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人間には人間にしかできないことがある。

植物は動けないが、人は動ける。
ならば、動けない植物のためにできることがある。

植物は動けないが、二酸化炭素を酸素に変えることができる。
私たちはその恩恵を受けている。

鳥は飛べるから、植物の種をあちこちに運べる。
人間は農耕して、植物を育てることができる。

猫は毎日寝てばかりだけど、私たちの知らぬところで
あちらの世界で何かしてくれてるのかもしれない。

赤ちゃんと猫は見ているだけで癒しになるが、大人の人間はそうはいかない。

人間様は、自然界のすべてどころか、地球自体も自分たちのものと勘違いしている人も少なくないが、人間も地球の仕組みの中の一つであり、地球そのもの。

「私がやりたいことはなんだろう?」と思う時、
我(が)で考えると、自分が幸せになる、お金持ちになる、たくさん所有する
などが基準になりがち。

でも本来、「存在」は、自分を生かすためではなく、
全体の成長進化のための役割があるのではなかろうか?


動物にはできなくて、人間にできることはなんだろうか?と考えてみる。

思考する、笑う、未来について考える、道具を使う、などいろいろ出てくる。

ではその能力を使って、他のためになることはなんだろうか?と考えてみる。


もっと具体的にいうならば、「自分が何をやりたいか?」と探すのではなく、
「自分が他のためにできることはなんだろうか?」と問うてみる。

他の人やものになくて、自分にあるもの、自分にできること。

それはあなたが他のために活かせることなので、それを発揮しないという手はない。

対象は、人でも、自然でも、動物でも、物でも、会社でも、家族でも、
数式でも、アイデアでも、なんでもいい。

あなただからこそできること。

それはある。

何かは知らない。


「やりたいこと」を探す時、そんな風に探してはどうだろうか?

あなたが他のためにできること。
あなたならではのやり方で。


寝たきりの人は動けない、でも自分は動ける。
ならば、代わりにできることをしようか。

そんな発想でもいいだろう。


「自分」というリソースをどのように使うかは、あなた次第。


自分を満たそう、自分を幸せにしよう、と自分のことを考える段階も必要。
まずは自分を受け入れていなければ、他のために動くのは偽善になる。

でも、自分を幸福にしようと思うより、
「自分は他を幸福にする存在だ」と受け入れることができると、
根拠なく、自分っていいやつだと思えてしまう。

その場で自分のことが好きになれる。

ここで「他」と言っているのは、「自分以外」のこと。

人も物も動物も石も植物も空気も、自分以外のもの全てを含んでいるので、
「他人」のことではないです。

この世界が多種多様に満ちているのは、お互いがお互いの特質を生かして共存できるから。

弱肉強食ではなく、分かち合い、与え合い、譲り合い、共に生きる。
「共に生きる」には、「食いつ食われつ」も含まれる。


「ライオンがシマウマを捕まえて食べるのは自分のためじゃないですか?」
という人もいるだろう。

確かにそれもあるけれど、大きな流れで見たら、
ライオンは自分の中の微生物や細胞に食べ物を与えていて、
また自分の家族が生きられるように狩をしている、
ライオンという種の保存のために食べている、と考えると、
自分だけが生きながらえるために獲物を捕らえているわけではないのがわかる。

人間は、動物より自我が強いから「自分だけのために」と行動することもできるけど、
共存社会に生きているので、それで生きていくのは辛いものがある。

あなたという存在をあなたから切り離してみて、
「この人物(あなた)にどう活躍してもらおうか?」と考えてみよう。

人は、人から喜ばれたり、感謝されたり、尊敬されたり、
認められたりするとうれしい生き物。


あなたは人を幸せにできる人です。
それを自覚し始めると、あなた自身が幸せになれます。



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