いのちおり - 本来の自分に還るために

さあ、未来の自分に還る旅に出よう!
人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

dream_MkYgZPc_


10月のメッセージで「ぽっかりあいた穴」というのが出てきてました。

「穴」というと抽象的ですが、
無意識、超意識、潜象界、混沌、氣、心の闇、影、不安、恐れなど、
いろんな言い方があります。

ここでいう「穴」はこのような
"存在は感じているけどつかみどころのないもの"、

実際に見たり触ったりできるものでもないので、かいま感じるようなものですね。


例えば、朝起きた時、

そういえば、夢を見たけど思い出せない。
なんだったっけ?確かに見たんだけど、、。

というように、

記憶の彼方に飛んで行ってて、そのうち日常の忙しさに紛れて忘れてしまう。

そんな「何か」の存在を私たちは知っています。

寝ている間に、一体どこに行っているのか?消滅しているのか?
死んだら意識はどうなるのか?
インスピレーションはどこからやってくるのか?
この世界はどうやって現れたのか?

実は世の中、わからないことだらけです。

どれだけテクノロジーが進もうがいろんな研究がなされようが、
私たちは自分のことはもとより、なぜ私たちが存在しているのか?すらわかっていません。

これらのつかみどころのないものとどう関わっていくのか?対応していくのか?

あるいは、現実的なこと、明日どうやって飯を食う?ということを毎日悩むのか?

明日食べていけるか?を気にしている人はいるでしょうが、それは不安のなせる技です。

本当に明日から食物が手に入らないか?というと、
よっぽど何か非常時が起こらないとそうならない人が多いでしょう。

世界にはまだまだ今日の食べ物を得られない人たちも多いですけど。

日常を過ごしていくうえでは、別に気にしなくてもいい部分ではありますが、
ほとんどみんなが心のどこかで気にしているところです。

なぜかというと、死とつながっていくからだと思います。

死という闇。

死が闇なのか光なのか、生きている私たちにはわかりませんが、
生きている間にどちらかを選んでおくことはできます。

死んだように生きている人が多い今の世の中ですから、
この機会に「死ぬ」ことについて考えてみることも悪くないと思います。


メルマガ登録はこちら! → メルマガ登録


人気ブログランキング ←ポチッと応援を!いつもありがとうございます m(_ _ )m

dark-wood-background_MyPzoUud


10月のメッセージの補足。

押入れを開けて見たら、宇宙みたいにものすごい大きな空間が広がってて、
びっくりして慌てて閉めてしまった。

もう一度、怖いもの見たさで見てみたい気はするけど、
開けたら最後、引き込まれてしまうかもしれない。

あれから一度もその押入れを開けてないけど、
そこから広がるあの空間は、今も心のどこかで感じている。


私たちは何かしらそのような感覚を心のどこかに持っています。

自分のもののようで、自分のものでない。
自分とつながっているのに、漆黒の闇が広がっているような怖さ。

意識の奥に閉じ込めてしまって、普段はすっかり忘れている。


それは無意識を感じてのことかもしれないし、

天体を運行させて、生き物を生かし続けている目に見えないなんらかの働き、
それを神と呼ぶ人もいるけれど、万物をバランスよく生かし続けている見えない力など
人知を超えた力を感じてのことかもしれません。


私たちの顕在意識では決して捉えることのできない領域があることを私たちは知っています。
10月のメッセージの「ぽっかり空いた穴」はそういう領域の比喩でしょう。


「自分すら幻想」ということに、
感覚的に気づき始めている人たちが増えてきています。

「つながりの中で自分という存在が決まっていく」ということを踏まえ、
”確実な存在”としての自分が崩れ、「自分である」ことの根底が揺らぎ、
人によっては、ぽっかり心に穴が空いたような感覚になることも考えられます。

それとは別に、意識が無意識を以前より感知しやすくなってきている
という意味合いもあるのでしょう。

自我意識の境界が以前より薄れてきているため、
今まで見えてなかった違うリンク(領域)が見え始めてきています。


メルマガも書いてます


人気ブログランキング ←ポチッと応援を!いつもありがとうございます m(_ _ )m

fire-visualization_zJaZi7cd

10月は無意識領域の認知の拡大です。無意識領域の話なので、顕在意識上ではなんとなく感じてて、認識までされていない状態ですが、今まで感知していた以上のものを感知できるようになります。

それはぽっかりと空いた穴のように、空洞が広がっている感覚です。
ぽっかりと広がった空洞なので、そこを観る(感じる)人の心がそのまま投影されます。

なんか虚しいと感じる人、怖いと感じる人、わくわくする人、不思議な感覚のする人、
その空洞はみんな、それとなく心の中で感じますが、それをどう受け取るかは人それぞれです。

