いのちおり - 本来の自分に還るために

さあ、未来の自分に還る旅に出よう!
人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

私の中で「先端理論」と呼んでいるものがあります。
簡単に言えば、人間は、自然の先っぽのところにある触手のようなもので、
本来は自然の手先足先となって、自然からの要望によって人間が動いて必要なことをなし、
またそれがシェアされて進展していくというもの。

櫛の形のように土台ではみんなつながっていて、
櫛の先端(っていうのかな?)ではみんなバラバラ。

この櫛の形、意識の図で使われることありますが、「自然」を当てはめても言えてます。

土台が自然、先っぽが人間たち。

ほとんどの人が、その土台で繋がっていて、
一つの櫛のようになっていることを忘れてます。
(櫛のような物質的なものがあるわけではないですよ)

この発想が進展して、
自然界が何らかの意図を持って人間を作ったのなら、それは何だろうか?
と考えてみました。

そこで思いついたのは、急速な進化。
それもクォンタムリープ(量子的飛躍)的な突然変異的飛躍。

地球が現れ、生命が生まれるに至って何億年という年月を経て進化も進み、
さらなる進化を加速させるため、自然が人間という生き物を作ったのではないか?

「自然が」というより「大いなる意識が」という方がいいのかもしれませんが、
それはさておき。

もしそうだとしたら生物学的にも何かそういう流れがあるだろうと思い、
読んだことのない生物学の本を少し漁ってみたら、これがおもしろい!

リンクする研究がいろいろとされてて、改めて私が思いつくことは
すでにその情報は情報空間に散らばってるんだなと再認識。

私はそれらを自分の関心とフィルターで感知して、自分に下ろしてきているだけ。
私が書くことすべては、すでにある情報を自分なりに再咀嚼しているもの。

前もそう思ったけど、本当にそうだとまた思った。

すべてはすでにある。

でも自分のRAS(網様体賦活系)が開いてないから気づいてない。
それらがリンクされた途端、私の中にひらめきとしてやってくる。

とまあ、改めて思ったね。

そんなこんなでつまみ食いした生物学が面白くて、いろいろあるけど、ここに一つ紹介。
自分のメモのためにも書いておきます。


時間の流れについて。

私たちは、過去から未来に向けて時間が流れるように感じていますが、
それはエントロピー増大の法則。

覆水盆に返らず。
割れた花瓶は元に戻らないし、墨を一滴、水に落としたら水に混ざって色が濁る。
それをまた墨一滴に戻すことはできない。

そういう現象ばかりを体験してきているので、時間は過去から未来に流れると感じます。

でもこれは閉鎖系だけで起こることらしいです。
つまり錯覚です。

時間が過去から未来に流れるのも、花瓶が割れたら元に戻らないのも、
閉鎖系の中での出来事。

でも生物は閉鎖系ではない。

細胞や微生物レベルでは量子力学的なことが起きているし、
エネルギーや情報という物質を超えたレベルでは、因果律が成立しない。
時間の概念が全く違う。

つまり生体の環境では、原因が結果をもたらしたり、過去が未来を決定するとは限らない。

未来が現在を決めることもある。

「時間は未来から過去に流れる」
コーチングの学びで苫米地英人博士が言われていることと同じ。

劇的な環境変化や危機に面した時、
新しい環境で存在しうるシステムに急速に移行する場合、
未来を先に見ているから、生命体は現状を一気に書き換えることができます。

これはまさにコーチング。

進化にはミッシングリンクがあり、どこかで大きな飛躍が起きています。
長い時間をかけて進化しながらも、時には急激に新しい種が現れます。

その急激な変化は、次に現れるべき未来を見据えたからこそ、起こった進化ではないか?

ちょっと話がコーチングの話にずれてきたけど、話戻して、
閉鎖系の中では、過去から未来、原因と結果という因果律が成立するとして、
それは今まで、肉体という個体を基準にした閉鎖系での話。

肉体を基準にしない、情報やエネルギーというつながりの中で起きることは
因果律も、原因と結果も全然違ったものになる。

生命を「個体」としてみることは、時代の常識だっただけであり、
そこが変わってしまえば、いろんなことが書き換わってしまう。

そして ”個” の基準が物質レベルから情報レベルに変わりつつある今、
「生命」という基準も大きく変わっていくのではないか?と思うこの頃です。

参考文献:第三の脳―皮膚から考える命、こころ、世界 傳田光洋著


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日本神話で、黄泉の国に行ったイザナミが「見ないでくれ」と言ったのに、
イザナミは振り返ってその姿を見てしまいました。

