いのちおり - 本来の自分に還るために

人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

毎月のメッセージは、noteに移行しました。
また、マインド系の話を中心にこちらのブログに載せています。

このブログではたまに個人的な気づきや記録を載せるかもしれませんが、ほぼ上記二つに移行したと思ってください。

過去記事でなくなっている記事があれば、上記二つのブログのどちらかに転載したか、書き直して載せている可能性があります。

長い間、こちらのブログにお付き合いくださり、ありがとうございました。

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昨日アップした「5月のメッセージ」の補足です。

理屈でない時代が始まっているけど、理性とのバランスを取っていくことが課題だとありました。今までの時代に重宝された「理性」と、これからの時代に重宝される「創造性」とのバランスといえましょうか。

創造性は理性の縛りを受けない。
けれども人間社会を生きていくには理性は必要です。

今までは創造性を殺す方向に物事が動いてきて、日本で言えば「右に倣え」的な教育ですよね。
今、その極に向かうか、解放に向かうか?の瀬戸際にいます。

極に向かえば、コロナ騒動にかこつけて、いろんな統制を強化して国民を完全にコントロール下に置く方向です。
解放は、小さな単位のコミュニティ化が進んで、それぞれが独自の生き方を模索するようになるでしょう。

あなたがどちらを思い描いているかで、パラレルワールドも違ってくるでしょう。

もちろん二者択一ではなく、他の選択肢もあります。
自分はどんな未来に向かおうとしているのか、気をつけて自己観察しましょう。


先月から今月にかけてのメッセージで、過ごすべき内容が変わってきています。
月ごとに分けられるものではないですが、流れとしてわかりやすいので、だいたいそんな感じとみるといいでしょう。

ここに書いている毎月のメッセージが自分に沿っているなと感じている人は、この流れに合わせて進んでいくことをお勧めします。でないと、宿題がたまって、あとあとアップアップ状態になりかねません。
今対応できることは今しておきましょう。

先月に心を休められたなら、今月は未来構築の基盤作りのようです。
と言ってもまだ行動に移す段階ではなく、計画を練る段階。

計画というと、逐一やることを決めることと思いたくなりますが、「理屈でない」と出ています。

計画は理屈で成り立ちます。

理屈抜きの計画。
ということは、理性に邪魔されない未来の設計図を作ってみよう、ということですね。

つまり、将来性がある、収入が得られる、社会的地位が、、、という理由ではなく、本当にやりたかったことをやったり、バカみたいなことをしたり、恥をかなぐりすてたりと、「心が満たされる未来の設計図」ということになるでしょう。

だから事前に心休める必要があります。
理性が力強く作用している時にはそのような計画は立てられません。
あるいは反対に、もう今までやってたとこは捨てる!と手放し状態になれば、理性が介入せず、思わぬことを思いつきます。

心に余裕ができるか、余裕がなくなりすぎて理性的に考えられない(しかしパニクらない)のどちらかであれば、今までとは違うことを思いつきやすい、ということです。

今の段階で「心が満たされる未来の設計図」を作るのは難しい人もいるだろうし、ちゃんとしたものを作る必要はありません。

まだそのウォーミングアップ段階。
自分の「本当の気持ち」に気づいてそれに沿っていこうと思えたら、今月はOKなんじゃないかなと思います。

言葉で言うのは簡単ですが、まず自分の本当の気持ちに気づくには、その上に覆いかぶさっている諸々の過去の蓄積と理性の産物を取り除かねばなりません。

そして、本当の気持ちに沿っていこうと思うなら、今のコンフォートゾーンを壊さねばなりません。
一つ目の詰めが甘いと、二つ目の「本当の気持ちに沿っていく」は、現状維持をぶっこわすことなので思いきれなくなります。

コロナウイルスが手伝ってくれてる、と言うと変な言い方ですが、変わらざるを得ない現状を起こしてくれています。

現状把握して徹底的に理性的に対処するか、逆に理性がぶっ飛んだ状態で動くか。

どちらにしろ今まで通りではいられないでしょうから、今までとは違う対応法を見つけることになるでしょう。


望んだ未来に向かうために起こっていると認識して、やれることをしていきましょう。

良い流れとなっていきますように。

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月は道が見え始める月です。
これは人によって差がありますので一概に言えません。
この文章を読んでいる人は、それなりの不安はあるけど、どうにかなるだろうという気がしていて、なんとなくでも次の流れを感じている人たちでしょう。
そういう人たちに向けて今日は書きます。

混沌とした日々は続きますが、不安になっているばかりではなく、次の道を模索されていると思います。

これからはますます ”その人次第” となっていきます。

パラレルにいろんな可能性が広がっています。
「世界は一つであり、その中で人々が現実を見ている」という虚像からは卒業しましょう。

世界は人の数ほどあります。
あなたの見ている現実があなたの世界です。
無数にある世界が何重にもリンクしあっていると考えてみてください。

あなたの世界があなた発信であるとしたら?

