扉絵
http://renote.jp/articles/9188


しばらく前の話ですが、「ドクター・ストレンジ」を見ました。
その時の観客は私一人!
一人貸切状態で、真ん中の席に座り、VIPな気分で3Dで堪能しました〜。
これは気分良かった^^

「ドクター・ストレンジ」を見て、一番いいと思ったのは「抽象度の高さ」でした。

抽象度高く俯瞰して物事を見ることは、これからますます重要になります。

この映画もいろんな視点から捉えているところがいいです。
いろんな角度から、登場人物の今までの価値観や信念を壊しています。

人としての生き方と、自然の摂理にどう関わっていくか?
というところがテーマとなっているように思いました。

善と悪をそのまま善悪とせず、善を行う者にはその信念が、
悪を行う者にもその信念があることを見せています。

両サイドの考え方、見方を見せているので、
どちらが正しい、悪いと言えなくなります。

善を行なっているはずの者が、実は悪からエネルギーを得ているとか、
悪と思われた者にはそちら側なりの信念があって、その人たちにとっては、
善側の方が悪であり、自分たちが善であり、正義であると信じっているとか。

勧善懲悪的なストーリー好みだったアメリカに、このような視点が加わってきたのは面白いです。
この映画、けっこう日本のアニメの影響を受けているように感じました。

以下、ネタバレになります。

善側から見ると、悪は悪です。
それを阻止するために戦います。

地球を守っているとされるエイシェント・ワンが「人のためであれ」と印象的に言います。
それを見ると「そうだよねー」と納得するのですが、映画では、あとでそれを覆しています。

彼女が長生きするためにダークサイドの力を使っているという事実が判明します。

彼女にしてみれば、ダークサイドの力が地球を侵食するのを止めるために、
自分が生きて阻止するしかないということになるのですが、

彼女がダークサイドからその力を得ているがために、
そういう事象が起きているという事実も現れます。
つまりそうなったきっかけが彼女だったと。

自分が作り出したカルマをなくすために、
ダークサイドと戦い続けるというカルマを生み出しています。

そしてその無限ループにはまり、生き続けます。

自分でも答えを見つけられなかったので、
それをドクターストレンジに託して、自分は死を選びます。


生きている間にカルマを作り出して、それを解消するために次の世に生まれる。
その生で、またカルマ解消をしながら、また新たなカルマを生み出している、
という無限ループに陥っている、私たちの意識の在り方。

「これが善」と「これが悪」という自分の中の定義に囚われてしまっているから
「悪を解消しなくては」と思ってしまいます。

どんなにいい人になろうとも、どこかで真逆の作用が起きて、
自分がいい人になればなるほど、悪い人や悪い行為も生まれてきていることに気づいた時、
あなたは何を思うでしょうか?

この映画は、いろんな角度からいろんな問いかけをしているところがいいなと思います。
かなり抽象度の高い映画です。

話は次回に続きます。


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