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痛い話です。

理想を持って進んでいくこと。
それは立派な行為です。

でも今の自分は、それに満たない自分。
だからこそ「こうなりたい」「ああなりたい」という思いがあります。
けれどもどうしても現状とのギャップが生じます。

だから、

「どうして自分はこうなのだろうか?」
「まだできない」
「どうせ自分は…」

と自分を責めてしまいがち。

でも本当のところはそうやって、できない自分を慰めています。
本気を出してやることから逃げています。
逃げているから、願いが実現しません。

なぜできないのか?
それをできるようにするにはどうすればいいか?
本気で考えて行動していません。

「できない」を言い始めると、できないことを正当化し始めます。

時間がないから、才能がないから、
お金がないから、勉強が足りないから、
まだ時期じゃない、自分には向いてない、

理由はいくらでも作れます。

本当のところを言えば、本気を出してやってないだけ。

自分でもわかっている。だから痛い。
「できない」に逃げてる方が楽。

本気を出すと言っても、「全力出して突っ走れ!」
という根性話ではありません。

静かに密かに情熱を傾け、ひたすらに真摯にそれに臨むこと。

シンプルに言えば、

「100% 生きてますか?」
「やるべきことやってますか?」

ってことでしょうか?

有名になれとか、成功しろとかいう話でもなくって、
「今ここ」にいるか?ってこと。

自分という存在を十分に感じきり、一瞬一瞬、生かしきっていますか?

もしそれができている人がいたら、ずっと歓喜と至福の中にいるでしょう。

そこでは「できる」「できない」は全然どうでもよいことです。
「できる/できない」と分ける意味すら無意味です。

宇宙の森羅万象と同化すれば、その瞬間瞬間にやるべきことは現れ、
あなたはただそれをこなすだけ。

そこに私情は入る余地がない。

「できない」と言って甘ったれていては、その境地はやってきません。

「できない」の壁は自分の思いです。
自分が作っているものだから自分で壊せます。

けれどもそこにこだわる必要はありません。

壁がどうしたら壊れるか?と考える必要もありません。
考えてしまえば、そこにとらわれます。

本当のところ、
どこに到達したいのか?
どうなりたいのか?
何を得たいのか?

そこを突き詰めて突き詰めて。
鉛筆の芯を削って削って芯がなくなっても削っていって
やっと見えてくるぐらいのもの。

魂が揺さぶられるぐらい、ハートが熱く燃えたぎるぐらいに
ハッとするものに出会えたらあとは自動操縦。

森羅万象が答えてくれる。

あなたはもう何も考えず、ただそれに沿っていくだけ。
その時にはもうできるだけ自分を挟まない。

ほとんどの人がここまで自分を突き詰めてません。
だから「できない」と言って、人生を終えていきます。

至らない自分に悩んでいる場合ではないのです。
心を向けるべきところはそこではありません。

行き先を明確にする。
そしてそこに到達すると決める。
そして進む。

余分なものは捨て去っていく。
それは研ぎ澄まされていく、ということ。

そのプロセスを楽しみながら生きていけば、
きっと最高の人生になるでしょう。

自戒を込めて。


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