いのちおりblog - 本来の自分に還るために

人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

三上山奥宮から見た風景からいろいろと思うところあり、
気になった石山寺に行ってきました。

石山は何度となく電車の乗り換えで通り過ぎてました。
石山寺があることも知ってましたが、お寺にあまり興味のない私は素通りしてました。

が、今回行ってみて、ビンゴ!
すごく良かったです。ここはお勧めです。

石山寺というだけあって、まさに石の山にお寺があるって感じでした。
行ってみて、紫式部や松尾芭蕉が滞在して物書きをした理由がわかりました。

禅寺などとまた違った趣。
自然と人工物がうまくマッチした静かで心地よい空間です。

物書きをする人にはすごくいい場所に思えました。
しばらく滞在していると、インスピレーション湧きそうです。
宿泊所があれば、私もしばらく滞在してみたいですね。
IMG_4384
一番良かったのは八大龍王社。
この寺の他の場所とはまた違ったおごそかな空気感でした。

ここには龍がいるな...という感じ。
社の上の木の枝も龍っぽく。
昔、儀式が行われていた雰囲気ありました。

以前、同じく琵琶湖西岸の八大龍王が降臨したと言われる場所の探索に行きました。
その奥の山と雰囲気が似てました。
(参考:琵琶湖の龍を追って

この琵琶湖の南の地域は八大龍王との関わりが濃いようです。

三上山奥宮から見た時、生駒山あたりに流れが集結しているように見えました。
調べて見たら、生駒山に龍光寺という八大龍王総本山を見つけました。
やはりちゃんとあるんですね。そういうところには。

龍光寺は、御開祖 弘法大師 (空海)となっています。
空海は3ケ月間、石山寺に籠もって修行したと言われています。
近くにある立木観音にも弘法大師の逸話があります。
平安時代前期、山に光を放つ霊木を見つけられた弘法大師が瀬田川の急流で渡れずにいる所、白い雄鹿が現れて、大師を背中に乗せて川を跳び越えられ、霊木の前まで導き、雄鹿は観世音菩薩のお姿になられました。以来、この地は「鹿跳(ししとび)」と呼ばれています。
大師は自身が42才の大厄の年にあたっていたため、観音さまに導いていただいたのだと歓喜され、自身のみならず、未来永劫の人々の厄難・厄病を祓おうと発願し、霊木を立木のままに聖観世音菩薩を刻まれ、一宇の堂を建てて安置したと伝えられています。
大師はその後、高野山を開基されたので、立木観音は「元高野山」とも呼ばれています。
立木観音

昔、三上山頂上にも八大龍王の祠があったようです。
御上神社

三上山からのあの風景を見た私としては筋が通っているように思います。

石山寺のある石光山の隣に伽藍山があるので、そこにも登ってきました。
石山寺では龍のエネルギーが感じられましたが、
伽藍山はすぐ近くなのに、ごく普通の山って感じでした。

その後、俵藤太のムカデ退治の話に出てくる瀬田唐橋に行きました。
IMG_4392

IMG_4395
ここから三上山は見えなかったように記憶してます。

なぜ瀬田唐橋と三上山なのか?

昔はこの橋は大事な拠点でした。
向こう岸に行こうと思えば、この橋を渡るか、琵琶湖か瀬田川沿いをぐるりと回るか、船で渡るかだったようです。

IMG_4394

琵琶湖の水はこの瀬田川だけが出口です。

琵琶湖は見慣れてましたが、いつも見ている大きな湖が
川になっていくところに出会うのは感慨深いものがありました。


石山寺と反対岸にある、唐橋近くの建部大社にもお参りしました。
近江國一之宮と言われ、古くからある神社です。

日本武尊が主祭神。
のちに大己貴命が権殿に祀られています。
ヤマトタケルの家臣や親族がたくさん祀られているのはなんか違和感を感じました。

八大龍王、日本武尊、大己貴命、ムカデ退治...