といっても、その情報源はあなたではなく、あなたの外からやってきています。

あなたはそれをブレンドして、自分の世界を作り出しているわけです。
だとしたら、今あなたが体験している世界は、あなたの中にあったものの具現化というわけです。

自分の望んだ通りであれば問題ないですが、そうでないなら自分の内面を点検する必要があります。
先月からそれを続けている人もいるでしょう。引き続き行ってください。

ただ、自分を知ろうと自我意識をもってしても、表層しかわかりません。

今、普段と状況が変わっている人はチャンスです。
「今まで通りでいられない」という状況が起こると、自我意識はなすすべがなくなります。
どうしても今までと違う力を発揮しなくてはなりません。

コンフォートゾーンでないことをするとか、自分らしくないことをするなど、通常と違うことをする機会を与えられています。なのでそれを活用しましょう。今月から始めてください。

あなたの世界はあなたから始まる。
人と同じでなくていい。

あなたがより良い世界を自分の中に創り出し、そして他の人たちを招待してあげてください。
「こんな世界もあるよ」と。

その世界の住人が増えるごとにその世界は広がり、現実味を帯びていきます。

外で起こっていることやニュースなどはあまり気にしなくていいです。
これもまた一つの虚構ですから、そこに取り込まれるより、自分の世界構造をしっかりと作り込んでいきましょう。


今はそんな時の流れです。
外側で起きている事象と、あなたの内面での課題はリンクしています。
そのつど内面の課題に取り組み、クリアしていけば、外の事象は勝手により良い方向に向かいます。

外で起こっている流れをどうにかしようとしても個人でどうにもできるものではありません。
ならば内的世界の整理整頓をしていく方が良いでしょう。

外の世界を見ているとますます混乱します。

自分の内側の世界が構築されると、外に影響を与えます。
ただ先月であれば、のんびり過ごしたり、瞑想して過ごすので良かったのですが、今月はそれは終えていて良い時期です。

先月、心の癒しと安定を得て、今月は構築に向かうということですね。

家で言えば土台作り。今後に向けての設計図。
しかしこれが理性的になされるべきでないというところがややこしいです。

先月、十分に頭と心を休めた人は、心に「遊び」のスペースができているので、そこから自由に。
理性の介入はあとまわしにできます。

理屈でない時代はすでに始まっています。
理屈で固めて自分を守ろうとするやり方は行き詰まります。
自分を解放してやりたいようにする方がうまくいきます(いい意味で)。
まだそのウォーミングアップ段階ですので、だんだんと慣らしていきましょう。

わかりやすく言えば、子供に戻るということです。
家族を抱えて仕事に行き詰まっている人は「そんなことできるか!」と自分もパートナーも思うでしょう。当然ですよね。

しかし「理屈でない時代」の”恐ろしい”ところは、「こうすればこうなる」という理屈が通じなくなるところです。

”恐ろしい”と書きましたが、恐ろしくもあり楽しくもあります。
一番いいのが、自分も家族もこれを楽しめる状態にもっていくことです。
その日暮らしの遊牧民チックです。

ただ今はまだ、今までの世界のシステムが続いていますので、その基盤上にいる間はその影響があることをお忘れなく。
つまり理性もちゃんと働かせないといけないということ。

このバランスの取り方が課題ですね。
いろいろ試行錯誤していきましょう。

ではエキサイティングな5月をお過ごしください。

「和音」2020.5.1

長くなりましたので、補足は明日載せます。


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4月は引き続き混沌とした月となります。
自粛ムードですので、比較的静かな月となります。
静かながら底面ではざわざわしています。

人間の営みとは不思議なもので、表向き ”見える” 動きが静かになると、内なる ”見えない” 動きが活発になります。

今月はその人の持っている「本性」的なものが見えやすくなります。
今までは外ではいい顔をして取り繕っていたとしても、そこがボロボロと剥げ落ちます。

人によっては自分の中にこんなものが溜まっていたのか?という人もあれば、いつもと変わらず穏やかに過ごす人もいます。

いい方向に発散させたほうがいいです。
ジムや水泳などに行って...と言いたいところですが、今なら静かに散歩するか山に行くか、というところでしょうか。

ストレスを溜めておくのはよくありません。
家でストレッチをしたりしてください。


今月は、自分でも記憶していない深いところの意識の断捨離が起こる人もいます。

多くの人がある意味「浄化」のプロセスを経ます。

それは必要なこととして起こりますし、今のうちに起こっておくほうが良いです。
このコロナ騒動はうまくいけば、この先起こりうる災事を緩和する役割を果たします。

人の心の影響をとても受けていて、人の心に反応するというか、それによって作用していく余地を持っているウイルスです。
生命の根源的なところとつながっていますので、「あり方」が大きく影響します。

