いのちおり - 本来の自分に還るために

さあ、未来の自分に還る旅に出よう!
人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

カテゴリ: 女性性、パートナーシップ

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女性は場の情報を共有したり、個としてより、場やコミュニティなどと自分とを一つと感じている情報空間的な存在だという話を書きましたが(「子宮」という情報場)、先日、以前コピーしたものを見つけて納得しました。
これは、千賀一生氏の「タオ・コード」からだと思うけど、彼の違う本かもしれません。

読みにくいかもしれませんが、男性と女性の悟りの違いについて書いてあります。
この話、もしかすると前にもブログで書いたかもしれません。

悟りについては男性だけが語っているので、女性は違う悟り方をするのではないか?ということはかねがね感じてました。

上の文章を一部まとめると、

男性の脳は左右の脳をつなぐ神経線維が少ないため、世界を分離して見がち。

なので、神性を分離によって理解する

彼らの道はその道へ入ることであって、その世界になることではない

天国や浄土はこの世の向こう側にある目的地である。

一方、女性は、左右の脳を多くの神経線維が繋いでいて、
両方の脳で同時に感じることができる。

そこで、他者や世界から自分を分離するのが困難。

女性の悟りの道は、世界に入り込んでゆく、すべての人間的なものへと降りてゆく道である。

女性は世界を自分の体の一部として知る。自分が世界の一部となる。

女性にとって悟りとは目的地ではなく、自分たちが昔いた場所である



この文章を読んですごく納得しました。

女性は、「その世界になる」んですね。
だから「場」が「自分」になるし、情報を共有しがち。

「個別」となっている今の世界では分離がベースにあります。
自我が育つ頃からその刷り込みは始まります。

人によってはなんとなく違和感を感じながらも、それに合わせていたり、
自分がおかしいんだろうと思ったりしていたと思います。

私もそうでしたが、「個」であることの意識も
また一つの価値観、世界観でしかなかったんだなーと思います。

女性性の時代に向かうにつれ、これらがまた「集合体」としての「個」
(というと矛盾したような言い方ですが)、それが主流になっていくんだろうなと思います。

いいかえれば、「コミュニティ」が重要視されていき、そこでどんな役割を担う自分がいるのか?どう貢献しているのか?がセルフイメージになっていくということです。

しかし自立した自我ができていないと、周りに翻弄され、それこそ洗脳されて
国や宗教やなんらかの団体などにいいように使われてしまいます。

「コミュニティ」の時代には、「自分が、自分が」という意識は減りますが、
自立した自我でないと集合知に負けてしまい、自分を持つことなく流されてしまいます。

だから、いいコミュニティができることと、個としての自立的成長の両方が
今、必要だと思います。
個としての可能性を伸ばしてくれるコミュ二ティ(=教育)に属することができるといいですね。

最初は小さな集合知でしょうが、それがあちこちでできることで、
だんだんとトレンドとして全体意識になっていくと思います。


最近は男女の区別の境界が曖昧になってきていますし、
男性性の強い女性、女性性の強い男性もいます。

男性と女性の違いとして書いていますが、一般的には「こういう傾向だよ」という話で、
男はこうだ、女はこうだと決めつける必要はありません。
男性でもこういう感性に長けた人はいるでしょうし、女性でもまったく感知しない人もいるでしょう。

私は女性ですので、女性視点から見てこれらのことにすごく納得している次第です。


また、自己啓発などで言われる目標達成法も
男性的思考向けの「向こう側にある目的地にいく」ものが多いので男性向きです。
 
女性は違和感を感じていた人も多い。女性性が強い男性も同じ。
 
「その世界になること」
「昔いた場所に戻ること」
 
女性や女性性が強い男性はこちらのほうが納得だと思います。
 
西洋は男性的、東洋は女性的と言われます。
日本は個人主義ではなく、全体主義的な国民性がありますから、西洋よりは違和感なく受け入れられるかもしれませんが、個の自立があいまいになっているので、間違った方向に行きやすくもあります。
あんがい西洋の受け入れのほうがスムーズかもしれません。


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前回の「女性の意識」からの続きです。


女性のとっては「個」というのはそんなに重要ではなく、「集合体」としての自分、つまりは、自分が属する情報場やコミュニティのほうがもっと「自分」として感じられるのかもしれないと思います。

共同体的な感覚が自分かもしれないです。

そのつながり(情報場)が自分であるから、そこを整えること、成長させることが大事になります。だから協調や共感が大事になってくるのでしょう。

そして、その中で自分がするべきことを見つけていく。

そこにいることで情報が降りてきて、やるべきことをやっているという感じ。

現代はほぼ全くそれが機能していません。
なぜならそれが発揮されるような「場」が整っていません。

これが利用される方向に向かったり、依存的な集団に持ち込まれると、宗教的な集団やお互いが監視し合うようなコミュニティになります。

これが確立するには、まずは「個」として自立していることが大事になります。

そういう人たちが集まってこそ成り立つ「場」なので、やはり一人一人の意識が大事ですね。


本来、女性に限らず、人間の役割も「場(情報場)」を成長させることなのかもしれません。

集団で住む生物などはそんな感じでしょうか?

アリや蜂や植物など、、、。
大きな意味では自然界も。


女性にとっては、そのようなつながりが、自分にとって「主たるもの」になっているほうが楽だし、つながりの自分を感じていて一人ではないので寂しくないです。

個であることは本来、女性には向いてないんでしょうね。
どちらかといえば、男性向き。

だから女性は「愛されたい」という思いが強いのかもしれません。


これは根本的に今の社会と構造が違います。

web状ですね。

子宮がなぜ「子宮」なのか?

「宮」は情報場。

子宮はアカシックレコードのようにすべての情報と繋がっているところ。

そこにある情報で子供が育まれます。

その情報は女性たちの間で無意識内で共有されています。


ということが、先日のヒーリング時に出てきたことですが、仮説です。

私は「なるほどなー」と腑に落ちましたが、本当にそうなのか、私の潜在意識が私の都合のいいように出してくれた情報かはわかりません。
でも私はそうなんだろうなーと思うので、これらが育まれていく方向に進んでいきたいと思います。

女性は「個人」であるより「共有する情報場的存在」であることは、
考えてみれば納得のいく話です。
古代からのいろんな寓話や女性原理を見てみても頷けます。

個人も解体すれば情報の集まりですが、「個人、個体」という括りが現在は強いので、
あまり集合体と認識はされてないですね。


こういう言い方がわかりやすい例えかもしれません。

情報場を女性ととらえると、
情報同士が繋がって、新しい情報を生み出すという働きが男性。

でも現代の女性はほとんど情報場としての機能を果たしてません。
男性化しちゃってますから、自分も一つの情報として動いてます。

わかります?この例え。

これからはまた女性がこの機能を取り戻すべく、少しずつ社会も変わっていくのでしょうね。


この話は「えなふ通信」(女性のみ)からの転載です。

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以前書いた「女性の内的集合宇宙」に関連する話です。

以前「えな符」という女性向けの護符を配布していた流れで、月1回、女性向けの一斉遠隔ヒーリングを行っていますが、その時に「女性の内的集合宇宙」についてもう少し情報がやってきました。

あくまで私の仮説ですが、
女性はもともと個として成り立っている存在ではなく、つながりが先のようです。
つながり、つまり情報場の中で自分がすることを見つけてきたようです。

ここでいう情報場とは、情報を共有するエネルギー場です。

今ポケモンGOが流行っていますが、このゲームをする人たちは、「ポケモンGO」というゲームの情報を共有しているので、「ポケモンGO」という情報場でつながっていると言えます。

ひとつの情報場にはいろんな情報があって、それらがつながりあって相互作用しています。
似たような情報が一つの情報場を形成し、他の情報場とも関わり合います。

新しく現れたと思える情報場はまったく新規に現れたわけではなく、
その土台となるものだったり、霊脈的に続いているものがあって新たに形成されます。

女性の意識は、現代のように個人の意識が先にあるのではなく、
その集合体としての情報場が優先される傾向にあるようです。

そのコミュニティ的な場自体が「自分」であり、
その中の役割的な部分として個としての肉体を持つ自分がいるようです。


「コミュニティの集合体が自分」という認識の方が「個としての自分」より先だったみたいです。
「情報場」というとより抽象度が高く、「コミュニティ」というと現実的な集団っぽくなりますが、自分にとってわかりやすいレベルで受け取ってください。

「家族」という小規模コミュニティで考える方がわかりやすいかもしれませんね。
妻や母親をしている人はたいてい自分のことより家族優先ですよね。

現実レベルではそういう話かもしれません。

現代はほとんど頭ばかりで考えているので、そういう女性の本来の機能は果たされていないどころか、個が重視されすぎて、女性にとってはストレスになっているようです。


これからは、意識レベルの情報空間でのコミュニティ、つながりがもっと強くなっていくんだろうなと思います。

まるでインターネット。

同じ興味、関心、波動、価値観の人たちがそのエネルギーによって繋がっていく。
住んでいる場所は世界のあちこちに広がっているけど、共通の関心(情報)で繋がっている状態ですね。

「共通の関心(情報)で繋がっている状態」というと、「個と個が共通の関心で繋がっている」イメージをすると思いますが、今回のヒーリングで出てきたのは、そうではなく、
共通の関心自体が自分自身を形成している」となります。

これを書きながら思うのは、もうすでに主となるゲシュタルト(まとまり)が
肉体レベルではなくなってきているんだなということ。


今までは「個」というのは、物体、肉体によって区別されていたわけだけど、

これから先は、向かう先(ゴール)、夢、ビジョン、作りたい世界、関心、価値観などの
「意識の傾向」によって、「固まり(個)」が形成される
ようになっていくんだろうと思われます。


もっと先の話ですけどね。
そしてもっと昔の話ですけどね。

これって今までのあり方と全然違うので、ピンと来る人とまったく?の人がいるかもしれません。

これからの時代がそれに近くなっていくのをすでに感じている人にとっては
うんうん、わかるよ〜となると思います。

私もまだ手探り状態ですが、今回のヒーリングで少し明確になりました。
抽象的な話でわかりにくいかもしれませんが、続きは次回に。



この話は「えなふ通信」(女性のみ)からの転載です。

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遠隔ヒーリングの時の話。

その時に気づいたのが女性性、女らしさにもいろいろあるということ。

優しさ、セクシュアリティー、母性、賢さ、強さ、しおらしさ、包みこむ力、感覚的、直感的、非論理的、弱さ、ずる賢さ、小悪魔的、etc...