以前白山に登った時に、大蛇と大百足の出迎えに会うということがありました。
白山の蛇たち(後半部分)』

石山寺の八大龍王社で、3つの言葉(忘れてしまった)をいただき、
「岩の間」と閃いて、岩間寺にも行かねばな、と思いました。

調べてみたら、岩間寺は、加賀白山を開いた泰澄大師が
722年(養老6年)建立したことに始まるそうです。
だから岩間寺か、と思いました。

八柱神社からは熱いエネルギーが感じられました。
祭神:藤時平、融大臣、事代主命、市杵嶋姫命、素盞男命、豊玉彦命、櫛名多姫命

瀬田橋龍宮・秀郷社は、この時に気づかず、行きそびれてしまいました。
近くだったのに。

石山寺はまた行きたいので、その時、この社にも行こうと思います。

(自分の備忘録兼ねて書いてます)


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こちらのブログは個人的ブログとして、時々、
日々の気づきやマイワールドの話などを載せていく予定です。

滋賀県にある「近江富士」と呼ばれる三上山は432mで決して高くない山です。
いくつかルートがあります。
私は一番健脚向きと言われるルートを登りました。

京都の愛宕山は、924m。
琵琶湖対岸の日吉神社の奥宮がある八王子山は381m。
奈良の三輪山は467m。

三上山は、八王子山や三輪山と似た高さですが、
私が登ったルートの険しさはこれらの倍はあります。
勾配が急な山道で、岩場も多いです。
低い山とはいえ、体力に自信のない方は楽なルートをオススメします。
こんなところ ↓ けっこうありました。
IMG_4320

やっぱり現地に行ってみるが一番ですね。
行って初めてわかることがあります。

この時は山自体には特に何も感じませんでした。
奥宮や奥津磐座にも。

一番印象深かったのは、奥宮付近から見える景色。

左手奥にある山と右手奥にある山と琵琶湖。
これらが前に広がる景色の中心に向かってラインが流れています。
IMG_4326

写真ではわかりにくいですが、右側には琵琶湖が瀬田川に流れていくあたり。
光が降りてきているあたりに左右の流れがまとまっていきます。

昔の人はこういうのを龍に例えたのかと思いました。
右の山脈と左の山脈、琵琶湖の流れという3つの龍脈が一点に集約していく印象です。

光が差すあたりに、三上山のようにポツンとある小さな山が気になりました。
IMG_4330

あとで調べてみて、最初は、立木観音のある立木山かと思いました。
が、あとでそれは石山寺のあるところかなと。

が、それも撤回。今は牟礼山かなと思っています。
地図を見る限りは、この山には特に何もないように思います。

以前、磐座がアンテナ的な役割をしていると感じたことがあります。
三上山にしろ他の山にしろ、ポツンとある山は何かそういう役割があるのかもしれません。

私が三上山奥宮からの風景を見て感じたのは、三上山がパワースポットどうこうというより、
三上山から見える風景がまさにパワーあふれる龍の姿でした。

三上山は、山脈と琵琶湖からなる自然の大きな流れが見えるポイントとして
神聖な場とされたのではないかと思いました。

昔の人はどうやって大きな流れを感知したのかわかりませんが、
この風景を見ていると、普段とはスケールの違う流れがあるのがわかります。

そこから龍のエネルギーを感じ取ったのでしょうか?
ここでは水龍(水流)と地龍(地流)です。
スクリーンショット 2019-03-20 16.49.27
三上山から生駒山へのラインは淀川とは平行になりますが、

この流れで、ポツンとある山を地図上で追って見つけたのは、東に太郎坊宮(阿賀神社)のある赤神山、多賀大社横の山。
そして三上山、石山寺のある山、岩清水八幡宮のある山。
等間隔に近い状態で並んでいます。

そして、岩清水八幡宮付近からは京都から合流した川もすべて一つとなって淀川となり、大阪湾に流れ、その先には淡路島、四国。

日本の山や磐座、神社仏閣は、線を引けばどこかとつながったり、図形になるのかもしれませんが、昔の人はすごいですね。

今回、これらを調べるために地図をよく見たのですが、
「ここは!」と思うようなところにはほぼ必ず神社やお寺があります。

要所はすでに押さえれられているって感じです。

ナスカの地上絵のように上から見たのか?と思えるようなつながりが見えてきます。

昔の人は、日本列島という”生き物”を、
地上にいながら、空から見たかのようにつかんでいます。

ちなみに、地図を見ていたら、山の中でけもの道を見つけるように、
地脈の流れが見えてきます。中央構造線はわかりやすいです。

とはいえ、今ではあちこち山が削られたり、川や海、湖が埋め立てられたり、
昔の自然なままではないですから微妙ですけどね。

今回の三上山は、人間サイズでない大きな流れを垣間見せてくれました。

それにより龍が想像しやすくなります。
見えない大きな流れがあることが感じ取れます。
そして、自分がまだ行ったことのない地まで伸びているのを感じられます。

水の流れ、風の流れ、山脈の流れ、雲の流れ。

昔の人は想像で、というより、体感で、見えないところも感じ取って、
全体図を構成していたのでしょうね。

部分を見て全体を知るというか。

今回の三上山からの風景は、
見える流れが見えない流れを想起させるのを感じました。

日常をはるかに超えたダイナミックな流れ。
それを感じることができたのは良かったです。


三上山には、俵籘太がムカデ退治をしたという伝説や、
ピラミッドではないか?という話があります。

麓にある御上神社は良い雰囲気のところでした。
御神体が三上山なのに、なぜか社殿はそちらを向いていません。
琵琶湖の方を向いているそうです。
それが気になりました。