半分腐れて、ウジが湧いた体を見て、イザナギはびっくりして逃げ出しました。

でもイザナミの本質は変わりません。

怖がるな、嫌がるなというほうが難しいかもしれませんが、

イザナミのそういう部分を見ても、もしイザナギが理解して受け入れていたら
また事情は変わっていったでしょう。

見た目の怖さもさることながら、朽ちたもの、腐ったものはよくない、汚い、
本来の人間の形でないものは化け物だという思いが生じてしまったからこその行動でしょう。

もっと器が大きかったら、二人が冷静になれていたら、

そうだよねー、死んでしまってるから体は腐るよねー
そうなっても仕方ないよね。

といえてたらすごい!

問題は問題ではなくなります。

ただ、その体のまま地上に戻ったらみんな怖がるよね、って話になりますので ^^;

そこは、どうしたらいいんだろう?と一緒に考えたり、
地上に戻れば、元に戻るよね、と希望を託すこともできます。

そして、そういう時には奇跡が起きやすくなります。

あなたは、イザナミをまたきれいな身体に戻すことができます。

あなたの心の中で。

汚い部分、怖い部分も慈しむことができればまるっとひっくるめて愛せます。

すると現実も変わっていきます。

そのコツはといえば、自分に投影しないことです。
そして判断をしないことです。

それもあっていいんだね、それも光だね
と受け入れられたら瞬時に変わります。



と書いてたら思い出しましたた。
昔、すごくよく聞いたローリングストーンズの曲。Shine A Light
今聴いてても響くなー。




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気になることは自分が気にしているからそれを感じます。

ネガティブに感じることに対しては、

それがあると良くないんじゃないか?
それをどうにかしないといけないんじゃないか?

と思うと、ますますそれの存在を”強化”してしまいがちです。

でも、ネガティブだと思うものはあってもいいです。
ただそれに対する対応、反応がネガティブになるのが良くない。

誰かを嫌ってもいい、恨んでもいい

それを否定しない。

そんな自分がいるんだな〜
傷ついた自分がいるんだな〜
それを根に持っている自分がいるんだな〜
かわいそうと思っている自分がいるんだな〜
認められたいと思っている自分がるんだな〜

自分のことに関しても、人のことに関しても
そこにこだわらず、そういう思いがあると眺める。

すると、なぜそう感じているか?
その奥にある気持ちが見えてきます。

寂しかった、
愛されたかった、
認めて欲しかった、、、

だからなんだねーと受け止める。

エネルギーも記憶も変化します。
暗闇に光をあてると闇はなくなり、光の空間になります。

暗闇も光が当たれば、明るくなります。

でもそこにあるものは同じです。
見え方が変わっただけです。

心も同じです。

自分が持っているライトで、何を照らしているのか?照らすのか?

それがとても大事です。


今日は、自分の心のライトで何を照らしているのか?
を観察してみましょう。


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半年のコーチングを終了され、しばらく経つ方とお会いしましたが、
とてもうれしいことをおっしゃられたのでシェアします。

私にとっては新しい考え方でした。

「一番欲しかったものが見つかった。それがすごくうれしい。」とのことでした。

私もうれしかったです。

彼女は昔から自分大好きな人で、
自分が好きだから自分を優先してしまうのが嫌だったそうです。

何か大事なものが足りてない感じがあり、
自分以外で、自分ぐらい大切なものが欲しかったんだそうです。

そしてコーチング後、それが見つかったとのこと。

素敵だなと思ったのは、彼女が、自分以外に自分と同じぐらい
大切な人(もの)が見つかれば、もっと幸せになれそうだと思ったという話。

恋愛はエゴが入りやすいので、良い例ではないですが、

とてもお世話になった人や親、自分の子供、ペットなど、
自分のことを差し置いても相手のことを大切に思えるような、
そんな存在を持っている人は確かに幸せだ、と彼女の話を聞きながら思いました。

誰かの幸せを考えてそのために行動してるととても幸せ感に満ちます。
そういう存在が自分にあることがとても幸せです。

これって無償の愛かなと思います。

なぜなら全く見返りを求めていない。

自分の大切な誰かが幸せであってくれたら、という思いなので、
自分がしたことを喜んでくれるとか、感謝してくれるとかは期待してないですね。

もちろんそうであれば、もっとうれしいですけど。

無償の愛っていうと、すごく尊くて崇高なもののように感じるけど、
無条件で守りたい相手が現れた場合など、すごく身近でごくごく自然だったりもします。
自分の子供とかね。