「女らしさ」というと誰もが似たイメージをすると思います。
こういう人が女らしいという一般的なイメージが普及していますから。

そしてたくさんの女性たちがそのようになろうとして、
化粧品やら美容、エステ等が流行ります。

女性がきれいになるのはいいと思いますが、
ワンパターン化するのは私はあまり好きではありません。

「モテる女」像が固定されると、そこに見合わないと思うがゆえに
劣等感を持って悩む女性も続出します。

世の中が決めた基準にそぐわないのは良くないことだと
女性も男性も思ってしまいがちですね。


「女性性」は、女性だけにあるものではなく、男性にも女性性があります。
男性も女性も、男性性と女性性の両方を持っています。

遠隔ヒーリング時に感じたのは、いろんな資質がその人に備わっているんだけど、どれが表に出ているか、どれが強く現れているかによって、その人のあり方が決まっているんだなということでした。

つまりバランスですね。

弱さが前面に出ているなら強さは奥に引っ込んでいるだろうし、
女性性が多く比重を占めていたら男性性の現れは少ないです。

自分が女らしくない、または男らしくないと悩む人は多いと思います。
それはあなたに何かが欠けているという話ではなく、ただバランスが均等でないだけです。

そう、すべての要素はあるけれど、どれがより多く/少なく表に出ているか、
あるいは主導権を握っているかの話です。

両天秤の秤のように、片方が重くなれば、反対側は上に上がります。

新たに何か足すわけでも抜き取るわけでもなく、
過剰なものを減らしていくと自然と足りなかったものが増してきます。
またはその反対。

なぜならもともとあるのですから。


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ふとしたことで気づきましたが、「アナと雪の女王」の主題歌の訳の違い。

私が最初観たのは、映画館での予告で使われていたこの動画。



見たのは映画の公開前でしたが、このインパクトは強かったです。
私はディズニー映画は子供の頃から動き方が好きではないですが、この歌詞とメロディはとてもよかったです。かなり英語の原文に近い訳です。
当時、FBやこのブログにも載せたと思います。

女性性の解放を歌っているようで、最後のシーンで、キャラがいわゆる典型的な女性の魅力を打ち出していたので、そこは疑問に思ったのですが。

その後、松たか子の歌う日本語バージョンがヒットしました。



私はこちらのほうはピンとこなく、あまり聞きませんでした。
上記の英語版(+和訳)を先に聞いて(見て)いて、そちらを気に入っていたせいだと思っていました。

今さらですが、なんでかがわかりました。
歌詞が違います。

歌詞を見ながらYouTubeで聞き直してみましたら、全然違うものになっていることに気づきました。

日本語の歌詞はアニメの口の動きに合わせて考えられたそうで、その自然な感じが良いとどこかで読みました。それなりの意訳はしかたないだろうし、そのように意訳した気持ちはわからないでもないです。すごくよく考えられていると思います。

でも、、、主旨が全く変わってしまいました。

最初の英語の歌の和訳バージョン版は、「人と違う自分を認めて受け入れて、私は私の道を行くわ」と、異質であることを受け入れて自分の道を行くことに決めるという既存の枠組みからの脱却と自由の獲得を現していると思います。

常識や一般論にとらわれず自分らしく生きることに決めて、これからの生き方を示唆するような内容、自分が関わっていた世界からの自立が描かれていると思いました。
また女性と自然との関係も示唆していると思います。

いろんな枠を強いられてきた人たち、とくに女性で共感する人が多かったと思います。


が、日本語バージョンは、そういうところを排除して、日本人らしい曖昧さで包み込んで、いい子ちゃん向けのきれいごとに仕上がってしまっています。

自分を抑えるのをやめて、ありのままの自分になって、自分を好きになって、自分を信じていくわ ♪

自分の心の悩みという範囲に留まり、ありのままの自分はすてきなのよと。

それはそれでいいのですが、原作の激しさや反骨精神はないです。

オブラートに包んじゃいましたね。
日本人の子供やお母さん向けにそうしたのか、他に意図があったのか、、、?


「ありのままの自分」が理想の自分のように聞こえてしまうのはそういうことかと思いました。

英語のほうでは、That perfect girl is gone.(理想の娘はもういない)と実際に歌っていますが、日本語バージョンでは、ありのままの自分がパーフェクトガールであるかのように、聞く人の心に刻まれちゃったように思います。

簡単にいえば、英語は「タフな精神でありのままの自分を生きる」ことをいい、日本語バージョンは「ありのままの自分になればステキになれる、幸せになれる」みたいな印象を得ます。

そこが一番違ってしまったところだと思いますが、この歌のキモの部分がこのように違ったのが興味深いと私は思います。

訳し方のことを言っているのではなくて、着眼点がずいぶん違っているということを言いたいんですが。

西洋の個人主義と、日本の全体主義の違いなのかもしれませんが、かたやアウトロー的、かたや優等生的な感じです。

既存の枠組みから外れて自由に生きるという話が、ありのままの自分らしく生きることがいいことなんだよと型にはめる方向になっているという違い。


この歌が日本で大ヒットしたのは、

抑圧された自分から解放されて本当の自分を生きたいと感じているからなのか?(本心はそうだと思うけど)

そうしたいと思っていたら「ありのままでいていいんですよ」と外部から許可を与えられたからなのか?

後者は、ありのままでいいよと言われたからありのままになるわ〜、とまわりが認めたからそのようにふるまっていいんだという風に感じます。
今の風潮や流行と一致したからOKなわけで、英語版の逆をいっているように思います。

その「ありのまま」はきっとまわりも認めるステキな人なのではないかな?

・・実際の「ありのまま」はそんなきれいごとではないです。


微妙な違いだけどこれは根本的に全然立ち位置が違います。

見比べれば比べるほど、日本語バージョンはきれいごとに見えてしまいます。

反体制的な私の見方かもしれないですけどね。
私としては原文に近いほうの訳を知ってほしいなと思います。


下記に二つの歌詞を載せておきます。
(英語版の和訳)が直訳に近いです。


(英語版の和訳)             (日本語バージョン)         

雪が山を覆う夜 足跡ひとつ残らない   降り始めた雪は足跡消して
隔絶された王国 私はその女王      真っ白な世界にひとりの私
風がうなる 心の嵐のように       風が心にささやくの
私の苦しみを 天だけが知っている    このままじゃダメなんだ

秘密を悟られないで           とまどい傷つき
いつも素直な娘で            誰にも打ち明けずに悩んでた
感情を抑えて 隠さなければ       それももうやめよう

でも 知られてしまった

これでいいの かまわない        ありのままの姿見せるのよ
もう何も隠せない            ありのままの自分になるの

これでいいの かまわない
過去に扉を閉ざすのよ

もう気にしない             何も恐くない
何を言われようとも

嵐よ 吹き荒れるがいい         風よ吹け
寒さなど平気よ             少しも寒くないわ

遠くから眺めると すべてが砂粒のよう  
怖れは遠く去り もう私を苦しめない   悩んでいたことが嘘みたいね
                    だってもう自由よ
怯えることなく 未知へと突き進む    なんでもできる   
善悪やルールに縛られずに        どこまでやれるか自分を試したいの
                    
私は自由よ               そうよ 変われるのよ 私

これでいいの かまわない        ありのままで 
風と空は私のもの            空へ風に乗って

これでいいの かまわない        ありのままで 飛び出してみるの
二度と涙は流さない           二度と涙は流さないわ

自分の道を行く             冷たく大地を包み込み
ここは私の王国             高く舞い上がる 想い描いて
嵐よ 吹き荒れるがいい                
                           
私のパワーが 大気と地に満ちる            
氷の図形のように 私の魂が広がる    花咲く氷の結晶のように
結晶となって 想いが形づくられる    輝いていたい