奥宮の前にある奥津磐座と、対岸の日吉大社の奥宮、八王子山の金大巌は
呼応しあっているという話もあるそうです。

この流れから、石山寺、立木観音、佐久奈度神社、石清水八幡宮にも行きたいと思いました。

石山寺,立木観音、佐久奈度神社はすでに行きましたので、その話はまた後日。
(自分の備忘録兼ねて書いてます)


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しばらく前に、滋賀県にある近江富士と呼ばれる三上山に登りました。
三上山は近江富士と言われるだけあってきれいな形です。

対岸からは、北斎の東海道五十三次の絵のように、
いつも三上山が対岸に見えるので気になっていました。
IMG_4218

三上山から見たら対岸にある志賀八幡宮、そこを通り過ぎて
山中にある樹下神社を通るラインは下鴨神社に到達します。
三上山、志賀八幡宮、樹下神社、下鴨神社は意図的に並んでいるようです。
(地図の星印右からの順)
スクリーンショット 2019-03-18 2.26.51IMG_4352志賀八幡宮の鳥居のちょうど正面には三上山が見えます。(写真の赤い矢印のところ)

志賀八幡宮の裏から山に向かう道があります。

その道は近江と京都を結ぶ昔ながらの道で、「山中越え(志賀越え)と言われたそうです。
崇福寺(今は跡だけ)、志賀峠を通って、山中町に入ると、樹下神社があります。
そこから京都の北白川の道に出て、その道に沿って行くと下鴨神社にでます。

一度このルートを歩いてみるのもいいかなと思います。
樹下神社までは無謀にもチャリで行ったことがありますが。


余談ですが、樹下神社を地図で検索したら、なんと琵琶湖沿いに8社もありました。
が、他地区にはないようです?スクリーンショット 2019-03-18 2.55.03

下鴨神社〜三上山のラインを東に行くとどうなるんだろうなと思ったら、なんと熱田神宮を通って富士山に至りました。
こちらはもっとズレがあると思うので、すごく大まかなラインになります。

なんかまた、いろんなヒントをいただいたなと思います。


話変わって、今回「オートマティック・ライティング講座」を京都市内で開催しました。
それが瀧尾神社の近くでした。

私が参拝した時、神社のもっと北のほうに何かあると感じました。
帰ってから地図を見たら、下鴨神社〜鞍馬、貴船がありました。

これを伸ばすと、鵜瀬(福井)〜串本(和歌山)ラインとなります。
この縦ライン、以前私が関わったラインだったので、そうきたか!と思いました。
(昔の関連記事:「自然と共に生きる」

3回目の講座は下鴨神社の少し北にある会場でしたので、下鴨神社に参拝しました。

そういう流れがあり、3回目の講座前には三上山に行っときたいと思ったので、
やっとこさ重い腰をあげたのでした。


「オートマティック・ライティング講座」は、いわゆる自動書記をできるようになろうという講座です。
これは、完全なトランス状態になって書くのではなく、しっかりと意識は持ちならが書きます。