ポッカリと目の前に大きく広がった真っ暗闇の空洞をイメージしてみると
どんな感じかわかるでしょう。

そこに入っていく、行かないも人それぞれ。
背を向けて去っていく人もいるでしょう。

未知の世界に飛び込むか、それとも今までの生活をこのまま続けるか?
という一つの選択がなされるでしょう。

これからもこれは何度となくやってきますので、準備ができた人は入っていくことになります。強制的ではないので、行く行かないは自由です。

無意識の世界のある領域へのアクセスが可能になったという言い方もできます。

今までは気づかなかった無意識レベルのある部分に気づきだし、それは今は言葉で言い表すこともできず、なんであるか認知もできず、心の隅に”あるような感じ”だけど、掴めない、存在も確認できないけど、確かにある、、、と感じる何か。

私たちは子供の頃からこれを感じていたわけですが、大人になるにつれ、目の前のことに忙しくなり、そんなところに気を向けることは忘れて久しく、すっかり感じることができなくなっていた、というのが現状です。

そこがもっと感じやすくなっています。
以前より、皆の心、意識の中で「知りたい」という欲求が増してます。

暗闇から「おいで、おいで」と手招きする手が見えて、怖いながらも行ってみたい、でも怖いと、子供の頃にそんな思いをしたことがある人は少なくないでしょう。

行ってしまったら帰ってこれなくなるんじゃないか?
行ってしまっていなくなった子供のうわさはある、
などと昔話や都市伝説的な話はありますが、似たような感覚です。

あなたの心(意識)の中にある領域が「おいで、おいで」と手招きをしていますが、
好奇心はそそられるけれども、行ってしまったら今の暮らしを失うのじゃないか?
帰ってこれないのではないか?となんとなく感じています。

心の片隅で気になるけど放置していながら、
時々、沸々とそれを思い出している状態。

その気配が増してくるのが今月です。

その領域に行く行かないは自由ですが、行きたい人だけ行けばいいでしょう。

それを待ち望んできた人はワクワクしているはずです。
ずっとこれを待っていた、行きたい、と飛び込むでしょう。

不安、怖さがあって躊躇する人はまだ準備ができてないと思いますので、
やめておく方が無難です。

闇に呑まれます。

ただその影はつきまとうがもしれないので(あなたが気にしていたら)、
どうしたいかを決める方が楽でしょう。

準備して行くのか、今のままで居続けるのか?

ずっと抽象的な言い方をしていますが、
全体意識の変化に伴って、個人がどう選択するかという話です。

これは背景にあるものなので、もっと具体的に落とし込めば、
一人一人の日常に起こる何かしらに現れますので、
それは個々人が当てはめて対応してください。

意識の奥で起きている話ですが、感じる人は感じています。

だんだんと映画や漫画、SFなどの世界と現実との境目が曖昧になってきています。

非現実が現実になりうるこの頃ですので、自分がどういう未来にいたいのか、望むのか、どうなっていたいのか、などをちゃんとつかんでおくと、命綱のようにあなたを引っ張っていってくれます。

今まで以上に、あなたが思い描いている内面世界と外の世界のとの境界が揺らぎます。

内面の、良くないことをもたらしかねない思考は
できるだけ取り去っておくようにしましょう。

「和音」2017.10.1



もっと具体的に、どう生きたらいいか?とか、どうやったら楽しく過ごせるか?など、
日々の考え方や心のあり方などはメルマガで書いています。


人気ブログランキング ←ポチッと応援を!いつもありがとうございます m(_ _ )m

この話を読むと、絶望は希望かもしれないと思う。

 「絶望」とは「望みが絶たれた」という意味ですが、しかしこの言葉はまずほとんどの場合、絶望していない時に使われているのです。「絶望」が使われるのは、ある望みを抱きつつもその望みが叶えられない、待ちぼうけの最終段階においてです。

 待ちぼうけは、人をある状態に縛り付けています。「絶望」を口にする時、「待っていても来ない」「期待しているのに得られない」といって嘆いているわけですが、その苦しみは、叶わないことによるのではなく、縛り付けられて不自由であることから来ているのです。つまり、これは「執着」の苦しみなのです。そのことに本人は気づいていません。

