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環境省は28日、国内の野生生物を絶滅の危険度ごとに分類したレッドリストの改訂版で、九州のツキノワグマとニホンカワウソを「絶滅」に指定した。


先日、近所のおばさんと話をしていたら、動物が畑を荒らす話となった。

彼女の知り合いの人が、イノシシか鹿か熊か忘れたけど、畑が荒らされて困るということで、役場に頼んでその動物を射殺してもらったと。
おばさんもそれが当然のことのように話しておられた。

よくある話かもしれないし、農業で生計を立てている方には死活問題だと思うが、その時私が思ったのは人間の身勝手さ。


自然豊かなところで調和のもとに住んでいた動物たちの住処に、ずたずたと重機を持ち込んで開拓し、勝手に土地を切り売りして、この土地は自分のもんだ、勝手に入るな!と決めたのは人間。

動物たちは住処を追われ、どんどんと環境を破壊され、食べるものが減ってしまったので、人間の住んでいるところに降りてこざるを得なくなってきた。
そこにある食べ物を食べると、盗人扱いされ、運が悪ければ銃殺。


もし今あなたが住んでいるところに、全く知らない人たち(外国人でも宇宙人でもいい)が来て勝手に家を壊し、あなたと家族を追い出し、住み出したらどう思うだろうか?
あなたと家族は山に逃げ込んで暮らすことになり、、、でも食べ物があまりない。あなたの子どもがお腹をすかせて、街に出て食べ物を盗んだところ、見つかって銃殺されたとしたら?

あまりにも理不尽だと思うだろう。


人間の歴史はこのくり返しだ。

土地を追われ、仲間を山ほど殺された先住民、奴隷扱いされた人々、魔女狩りで死んだ人たち、アウシュビッツで殺された人たち、原爆で亡くなった人たち、現在もまだまだ枚挙にいとまがない。

畑を荒らした動物は殺されるに値するというのなら、自然を荒らした人間はどうなのだ?と問いたい。

人間が地球上で一番えらい生き物だというのは人間の奢りだ。
人間以外の動物はそんなことは思わないだろうし、私も思わない。

人間がレッドリストになりたくなかったら、もうこの自分中心の視点を変えないといけないと思うが、疑問視さえしない人たちが多すぎる。


しかし先日、食べ物をもらいにくるノラ猫親子に対して、「ここは私の家なんだから勝手に居座らんといて」と思う自分がいた。

そのとたんに、私も同じように振る舞っていることに気づいた、、、。
ショック&反省

この土地に勝手に居座っているのは自分であって、ノラ猫ではないのだと気づいた。イヤ、お互い様だ。

私たちは知らず知らずのうちにこういうことをたくさんやっているのだろう。


今、私はここに住んではいるけれど、この土地は誰のものでもないのだ。

地球の大地という見方をすれば、誰もその大地を所有できるものはいない。
いるとすれば、地球だけだ。

植物も動物も昆虫もみんな共有している。
人間だけが「自分のもんだ」と身勝手な主張をして無駄な殺戮をくり返す。
いや、動物にも縄張りがあるから同じかもしれないが、少なくとも自然を破壊することはない。

人間は、「地球」や「自然界」というくくりでなく、「人間界」というくくりの中でだけ話が進んでいる。


本来、人間はそういう動物ではないと私は信じている。
だが、自然と共にあることからあまりにもかけ離れてしまったので、自分を見失ってしまっている。

人間が万物の霊長だと思うなら、せめてそのようにふるまって欲しい。
万物の野獣と化してしまわぬうちに。

自然の中で調和に生きる術があるということを早く思い出してほしい。


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