二度と戻らない             もう決めたの
過去はもう過ぎたこと

これでいいの かまわない        これでいいの
新しい夜明け              自分を好きになって

これでいいの かまわない        これでいいの
理想の娘は もういない         自分信じて

私の道を行く
輝く光を受けて             光あびながら
                    歩きだそう
嵐よ 吹き荒れるがいい                
寒さなど平気よ             少しも寒くないわ



英語の歌詞



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映画「アナと雪の女王」を見ました。
その話はさておき、私がとても恐く感じたことがありました。
それは「アナと雪の女王」の映画の前に放映された「ミッキーのミニー救出大作戦」。

私は子供の頃からディズニーもトムとジェリーもポパイも、なぜかアメリカアニメは好きじゃなかったです。日本のアニメは好きなんだけど。

ミッキーマウスのアニメは初めて見たのですが、驚きました!
これって子供が見るんだよねーとそら恐ろしくなりました。
「アナと雪の女王」の前にわざとこういうのを作ったのかもしれないと思ってみたり。

モノクロから現代のアニメチックになって、スクリーンの中と外を行き来するのはおもしろいんですが、後半の悪者役に対するやっつけ方がこてんぱんで、ヒーローは悪者をやっつけていい的なアメリカンちっくな展開で、くり返しくり返し痛めつけるシーンが出てきます。
アニメだからおもしろおかしく描いているんですが、大人数でみんなでひとりの悪者を懲らしめます。

ミッキーとその仲間たちは仲間だからみんなミッキーの味方をして、懲らしめられる方は悪者だから痛い目にあって当然みたいな。

確かにミニーをさらった奴は悪い奴かもしれませんが、みんなで一人をやっつけるという図がいじめに見えて、もしこういうものを子供たちが毎日のように見ていたら、それをまねるでしょうから恐いなーと思いました。

勧善懲悪で、集団で一人(悪者)をいじめ(征伐し)、何度も何度もやっつけるシーンを流すので、なんでそこまでするの?と思ってしまいました。

一人が悪者にまつりあげられたら、みんながその人を叩く図。
日本でもよくある光景かもしれませんけど。

悪者はとことんやっつけていい。正義は正しい、正義は勝つみたいな思想を子供に植えつけてしまいそう。もしアメリカの他のアニメもそんな感じのものが多かったらとても恐いです。・・・まあ、子供ものに限らず、そういうストーリー展開ものが多いのは事実ですが。

私が好きでなかったトムとジェリーもそんな感じだったような気もします。
なんかいつもトムがやられていたような、、、。


そのあと上映の「アナと雪の女王」の導入部分で、ごっつい男たちが氷を切って運んでいくシーンで男性的な要素を強調してましたので、男性性と女性性との対比でわざとああいうミッキーアニメを作ったのかもしれません。そうだと思いたいです。

「アナと雪の女王」と「ミッキーのミニー救出大作戦」と対比すると、ミッキーのほうではすべて正義側の視点から描かれており、悪者はやっつけられてハッピーエンドという流れですが、アナは悪役にされし者の苦悩やそこから自由になっていくさま、いい人だと思った人が悪い人、あるいはその逆だったというぐあいに視点が移り変わっています。

悪を罰するのが男性的なら、悪を愛で溶かすのが女性的なのかもしれませんね。


「アナと雪の女王」も「かぐや姫の物語」も男性社会の中で女性がどのように生きなければならなかったかというところで女性の共感が多いと思います。

「風立ちぬ」が男性的生き方を描いているとしたら、「アナと雪の女王」も「かぐや姫の物語」もその裏で思うように生きれなかった女性の苦悩が描かれているともいえるでしょう。

「男らしくあらねばならない」と言われ続けてきた男性の中の女性性も同じですね。

でももうその時代も終わりを告げつつあります。
映画もそれを物語っていますね。

『アナと雪の女王』特別映像:「Let It Go」/イディナ・メンゼル


この歌、とっても好きです


本来の女性性を活性化するえな符について


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東京都内での対面セッションのお知らせです。

9月24日(火)午前 あと1名様、
25日(水)午後2名様です。
(18日の受付終了しました。)

お申し込みフォーム

お会いできるのを楽しみにしています



だいぶん前に理想世界の崩壊の話を書いたけど、その続きがこれでした。
保存したままになってました。

人生を変える波動の法則」(ペニー・ピアース著) からの抜粋です。

歴史的にみると、男性の体験に基づいた霊的成長に関する見解を、何の疑問もなしに世界は指示してきました。でも、女性はこのプロセスを異なった形で体験しています。


そう、私はいつからかこれを感じていて、男性の体験に基づいた霊的成長に関する見解ばかりが世に出ているのに疑問を感じていました。

それが間違っているというのではなく、女性は違う体験をしているのではないだろうか?という疑問でした。

男性の賢者たちが伝えてきたことだけが真実であるかのように言われていて、もちろん誰も異論を唱えないし、唱えたところで異端扱いされたか、消されたと思います。

女性は多分、体系化せず、月のものが伝染していくように共感力で感じ合って、習ったわけではないけど自然と身につけていたのではないでしょうか?
体系化も教義化もする必要性を感じなかったんだと思います。

下記の説明がものすごくわかりやすく納得でした。

簡単に説明すると、男性の脳には左右の脳をつなぐ神経線維が少ないために、彼らは世界をあれかこれかと分離して見がちであり、そのために分析や分類する能力に長けています。そして右脳的直感を使うためには、意識的に右脳を活性化させなければなりません。したがって、男性は神性を分離によって理解します。彼らの道はその世界へ入ることであって、その世界になることではありません。男性の悟りの道は、肉体的誘惑を禁じ、瞑想や勉強をし、儀式を行い、師に服従し、僧院にこもるといった形になります。たとえば禅では、この世のすべてのことを中立的に扱い、「何ものも特別ではなく、すべては特別である」とされます。天国や浄土はこの世の向こう側にある目的地なのです。

一方、女性は左右の脳を多くの神経線維がつないでいて、両方の脳で同時に感じることができます。そこで、他者や世界ー思考、感情、霊も含めてーから自分を分離するのが困難です。女性は人間関係、会話、慈しみ、共感、感じる、直感などを大切にします。女性の悟りへの道が世界に入り込んでゆく、すべての人間的なものへと降りてゆく道であるのもうなずけます。女性は世界を自分の体の一部として知ります。自分が世界の一部となるのです。他の人の苦しみを感じやすく、人生とは慈しみ、世話をすることです。女性にとって悟りとは目的地ではなく、自分たちが昔、いた場所なのです。

直感の時代には、人類は全体として、ついにその特有の認識力を十分に開花させます。人間として、私たちは特別な可能性を持っています。意識的に感じる力と自由意志を与えられているからです。その感じる力を発展させれば、感情を共感と慈愛の悟り感覚まで高め、大いなる源と一つになる感覚を味わうことができるのです。感情も感覚も体と関係しているために、見えない世界の認識も、もっとリアルで個人的なものにすることができます。つまり、自分自身を小さなホログラム、または小宇宙として意識的に体験することによって、自己実現という革命的な進化を完成することができるのです。


これはすごくわかりやすかったです。私がもろそう感じていたから。

ナウシカも女性的だったんだなーと。だから森と一つになろうとしました。

マザー・テレサや佐藤初女さんなども『女性の悟りへの道が世界に入り込んでゆく、すべての人間的なものへと降りてゆく道』を歩んでこられたと思います。

ある世界へ「入る」あり方主体だったのが今までですから、ある世界に「なる」タイプの人たちにとっては、そこに入れきらずに、自分がヘンだとか、異端だとか、不適応者だと悩んだことと思います。


『天国や浄土はこの世の向こう側にある目的地』とされて、目的地に向かうあり方が今まででしたが、もうすでに『世界に入り込んでゆく、すべての人間的なものへと降りてゆく』流れになっていると思います。

『女性にとって悟りとは目的地ではなく、自分たちが昔、いた場所なのです。』というのがすごく腑に落ちました。

『理想世界に向かう』のではなく、『今のあるがままのこの世界のすばらしさを知っていく』という方向になったのを阿波以来とても感じていたので、こういうことかと納得しました。


男性脳は三角構造(階級制),女性脳は円構造(円卓会議)といえるでしょう。
縄文時代は女性性が強く、自然と調和した平和な時が続いたのでしょうが、進化しようという意識は少なかったと思います。

だからこそ男性性が優位に立つ時代がやって来て今に至るわけですが、極端に走ってしまったので、今のようなありさまで、もう同じやり方ではムリだろうと誰もが感じています。
女性性の時代がまたやってきたのは当然の流れなんでしょうね。

今までの男性性上位の世界での教訓を心に刻んで、今度の女性性の時代はいかに男性性とのバランスを保つか、二元性のどちらかではなく、循環であり、融合となるよう、男性も女性も心がけたいですね。

そして『感情を共感と慈愛の悟り感覚まで高め、大いなる源と一つになる感覚を味わうことができる』ようになっていくと思います。

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今日はマイ宇宙ストーリーの話ですので、意味わからなかったらスルーしてください。

8/30の満月に長野県の蓼科山山頂、その一週間後には今年三度目の浅間山に登ってきました。
そのおかげか、自分の中ではいろいろとあり、またパワレルワールドを移行したなあという感じです。とても不思議な感覚。

