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人類が進化して、物質次元の意識から波動レベルの意識になった時、
時間の概念もまるっきり変わる。

物質の世界だと、生じる(誕生)と消滅(死)することが対になっている。

人間も生まれると死ぬ。
これからはテクノロジーの発達で、死なない身体になる可能性もあるけれど。

波動で構成されている自分に気づくことは、自分という情報も波動であると気づくことだし、
その他すべてもそうだと気づくこと。

そこを自在に扱えるようになると、時間も行き来できる。

行き来できるというより、時間も幻想で作り出されているものだから、
一瞬で時間が作り出され、どの時空へも行けることになるだろう。

過去の人、亡くなった人に会うこともできるし、想像し得る未来に行くことも可能になる。

それは意識の世界で、無限に作り出されるタイムラインの一つにアクセスすることなので、
実際は過去や未来に行っているわけではなく、「今」の話になる。

「今の自分が、無限に広がる「現在」「過去」「未来」につながる」
という言い方のほうがいいだろうか?

でも「今の自分」ってのも刹那的な幻想だしな。

たくさんの人がそれができるようになると、死はあってないようなもの。

肉体の死はあってもその人の意識体はあるわけだし、
その意識体の情報が完全に離散しない限りは、その人の情報にアクセスすることができる。

「その人の情報」とはその人を成しているものなので、その情報にアクセスして、
その人と会うことを意図すれば、会うこともできるだろう。

けど、亡くなった人にそういう認識なければ、多分、一方通行のアクセスとなり、
やりとりをすることは難しくなるのかもしれない。

それさえも自分の意識によって織りなされている夢だと思えば、
虚しさを感じることもあるかもしれない。

生きている間にその認識を得てしまえば、あちらからこちら、
こちらからあちらとのやりとりもそう難しいことではないのではないだろうか?

と先日、思った。


私の場合、パッと図式で出て、「なるほど、そうかー!」となるんだけど、
それを言葉で説明しようとすると、すごく回りくどくなって、
なんか微妙に意味が違う気もします。
けど、書いてみたらこんな感じになりました。

もう時間も自在になる時期に来てるんでしょうね。
もともと時間も幻想だしね。


今月の最初にこの記事になるのも3月を示唆しているものがあると思います。
けど、これを思いついたのは先日の新月の日頃でした。

3月のメッセージは、明日載せます〜。


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