自分が意識できている領域と、感じるけど言葉にならない領域、
そして気づいていない領域。

瀧尾神社から三上山に行くまでの流れができました。
その後、その流れを汲んで石山寺にもいきました。

またもや水関連ですが、琵琶湖周辺にも行くところがたくさんありそうです。

参加者の方もそれぞれメッセージが来ていたり、リンクする場所に赴いておられたりと、
何やら見えないところでつながりが起きているように感じます。

三上山に登った時の話を書きたいと思ったのに、前置きが長くなりました。
続きは次回に。

先日、京都の歌舞練場でしていた草間彌生「永遠の南瓜展」に行ってきました。
IMG_4310

入り口のところにあった大きなカボチャ彫刻を見て思いました。

「背景に馴染んでいる!」

彼女の作品は異質感満載なので、ものすごく目立ちます。
が、自己主張しているようで、まったくしていない。

自然のものがそこに在るように座しています。


野外に設置されてる彫刻作品の多くは作家の意図や主張が感じられ、
風景に溶け込まない違和感のあるものが多いと感じてました。

パブリックアートとなると、室内展覧会の作品とは違い、
街中の日常の中にある風景の一つとなります。

建物や自然物、人などに混ざって、ずっとそこに存在し続けます。

けれども、そこだけ切り取られた空間のように設置されていることがよくあります。
あたかも人が作った「彫刻」あるいは「立体造形」がそこにあるって感じです。

そういう意図のもとに作られているなら、それは成功しています。
が、見る側としてはそんなに心地よくない。


サティが『家具の音楽』と言ったもの。

音楽が音楽たらしくあるのではなく、
日常の中に溶け込んで、家具のようにさりげなくある音楽。

草間彌生の作品は、日本家屋にすごく溶け込んでいました。
IMG_4306

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『黄樹』という作品の説明でこんな文章がありました。

草間は抑圧的な社会と同じように恐れたのが、幼少期から頻繁に目にして戦ってきた幻覚や強迫観念でした。「ある日、一面に、窓ガラスにも柱にも同じ赤い花の形が張りついている。部屋中、体中、全宇宙を埋め尽くされて、遂に私は自己消滅し、永遠の時と無限の空間の絶対の中に回帰し、還元されてしまう。これは幻ではなく現実だ。私は驚愕した。ここから逃げなくては赤い花の呪詛にかけられて生を奪われてしまう。」(わが魂の遍歴と戦い『芸術新潮』1961年)

こう語るように、草間は自分を絶対の中に還元し、消滅させようとする宇宙的な存在を、自らが絵画として再構成することで、自分の生命の永遠の居場所を作り上げてきました。その宇宙を構成する要素が水玉(ドット)でした。ドットにより、構成され、無限の空間が描かれた黄樹は、自らを解放する重要な芸術装置の一つだと考えられます。