前回初めて蓼科山に登った時に、満月の夜、この山頂で月光のもとに舞いたい!と感じ、今回それが実現しました。
今回の蓼科山は、山頂で不思議現象が相次ぎました。

ちょっと話が遡りますが、今回の舞は「えひす舞」と私が名付けたもの。
311に串本で恵比寿舞を舞いましたが、あれで私の男舞の恵比寿舞は終了。もう舞うことはないでしょう。

「えひす舞」は「恵比寿舞」の女性版になるのですが、私が創っていく舞で、女性性の時代の幕開けに伴う舞となります。

恵比寿舞は、足腰立たぬ蛭子がだんだんと元気になって立ち上がり、恵比寿となり、鯛を釣って大喜びして踊るという復活の舞ですが、えひす舞は、抑えつけられ、虐げられてきた女性&女性性や地/自然などが元気になっていって復活する舞です。

「恵比寿舞」が「えひす舞」になるというのはもっと前からわかっていたのですが、6月に飯縄山と浅間山に行く前に、「飯縄山でえひす舞を」とメッセージが来たことから実際に舞の創作が始まりましたが、当日は雨で舞わず。下山後、思わぬところで舞わせていただいて、またそこから全く思わぬ新たな流れとなりそうな?
その時の舞の動画に不思議な光の玉が移っていましたが、動画をまだ編集していないので、またいつか。

マイ近畿十字が完成したのに、もともとのきっかけになった淡路島の伊勢久留麻神社にご報告のお参りに行ってないことに気づき、8月に行きました。
前回、この神社に行ったときは宇宙とつながっちゃってるよーというような不思議な空間となっていたのですが、今回はまったく普通の神社。

以前、この神社にお参りした時に「太陽の道を1ヶ月で行きなさい」と言われ、そのとおりにしたことから始まって、今年、十字を完成することになったのでした。

参拝後、時間が余ったので海の方にいったら、前に来た時に見た銀色のUFOがちらりとだけど出現。

その後は岩屋神社にお参りしました。
以前来た時に、私が粘土で作った蛭子像をこの神社の前の海で流してました。焼いてない土だったから溶けてなくなったはず。

この時はまさか縦横(水、火)ラインをまわって、串本で恵比寿舞を舞って太陽を釣ることになるとは思ってもみなかったですが、うまくできたもんです。

淡路島で流した蛭子が、串本で恵比寿になったんですね。
そしてそれが女性性の復活を象徴する「えひす舞」となっていく、、。

今回、伊勢久留麻神社に参拝したら、「ヒルメ舞」の名をいただきました。
恵比寿舞は前半と後半があるので、えひす舞も前半と後半があります。今はまだ後半はできてないですが、完成版ができたときには「ヒルメ舞」という名になるそうです。

伊勢久留麻神社は大日孁貴尊が祀られているそうですから、この名がくるのも不思議ではないですが、ヒルコがヒルメになるのも、男性性の時代から女性性の時代へとの移行を表すんだろうし、「女性自身に太陽が戻ってくる」時代になることの象徴だなと思います。

近畿の十字を回ったあとで「えひす舞」が来たというのもおもしろく、私の近畿の十字は、太陽の道の火のラインと縦の水のライン。十字は鳥のかたち。

足萎えの蛭子は蛇(水)のようで、太陽(鯛)を得る恵比寿は火(日)。
十字は火と水の和合。

恵比寿舞は竿をもっているので、えひす舞はその代わりに長い袖をひらひらさせて舞います。あとで気づいたけど、十字の形で蛇と太陽(水と日)が合体している舞だなーと。

私が舞った恵比寿が太陽を得て復活したことは、この先、女性性も太陽を得て復活することのうつし。十字が結ばれたことは籠の中の鳥が出ること、そして火の鳥の復活,岩戸開きにも象徴されます。
蓼科山はもと火山だし、最近通っている浅間山は今も活動中。

こういうことは不思議に勝手につじつまがあってきます。

という流れのなかで、蓼科山でも舞を、ということになったのでした。


蓼科山は女の神山と呼ばれるそうで、近くに女神湖というところもあったり、女神山もそう遠くないです。
山頂付近は岩ばっかりの山なので、女神って感じでもないですが、全体のこんもりしたかたちや山頂が火口らしく丸くくぼんでいるところなどがそういわれるゆえんなのでしょうか?
また太陽信仰とも関係があるみたいですね。

そういうお山ですので、そこで、満月のもと、女性性や自然復活の舞をすることは大事な意味があったのですが、今回は舞は前半のみで、本番は自分ではまったく不満足。まだまだ修行がたりません。

帰りに、私のような素人が舞うことに何の意義があるんだろうか?、ただの自己満足ではないのか?と「宙」に聞いたところ、「上手く舞えたかより、行動に移したことが大事」と慰めて?いただいたので、ありがたくその言葉を頂きました。

ガスで数メートル先の視界もままならぬなか、煌煌と輝いていてくれたお月さまに感謝です。
それもまた不思議な光景だったけど、この夜、いくら探しても奥社が見つからなかったのも不思議。


この舞がどんどんとできあがっていくにつれて、女性性も復活していくのだと思います。私自身もそのために舞うんだろうし。こういうことはシンクロしますから。
完成に向けて進んでいくほど,舞も自分自身も磨きがかからなければいけないので、これからもっと精進します。

ここにはきっと私が作り出す宇宙があるのでしょう。

ひとりひとりが自分の宇宙を作り出しているのだから、これはなにも特別な役割とかいう話ではないです。

私は私の宇宙を作り上げていくことしかできないので、そうしていきたいと思います。

前回と今回の蓼科山の写真はこちら。


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「原罪と性的交わり1」 の続きです。


この世界はなぜ二元性の世界か?

男女、昼夜、陰陽、左右、天地、二つのものは同じ種でも性質は全く違います。
神がこの世を創りたもうたものなら、わかりあえるように近い性質で創ればよいのに、 と思ったことはないでしょうか?

二つを全く違う性質にしたのは、お互いの違いを受け入れるため、 全く違っているのに、凹凸がピタリと合うような快感、悦びを感じるため、 完全に受け入れる、受け入れられるということがどういうことかを知るため、 二つの違うものがひとつに合わさることで大きなパワーを放つ、その悦びを知るため。

エデンの園はその悦びに満ちているところです。
二つの相反する存在がつながり合うことで起こる歓喜、悦び、 それが満ちているところがエデンの園でした。

神聖なる性エネルギーとは、創造の瞬間の悦びを表します。
そのひとつになる感覚は、宇宙との、神との合一の瞬間でもあり、 神の創造の瞬間を理解することになります。

その合一のエネルギーは生の活気に満ちたもので、 地球上の存在にすべて活気と生気を与えています。

人間の交わりだけでなく、動物、植物、すべてそうです。
が、動物は自意識というものが人間ほどないので、合一感などはあまり感じません。
種の継続のためにやっている可能性の方が高いです。
もちろん波動的に外部にも影響を与えます。

性の交わりで大きなエネルギーを放てるのは人間です。
イルカなどの高等な生物もそうです。

エデンの園では、人間は裸でした。
あれは羞恥心がない様子を表しているのではなく、 性の自由さというか、性行為による自我からの解放と自然との調和を表しています。

また、性が恥ずかしいものでなく、おおっぴらにできるものであり、 神聖なものであるということも表しています。

蛇がイブをそそのかしてリンゴを食べさせ、イブがアダムをそそのかしたおかげで、 人間は園を追われるとありますが、これも解釈の仕方でずいぶん変わります。

今までの支配者にとっては、女が悪い存在で、男をそそのかすものとしておく方が都合がよかったのです。
女の本来のパワーが目覚めては困るのですから。

本当は、蛇は男根、あるいは、支配しようとする者を表し、リンゴは女性を表します。
蛇(男、支配者)にそそのかれ、おのれに傷をつける(食べる)ことで(女性卑下)、 女性は劣っている、悪である、そのせいで、男もエデンを追われた、 性は恥ずかしいもの、よくないもの、と塗り替えてしまいました。

そのおかげで、人間は本来の調和のパワーを失ってしまいました。
調和の方法を否定された人間は、その存在を否定されたように感じ、 自分のことを恥じて、罪深いと思うようになりました。

性行為がよくないものとなり、そこから生まれる人間は罪深い存在となりました。
そこからたくさんの問題が生まれることになるのです。

実は、セックスとは、最高の「神とつながる方法」であり、 誰もが悟ることができる道なのです。

その行為の中から生まれてくるエネルギーは、 自然に活気を与え、地球全体を輝かせ、元気にすることができます。

イザナミのエネルギーが解放されたことにより、 性のあり方、考え方も少しずつ変わっていくでしょう。

「和音」2009.9.10


注)
神話や逸話は象徴言語ですから、幾通りの解釈ができるものと私は思っています。ここでのアダムとイブの話はそのうちのひとつと思ってください。

また、男性/女性がいい/悪いという二元論的話ではありませんので、そのように受け取らないでくださいね。

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これ、以前、mixiの方に載せたんだけど、これから性の見直しがどんどんと進むと思うので、こちらにも。今読むとちょっと変更したいところもなきにしもあらずですが。2009年に書かれたものなので、本文の8月は2009年のことです。


