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最近、細胞や微生物について本を読んでいたけどとても面白いです。

今までそんな本を読んでなかったので、まだかじったばかりですが、
私が知りたい情報がいくつかありました。
というか、自分が知りたい情報が載ってそうな本を見ていたわけですが。

細胞、微生物、素粒子などが意識、意図を持っていること。
それらが集まったものが私たちであること。
「私たち」を構成しているのは意識であること。

私たちの身体を作り、生きるためにさまざまな適応を示す、その基礎になるのは細胞です。極めて高次の情報処理をこなす人間の脳も、シナプスと呼ばれる接続装置で結ばれた神経細胞の集団に過ぎません。その細胞の数の多さ、シナプスの天文学的な数、それゆえに神秘的に見える人間の脳も、基本は個々の細胞の隣同士の関係なのでしょう。
個々の細胞が持つ境界の知能、それが集団を形作ると、予想もしなかった大きな構造、運動が現れてくる。私はそれが目に見える生命現象すべての基本であると考えています。例えば、「意識」や「情動」も、その基本は境界を接する神経細胞の作業に還元できるのかもしれません。


これは「驚きの皮膚」傳田光洋著からの引用ですが、
個を分かつ皮膚という境界にも「知能」が存在し、
私たちの判断や行動に影響を及ぼしているとこの方は考えておられます。

私も同感です。
「肌で感じる」という言葉がありますが、
気配や場の雰囲気を肌で感じたりということはよくあることです。
特に女性は肌感覚が優れていると思うので、そうそう!と思う人も少なくないのでは?

同書に書いてありますが、大脳生理学者のアントニオ・ダマシオ博士によると、脳だけ取り出して培養液の中で生かし続けることができたとしても、その状態の脳はなんの意識も思考も持ち得ず、意識も思考も脳と身体の感覚器、そしてさまざまな臓器との相互作用があって初めて意識や感情が生まれ、やがて思考も可能になるというのです。

その中でも、個体とその環境の境界をなす皮膚が、
感情や意識に及ぼす影響が大きいだろうと指摘しているそうです。

脳も皮膚も単独で「考える」ことができない。

脳にさまざまな情報がもたらされた後、全身に生きるために必要な指示を出す、
この一連のプロセスを「考える」と定義するなら、表皮も考えていると言えるのではないか?
と論じています。

細胞、微生物、素粒子などが意識、意図を持ち、
その集合体、集合意識を”自分”と思っているのが私たちの自我意識ではないでしょうか?

言い換えれば、彼らに「未来を託された」とも言えるでしょう。
だからそれらをまとめる自我が生まれ、それが今の段階まで成長してきたのでしょう。

もうそろそろそれに気づいて、エゴで突っ走るのではなく、
総合的な自我意識に目覚める次の意識段階に向かうステージになりつつあります。

と私は感じています。


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