人は自分ごとではなかなか動かないけど、人のためには動けます。

自分の幸せのためより、誰か大切な人のことを考え、その人の幸せを願って行動してると、
自分のことももっと好きになれるし、そういう存在がいてくれることに
とても幸せを感じられます。

いい話を聞いたなーと思いました。


そういう存在があると心温まりますね。

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今朝の猫との対話。
  
玄関口に背を向けて、こちらを向いて座っている猫。

私がそばに行くと、ゆっくりと右回りに後ろを見て、つまり玄関を見て、また前をみます。

この時、私は「あ、外に出たいと主張してるな」と感じました。

でも私が動かないと、次に、左回りに後ろを振り返り、玄関を見ました。

お、また主張してる。今日はめっちゃ訴えてる。
と思って見ていたら、次に、正面を向いて、私の目をじーっと見つめます。
 
頭を動かすだけで、めっちゃ対話してるやん、と猫言語に興味津々。
 
そして、次がまた猫らしい。
 
あまりにもストレートに自己主張したと思ったのか、ふと目をそらして宙に虫か何かを見て、
私、何も言ってへんし、と言わんばかり。
 
そしておもむろに立ち上がり、入口とは反対方向に歩いて行って、
少し離れたところに背を向けて座る。
 
めっちゃ、猫ってるやん。

今回の猫のこの動作は、言葉で話されているかのごとく
動作が言語化して、もろ伝わってきました。

ニャアニャア言ってても何を言いたいのかわからない時もありますが、
今日の猫の動きはめっちゃ、言語ってました。
 
昔、言語がなかった頃もこうやって、けっこう対話ができていたんでしょうね。
  
言語ができたのが進化なのか、退化なのか?

言語がなくても瞬間に察することができれば、言葉以上の理解力だと思いました。
 
今回面白かったのは、それが言語のように私の頭に伝わったこと。
 
古事記で、草木が喋ってた頃、というような記述があるけど、
日本語で話したとかではなく、今日の猫のように伝わってたんだろうなと思います。

象徴言語の動作バージョンだなと思いました。


ところで、このMRデバイスと言われる技術の世界。



脳で考えていることをビジュアル化したらこんな感じなんでしょうね。
並列的にやってるんだろうけど。

この日の猫との会話は、こんな感じで、
猫の言っていることが宙に写っているような印象でした。

動物と会話できるような技術もそのうち出てきそうです。

すごい時代になってきました。



■東京セミナー■

テーマは「闇の向こうには」というところですね。
ここ数回のブログ記事に関する内容です。

日時:10月15日(日)14:00〜16:00

場所:秋葉原駅から徒歩5分
(お申し込みされた方にお知らせします)

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闇とか穴の話が出ていたら、引き寄せてしまったのか、この記事。
   ↓
【閲覧注意】地獄の「死体農場」 ― 野ざらしの死体はどのように朽ち果てるのか?=米

こういうのが苦手な人は見ない方がいいです。

が、見ておくといいんじゃないかなとも思います。

現代なら、最大の闇は「死」だと感じている人は多いのではないでしょうか?

昔なら、死より怖いことは「鬼になること」だったかなと思います。

タブーの一線があり、そこを超えると、人間でない生き物になってしまう悲しさ。

幽霊とはまた違う感覚。
幽霊とは死んでも死にきれない念の映像化だと思うので、一応死んでます。

鬼は生きたまま、人間になれないものになることだから。

でもそのハレとケの境目がなくなり、闇を排除しようとするのが近代からの流れでしたが、
そのおかげで、現代は、人畜と言われるような人が増えてしまいました。
タブーを超えた人っていうか。

先日の、ラスベガスの銃殺事件を見て思ったけど、
暗黙の了解で、私たちはある一線を保っているんだなと。

何かのグループや戦争を起こす人たちだと、
大量殺人を犯してもありうる話だと受け止めますが(あり得てはいけない話ですが)、

個人がそこまで殺すというのはそうそうない。
時々それが起こりますが、ほとんどの人は人を殺したいとは思っていないわけです。

滅多にないことだからニュースになります。

心の闇がそういう方向に広がると困りますが、
実は誰しもそういう部分を持っていると思います。

内含していても、それを超えない一線はしっかり持っているので超えない。

私はゴキブリや芋虫も殺したくないし、
誤って殺してしまえば、すごくいやな気持ちになります。

でも環境変われば、人も殺せるだろうし、どんな残虐なこともできる自分もいます。
もちろんしませんし、やりたくないですが。

ちょっと話がずれましたが、上記の「死体農場」。
ネーミングがどうなん?と突っ込みたくなりますが、英語では The body farm なので
もうちょっと広い意味でとれるなと思います。

