洪水が家まで迫ってきたが、主が救ってくださると信じて、その宗教家はひたすら祈っていた。水位が上がり、屋根の上に避難したが、それでも祈りつづけた。手漕ぎボートに乗った男がふたり、水びたしの家に近づいてきて、大声で「乗り移れ」と叫んだ。彼は丁重に断り、「主が救ってくださいます」といった。やがて、水位が膝のあたりまできたとき、今度はモーターボートが助けにきた。「結構です」彼は答えた。「きっと主が助けてくださいます」とうとう州軍がヘリコプターで飛んできて、縄ばしごをおろした。水は首まできていたが、彼はヘリに手をふって、大声で「主が救ってくださいますから」と州兵に答えた。つぎの瞬間、彼は水に呑みこまれ、もがく間もなく溺れ死んだ。
気がつくと、そこは天国で、彼は創造主の御前に立っていた。「主よ、なぜ救ってくださらなかったのですか?わたしの信仰はゆるぎないものでした。なぜ見捨てたもうたのです?」彼はたずねた。「見捨てただと?」主の御声がひびきわたった。「わしはおまえに手漕ぎボートをつかわした。モーターボートもつかわした。それにヘリコプターまでつかわしたんだ。いったい、おまえはなにを待っていたのかね」
癒す心、治る力?自発的治癒とはなにか 」(アンドルー・ワイル著)より引用。


救いや願いは、あなたが思っている形でやってくるとは限りません。
思いもかけぬ出来事としてやってくることは多々あります。

何を望んだとしても、柔軟にアンテナを伸ばし、直感力を鍛えておきましょう。
ときには、ただ流れに身を任せることも大事です。
そうすることで、我(エゴ)が望む願望ではなく、真我が望む方向に近づいていきます。


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