彼女の見続けた幻覚は本当は幻覚ではなく、
この世界の本来の状態に近いと私は思います。

しかしあまりにもパワフルすぎて、
彼女の自我はその中に埋没してしまわないために、
その世界を自分にとって客観的な対象物にするために表現を続けたのでしょう。


この世界は、私たちの自我が自己消滅しないために、
作り上げられてきたんだなと思いました。

自我が必死で一線を保っている世界。

理性のタガが外れたら、ある一線を越えたら、
自我崩壊してしまう恐怖と、そうなることへの憧れと快感。

私たちは自我消滅しないために理性を保っています。


最近、人を次々に殺す、食べる、八つ裂きにするという残酷描写や、
精神崩壊の手前の極限状態の描写のある映画やアニメをよく目にします。

異世界系やゾンビ系にしても、

自我を超えたい、消滅させたい、全体に戻りたい、
でも自我を保ちたい、という葛藤と郷愁と憧れが入り混じってるように思います。

遂に私は自己消滅し、永遠の時と無限の空間の絶対の中に回帰し、還元されてしまう。』

この感覚ですね。

これはいつも起こっています。
けれどもものすごいスピードで循環しているので、私たちは気づきません。

自我はここに恐怖と快楽の両方を感じます。

それが歪んだ方向に向かうと殺戮の快楽になるし、
良い方向に向かうと悟りやアートになります。


ほとんどの人が全体意識を忘れ、分離された自我を自分だと信じ込んでいます。

自我放棄して全体に戻りたいと願いながら、
自我は自我から離れることを恐れ、自分はここにいると叫び続けます。


草間彌生さんの作品が独特で目立つわりには、
背景に溶け込んでしまえるのはそこに自己主張、自我がないから。

彼女は自分の内的世界を表現しているだけなので、
そこには彼女はいない。

その作品全体が彼女自身だから、
あえて意図や自己主張を込める必要がありません。

水の中にいる魚が水があることに気づかないように、
呼吸をしているのに空気の存在を忘れている私たちのように。

彼女が観ている世界は常にそこにありながら、
自我がその境界をクローズしている人たちには気づきにくい世界です。


goo国語辞書によると、

「正気(しょうき)」は、正常な心、確かな意識。

「正気(せいき)」は、

1. 天地間に存在するという、物事の根本をなす気。
2. 2 正しい気風・気性。


現代社会に適合している人が正気ではなく、

天地間に存在するという、物事の根本をなす気」を観て、
「正しい気風・気性」を保ち、「正常な心、確かな意識」を持つ人が
正気な人なのでしょう。

現代社会で正気を保って過ごせている人は一風変わった人に見えるかもしれませんね。
これに気づかず、生きている人が多いですから。

この基準が変われば、生き方も変わっていきます。


以前、東京で見た草間彌生さんの展覧会の時はこのようなことは感じませんでした。

設置の仕方により、印象が違うのでしょうか?
京都の歌舞練場には異様なほど馴染んでいた彼女の作品でした。

歌舞練場は、芸妓・舞妓さんたちが活躍したり、練習した場です。
そういう背景も、自我の繰り返される消滅と生成というテーマにあっていたのでしょう。


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昨日載せた3月のメッセージの補足です。

2月のメッセージで、
「やりたいことをやることを自分に許そう」
というのがありました。

今振り返ってみると、2月は猶予期間だったのか?と感じます。
なぜなら、今月のメッセージは、ちょっと脅し入ってるみたいな(笑)


先月、たまごの殻を内側からつついてヒビを入れたのなら、
今月はそこから外の世界に出てくる時期と言えますね。

だからこそ信念や価値観が変わることが起きるかもしれない。

内側から湧いて出る衝動や情熱を外に出した人は、
今月のメッセージは「ふんふん」という感じでしょうか?


これから自分自身や自分の世界の構築に向かう人が増えます。
だからこそ、そこに迷う人も増えます。

迷う人のほとんどは、自分の価値を見出してません。
どこかに正しい答えがあって、それを教えて欲しいと思っています。

でも答えはあなたの中にあるのだから。

そこで悶々とする人も多いでしょう。


自分の人生は自分で決めて選んでいく

ただし、今月のメッセージにもあるように、

「エゴの欲求、欲望でなく、それを超えた
大きな枠組みでの自分の欲求、それを生きる人」

この姿勢で決めて選んでいくための
すり合わせが起こるのが今月なんでしょうね。

自分の魅力に気づいて、それを生かしていくことも、
今月の大切な要素なのでしょう。

では、楽しい3月となりますように!


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3月は革新の月です。
古いしきたり、観念、習慣が崩れていき、新しい仕組みに変わっていく段階です。
その変化が顕著となっていきます。

新しい世界への希望を持って、古い世界の絶望が明らかになっていきます。

私たちの中にある二元性、正誤、善悪などの仕組みが変化していきます。
つまり、価値観が大きく変化する出来事が起こりやすくなります。

価値観や信念が変化するときはかなり揺さぶられます。

今まで正しいと思っていたことがそうではなかった、
悪だと思っていたことが実はそうではなかった、

今までの価値観や信念が崩れる時は、
自分の世界や未来が再起不能に崩壊してしまうように感じます。

なぜならあなたの世界はその上に成り立っていたのですから。
自分の今までの人生を全否定されたように感じる人もいるでしょう。

しかし再生するには、古きを捨てねばなりません。

新しい家を建てようと思えば、いったん家を解体して
しばらくは他所に住んで、新しい家が建つのを待ちます。

再婚したければ、それまでの人と離婚しなくてはなりません。

「これが幸せ」と思っていた価値観が変化するなら、
今の生活も変化していくでしょう。

何事も移行期には落ち着きません。

いろんなことが起こりやすくなります。
それを崩壊、崖っぷち、終焉、再起不能と思う人もいますが、それは一時的です。

今まで信じてきたものを手放すのは勇気が入りますし、痛みも伴います。
しかしその移行期に、しっかりと自分がどこに向かうのかを前向きに見ているのであれば、大丈夫です。

揺れる吊り橋を渡っている最中は怖くても、それがしっかりと向こう岸までつながっているのなら、落ちることはありません。

吊り橋を渡る人は、向こう岸まで行けると思っているから渡ります。
「途中で切れたらどうしよう?」と恐れていては怖くて渡れません。

そしてたいていの場合、吊り橋は切れません。
無事に向こう岸にたどり着きます。

自分の信念が崩れる時には、新しいより良い信念を見つけてください。
それは古い信念を捨て、新しい信念に変えるチャンスです。

古い信念は今まであなたを導いてきました。
その信念をそのまま持っていても、それは今までの生活をもたらしてくれるだけです。

信念が変われば、あなたの前に現れる世界も変わっていきます。
なぜならあなたがあなたの世界を作り出しているから。

人によっては、ガラリと生活様式が変わる人もいるでしょう。

大抵の人は同じような日々を送りますが、
今までの生活を続けることにズレ、違和感を感じる人が増えていきます。


今までの生活を保持しようとするより、

本当に自分が欲していること、
魂レベルで、自分がやりたいことはなんだろうか?