いくらきれいごとを言ってみたところで、私たちは死体になるんです。
今は火葬なので朽ちていけないのが残念ですが、化学薬品にまみれた身体であれば、
土に帰るように燃やされるがいいかもしれないですね。

1万円札が実はただの一枚の紙切れだというのと同じで、
どんなにお金持ちでも偉人でも死んだら同じようになります。
これからの時代はAIが発達して、死ななくなるかもしれませんけど、それは置いといて。

だから「なれの果て」をみておくのもいいんじゃないかなと思います。

肉を食べるなら、実際に動物を殺して解体作業をしてみるべきと思います。

そこまでしなくても、自然の中にいると、いろんな生死が見れるので、
そこらへんの情緒が学べますが、今の時代は自然にあまり触れることなく育ってきた人や
過ごしている人が多いので、歪んだ生き方をしてしまうんでしょうね。

最後には朽ちるんです。私たちの身体は。

そうなりたくない、とそこを見ないようにしているから、弱々しくなる。

「ああ、そうなるんだ、最後はこれね」と思えたら、
人生もっと楽しんでおこうって気になります。

この「死体農場」の死体は、きっと風呂屋で裸姿を見るような感じなんだと思います。

遺体の寄付があととたたないんだそうですが、なんかわかる気もします。

私は山で微生物に食べられて死んでいきたい派ですが、
墓に入るよりは、こういうところでお役に立つのも悪くないかなと思います。


■東京でセミナーします■

最近のブログ内容に関連した話をする予定です。

日時:10月15日(日)14:00〜16:00

場所:秋葉原駅から徒歩5分
(お申し込みされた方にお知らせします)

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定員:7名(残2名)

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10月のメッセージに出た「ぽっかり空いた穴」から始まり、闇の話に進んでいるのですが、
これがどんどんと変化しているのが面白いです。

「闇は鏡のようなものだ」と書きました。

何にしても、ある出来事に対してそれをどう受け取るかはその本人次第です。
楽しいと感じる人もいれば、怖いと感じる人もいます。

「穴」「闇」が、私たちが理性でタッチできない無意識領域と捉えるのと、
心の闇、ネガティブな思いと見る場合とあります。

向き合ってみれば、怖いと思っていたものは全然怖くなく、
母親の胎内にいた頃の闇のように心地よく優しい。

怖い闇から優しい闇になってきました。

そして、次に現れてきたのは闇のパワー。闇に潜む力。
私たちの潜在能力とか、自然の力と思えばいいでしょう。

人は誰しも自分の中に眠る無限のパワーを感じています。
でもそれを解放すると、とんでもないことが起きるんじゃないか
と恐れてそれを封じています。

そのうえ、たくさんの人が育ちの過程で、才能を伸ばす方向より
抑えて型にはめさせられる教育を受けています。

自分の中にスゴい力が眠っているのを感じながら、
大人になってからはそれをどう発揮していいかもわからなくなっています。

そして、それを発揮したいという思いと、
それを発揮したらとんでもないことになるんじゃないかという恐れとを持ち、

結局のところ、無難にして荒波を立てず、その他大勢の一人の中に紛れ込んで生きていきます。

多くの人がその他大勢となり、みんなと一緒だし、と安心して成長をストップしてしまいます。

でもその中で、自分の中に眠る力をどうにかして発揮したいともがく人たちもいます。

闇のパワー。

これがもうそろそろ解放される時期になって来たのかな?

