deep-space-background-with-nebulae_r7NpVyflR

前回の話の「”過去基準”だったものが、”未来基準”に移り出している」という話の続き。

個人レベルであれば、今までもそうだった人はそうだったので、特に真新しいことではない。
未来を思い描いて、それが現実化していくというプロセスは今までもあったので。

でも今起こりつつあることは、これがもっと進んだカタチ。

全体の傾向として変わってきているように私には思えているけど、私の意識が変わるにつれて、私が感知する世界が変わっていっているというところが本当だろうと思う。

でも私は自我を通してしか世界を認識できないので、しょうがないっちゃ、しょうがない。
自我を通さない世界は、垣間見ることしかできない。
認識したとたん、それは自我を通した世界になる。

つまり自我の認識が広がり、深みが増せば増すほど、
世界は今までと違う景色を見せてくれる。
この醍醐味はすごく美味しい。

どちらにしろ、”意識の進化”だ。
私個人の意識にしろ、全体にしろ、新しい段階に行こうとしている。

全体的に ”個の認識” が変わりつつあり、自我の領域が広がっていること。

ネットワーク状につながっているという意識になってきていること。

あるいは、意識はしてなくても気配を感じている人は多いと思うので、
漠然と全体感を感じ始めている人が増えていくことが考えられる。

そうなってきた時、個の意識の領域が曖昧になってきて、
エゴとしての意識以外に気づきやすくなってくる。

量子論が広まったのも大きい要因の一つ。
意識を向けた途端にそのものが生じるという認識は、
私たちの考え方をかなり変えたと思う。

全ては波動であって、意識が像を結んでいると思うなら、
主体が物体ではない意識に移ってもおかしくない話だ。

そして微生物意識。素粒子の意識が現れてくる。

社会的にも、SNSやインターネットという媒体をとして、
またはリアルでも、コミュニティが活性化し始めている。

繋がりが起こり始めると、フラクタル的に私たちが微生物的になる。

私たちの身体に無数の微生物がいるように、
私たちは広大な意識の中の微生物のようなものだ。

つぶつぶの世界。
以前、これを見たとき、故郷に帰った感を得たけど、もちろんそこは故郷なのだ。

身体のない意識(集合体の意識)は、
シシガミが夜、デイダラボッチに変身したように成長を始めている。

意識が現象や物質を作り出すなら、未来も作り出すことができる。

結果的には集合無意識でなされることなので、意識はその提案をすることとなる。

こんな未来がいいんじゃない? あんな未来がいいんじゃない? と。

もちろん個々人もそれをすべきであるが、今言いたいのは、
集合的に意図的にそれをする方向が生まれつつあるということ。

よくよく考えてみれば、今までもそういうことはたくさんあったし、
今もあることに気づかされる。

すると面白い宇宙構造が見えてくる。メビウスの輪の入れ子状だ。


としばらくはこんな風につらつらと書いていくと思う。
頭で理解して欲しいとは思わない。
感覚的にニュアンスが伝わっていったらいいなと思う。

デイダラボッチの正体がわかってきた。
こちらも参考に。多層化していく私たち

もっと具体的に、どう生きたらいいか?とか、どうやったら楽しく過ごせるか?など、
日々の考え方や心のあり方などはメルマガで書いています。