とそちらに気持ちを向けましょう。

それが見つからなくても大丈夫です。


それを求め始めるということは、すでに今までの自分や生活に固執するのをやめようとしているということですので、だんだんと変化は現れてきます。

意識の水面下でこの作業をしてきたのに未だに動き出してない人は、
今月「あちゃー」と思うような出来事が起きて、強制移行もあり得ます。

それは自分がもたもたしていた結果であり、良い変化と受け取りましょう。


今まで頑張ってきたことにやる気を失っていく人もあるでしょう。
がんばれない場合、魂レベルで本当にすべきことはそれではないのでしょうね。

魂レベルとは、あなたの核となる部分が求めるところと思ってください。

「この世に存在することにした理由」みたいな部分ですね。


これからはだんだんと魂レベルで生きる時代になっていきます。

今までの「物があれば、金があれば、裕福であれば、、、」
という価値観は廃れていきます。


「自分が創り出す世界」になっていきます。

自分自身についても、自分の人生においても、

「自分が何をしたいのか?」
「どう生きたいのか?」
「どうありたいのか?」

というところを、エゴの欲求、欲望でなく、
それを超えた大きな枠組みでの自分の欲求、
それを生きる人が輝ける時代となっていきます。


今月はそれを顕著に感じられる月となるでしょう。

「そこを生きたいけど、できてない」という人は、
大きなストレスとジレンマに悩まされます。

そういう人は、その思いをどんな形でもいいので、
行動に移すといいでしょう。

もう魂レベルを生きている人は、
「行きたいけど怖くて行けない」という人のサポートをするといいです。


が、まずは自分が良い状態になっていること前提です。

「自分の心が世界を創り出している」

この言葉について考えていきましょう。

では、エキサイティングな3月をお過ごしください。

「和音」2019.3.1


このブログをしばらく書いてませんでしたが、
別ブログを立ち上げました。

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2月のメッセージの補足です。

2月は、やりたいことをやる自分を許す、許可すること。
そのプロセスは殻を破るプロセスの一つなので、そこで抑えないこと


とありました。


「芸術は爆発だ!」といったのは、岡本太郎。

長年あなたの中に溜め込まれてきた感情、アイデア、エネルギーなど。
それを”良いカタチ”で放出、表現できるよう模索していきましょう。

それには「正しいやり方」があるわけではありません。
なぜなら一人一人、秘めているもの、表現したいものが違うからです。

あなたならではの表現方法
それはそのままあなたの生き方に現れてきます。

「何者かになる」のではなく、あなたがあなたを表現していく。
それがあなたの生き方となり、人生となる


そんな時代になってきました。
今から5月に向けて、その軸を整えていく時期になりそうです。


自分はこう生きる!
そこを定めていくわけです。
それはいつでも変更可能です。

求め始めれば、何かが見えてきます。

最初は迷うこともあります。
間違うこともあります。

わからないからと放っておけば、なんとなく人生が続きます。

自分の生き方と向き合っていると、だんだんと軸が定まっていきます。

5月までに軸を整え、それ以後はその道を広げていく。
その自分を活かしていくことになります。

今年後半には、そこに向かって進み始め、
来年はそれがなんらかの形となって現れてくる。

そういう流れを心に留めておくといいでしょう。

では、素敵な2月となりますように!


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2月は幸せの月です。
立春を迎え、新たな春となります。

この時から、天皇陛下の御譲位、皇太子殿下の御即位まで一連の流れがあります。
日本人だけでなく、日本という霊的な場にとっても、
天皇陛下が変わられるということは大きなエネルギーの変化です。