でも、黒魔術とか、悪の力とか、
そういう意味での闇ではなく、先ほども書いたように 

”優しい闇”

自分とともにあるような、だからこそパワーを発揮できる、
マザーアースのような闇に変化しつつあるのを感じます。

この1週間でこんなに刻々と変化していて面白いなと思います。


最初、心の闇と出た時に、そこはもうやらないんでいいんじゃないの?
と感じました。

掘ればどんどん出てくるところではあるし、ある程度の整合性が自分の中で取れたなら、
そこを完全にクリーンにしようとするより、未来創造に進むほうがいいです。

完全にクリーンになんてできないし、する必要もない。

闇はあったほうがパワフル。
味方につければスゴい力になってくれます。

スゴい力といっても、人を思うように動かせるとか、
欲しいものがバンバン手に入るとか、そういう話ではありません。

人生の洞察がより深い認識を得て豊かになる、という意味合いでのすばらしさです。


そんなことについてお話しするセミナーです。(早割は今日までです)
 
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<女性向けメルマガ「えなふ通信」から>

10月のメッセージの流れで、「ぽっかり空いた穴」から闇というところにつながりましたが、
闇というと、一般的な解釈だと怖いもの、見たくないもの、よくないものという印象があります。

ぽっかり空いた穴が闇のようで、漆黒の鏡のように自分の闇を映し出す

と思うと、逃げたくなるように感じる人が多いでしょう。

でも本当にそうか?

疑問を持って欲しいです。


私たちは闇の中から生まれてきています。

お母さんのお腹の中にいるときはまだ真っ暗。
でもすごく心地よかったと思います。

女性性の一つで、闇につながるパワーがあります。
これが一つ間違えると、暗黒パワー、黒魔術的な意味合いになってしまいます。

そういう意味合いではなく、

”優しい闇”

すべてを包み込んでしまう包容力、慈愛と見てみましょう。

闇のトンネルを抜けて、次の段階に行く。
臭いものにフタではなく、臭いものを十分に味わって完了して、次に行く。

自分の報われなかった経験や感情を思い出して、
嫌な思いをどうにかしたいとか、そういうことではないなと感じています。

コーチングでは過去は関係ないと言いますし、
それを学んで、本当に「過去は関係ない」のを感じています。

過去にこだわってるのは自分です。

なんで今更、過去の報われない思い云々が出てきたのかな?
そこにフォーカスせず、未来創造するほうがいいのにな、と思うところもあるのですが、

過去の報われなかったことにフォーカスするのではなく、
もうどうでもいいじゃん、次に行こうよ、と感じるがための今なんだなと思います。

闇はあってもいいし、あったほうがいい。

それに対するネガティブな思いがいらない。

歴史の中での、魔女狩りだったり、その他女性が受けてきた諸々で
できた傷はかなり深いのは感じますが、それをなくそうとしなくてもいい。

それをひっくるめて受け入れて愛で包んで、次の段階に進む力を私たちは持っています。

それは強さです。

私たちは弱いのではなくて強いんです。

いろんな不条理や、不甲斐なさを体験してきました。
報われない思いを抱えているかもしれません。

でもいいんです。

そこにこだわり続けるよりも先に進みましょう。


もっといい未来が構築でき、「あれは必要があったから起こったことだよね。」
と自分の中で整合性が取れたらOKです。

だから闇といっても優しい闇なんです。

闇はパワーとなりますので、「排除しなきゃ、手放さなきゃ」ではなく、
温存して必要な時に使えるようにしておくのが賢いでしょう。


そんなことについてお話しするセミナーです。
 
■セミナー詳細■

日時:10月15日(日)14:00〜16:00

場所:秋葉原駅から徒歩5分
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<女性向けメルマガ「えなふ通信」から>

なぜ私たちが闇を怖がるのか?

それは自分の本性を映し出すからなのではないでしょうか?

だから見たくない。
怖い。

そして避ける。
タブー視する。

そして、きれいごとの自分を取り繕ったり、人生や世界を美化したりします。

わざわざフタした臭いものを開けたいとは思いません。

でも腐っていると思ったものがフタを開けると、
いい感じに発酵してたりするかもしれません。

闇を自分の中に透過させて、光と同化する作業段階になってきているのでしょう。

ぽっかり空いた穴は、闇が広がり、怖く感じます。

その闇の中に入って行ったら一体どこにつながっているのか?


暗い長いトンネルを抜けるとまず見えるのは光です。(昼の場合ですけどね)