「原罪と性的交わり1」

キリスト教による「原罪」のおかげで、 人々は自分たちを罪深い存在と思ってしまいました。

また、セックスを卑しいものに陥れたことも同じです。
私たちがやましい行為から生まれてきたような錯覚を起こさせています。

キリスト教が性を否定したおかげで、人間は存在をすべて否定されました。
キリストが性行為から生まれていないというのは、 尊い人間はセックスをしないといっているようなもので、 性行為から生まれた人間はすでに罪人であるように広く受け入れられています。

が、真実はもちろんそうでないです。
性行為に対する認識が大きく変わらなくてはなりません。

本来の性的交わりは、エネルギー交換であって肉体の行為ではありません。

三次元の身体をもってしまえば、エネルギー体を感じるには学び、訓練がいるので、 まずは肉体でもって快感を感じ、それを窓口に霊体の結合に向かうのです。

が、現代人はそのようなことをすっかり忘れて久しいです。

性行為をやましいものとしてしまった時点で、 個人個人が宇宙と合一する術を封じてしまいました。
そして、悟りを何十年も修行をしないと得ることができない崇高なものにしてしまいました。

支配者、権力者はそうすることで、人々をコントロールしたのです。

地球のもともとのエネルギーは、慈愛であり、分かち合いです。

弱肉強食の世界とはいいますが、あれはその心を持った者たちからみればそうです。
おのれの中に支配したい気持ち、人の上に立ちたい気持ちがあれば、そう見えます。

が、本来、あれは分かち合いなのです。
自分の身が喰われる(捧げる)ことで、他の生物が生きることができる、 その連鎖なのです。

これが愛に基づいていないとしたらなんなのでしょう?

愛と分かち合いと調和の心を持った者からみれば、 自らの身を与え合って成り立っているこの自然界は、 なんと美しい慈愛に満ちているのだろうと映るでしょう。

本来の地球のエネルギーはそうです。

他から支配主義、競争主義、選民意識をもった存在がやってきて、 地球を支配しはじめたので、現在のようになってしまいました。

原住民、土着民とそこを訪れた先進国側との歴史をみるとわかるでしょう。

アイヌ、アボリジニ、ネイティブ・アメリカン、南米などすべて、 先住民は、新参者を疑わずして歓迎したために侵略されています。

地球にも同じことが起こりました。
地球にやってきた他からの存在を歓迎して、 いろいろなものを分け与えたために侵略に遭い、今の世界ができました。

たくさんの人間も乗っ取られました。
今の世界を動かしている存在は、もともとの地球のエネルギーではなかったのです。

8月についに地球も長い眠りから覚めましたので、 本来の地球のエネルギーの方がこれからは強くなりますので、 それと協調しない外部エネルギーは出て行かざるを得なくなります。

「和音」2009.9.10


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地球が目覚め、自身の核とつながったことで、地上のものたちも影響を受けています。

人間においては、女性たちが感じています。
満月周辺に生理が連鎖して起こりやすいように、いろいろなエネルギーが連鎖しやすくなります。
まず敏感な女性たちがしっかりと地球とつながります。

その女性たちが、感じることを波動や言葉、言動で発します。
周りの女性たちは、意識しようがしまいが影響を受けます。
すでに地球につながっている自覚のある女性たちはすることがわかっているので、それぞれするべきことをしていきます。

第二弾の女性たちも自覚します。
第三弾目あたりの女性たちは、なんとなくそんな気がするとぼんやりと受け取っています。
残りの女性はほとんど気がつきません。無意識のまま、影響を受け、気がついたらそうなっていたという感じです。

抵抗&邪魔をする女性たちもいます。
確率的に必要な存在なので、放っておけば、時が来たら、自滅するか、変化せざるを得なくなります。

いわゆる「赤椀の世直し」の現代版が始まりました。
が、今回は改革すべきは三次元的なところではなく、波動による調整と進化、変化です。

女性たちは表向き、普通に暮らします。
個人個人がそれぞれの精神、心、身体の変化を起こすことで、女性全体の流れを変え、男性を変え、社会を変えていきます。
100匹目のサル現象の連鎖が起こるような感じです。

個人の内面の変化が先で、それが他の女性に影響を与え、それが男性と社会に影響を与えていきます。
内側から外側に向かいます。
先導する女性たちが地球と共に集合体として動き、それが他の女性たちの目覚めを促し、少しずつ地球全体に広がっていきます。

そのうち宇宙から地球を見ると、女性たちがひとつの生物のように見えるようになるでしょう。
女性たちの無意識(?)が地球とつながり、様々な流れを作り出していくようになります。

こうなると男性たちはたちうちできません。
昔、その力を封じましたが、今回は人間のみの話でなく、地球自身もその力に目覚めましたので、女性たちが統合してしまえばどうするすべもありません。
それを認め、従う方が無難です。

しかしそうなるには、男性の協力も必要です。
先導者となる女性たちはすでにそれを心得ていますので、彼女らと共にいる男性たちが手伝ってくれるでしょう。

要は、女性自身の中にある性エネルギーを解放すること、つまり、宇宙と一体となるエクスタシーを体験することです。地球上でのその回数が増えれば増えるほど、女性の中にも地球にも創造的エネルギーが増えますので、全てが活気づいてきます。

男性性、女性性のバランスのとれたパートナーシップは、男を男らしく、女を女らしくします。
その本来のバランスは、物事のあり方を自然に沿ったかたちに戻し、心に平安をもたらします。

そのような女性は最初は少数ですが、彼女らはしなければならないことをわかっているので、それを少しずつ連鎖させていきます。
ある臨界値に達した時にぐんとエクスタシーを感じる女性が増えるようになるでしょう。

そのころには男女関係も社会も今とずいぶん変わっているでしょう。
今、その第一歩がはじまったところです。

特に女性は、思考を入れずに自分の感覚を大切にして、それに従うようにして下さい。
何かのサインかもしれません。

「和音」(09.8.30)


もともと2009.9.10に載せていた記事ですが、この現象がやっとこさ現実社会に現れ始めてきましたので、ここに

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物事はくり返しくり返し螺旋状で起こっているようで、昨年、一昨年の今頃も似たような流れがあったのですが、今年もまたそのようです。

2009年8月の日食でずっと伏されていたイザナミのエネルギー(女性原理)が表に出てきて、やっと2010年の8月に本来のあるべきところに戻ったようだと昔のブログに書いています。
そこからまた1年かけてプロセスが進み、やっと現象界への顕現が近づいてきたようです。

私自身は2009年から男性原理と女性原理の融合に向けてのプロセスが水面下で動き出し始めたように感じていました。
実際にそれが現象界に現れ出すと思ったのが2010年の秋でした。
が、その後、それがあまり現れてないようで、あれ〜?と思っていましたら、ヴィーナストランジット以来、女性性の時代の兆しが顕著に現れてきています。

2010年秋でも予定より遅れたと思っていましたが、それよりもさらに一年も遅れてしまったようです。でもやっと現実社会にも動きが現れ始めたようでよかったです。

女性と男性の関係性や性のことについてもどんどんと見直しや新たな探求が社会現象としても始まりつつあるようで、そういう話が少しずつされるようになってきていますね。

2009〜2010年にかけて、女性性などについてmixiやこのブログに載せています。今もほとんど同じ内容が適応されるように思います。
必要だなと思う分はまた紹介していきたいと思います。

今日はこれを。
女性原理に基づく時代
対立のない世界の始まり


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先日、男性性と女性性の話を書きましたが、それを読んでくださったマイミクのかれん*さまが、ワークをして気づいたことを日記にアップしてくださいました。
下記です。

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マイミク悦月さんの日記から

男性性と女性性のバランスをとる(前半)
http://www.putimiracle.com/archives/52094076.html

(後半)
http://www.putimiracle.com/archives/52094356.html



外側の異性との関係に問題がある時は

自分の中の女性性と男性性の関係に問題があるということは、知識では知っていたはずですがついつい外側にばかり意識がいってました

女性性(左半身)と男性性(右半身)を統合すべくそれぞれを感じて書き出し、又会話させてみました

大体私は足は右が悪いんですが、身体は左が弱くて女性性がないがしろにされてきた感じがずっとしてました…

整体でも右脳と左脳の大きさが全然違うって言われましたしそれは自分でも凄く良くわかってました(左が小さい歪んでる)

でも少しずつ整体でバランスが取れてきてます(^-^)b

感じながら会話させてみると…女性は可愛らしくおしゃべりで無邪気に思っていることをどんどん男性に話して行きます


男性は穏やかで無口でなんだか淋しげで、でも温かみがあって女性のことをうんうんそうだねって聞いて受け入れてくれるんです

意外!!

