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「この世でのえんま大王の裁き」

人間たちはいいかげん知るべきです。
この先2年間で、あなた方は見るでしょう。

地球と自然と対峙するようになり、いかに自分たちが愛されてきたのか、
いかに宇宙が見守ってきたのか、あなた方は直面しなくてはならなくなります。

いわゆる、自分の犯した罪に。

しかし、これは本当は罪ではありません。
あなた方がそう感じているだけです。
自分の無知ゆえに、傷つきたくないばかりに犯している弱さです。
罪ではありません。

あなた方は、大いなるものから分けられた時点で、見放されたと思ってしまいました。
そして、いばらの道を歩き、常に根底ではその思いを持ち、
でもそれに向き合うことの恐さ、認めることの恐さゆえ、直面することを避けてきました。

が、もう避けられない状態がやってきいます。
あなた方自身が愛そのものであることを認める時がやってきます。

根源と切り離されたという思いは、自分が愛されるべき存在であるという思いを切り離し、
人々は自分を罰してきました。

でももうそれも終わりです。

自分がしてきたことをしっかりと見つめ、懺悔し、自分をまるごと受け入れる(いいところ、悪いところ、弱いところ、ずるいところ、すべてひっくるめ)過程を踏んでいきます。

これはいわば、死んだ時に、えんま大王が裁きをするという、それと同じです。

生きながらにして裁きをうけます。
けれども判定を下すのは、えんま大王ではなく、あなた自身なのです。

自分は愛されるべき存在である、清い純粋な魂そのものであると認め、
自分を全部まるごとそのまま受け入れる、その作業が待っています。
人によってはこれは向き合いたくないことです。

自分をすっかり善と見ること。

ここでいう「善」は、善悪の善ではなく、愛に基づく心とでもいいましょうか、
どんなことをしようと受け入れてもらえる存在、そういう存在のことです。

「和音」09.2.13


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