 わずかに望みを残しながら、人は「絶望」を口にするのですが、もし待っている対象が決して現れないものであるとわかった場合には、その人は一体どうするでしょうか。

 渋谷行きのバス停で新宿行きのバスを待ち続けている人がいます。まてどもまてども、渋谷行きしか来ません。もう何時間も待ちぼうけを食らって、「絶望だ!」と嘆く。そのとき通りがかった人が、「ここは,渋谷行きのバス停だよ」と彼に告げます。彼は、すぐにそこで待つことをやめ、別の行動に移ることでしょう。

 これこそが、本当に望みを絶った「絶望」の姿なのです。つまり、本当に「絶望」した時、人は「執着」を去り、「自由」になるのです。それはもはや、そこで当てにして待たなくてもよい「自由」です。そして本当に必要な行動を,主体的に自分が行なっていけるのです。

 このように「絶望」の苦しみは、残していた一抹の期待をきちんと捨てること、つまりそこからさらに一歩を推し進め、しっかり「執着」を断つことによって、真の「絶望」が訪れ、「自由」に解放されていくものなのです。

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 泉谷閑示



人気ブログランキング ←ポチッと応援を!いつもありがとうございます m(_ _ )m

メルマガ登録はこちら! → メルマガ登録

vvv-0216-img_1223-2808

私たちは、自分に対しても、人生に対しても、世の中に対しても、
こんなはずではない、もっと良くなるはずだと思って、
自分の望む状態をもたらそうとがんばります。

その努力は必要ですし、大切なことではありますが、
時として、絶望することも大事です。

なぜなら、

こんなはずではない、もっと良くなるはずだ

と思うのは、自分の「期待」です。

「こうなってほしい」という自分の願望の表れです。


でも、自分がいかに非力でちっぽけな存在で、
自分ではどうしようもないことだらけであると気づいたら、

自分ではどうしようもない、とあきらめの気持ちが出てきます。

自分には人は変えられない、世界は変えられない。
苦しんでいる人をみんなは助けられない。
飢餓も貧困も戦争もなくならない。

自分の無力を知った時、
自分でどうにかしようとするのをあきらめることで、
今まで見えてなかった物事の違う側面が見えてきます。

自分が「変えなくてはいけない」と思っていたことが、
実はそのままでもいいんじゃない?と思えたり、

自分でがんばろうとすることをやめることで、違う助けや導きがやってきたり。

東の人を助けたら、西の人が死に、西の人を助けたら、北の人が死ぬ。
すべての人を救うことはできません。

一つの問題が解決したら、また次の問題が出てきます。
同じレベルから問題解決をしようと思うとキリなく問題は現れてきます。

時には、自分はどうしようもなく非力であると絶望することも必要です。

それによって自分の期待を手放すことができます。
執着が取れて、あるがままの世界を見始めます。

そうなって初めて、今まで見えてなかったものが見えてきます。


メルマガ登録はこちら! → メルマガ登録

セッションメニューはこちら!



人気ブログランキングへ ←ポチッと応援を!いつもありがとうございます m(_ _ )m

underwater_fJhsj85u

人間は、可能性の眠るあちらの世界と、物質的なこちらの世界の間にいる。

人間はあちらの世界に潜む可能性を、こちらの現実世界で具現化することができる。
つまりは眠っている状態の情報をつなぎあわて、新しいものを生み出すことができる。

自然界がずっとやってきたことだ。

自然界が人間を作ったのは、
その具現化をもたらす生物が欲しいと思ったからではなかろうか?

人間は媒体。

あちらの世界の情報をこちらの世界に具現化していく。

これは、もともと自然が人間に求めた役割ではないだろうか?

より良い世界を作っていくために。

人間という、それを加速してくれるかもしれない存在を作った。

この世界に人間がゼロから生み出したものは何もない。
物質はみな、自然界にあるものから作られている。

いろいろな考えだって、自然がベースにある。

すべてもらい物。

自然界では、「意識の外」→「意識」→「具現化」を繰り返している。

自然の意識が必要性を感じて人間を作った。
それは自然界に新しい意識場をもたらすもの。

しかし、自然のその意図を忘れてしまった人間の暴走は
そのまま行けば人間を破滅させる。
なぜなら自然界にとって不必要になるから。

でも自然の意図を汲んで「自然としての人間力」を身につけるなら
人間は本来のあり方と役割を担っていくだろう。

人間は本来、「間」にあるもの。

そしてそれはこれから実現していく。


もっと具体的に、どう生きたらいいか?とか、どうやったら楽しく過ごせるか?など、
日々の考え方や心のあり方などはメルマガで書いています。



glass-of-champagne_Mk7l475_
この世界は伸縮自在だ。

私たちの認識が深まれば、その分、世界も広がり、深まる。

それは無限大だし、ほとんど何も進展せずに終わることもできる。

あなたの認識がどれほど深まるか?にかかっている。


空っぽの透明のコップがここに一つあるとき、

「空っぽの透明のコップがある」とだけ思うのか、

コップがどのように作られたか、素材は何か?
コップを発明したのは誰か? その背景にはどういうストーリーがあるのか?
自分のコップにまつわる思い出、体験。
物語に登場するコップの話。
透明という色についての見解、ストーリー、思い出。
空っぽの中に何かを見るかみないのか?
コップの中の空気に存在するたくさんのホコリや微生物、粒子、温度、etcまで気づきが広がるか?