この作業する前は私の男性性って女性性をすごくないがしろにしてるんだろうって思ってました



又私が書き出したリストには男性に激しいという言葉があったんだけど、ないんです話してみると

でもやっぱりあとで夢中になると激しさとか強引さが出て来ました(それをないがしろっていうのかな?)がそれが辛い(涙)と女性が言ったらどうしたらいいか?と聞いて来てくれました

男性はひとりぼっちで淋しかった そうです

なんだか美女と野獣みたいではないですか

女性性は耐えて苦しんで、でも明るさを失わないって感じでした

男性性にもっと言葉で気持ちを表して欲しいと思っているようです

私の場合スムーズに仲良くになったのですがまだまだ抑圧されているものがある感じがします

ので更に会話ですね

外側で起きることに制御出来ない感情がわ〜!と津波のように湧いて戸惑うことが重なった時に

女性が助けを求めるという会話をしてみました

男性は女性に強い安心感をもたらしてくれました

男性の強さがネガティブに働くかポジティブに働くかは

男性の女性に対する愛次第…それを引き出すのは女性の男性に対する愛次第のように思います

それはお互いを敬うというような愛に感じます

------------------------------

なんかいい感じですね〜。

頭で思っているのと実際にワークして感じてみるのと違っているかもしれないので、実際に身体で感じて、対話させると良いと思います。

かれん*さまも、会話内容に意外!と思われたようですね。
私もでしたが。

自分の中の男性性と女性性がお互い話をすることで、思わぬ側面が見えたりします。

「なんだ、男性性(女性性)は、そんな風に思ってたのか、、」と普段の「自分」が知らなかったことが見えてきます。
いろいろと勘違いがあったり。

自分の反対の性がいい感じに対応してくれると、現実にそのように異性に対応してもらっているような錯覚が起こります。
潜在意識が現実に起こっていることだと勘違いすると、ゆくゆく現実でもそういう風になりますから、できるだけたくさん会話をしてもらって、ラブラブになるといいですね。

自分と同性の内面の性についても同じです。
内面の同性がいきいきすればするほど、自分もいきいきしていきます。

対話をさせる時には、自分の思うようにコマを動かすのではなく、双方の言うことに耳を傾けて聴く姿勢が必要ですね。

こうなりたいと意図するイメージワークではなく、今起こっていることを知るための作業ですから。
本当に感じていることを言ってもらわないことには意味がありませんから。


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今年の6?〜7月あたりから、昨年の9月頃とエネルギーが似てきているなあと感じていました。
最近、男性性(原理)、女性性(原理)などに関する話を良く載せていますが、そのようなエネルギーの月なので、そうなってしまうようです。

昨年8月の日食以降に表に現れた女性原理のエネルギーは、ずっと抑圧されていた影響で、元の力を取り戻すのに時間がかかりましたが、今年8月にやっと本来のあるべきところに戻ったようです。
基盤がやっと整ったというか、、。

これはそのまま、女性性の確立につながっていきます。
8月後半から、妙にキモが座ったような、芯がはいったような感覚を得られた女性(男性もかな?)は多かったのではないか?と思います。

「女はこうでなければいけない」という先入観から解放され、自分自身であることをより受け入れられるようになってきたのではないでしょうか?

つまり、作られた「女性像」を手放し、本来の自然な女性のあり方に戻っていく流れを受け入れることができるようになった、ということです。

女性性は、素直な自分とつながっていますので、女性も男性もそのような方向に心が向かい出していると思います。

男性も以前より自分を受け入れることができて、自分の中にある弱さをもっと認められるようになったのではないでしょうか?
弱さを認めるといっても、本当に「弱さ」なのか?は問うべきところだと思います。
女性はその部分を「自由さ」と感じているかもしれませんから。

昨年から、今年の9月から男女関係が変わっていくと感じていましたが、こういうことだったのかと納得です。
本当は、本来の予定より遅れているとは思うのですが、それでも方向は向かうべき先に向かっていると思います。

さて今月ですが、男女間の溝が一度浮き彫りにされると思います。
これ、月初めに書きたかったのですが、他の記事が先になり遅くなってしまいました。

今月、異性、パートナーに対するいろいろな思いが出てきている人は、なるべくしてなっています。
いったん吐き出さないと次にいけないんですよね。

だからしょうがないと言えばしょうがない。
出さないと身体にも心にも悪い。

今月、パートナーが爆発しても、愛を持って接してあげてください。
出すだけ出させてあげて受け止めてあげる。
それだけでいいです。
あなたという器にゲロゲロと嘔吐しているようなもので、吐き終えたら気分が楽になります。

そこで引っかかって喧嘩が始まれば、泥沼になります。
双方、吐き出すことがたくさんあれば、受け止めかねて大変でしょうが、とことん出しきれたら、さっぱりして仲直りかさようならか、どちらにしろすっきり新たな段階へ向かいます。

そうなる前にお互いが攻撃し合えば、さっぱりどころではなく、お互い傷つけあう大変な状態になってしまいます。
また言わずして自分の中に溜めておいても、後日問題となって現れてきますので、気づいたら出してしまう方がよいです。

来月途中からは、パートナーシップがいい感じになるエネルギーの流れになりそうな気配がありますので、今月、ちゃんと毒出しできるがベストです。

パートナーに毒を吐け、という意味ではなく、自分の中に抑え込んでいた異性に対する思いを吐き出しなさいということなので、出し方は一人でワークしてもいいですが、そこまで自己観察できている人も少ないと思うので、たいてい相手に向かって吐き出してしまうことになるでしょう。

「異性に対する思い」は、自分の中の癒されていない未消化の思いを相手にみてしまっているのです。8月に言っていた「闇」は、今月はパートナーに投影されやすいので気をつけたいものです。
相手のせいでなく、自分の中を見てくださいね。

自分のことだとわかっても、相手にあたってしまうかもしれませんが、そうなっても、自分を責めないで慈しんであげてください(相手もね)。
それほど抑圧した癒されていない思いがあるということです。
(参考:「男性性と女性性のバランスをとる」)

また、異性には親も含まれます。

自分の浄化や反転を終えた人は、あんまり吐き出すものないと思うので、大丈夫です。


さて下記は、最近、このブログにコメントをくださっている感覚人間さまのコメントです。感覚人間さまは男性でいらっしゃるようですが、女性への気づきを得られたようです。
男性には男性のいい分がたくさんあるでしょうが、女性側から見れば、このように自分を振り返って感じてくれる男性が増えてくるととても嬉しく思います。

ということで、参考までに載せておきます。

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健康も仕事も失って初めて、今まで見ないふりをしてきたものすべてと向き合えたんだと思ってます。時間かかりましたがようやくその根源の部分(男女の部分)に向き合うことができてるんだと思ってます。

今日は夕方、もやもやさんがあらわれました。話かかえると女性の無意識集合体のように感じました。なんと私に「男を許せいない。。」ってゆうのです。今に始まったことじゃない過去からの抑圧した積み重ねを感じました。とても強力でした。

女性のこのようなエネルギーとつながるとゆうことは、男性側の私にも同じようなエネルギーがあるのかと思い、自分に問いかけたところ、「許せないのは女性ではなく自分を許せない。」って男の自分は答えるのです。「なんで許せれないの?」って問うと「認めれない」って答えるのです。「何を?」って言うと「私は男だから。。。自分の弱さを認めれない」て答えるのです。

男だから強くなくちゃいけないって自分で思い込み抑圧してたのでしょうかね。

また、男も女も、許せないとか認めらないとかいう心の裏には悲しみがたくさんつまってる気がしました。競争階級社会の中で男も女もどこかで支配されどこかで奴隷になってたのでしょうか。


これからは男も女も素直になってみんなで調和がいいですね!!!

最近急激に、自分の体内で今男と女の歩み寄りが行われている気がします。(笑)

いつも長い文章になりますが、多感な時期とゆうことで悦月だまどうかお許しくださいませ。

いつもありがとうございます。

http://www.putimiracle.com/archives/52087225.html#comments
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自発的に、自分の中の男性性と女性性の会話をされているからすばらしいですね。

「私は男だから。。。自分の弱さを認めれない」っていうのは、たくさんの男性がもっていることかもしれませんが、私から見たら、それを認めている男性の方が自然な男らしさを出しているように思えます。

認めるといっても、自己卑下、卑屈という意味ではなく、受け入れているっていう意味ですけど。
そういう人は、男性性女性性のバランスがとれているので、男性を顕示する必要がなく、自然に「男」です。

現代は、社会の中で、男性性も女性性もかなりゆがめられた知識の元で成り立っていますが、少しずつ男性も女性も素直な本来の姿に戻っていく過程がすでに始まっています。

そのためには過渡期も通らないといけないんですね。

すべてはうまくいっています。
溜まった思いや毒は出さないとなくならないんですね。

今月になってすぐに、∞ の印が立体的に思い浮かびました。
(8/8には、この形が縦横に交わり、クローバーのような無限大十字の形を胸?みぞおち?あたりに感じました)

輪になったひもをひねると、∞ の形になりますが、ひもがひねってあるんで、中央の交差部分はひもが重なって段になります。

平面図の ∞ でなく、立体 ∞ なのはどういう意味なのかなあ?と思っていましたが、このことかもしれません。

パートナーがいろいろとぶつけてきても、直線で正面から受け取らず、ちょっとずらして螺旋で受け取る。そして螺旋で返す。∞

そうすることで、破綻はまぬげる。

そういう意味かな?とふと思いました。

もしけんかになりそうだったら、ひもをねじったこの形 ∞ 思い出してみてください。
相手に言葉や感情をぶつける時、矢を飛ばすような直線でなく、この形 ∞ で放ち、受け取るようにしてみてください。

そうすれば、直撃は免れる、、、。


と思っていたら、時々、私の記事を転載してくださるCOCOさまのブログ「BLESSED BLISS」に8の字のワークが載っていました。下の方に載っています。
シェキナーの光を受け入れ、バランスをとるメディテーション

ハートチャクラから8の字を縦方向にアーススター・チャクラ、ソウルスター・チャクラを通して天地を自分のハートをつなぎ、横方向に、男性性、女性性の光をハートでつないでオープンにするというものです。

私の方は、単純に、ひもひねり∞ の形をコミュニケーション時に感じるというものです。
8/8のときの縦横に交わった∞ 無限大十字の形も同様ですが、丹田を中心に縦に8の字に気を流していくというエクササイズも浮かびました。大周天とか小周天の変形版かな?と思いましたが、あまり知らないので、、、。

何やら昨日、反転が終了して、新しい「わ」に入ったようです。
今日はまだ調整中ってな感じかな? 明日から変わるか?