今の天皇陛下のエネルギーが残りながら、新たな天皇の即位となり、
エネルギーが二重になり、強力になります。

「天皇陛下」という「場」のパワーが、この時期から増していくことになります。

日本という国土、自然界の霊的なフィールド、
日本人が連綿ともつ日本人としてのエネルギー、
それが少しずつ変化していきます。


今までの自分に感謝し、新しい自分になっていく。

そのプロセスを、多くの人がこの期間に体験するでしょう。

今月はそのとっかかり、始まりだと思ってください。

特に何が変わるというわけではないですが、
身辺整理はやっておいてもいいですね。断捨離など。

古いものでずっとしまってあるものは、
この際、手放してしまいましょう。

5月新緑の季節に向けて、新しいエネルギーを得るために、
今から始めても早くはないです。

気持ちも過去に向けるのではなく、未来に向けましょう。
未来を見る姿勢は、未来を創造していきます。

過去の囚われはどんどんと手放していきましょう。

新しいことに挑戦する、新しいことを始めるのも良い時期です。

ずっとやりたいと思ってやっていないことなどを
思い切って始めてみるのもよいでしょう。

まったく新規に始めるというよりは、
ずっと自分の中で温めていたものを表に出していく、
形にいていく、行動していく、というところです。


ずっと温めていた鳥の卵にヒビが入って、中のひなが出てくる頃、
卵の殻が割れるのは、殻が自らヒビを入れて割れるのではなく、
中にいるヒナがつついたり、動いたりして殻を壊します。

つまり、変化、衝動は、内側から始まります。

その時にそれを抑え込むのではなく、自由に出してあげる、表現する。

内側から湧き出るものが溢れんばかりになったら、自然と動き出します。


動き出したいのに動けない、やり方がわからないという人は、
自分の気持ちを抑えているのか、違うところに意識を向けているのか、です。

やり方がわからないというのは、やらない言い訳に使われます。
本当にやりたかったら、やり方を探します。


2月は、やりたいことをやる自分を許す、許可すること。

そのプロセスは殻を破るプロセスの一つなので、そこで抑えないこと。

自分を解放してバカになってください。

2月は比較的安定したエネルギーです。

身辺(心辺)整理するのに良い月です。
いらないものはどんどん捨てましょう。

3月は春分があり、4月は年度が変わり、
5月は元号が変わります。

あなた自身も脱皮の完了に向けて、
やるべきことをこなしていってください。

「和音」2019.2.2


*最初、退位と書いておりましたが、譲位との指摘があり、書き直しました。


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例えば、生まれる前に、
「自分はこれがしたい、これを実現させたいから、人間として生まれよう」
と思ったとします。

あるいは、宇宙が、何かの必要性を感じてあなたを生じさせた、とします。

生まれた時にそれを覚えている人は稀です。

人にはいろんな願望や欲望があります。
その多くが、生まれた後に思いついたことだったり、まわりの影響によるものです。

自分の頭で考えていること、思い描いていることとが
必ずしも生まれる前にやろうと思ったことと一致しているとは限りません。

「生まれる前にそんなこと考えてねーよ。おとんとおかんがエッチして生じただけだよ」
という反論は今はおいておくとしても、いい人生を歩みたいと思う人がほとんどでしょう。


自我の望みと、
宇宙の望みというか、魂の約束というか、自然の摂理というか、、、
自我の自分より大きな存在や法則があなたにやってほしいこと(があるとして)、
その二つが一致すると生きやすく、充実した人生になります。

自我が必死にがんばらなくてもよくなるので。

”うしろの存在”があなたの背中を押してくれます。
自我はまた別な意味で必死になるけど(笑)

あなたは自分の存在そのものを生かす道を知るわけです。
そうなると怖いものなしになっていきますね。

ただしビビることはたくさんやってくるでしょう。
つまり新たな挑戦です。

自我以外の”何か”が自分の中?にも存在することを感じられると面白いです。
「自分の中?」としたのは、自分の中にあるようで、それは中ではないからです。

「自分という存在が、エゴの自分だけでない」
とはっきりとわかることは、自我の成長にとって大きな進展です。

「自分は一人ではない」と感じる人もいるでしょう。
人と一緒という意味ではなく、見えない ”何か” がいつも在る” とわかる。

そしてそれも自分だと知る。
あるいは、自分がそれだと知る。

"「ある」の世界" に気づいていくのでしょうね。


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新幹線の窓から見えたある看板。

白地に大きく赤で「727」と書かれていました。

新幹線に乗りながら考え事をしていて、ある問いを立てて、
何気なく外を見たときに、この「727」看板が目に入りました。

「727? 何かヒントがあるのだろうか?」
と思うと同時に「なんの看板?」という疑問が湧きました。

727の正体を探るべくスマホで検索したら、ありました!

727看板物語


やっぱ、みんな疑問に思うのかな?