この関連リンクは果てしなく広がる。
そのコップを見た一瞬で、右脳が含蓄することのどこまでを
顕在意識の隅っこででも認識できるか?

気づきがあれば、言葉にまでならなくてもいいけれど、
入ってくる情報をどれほど掴めるのかによって全然見えるものが違ってくる。

すべてのものに対して同じ。

ここに座ってるだけで、どれほどの情報が入ってくるのか?
それをどこまで感じ取れて、知覚し、認識できるのか?

これは身の回りのことだけでなく、地球の裏側の情報でもかまわない。
情報のレベルになると距離は関係ない。そこに意識でアクセスできればOK。

これはやりすぎるとアップアップしてしまうから、調整するすべは知っておくべきだろう。

でもそれ以前に、ほとんどの人がその方法を忘れているか、気づいていない。


人生やこの世界について考えるときも同じ。

どれほど人生の気づきを深めることができるか?
どれほど意識の可能性を知ることができるか?

人間の頭で考えられることはほんのちょっとだ。

意識を超えて広がる世界に関わり出すと、
どれほど豊かな世界が広がっているかは驚きである。



もっと具体的に、どう生きたらいいか?とか、どうやったら楽しく過ごせるか?など、
日々の考え方や心のあり方などはメルマガで書いています。


人気ブログランキングへ ←ポチッと応援を!いつもありがとうございます m(_ _ )m

deep-space-background-with-nebulae_r7NpVyflR

前回の話の「”過去基準”だったものが、”未来基準”に移り出している」という話の続き。

個人レベルであれば、今までもそうだった人はそうだったので、特に真新しいことではない。
未来を思い描いて、それが現実化していくというプロセスは今までもあったので。

でも今起こりつつあることは、これがもっと進んだカタチ。

全体の傾向として変わってきているように私には思えているけど、私の意識が変わるにつれて、私が感知する世界が変わっていっているというところが本当だろうと思う。

でも私は自我を通してしか世界を認識できないので、しょうがないっちゃ、しょうがない。
自我を通さない世界は、垣間見ることしかできない。
認識したとたん、それは自我を通した世界になる。

