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東京方面で地震がありましたが、2014年5月5日 5時18分頃 震度5弱という 5 のオンパレードでしたね。
おまけに18は → 18という数

その前夜、私はいくつかの目からウロコの気づきがありました。
なぜ目からウロコかというと、自分のスコトーマ(盲点)となっていたところに気がついて、はっ!としたからです。

それが何度か続いたので、今夜は何か特別なエネルギーが流れてるんか!?と思いましたら、その他にも変化を得た方が何人かいらしたようでした。

翌朝(地震のあった日)は、眠くて眠くてなかなか起きられない。
前夜の気づきの連続のスカッとした感覚から一転。
起きても眠さは抜けず、夕方ぐらいまでずっと眠かったです。
今日も昨日ほどではないにしろ眠いです。


これはわたしの根拠ない感覚ですが、今回の地震に対して悪い気がしません。
「剥がされた」という感覚があとできました。

地震前夜に、私自身が剥がされた、つまり、いくつかのスコトーマが外れるということは、ゲシュタルトが変わるということで、ゲシュタルトが変わるというのは自我も世界も変わるわけで、、、。

なんとなく、5/4までと5/5からが「剥がされた」感じがします。
真ん中に亀裂が入ってバリバリと剥がされた感じ。(と言う時、糸魚川静岡構造線が思い浮かびますが)

10段階でいえば、5は真ん中。二分割。

地震は脱皮だったのか?という気も。
目覚めの、季節の変わり目の雷みたいなやつ。


最近書いていたことの意味が私なりにわかってきました。

簡単にいえば、3次元(時間入れると4次元?)の私たちの意識と5次元の私たちの意識(この世界ではある種の「神」に見えた)は対で、5次元がプラス(お気楽)サイドなら、3次元はネガティブ(チャレンジャー)サイド担当みたいな感じで優劣はないんですが、いつのまにやら3次元が低く、5次元が高いように認識されてしまいました。
これは意図的にそうした人たちがいたのでしょうが。

いつのまにやら私たちは分離感を持つエゴに支配され、本当の自分や魂やらとかけ離れてしまったと思うようになりました。が、そこから目覚め、本来の状態に戻り始めています。

5日の地震はこの世界が5次元世界になったお知らせだったように思います。
5の神様を崇める時代は終わり、私たちが5に来たわけです。
5は人間も表しますね。

でも5次元はまだ2元性の世界だから、もうその先に行くべきという話は前に書きました。
5に留まれば、私たちが神々のうんこを作り出すからです。

6次元は5の二元性が統合されるところになるだろうから、ひとつになるところ、融合点、慈愛の世界観。六芒星のカタチ。

完全に融合されると扉が開き、もう一段階上がって7次元。
(次元という使い方が正しいのかは私にはわかりませんが)

そこは二元性を越えた世界。
私たちの意識はこれからそちらに向かっていくのでしょう。

二元性が統合された状態というのはまだ両極の残像があるのでわかりやすいですが、二元性を越えたとなると、どうしても今の自我のままではいれません。

地震は「自分は神である」ということを本当に自覚する時代になったという知らせだったように思います。

これからは、なにかあっても不動中庸でいれば、物事は通り過ぎていくと思います。不安にとらわれず、透明になって先を観る、という感じであればいいのだと思います。

ミロクの世の始まりなんだな〜と思います。



そういえば、その地震前夜、新しい神の概念がやってきました。
新しいのではなく、本来の、というほうがいいでしょう。

昔の日本人は知っていたし、ヤハウェの神もそういうことだったんだろうなと思います。
何をもって神としていたのか?

それがいつのまにか今の神様のように変えられていったんでしょうね。


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