とはいえ、何度も新幹線に乗って同じところを走ってますが、
私が気づいたのは今回が初めて。
あんまりぼーっと外を眺めてないせいかもしれません。

宣伝のための看板だそうですが、謎が残ると知りたくなりますね。

インターネットがあるからすぐ検索できます。
今だからこそできることですね。

人はストーリーや謎が好きですから。
そしてつい、SNSにアップしたくなります。
私もFacebookに載せました。


それはともかく、そこに自分の問いへの答えのヒントがあるかなー?
と思いを馳せました。

点在する看板。意味不明。
知りたくなる。

点と点をつなぐ行為。

自分のしていること。
自分の中の点と点。
それをつないでいく作業。

私自身も点。
本体は別。


この日の朝、場について、ふとひらめいたことがありました。

場が先にできあがり、物が現れる。
いのちは場が本体。

「727」の看板。
点在しているけど、意図があってそこに存在する。

そこに表されているのは、思い、目的。


例えば、心臓だけがそこにおかれていても、その本来の機能は果たさない。
体とつながって、各臓器や血管、細胞などと連携して動くことで、その機能を発揮する。

そして体は、生きるという意図を始め、
何らかの意図を持って、一つの個体として行動する。

「私」という場があるが、それはもっと大きな場があるからこそ、生じている。

しかし「私」という自我意識が生じなければ、一切を私は体験することができない。
それはなにもない、無に等しい。


人は死を恐れるが、生きている間に個(自我)というゲシュタルトを超え、
もっと大きな場のゲシュタルトに覚醒すれば、死は恐ろしいものではなくなる。
この世から離れるのを残念には思うだろうが。

"個体意識" から、もっと大きな ”場意識” に広がること。

そこに存在する物はそれ単体で存在しているわけでなく、
その単体には気づけないつながり(ゲシュタルト)が存在する。

点在した「727」の看板の背景に会社の意図があるように。

先に実現したいなにがしかがあるからこそ、物体は存在する。

「727」の看板は、リアルに設置されているものだけど、
今の時代、インターネットを使えば、いろんな形で「点」(目印、ヤードマーク)をおける。

網を張って獲物を待っている蜘蛛のようなもの。

と考えてて、つながりました。


意識の場の中に「727」看板のようなものをセットすること。

一人一人の意識の中に眠る何か。

まだ見ぬゴールに対して、あちこちにタネを植える。
本人さえ気づいていない本当のゴールに見当をつけ、そのタネをまく。

全体像の実現方法はわからなくても、ヒントはそこかしこにある。
点として転がっている。

大事なのは気づきとリンクづけ。

言い方を変えれば、物の背景にあるみえない
ゲシュタルトに気づくことがゴール設定と言えるでしょう。


私たちは通常、看板をゴールと勘違いしています。
看板を見て、もっといい看板を作りたい、世界一の看板にしたいとか考えます。

しかし本当は、いい看板を作ることではなく、
(いい看板を作ることもいいゴールになり得るが)

物質としての看板を超えたところにある思いや意図、
なぜをそれをしたのか? 何を求めているのか?

そこに願いがあり、ゴールがあります。


これは例えだけど、言い換えれば、年収1000万になりたいとか、
いい家を買いたい、世界一周旅行をしたいというのが看板と同じということ。

なぜそれをしたいか、そうなりたいか、
その向こうにあるものを見つめてみましょう。

なぜ?なぜ?なぜ?と聞いていくとだんだんと見えてきます。

なぜ1000万?
安心したい?不自由したくない?

そうなると何ができる?
誰が幸せになる?
なぜ幸せになりたい?

突き詰めていきましょう。


「727」の看板そのものは、
鉄か何かでできた看板とそこに書かれた数字です。

1万円札がただの紙切れであるように、
看板や数字そのものはそれでしかありません。

しかし1万円に、いろんなものと交換できる付加価値があるように、
看板から派生するリンクは、727の化粧品、数字の看板を点在させた理由、
そこにまつわるストーリーなど、違う価値が現れ始めます。

物そのものより、そこから広がるリンク。
その背景、ストーリー、その他諸々。

五十音のいろんな組み合わせにより、
私たちはいろんな表現ができるし、知識も広がります。

それは50個の文字による無限の組み合わせ。

どう組み合わせて、そこにどういう意味づけをするか?
そこに新しい創造が生じます。

そんなことを思わせてくれた727の看板でした。


<セミナーのお知らせ>

点と点をつなぐ作業は、目的や意図があってこそできること。

点と点をつないで何を作り出すのか?
それがわからないと、点はただの点で終わります。

いかにゴール設定をするのか?
どういう意識を持って日々暮らすがいいのか?

セミナーでお話しします。

■ 東京
日時:1/20(日)13:30〜15:30
場所:東京都内 八丁堀付近
参加費:8000円

■ 京都
日時:1/16(水)14:00〜15:50
場所:京都市内、烏丸御池駅付近
参加費:8000円

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