つまり自我の認識が広がり、深みが増せば増すほど、
世界は今までと違う景色を見せてくれる。
この醍醐味はすごく美味しい。

どちらにしろ、”意識の進化”だ。
私個人の意識にしろ、全体にしろ、新しい段階に行こうとしている。

全体的に ”個の認識” が変わりつつあり、自我の領域が広がっていること。

ネットワーク状につながっているという意識になってきていること。

あるいは、意識はしてなくても気配を感じている人は多いと思うので、
漠然と全体感を感じ始めている人が増えていくことが考えられる。

そうなってきた時、個の意識の領域が曖昧になってきて、
エゴとしての意識以外に気づきやすくなってくる。

量子論が広まったのも大きい要因の一つ。
意識を向けた途端にそのものが生じるという認識は、
私たちの考え方をかなり変えたと思う。

全ては波動であって、意識が像を結んでいると思うなら、
主体が物体ではない意識に移ってもおかしくない話だ。

そして微生物意識。素粒子の意識が現れてくる。

社会的にも、SNSやインターネットという媒体をとして、
またはリアルでも、コミュニティが活性化し始めている。

繋がりが起こり始めると、フラクタル的に私たちが微生物的になる。

私たちの身体に無数の微生物がいるように、
私たちは広大な意識の中の微生物のようなものだ。

つぶつぶの世界。
以前、これを見たとき、故郷に帰った感を得たけど、もちろんそこは故郷なのだ。

身体のない意識(集合体の意識)は、
シシガミが夜、デイダラボッチに変身したように成長を始めている。

意識が現象や物質を作り出すなら、未来も作り出すことができる。

結果的には集合無意識でなされることなので、意識はその提案をすることとなる。

こんな未来がいいんじゃない? あんな未来がいいんじゃない? と。

もちろん個々人もそれをすべきであるが、今言いたいのは、
集合的に意図的にそれをする方向が生まれつつあるということ。

よくよく考えてみれば、今までもそういうことはたくさんあったし、
今もあることに気づかされる。

すると面白い宇宙構造が見えてくる。メビウスの輪の入れ子状だ。


としばらくはこんな風につらつらと書いていくと思う。
頭で理解して欲しいとは思わない。
感覚的にニュアンスが伝わっていったらいいなと思う。

デイダラボッチの正体がわかってきた。
こちらも参考に。多層化していく私たち

もっと具体的に、どう生きたらいいか?とか、どうやったら楽しく過ごせるか?など、
日々の考え方や心のあり方などはメルマガで書いています。

bright-background_G1qz0_Bd
さて、今日は新月。
それに合わせてか、最近つけていたブレスレットが切れた。

ブログをしばらく放置して久しいけど、また復活しなくてはならないと思う。

しばらくは、あることについて書こうと思う。

なぜなら、集合意識が変化し始めているから。(と私は感じている。)

”過去基準”だったものが、”未来基準”に移り出している。

どういうことかというと、今までの現実(今)は、過去の延長線上にあった。

けど、時間も幻想であり、過去から未来に向かって時間が流れるわけでないと
だんだんと気づいている人が増えているようだ。

また、全ては粒子と波動であり、今見えているこの世界が実在するわけではないという認識も
だんだんと広がってきているようだ。

こちらの世界が夢であり、幻想であると気づいてきた人も増えてきたようだ。


と言っても、まだまだ全体の少数であるけれど、ある段階に達したのか、
(もしかすると、ただ単に私の認識が変化しただけかもしれないが)、

”現実の作り方” が大きく変化し始めている。

過去基準から未来基準に軸が移動し始めている。

8月から顕著になってきたこの動き、ますますはっきりしてきた。

全体意識が未来にベースを置き始めている。

主たる場がもう物理空間から情報空間に移ってきてるんだろうなー。

私が感じている世界は私の世界なので、私の感じている情報空間での話なのかもしれない。
しかしそれが私の体験できる唯一の世界なのだから、それを探求していこうと思う。


メルマガ登録はこちら! → メルマガ登録

セッションメニューはこちら!



人気ブログランキングへ ←ポチッと応援を!いつもありがとうございます m(_ _ )m

mg-img_5650
9月は荒れ狂う嵐です。
新旧のエネルギーがまみれて混ざり合い、一見、嵐が吹き荒れているようです。
混沌とした状態の中、一つのゲシュタルトが崩れ、新しいゲシュタルトが構築される、
そんな時期となります。

わけがわからない感あります。
全体の表面的なエネルギーがそのような感じです。

その嵐を感じて、慌てたり不安になったりする人と、
嵐が通り過ぎる間、家の中で落ち着いて過ごす人といます。

表面が荒れても大きな静かな流れに気づいていれば、大丈夫です。

どこまでそれを感じることができるか?が、今月のポイントです。


事象の背景に静かに流れるもの。
そこにフォーカスしていれば、激動が起きていても、それは過ぎ去るものとわかります。

いろんな組み換えが起こります。
それは未来のために必要あって起こっています。

心の奥に潜む来るべき未来をきちんと見据えていれば、特に問題はありません。

喉元過ぎれば、暑さ忘れるという感じで、起こる事象は通り過ぎる事象として
とらわれずに流していきましょう。

しかし未来をきちんと見てないと、混沌の中、行き先がわからなくなり、迷い子になります。

その点、気をつけてお過ごしください。


追記:
自分の中に眠る龍に気をつけましょう。
荒れ狂うと書いたのは、龍的なエネルギーと思ってください。

無意識の奥に眠る原初的な意識の目覚め。
脳の忘れていた箇所を突かれるような感覚。

外の事象と内面の事象はリンクしています。

内面を見つめれば、外の事象がわかります。

この根源的な創造のエネルギーに居場所を与えて解放してあげるなら、
面白い流れになっていくでしょうが、人によってはそれをすることがとても恐ろしく感じます。

何かを壊されるのではないか?
今まで大切にしてきたものを崩されるのではないか?
と思って守りに入りがち。

頑なになってしまうと反発を呼びますので苦しくなります。

子供心を持って大きな心を持って受け入れてあげると、自分のいた小さな世界に気づき、
また一つ殻を破って進んでいけます。

そういう嵐を今月はくぐり抜けてください。



メルマガ登録はこちら! → メルマガ登録

セッションメニューはこちら!



人気ブログランキングへ ←ポチッと応援を!いつもありがとうございます m(_ _ )m

↑このページのトップヘ