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「男たちよ」(「女性たちよ、今こそ目覚めよ」の後半部分)

男たちよ。

女を敬えよ。
女を敬えない男は、これからの時代についていけなくなるぞ。
そなたらのプライドを一度捨てよ。
そうしたら楽になるものを。

劣等感を隠すために、このような世界を作り上げたのは誰だ?
もう機能しないことはわかっておろう。
人間の道、自然の道をはずれつつあるぞ。

なぜかわかるか?
そなたらの行動が「愛」でなく、「恐れ」に基づいていたからだ。

女たちが、自分たちにない何かを持っているということ、
とてつもなく大きい力を有しているということ、
それを崇拝するかわりに、そなたらは自分のコンプレックスを投影させた。

「女は劣っている」と。
「性の営み」を卑しいものとし、女は男を惑わす邪悪なものであると。

そなたらは恐れたのだ。
女たちの本来の力が働きだすのを。

なぜならそれは自分(男)らにはコントロール不可能であり、
自分らが持っていないものだからだ。

だが、この世には、男と女がある。

女も、男なくしてはその力が出せんのだ。
両方が愛し合い、協力することで、
初めてその力は発揮できるようにできているのだ。

なぜならこの世は、愛を学ぶためにできているからだ。
偽りの愛を演じていては、偽りの喜びしか得られぬぞ。

そなたらが女に潜む力を認め、サポートすることで、それは初めて花開く。
そなたらが直接的にそれを得ることができなくとも、
そなたらの力により、それが可能になるのだ。

「対の法則」を学ばねばならん。

これからは、この法則が働きだす。
今までのやり方は通用しなくなる。
それを通そうとすると、物事はうまくいかなくなるだろう。

女たちはどんどんと本来のパワーを取り戻していくぞ。
それに反するのでなく、それと共にある男が本当に欲しいものを手に入れるぞ。

捨てよ、プライドを、恐れを、劣等感を。
代わりに、愛を持て、感謝を持て、自信を持て。

「和音〜Ha」 2010.9.1


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女性たちよ、今こそ目覚めよ。
そなたらの体内奥深くに沈む太古の霊(たま)を目覚めさせよ。

そなたらが自らの肉体と心を解放し、宇宙に身を捧げるのなら、
宇宙はそれに答えようぞ。

そなたら、身体は地球である。
地球はもはや眠っていない。
自らの心を開き始めておるぞ。
その心は宇宙に広がっていくぞ。

地球という女性原理が、宇宙という男性原理と融合していくぞ。
本来の姿に戻っていくぞ。

女たちよ、すでに目覚めた女たちよ。
導けよ、他の女たちを。
分かち合えよ、そなたらの男たちと。

そなたらが男より優れているなどと決して思うでないぞ。
そうなればまたもとの今までの世界ぞ。

そなたらは呼びかけなければならぬ。
傷つき、憂えた魂らに。

楽園は開かれた。
入りたい者は誰でも入れるが、留まるか否かはおのれ次第。

女性の本質は慈愛だぞ。
忘れるでない。
競争するでない。
男にも女にも、欲望につけ込んで増大させるエネルギーが忍び込む機会を狙っている。

気をつけよ、惑わされるでないぞ。

女は花となれ、土となれ、太陽となれ、木となれ、夜となれ。
女が天とつながる時、地上に花開く。

歓喜を呼び込むのは女だ。
至福をもたらすのも女だ。

しかし男がおらねばそれはできぬ。
慈しめよ、男たちを。
過去のことは水に流してやり直せ。

新しい時代が来るぞよ。準備せよ。
無垢の心でもって取りかかれ。

心が開いていれば、天地はつながる。
お前たちの肉体にその情報は埋め込まれている。
それを解放せよ。時は来た。

「赤玉」を解放せよ。

「和音〜Ha」2009.9.1


約1年前に書いた文章をノート整理してしたけど、この文章、今ちゃう?というぐらい、ぴったしな気がします。

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前回から引き続き、、
前半の話はこちら→男性性と女性性のバランスをとる(前半)

例えば、女性性が出せないなら「男性性の方からのアプローチを変えて、女性性を出しやすいようにしてあげたらどうだろう?」、男性性が苦手なら「女性性がどうふるまったら、男性性がでやすくなるのだろうか?」と反対の性から第三者の視点で考えてみると良いと思います。

そうしたら、女性性が出てこれないのは男性性にゆとりがないからだから、男性性がもっとのんびりしたらいいだろうとか、女性性に優しくしてあげたらいいだろうとか、女性性がもっと男性性を信頼してあげたらいいんだなとか、女性性が疑い深いから男性性が一人でいたがるんだなとか、見えてくると思います。

そしてそれは、きっとあなたの異性関係そのままだと思います。

それが見えてくると、反対の性の立場からみて、ああ、だからこういう態度を取るのか、というのもみえてくるかもしれません。わかれば、自分の中の二人の関係を少しずつでも改善していけばいいわけです。

そうやって少しずつ自分の中の男性性女性性のバランスをとっていき、ふたりがラブラブの関係になれば、同じく現実界の異性関係もそのようになっていくでしょう。

ただ、同じ相手とそうなるかはわかりません。
今の相手がそれに見合わない場合、別れて、次に合う異性がそれにぴったしになる場合もあります。
実際の相手に固執せず、自分の中で統合すれば、波動の法則で、必ずそれに見合う人が現れますので、そちらに固執、というか信じると良いと思います。


私は、自分の中の男性性、女性性を会話させ始めていますが、なかなか面白いです。
男性性、女性性に名前を付けて、その名で呼んでもおもしろいでしょうね。

女性性、男性性、どちらもプラス面マイナス面があり、自分にとってどちらのどの部分が強く出ていて、何がが抑圧されているかなどの関係性がわかるといいです。
まずは、自分の中の男性性、女性性の性質を知ることからですね。
自分の右側(男性性)、左側(女性性)を感じてみて、出てくる感覚を言葉で表してみてください。
身体をゆっくりと動かしてみるといいでしょう。

何かの気持ちがでてきたら、それは男性性側から出ているのか、女性性側から出ているのか常に感じてみるとよいですとWSの先生がおっしゃっておられましたが、実際にそうしてみるとおもしろいです。
そして会話させてみるといいと思います。

例えばこんな風に、、

女「ねえ、ちょっと休みたい〜」
男「なにいってんだ、これやっとかないといけないだろ、遊んでいるわけにはいかないんだ」
女「ずっと働きどうしじゃない、たまには息抜きして気持ち入れ替えた方が能率上がるわよ」
男(普段なら、無視して続けるところだが、、、)
 「ち、しょうがねえな、たまにはいうこときいてやるか、じゃあ、今日はちょっとのんびりすっか」
女「わ、本当、うれしい〜、チュ〜♪ 大好き! じゃあさ、見たかったDVDあるから、それ見よっ」

とまあ、自分の中でこのような会話を成り立たせながら、客観的に関係を見ている自分がいるということです。
男性性がこうふるまったら女性性はこう感じるのだな、それがこのように影響するのか、、などど、えらく冷めた目で分析する自分がいるのですが、なんかちょっと変態研究者気分(笑)

実際は、このような会話はすっ飛ばされ、「もっと仕事しなきゃ、やることいっぱいあるし」でがんばり続けるかもしれません。
好きなこともせず、生活のために働き、だんだんとストレスになる、みたいなことになっていくわけです。これは男性性のがんばりで、女性性は無視され続けます。
そうなると現実界で、妻が爆発するとか、常に機嫌が悪いとか、病気になるとか、浮気されるとか問題が起こるわけですが、自分の中にすでにその兆候があるわけです。

それに気づけたらしめたものです。

自分の中で起こっていることを会話形式にして対話させると、何が起こっているか明確になりますね。

またこの会話後、実際にDVDを見たとしても、その間もずっと自分の中で会話が続いていると思います。

男「本当にこんなことしていていいのか?これ見てる時間あったら、、」「あいつのいうことなんかきくから、、、でもうれしそうにしているよな。」

女性性の陰的要素がでてくると、「怒っているのかしら? 嫌われてしまったかもしれない」「やっぱり自己主張なんてしない方が、、、」「私が我慢しさえすればよかったのに」等々。

