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また、前々回、前回の続き話となりますが、

十十十 ∞を越えて」に書いた「扉が開く」というのを心の話に例えると、ずっとフタをしていた心のある部分が開いた、ということにとれます。

すっかり忘れていた感情、あるいは、感じたことないと思っていた感情が浮かび上がってきて、私の中にもこんな気持ちあったんだ、、とか、実は私はこの気持ちをずっと封印していたんだな、とか、感じているかもしれません。

幼い頃、その感情を感じまいとして閉じ込めてしまったのでしょう。
その感情に気づいたときに、肩の荷が下りたような感覚があれば、その感情を封じるためにものすごくがんばっていた自分がいたということです。

最近、なんか昔の自分のいやなところがでてきたな、もうなくなったと思っていたのに、、と思う人いれば、その感情を感じたときが選択のチャンスです。

どうせ自分は、、と落ち込まず、その感情にとらわれず、どんな自分になりたいかを選択してください。

前向きな選択をしていたら、自然とその奥にある封じていた感情が出てくると思います。
封じていたのだから、自分でも持っているとは思っていなかった感情かもしれません。
この感情が出てくることはとっても大切なことです。

それが出てきても否定せず、ずっとこの感情を閉じ込めていたのだな、私はこの感情をずっと感じてきたんだなと認めて、その気持ちを受け入れてあげてください。

しっかりとその感情を感じて解放してあげてください。

感情を感じるというのは、判断や否定、分析、注釈などせず、その感情の感覚を体感するということです。
「ああ、この感じをずっと感じていたんだなー」と自分がその感情を持っていたこと、感じていたことを素直に認めてあげるということです。

いい悪いも、持っていたからどうした、というのもなく、「そうだね、寂しかったんだね」とか「恐かったんだね」「聞いてほしかったんだね」「甘えたかったんだね」など、本当に感じていた自分の気持ちを感じてあげることです。

自分がそれを認めてあげないことには、その気持ちは癒されません。

癒されないとどうなるか?

「癒してほしい」と、その感情を感じるような状況を何度でも引き寄せてしまいます。
となると、またこれか!と同じ感情を何度も味わう羽目になります。

だから、もし今、昔なつかし自分を悩ませてきた感情が出てきている場合、あるいは、そうでなくても負の感情が出てきている場合、その存在を認めてあげるよいチャンスなのです。
そのために浮上してきているのですから。

その感情が見つかった人は、それをしっかりと感じて認めてあげたのち、

「私は今まで・・な思いを閉じ込め、それを感じないように・・してきたことを認めます。私は、今ここで、・・(の感情)を解放し、手放します。私は二度と・・(の感情)を選択しません。私はいつも・・で幸せに生きていくことを選択します。」

と自分に何度も言い聞かせてください。

手放すために感じるのです。
その感情にのめり込むために感じるのではないので、悲劇のヒロイン(ヒーロー)にならないでくださいね。

感じながら、「あ〜、私はこの感情を感じるのは今回が最後だ。私は今まで自分にこんな感覚を与え続けていたのだな。もうこの感情にはさようならをするから、そのために今十分感じておこう。」と思ってください。
さよならするために感じていくのですね。

健闘を祈ります!


追記:
扉が開いてなにが起こるかと思えば、自我と真我の間に亀裂が生じました。
本来の自分、真我の自分が目覚め出して、どんどん自我の幻想をぴっぺがしています。

亀裂というと危険な感じがしますが、たとえ話でいえば、
薄いシリコンの皮膚もどきがべったりと肉体にはりついていたのが、本来の皮膚とその皮膚もどきの間にすき間(亀裂)ができてきた状態です。
「なんだ、今まで皮膚だと思っていたのは、偽物だったのだ、、」と知り始め、バリバリとそのシリコンをはがし始めている状態です。
皮膚が本来の自分(真我)、皮膚もどきが自我(エゴ)です。

真我と自我の区別がすでについている人は心地よくさえあるでしょうが、自我がすべてと思っている人はかなり恐ろしい心地を味わっているかもしれません。今まで信じていたことが崩壊するような感じかもしれないので、、。
参考までに→ 自我崩壊してしまえ!


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