の美に感応し始めると、
あなたの中の本来の女らしさが芽生えてきます。

あなたはそれを表現することを恐れているようですが、
「できない」や「表現しなければならない」にならずに、
ただ、心の中にある美しさを感じて、慈しんで下さい。

そうすれば、自然と出てきます。

「S.Tさんへのえなふメッセージ」(10.1.2)


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