DVDを見るより、自分の心の動きを見ている方が面白いかもしれない(笑)
全く現実の男女関係と何ら変わりないです。

自分の中で繰り広げられるパートナーシップがラブラブになるように研究されると良いと思います。
私ももう少し自分の中で研究してみたいと思います。


裏話:WSで一人の参加者の方が先生の誘導で、両方の立場から見ることをされたのですが、実は、私、この時睡魔におそわれ、ほぼ夢の中になってしまい、残念ながら覚えてないのです、、。

「男性性と女性性の会話(例)」

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前回、自我と創造性の話を、男性原理、女性原理に合わせて書きましたが、今日も続きです。

今日の記事は、異性関係がうまくいっていない人には必須項目です☆

昨日、知人に声かけてもらい、参加したワークショップに、ちょうど男性性女性性のワークがあり、気づきを得ました。
世の中うまくできているものです。

身体の左半分は女性性、右半分は男性性として、動きながら半分ずつ身体を感じてみるワークがあり、それぞれに見合うことばをだしました。
たいてい男性も女性も、一般的に言われる男性性、女性性と同じような内容になるそうです。

私の場合は、男性性は、一昔前の亭主関白とか、職人気質の、無口で一人黙々と仕事をしているような感じで、女性性は、お茶目で、自由奔放で明るく優しいみんなとワイワイ楽しそうにおしゃべりしているような感じで、二つは正反対。

女性性は、人によっては陰や闇的な要素がでてきますが、今回の私はでてきませんでした。
私自身、陰的要素はけっこう持ち合わせていたと思いますが、ずいぶん浄化できたのでしょうね。今回まったくでてきませんでした。

しかしながら自分で体感して書き出したものが、すっかり一般論に当てはまってしまったのでちょっと驚きました。おおざっぱなリストアップではありますが、男性性女性性というものは普遍的なのでしょうね。

私は自分の女性性に問題があると思っていましたが、今回書き出して、そうではなく、男性性が問題なのだと気づいて意外でした。
面白かったのが、自分の中の男性性と女性性の関係が、まるで現実の私の異性関係と全く同じでした。

自分は、男性性も女性性も感じているのだけれども、見るときは、どちらかの視点からしか見てなかったことに気づきました。
女性性のときは女性性の視点から、男性性のときは男性性の視点からみていたのです。
実際、女性は女性としての視点から、男性は男性としての視点からしか見れないですから、そんなものかもしれませんが。
いつも一方通行で、両方を第三者の視点から同時に見ていなかったことに気づきました。

今回、紙に「男」「女」と書いて、その下に出てきた言葉を書いたので、目の前で、二つを見比べることができます。第三者の視点ですね。
すると今の自分の中の男性性女性性の関係がよく見えてくるのですね。

人によっては、それは両親の関係に似ているかもしれませんが、確実に、今の自分とパートナーや異性との関係にそっくりだと思います。

これはまさしく、外側の人間関係をどうにかしようとがんばるより、自分の中にあるこの男性性女性性のバランスを正すが先決、と思いました。
パートナーをどうにか変えようとするなんてのはまったく問題外です。

まずそもそも人を変えようと思っても変わらない。
人を変えようとするのは、いくら自分がよかれと思っていたとしても、それは自分の都合のいいように人をコントロールしようとしていること。
その人のせいにしている限り、問題はなくなりません。

自分の中に、同じタイプのパートナーがいて同じ関係を作っているのだから、それが変わらないことには、パートナーが変わっても、いつまでたっても似たような関係ばかりになります。

すごく納得しました。

「自分だ、自分の中に同じのがおるんや、、」と、あなたのパートナーを見たら思ってください。

パートナーと同じ性格ということではなく、パートナーがあなたを扱うように、自分の中の異性もあなたを扱っているということです。

では、どうすればいいか?

まずは、自分の中に同じ関係があることに気づくことです。
気づかないと何も始まりません。

もしあなたと異性の関係がうまくいっていないのであれば、相手を責めるより自分を見つめましょう。

「私、女性性が出せないの」「僕、男性性が弱いんだ」と自分の苦手部分を見てしまうと、出せないものを出そうとしてもうまくいかないので、自己嫌悪に陥って悶々と悩んでしまいます。この時の考え方は一方通行です。

そうではなくて、恋のキューピットになって、自分の中の男性性と女性性の仲を取り持てるよう、一人二役(男性性と女性性)を演じて、両方の主張を聞いてあげましょう。
ここでのコツは、自分は、キューピット役、または調停役になるということです。

「男性性と女性性のバランスをとる(後半)」

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● 澤谷 鑛 メールマガジン【 KIZUNA・きずな・絆 】2010/08/24 第156号より抜粋

2.み〜んなそんなもん
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
(紅林千賀子)

8月31日までの、
いのちの絆の物語―母と子へのメッセージ-
(池川 明・澤谷 鑛 共著 / MOTHER'S NET編 / 南方新社)
「ご予約ありがとうキャンペーン」ですが、
いよいよ9月1日には、本が出版されます!


一昨日8月22日(日)、
澤谷先生の主宰する「しあわせな人生の実現をサポートする養成講座」
の集合講座が京都で行われました。

養成講座3期生の仲間たちと話し合われました中でも、
特に心に響きましたことは、
やはり昨今おきている虐待問題や孤独な母親たちの現状についてでした。


その現実について話し合っていくうちに、
「思ったことが思ったように、大切な人に伝えられない・・・」
ということが、何よりの大きな鍵のように感じました。

「コミュニケーションとは、目を見て相手に想いを伝えること」
その理想とも言えることは、誰でも本当は解っていることなのです。

絆を結ぶことの煩わしさと同じくらい、その大切さを知っているのです。


でも、それがなかなか出来ないのは、一体なぜなのでしょう。

核家族が産んだ副産物だけではないように思うのです。

だって、殆どが核家族でありながら、
みんながみんな、同じ現象に陥るわけでもないのですから・・・。


「子どもって、どうも苦手なのよね・・・可愛いと思えないの・・・」
「お願い、助けて! 子どもが泣きやんでくれないの・・・」

素直に気持ちを表現し、素直に人に甘えられたら、
どれだけ楽になることでしょう・・・。

でも、なかなかそれが、難しいのです・・・。


人に迷惑をかけちゃいけない・・・ 心配かけたくない・・・。

本当の気持ちを伝えてしまって、
人さまにいろいろ判断されたくない・・・。

女性は産んだら、母性を発揮し、
子どもに無償の愛で包む優しいママになるものだと、
誰もが抱く幻想を壊してはいけないと思うからです。

自分をその理想像と比較されたくないし、判断されたくない。

それに、だって、
さんざん自分のことを判断し、ジャッジを与えてきたのですから…。

もうこれ以上、人にジャッジされたくないんです・・・。

まして、愛する夫や家族は、なおのことです。


「子どもが好きじゃない・・・好きになれない・・・」

それでいいんです・・・。

みんなそんな想いを抱いているのです・・・。

みんなそんなもんです・・・本当に・・・。

産んだからって、いきなり、母親になれって言ったって、
無理な話です・・・。

み〜んなそんなもんなんですよ・・・本当に・・・。


いのちの絆の物語-母と子へのメッセージ-
(池川 明・澤谷 鑛 共著 / MOTHER'S NET編 / 南方新社)は、
そんなあなたへのメッセージがたくさん散りばめられています。

どうぞ、お手にとってお読みいただけたら、と思います。


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澤谷 鑛 氏とさくらみるくさんのジョイントセミナーもあります。

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 9月11日(土)10:00〜12:00
 
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 9月11日(土)13:00〜16:00
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女性の創造力のパワーはものすごいです。
出産を司る女性ですので、身体感覚で、
創造する、創り出すということを知っています。
なので、想像力で、実際に物質的に創造してしまう力はすごいです。

「思考は現実化する」というレベルでなく、
いわゆる奇蹟といわれるようなこと、キリスト像が涙を流すとか、
そんなレベルのことをさっとやり遂げることができる力を持っています。

ただすべての女性がその力を使うことができると、
世の中はたいへんなことになりますので、
普段は少ししか使えないようになっています。

自分でコントロールできるようになって初めて開花し、使えるようになります。
自分のそれに気づき、解放することに決めたのなら、時間の問題ですが、
あなたの中の思い込み、自分にかけている制限を取り去らねばなりません。

自分の創造性を解放するのに邪魔をしていると思われる考えを
全部書き出してください。

とことん書き出し、すぐに手放せるものは手放してください。
どうしたら手放せるかわからない場合は、左脳でわかる限りを書き出し、
それがあることで何が起きているか、それがないとどうなるかも書いてください。

なぜ自分がそれを手放せないかも考えてみてください。

とりあえずはそこまでしてください。
すると、現実界で何かが変わります。
そしたらまた、同じこと(書き出し)をしてみてください。

今度は書いた紙を燃やします。燃やす時に、

「私はこの紙に書いてあることを手放します。
 自分の才能、創造力を制限している思考を手放し、
 自由になることを宇宙にお願いします」

と言います。

終わったら忘れましょう。
あとは寝る前に、願いが実現しているイメージをして寝ましょう。
瞑想しながらのイメージでもいいです。

「和音」09.8.26


出だしが女性のことですが、後半のワークは、女性だけでなく、男性もされたら良いと思います。


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