闇とか穴の話が出ていたら、引き寄せてしまったのか、この記事。
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【閲覧注意】地獄の「死体農場」 ― 野ざらしの死体はどのように朽ち果てるのか?=米
こういうのが苦手な人は見ない方がいいです。
が、見ておくといいんじゃないかなとも思います。
現代なら、最大の闇は「死」だと感じている人は多いのではないでしょうか?
昔なら、死より怖いことは「鬼になること」だったかなと思います。
タブーの一線があり、そこを超えると、人間でない生き物になってしまう悲しさ。
幽霊とはまた違う感覚。
幽霊とは死んでも死にきれない念の映像化だと思うので、一応死んでます。
鬼は生きたまま、人間になれないものになることだから。
でもそのハレとケの境目がなくなり、闇を排除しようとするのが近代からの流れでしたが、
そのおかげで、現代は、人畜と言われるような人が増えてしまいました。
タブーを超えた人っていうか。
先日の、ラスベガスの銃殺事件を見て思ったけど、
暗黙の了解で、私たちはある一線を保っているんだなと。
何かのグループや戦争を起こす人たちだと、
大量殺人を犯してもありうる話だと受け止めますが(あり得てはいけない話ですが)、
個人がそこまで殺すというのはそうそうない。
時々それが起こりますが、ほとんどの人は人を殺したいとは思っていないわけです。
滅多にないことだからニュースになります。
心の闇がそういう方向に広がると困りますが、
実は誰しもそういう部分を持っていると思います。
内含していても、それを超えない一線はしっかり持っているので超えない。
私はゴキブリや芋虫も殺したくないし、
誤って殺してしまえば、すごくいやな気持ちになります。
でも環境変われば、人も殺せるだろうし、どんな残虐なこともできる自分もいます。
もちろんしませんし、やりたくないですが。
ちょっと話がずれましたが、上記の「死体農場」。
ネーミングがどうなん?と突っ込みたくなりますが、英語では The body farm なので
もうちょっと広い意味でとれるなと思います。
いくらきれいごとを言ってみたところで、私たちは死体になるんです。
今は火葬なので朽ちていけないのが残念ですが、化学薬品にまみれた身体であれば、
土に帰るように燃やされるがいいかもしれないですね。
1万円札が実はただの一枚の紙切れだというのと同じで、
どんなにお金持ちでも偉人でも死んだら同じようになります。
これからの時代はAIが発達して、死ななくなるかもしれませんけど、それは置いといて。
だから「なれの果て」をみておくのもいいんじゃないかなと思います。
肉を食べるなら、実際に動物を殺して解体作業をしてみるべきと思います。
そこまでしなくても、自然の中にいると、いろんな生死が見れるので、
そこらへんの情緒が学べますが、今の時代は自然にあまり触れることなく育ってきた人や
過ごしている人が多いので、歪んだ生き方をしてしまうんでしょうね。
最後には朽ちるんです。私たちの身体は。
そうなりたくない、とそこを見ないようにしているから、弱々しくなる。
「ああ、そうなるんだ、最後はこれね」と思えたら、
人生もっと楽しんでおこうって気になります。
この「死体農場」の死体は、きっと風呂屋で裸姿を見るような感じなんだと思います。
遺体の寄付があととたたないんだそうですが、なんかわかる気もします。
私は山で微生物に食べられて死んでいきたい派ですが、
墓に入るよりは、こういうところでお役に立つのも悪くないかなと思います。
■東京でセミナーします■
最近のブログ内容に関連した話をする予定です。
日時:10月15日(日)14:00〜16:00
場所:秋葉原駅から徒歩5分
(お申し込みされた方にお知らせします)
料金:1万円
定員:7名(残2名)
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【閲覧注意】地獄の「死体農場」 ― 野ざらしの死体はどのように朽ち果てるのか?=米
こういうのが苦手な人は見ない方がいいです。
が、見ておくといいんじゃないかなとも思います。
現代なら、最大の闇は「死」だと感じている人は多いのではないでしょうか?
昔なら、死より怖いことは「鬼になること」だったかなと思います。
タブーの一線があり、そこを超えると、人間でない生き物になってしまう悲しさ。
幽霊とはまた違う感覚。
幽霊とは死んでも死にきれない念の映像化だと思うので、一応死んでます。
鬼は生きたまま、人間になれないものになることだから。
でもそのハレとケの境目がなくなり、闇を排除しようとするのが近代からの流れでしたが、
そのおかげで、現代は、人畜と言われるような人が増えてしまいました。
タブーを超えた人っていうか。
先日の、ラスベガスの銃殺事件を見て思ったけど、
暗黙の了解で、私たちはある一線を保っているんだなと。
何かのグループや戦争を起こす人たちだと、
大量殺人を犯してもありうる話だと受け止めますが(あり得てはいけない話ですが)、
個人がそこまで殺すというのはそうそうない。
時々それが起こりますが、ほとんどの人は人を殺したいとは思っていないわけです。
滅多にないことだからニュースになります。
心の闇がそういう方向に広がると困りますが、
実は誰しもそういう部分を持っていると思います。
内含していても、それを超えない一線はしっかり持っているので超えない。
私はゴキブリや芋虫も殺したくないし、
誤って殺してしまえば、すごくいやな気持ちになります。
でも環境変われば、人も殺せるだろうし、どんな残虐なこともできる自分もいます。
もちろんしませんし、やりたくないですが。
ちょっと話がずれましたが、上記の「死体農場」。
ネーミングがどうなん?と突っ込みたくなりますが、英語では The body farm なので
もうちょっと広い意味でとれるなと思います。
いくらきれいごとを言ってみたところで、私たちは死体になるんです。
今は火葬なので朽ちていけないのが残念ですが、化学薬品にまみれた身体であれば、
土に帰るように燃やされるがいいかもしれないですね。
1万円札が実はただの一枚の紙切れだというのと同じで、
どんなにお金持ちでも偉人でも死んだら同じようになります。
これからの時代はAIが発達して、死ななくなるかもしれませんけど、それは置いといて。
だから「なれの果て」をみておくのもいいんじゃないかなと思います。
肉を食べるなら、実際に動物を殺して解体作業をしてみるべきと思います。
そこまでしなくても、自然の中にいると、いろんな生死が見れるので、
そこらへんの情緒が学べますが、今の時代は自然にあまり触れることなく育ってきた人や
過ごしている人が多いので、歪んだ生き方をしてしまうんでしょうね。
最後には朽ちるんです。私たちの身体は。
そうなりたくない、とそこを見ないようにしているから、弱々しくなる。
「ああ、そうなるんだ、最後はこれね」と思えたら、
人生もっと楽しんでおこうって気になります。
この「死体農場」の死体は、きっと風呂屋で裸姿を見るような感じなんだと思います。
遺体の寄付があととたたないんだそうですが、なんかわかる気もします。
私は山で微生物に食べられて死んでいきたい派ですが、
墓に入るよりは、こういうところでお役に立つのも悪くないかなと思います。
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最近のブログ内容に関連した話をする予定です。
日時:10月15日(日)14:00〜16:00
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