そしてトンネルの外の風景。
暗いトンネルにいる時間が長いほど、外に出た時に眩しく感じます。

トンネルの入り口は穴のようですが、実際は「筒」状態。

今までの人類の歴史は争いと殺戮だらけで、
それを思うと何百年も闇の中にいたような気分。

もちろんこれはRASが働くので(興味あることだけ見える)、
そう思うと暗い歴史ですが、明るい嬉しいこともたくさんあります。

その中で、女性の歴史も闇がいっぱいあります。
魔女狩り、男尊女卑、性的虐待など。

しかし今月、この穴を通り越して、次の段階に進んでいきましょう。
臭いものにフタではなく、臭いものを十分に味わって完了して、次に行きましょう。

という感じですね。今月は。

女性の闇といえば、恨みつらみ、報われない思いなど、
日本なら、湿っぽい陰鬱な印象を私は感じます。

心にずっと押し隠して腐敗している思い。


以前「神事前」をタイピングしようとしたら、
変換ミスで「死んじまえ」になりました。

神事はイニシエーション、通過儀礼的なところがあるから、
いったん「死んじまえ」だなと思いました。

今までの自分が死んで、新しい自分に生まれ変わる。

そのために見えている穴であり、トンネルなんですね。

今月はそんな感じします。


■セミナーのお知らせです■

日時:10月15日(日)14:00〜16:00

場所:秋葉原駅から徒歩5分
(お申し込みされた方にお知らせします)

料金:早割:8000円(10/8までのお申込み)
   9日以降:1万円

定員:7名(残4名)

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マズローの5段階欲求で、

自己実現欲求
尊厳(承認)欲求
社会的欲求
安全欲求
生理的欲求

があります。


一番底辺の生理的欲求、
食べる、飲む、寝るなどの生きるために必要な欲求が満たされないと、
次の安全欲求に移りません。

安全欲求は、命に関わる危険を回避し、安全で安心な暮らしをしたいという欲求です。
自分の家があったり、健康だったりと。

社会的欲求は、どこかの集団に属していたいという欲求。

ここらあたりは日本人は多いですね。
次の、人に認めれたい尊厳(承認)欲求と。

人によっては、安全欲求がまだ満たされてない人もいます。

住む家も着る服も食べるものもあるんだけど、
今、無職だとか、これから先、収入が減ったら入ってこなくなったらと
生活の安全に不安を感じている人、

災害が起きて死ぬんじゃないか? ガンになるんじゃないか?
という不安にさいなまされていたり。

実際に安全が満たされてないというより、心が安全を感じていない状態ですね。

そういう場合には、なかなか自分らしく生きたいとか、
好きなことをして収入を得たいとか、考えている余裕はありません。

そういうことを考えている時点でもう既に、ある程度の安全欲求は満たされているはずです。
そこに気づくだけでも自分がいかに恵まれているのか、わかります。

必要以上に安全欲求を求めてしまうと、人生の質が下がります。
なぜなら身の安全を重視しますので、IQがめっちゃ下がります。

しかし実際に安全が満たされてないなら、まずそれをどうにかすべきです。


私が以前ロンドンに住んでいた時は、貧民街に好んで住んでました。
一時期はかなり神経すり減らしましたね。

無謀だったんで、夜一人で歩くとかは全然平気でしたが、
夜中にどこかから「助けてー!」の声が連呼されたりとか、
獣と化したかと思える状況で住んでいる人を知ったりとか、
住処を一瞬で失い、毎日住むところを探し回った時期とか、

身の安全が測れないと、さすがに精神がやられそうになります。

闇とか、「ぽっかり空いた穴」と言っても、
今月のはそういうものでもないんで安心ください。

それは、鏡のようなものです。

そのような状況を見る人もいれば、
未知のワクワクする世界への扉がついに開いた!と喜ぶ人もいるでしょう。
私は後者なんで、ワクワクしちょります。

それなりの闇を経験してきたからずいぶんタフになってるんだろうな
というところもあります。

今、「ぽっかりあいた穴」が出てきたということは(抽象的な意味合いですけど)、
そういうところを消化吸収していく時期なのかな、ということも感じます。

つまり、今までの世界は、光がいいもので、闇が悪いもの的な二元性の世界でしたが、
実は闇は奥深い。(光も奥深いけど)

闇も光も同じものだというところに到達する前なんだろうなと思います。

二つが合わさってスパークするとどうなるかって?

そこは、意外にも、、、。

それについては15日の東京セミナーでお話しします。


闇に背中を向けているととても怖くなりますが、
向き合えば、素晴らしい恩恵をもたらしてくれます。

インスピレーションはこの「穴」からやってきます。

いろんな意味合いのあるこの「穴」ですが、
ここといかにつながるかが、トータルな人間になるには必要なのではないでしょうか?


■セミナー詳細■

日時:10月15日(日)14:00〜16:00

場所:秋葉原駅から徒歩5分
(お申し込みされた方にお知らせします)

料金:早割:8000円(10/8までのお申込み)
   9日以降:1万円

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