前回、身体の一部の感覚が消えた話を書きました。

存在の感覚が消えてしまうと、存在を感じていた時と感じていない時と
どちらが本当で、どちらが幻想かわからなくなります。
消えている時は何もない感覚がリアルですから。

量子論的に言えば、「身体があるってのが幻想だよ」という話になりますが、
知識より体感で感じることが大事と思いますので、実際に想像してみてください。


ある日、私は布団に入って目を閉じて寝ようとしていました。
その時にふと思いました。

私は今、横になって布団の中に入っていて、私の身体は横たわっていると思っている。

これは本当だろうか?

 
私が「自分の体が横たわっている」と感じているのは、
私の記憶から作り出した幻想ではないだろうか?
本当は私の体はここに存在しないかもしれない、、と思いました。


目を閉じていると身体は見えないし、寝ているので、身体の感覚もほぼ失せています。

私が感じている身体感、、、
頭がここにあって身体が横たわって、手足がこの位置にあって、、、は
記憶から導き出されたことであり、私がそこに身体があると思っているから
そこにあるように感じているだけなのでは?


目を開けて明かりをつけたら、私は私の体を見るでしょう。

でも目を閉じて横たわっている今この瞬間、体も休まって感覚も薄れている時、
私の意識内にしか私の身体は存在してません。

これは「私の身体がある」と記憶が像を結んで、
あたかも私の身体があるかのように私に思わせているだけでしょう。

この時、横たわり、目を閉じて脱力しているこの瞬間に、
自分の身体があると証明できるものはありません。

身体がないとしたら意識はどこにあるのだろう?という疑問が湧いてきましたが、
この疑問の前提には「身体があるところに意識がある」という認識が見え隠れします。


通常、意識は自分の身体を認識しています。
あまりにもずっとそのように感じて過ごしてきているので、
その感覚から離れるのは難しいです。

ふとそのとらわれから解放された時に初めて、
いかにとらわれて制限の中にいたかに気がつきます。

 メルマガ「コンシャス・アウェアネス」2016.6.16 no.69より)


今夜、床に入った時にこの記事を思い出したら、寝入り端の身体の力が抜けた状態の時、
その身体感覚はどこから来ているの感じてみてください。

自分の境界は身体であり、意識はその中にある
という感覚を持っている人は多いのではないでしょうか?


私たちが自分のことを「個体としての生き物」と思う時は、生き残るための生存競争や、
自分と人とを比べたり、成功や幸せを得るためにがんばらなくてはと思ってしまいがちです。

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