そういう意味では試されていると言っていいでしょう。


それぞれが自分の中に眠る「毒」をいい意味で排出、浄化するために、改めてそれに気づくというプロセスを経ることにより、集合意識の底辺に眠るダークなエネルギーが浄化されます。

これは今までの二元的世界のツケが回ってきているといえます。
善悪、正偽と分けて排他してきたツケです。

両方を兼ね備えての命です。
片方に光を当て、片方を排斥し続ければ、いずれそのツケが回ってきます。

そこに気づいて変化することは、例えば、ウイルスと共存の道を歩むという結果につながっていきます。

この世界の仕組みのもっと大きな枠組みに気づくべき時がきているということです。

4月はその大きなターンオーバーが起こってもおかしくない月です。
そういう時は混乱を伴いますが、元々あったものだし、価値観が変わるだけの話です。


日本人はあまり白黒つける人種ではなく、宗教もごった煮の民族です。
多くの人はそう精神的に影響をうけません。

ただ西洋的考えに洗脳されている人はつらいでしょう。
また二元論的世界観や原理主義的な考えの人は、それが根本から覆されるので、天変地異が起きたかのように混乱するでしょう。

もともと八百万の神々的な考えにある人はわりと達観視できます。
ただ身近な人に影響が出ればつらいでしょうが。

今月はコロナ騒動で、ますます渦中にいる人と、ベールの向こうで起こっていることのように感じる人との差が出てきそうです。

後者の人は幻想の中の出来事のように思えます。
前者の人はもろ現実の出来事と思ってしまうので、たいへんに感じます。

幻想感を持つ人は、スクリーンに転写されている出来事のように、起こっていることを見るようになります。

「ああ、これもまた自分が作ってるんだな」と目の前の出来事を通り越して、その先を見ているとそちらの世界が開けていきます。

それは一枚の薄い半透明のカーテンのようにも見えます。

カーテンに仕切られたこちら側の出来事と、カーテンの向こうにある世界。

カーテンの向こうにはいつでもいけるのですが、多くの人が気づかずにこちら側で右往左往しています。

もしあなたが先に気づいたら、どうやって他の人にそれを気づかせ、あちら側に行ってもらえるだろうか?と考えて行動に移してください(あちら側は「死」ではないですよ)。

あちら側に行ってしまうと、こちら側の苦難は消えていきます。

行ってしまうのも良いし、こちら側で過ごすのも良いし、その際にいるのもありです。
それは自分で選べます。

どちらにしろそれに気づいた人は、やるべきことが見えてくるでしょうから、それをやってください。
自分の中にその答えはありますから、まわりに振り回されないようにしてください。

その総数により、クォンタム・リープが起きる可能性があります。
その結果は来月に見るでしょう。


目の前の現実としては、ニュースで見るような暗い重い感がありますが、それはスクリーンに映し出された映像だと思ってください。
ふと気持ちを切り替えて、そのスクリーン(カーテン)の向こうの景色を感じてください。

相対的に見て、表向きヘビーに見えて、実はミラクルが起きる月ですから、いい意味で転機です。
そこを切り抜ける楽観性、柔軟性、忍耐力、根性、広い心と愛を持ちましょう。


底力が試される月でもあります。
チャレンジの月というより、耐え忍ぶ月です。

が、深刻にならず、気楽に耐え忍んでください。
悪いものではないので。


静かに瞑想や内省をするといいでしょう。

今後の人生を考える時間を持つというよりは、「無」になる時間を持ったり、自分を癒したり休めたり、精神的滋養を与えるためにリラックス時間を持つとよいでしょう。

状況的に難しい人もいるでしょうが、「ホッとする時間」を作るようにしてください。
考えすぎず、穏やかに過ごすが一番です。


流れる川を見るように。
表面の水面は忙しく動いていても、川自体はデンとそこにあり、動きません。
水の底も静かな状態です。

今月はそんな感じで、起こる事象を見ていくといいでしょう。

あなたはせわしく動く水面ではなく、川そのものです。
デンと構えて流れるがままに起こる出来事を眺めながら、スクリーンとなっているカーテンに気づきましょう。

二元的な世界が崩れていくさまを見ることになるかもしれません。
これもまた幻想ですが、いろいろ思うところはあるでしょう。


あなたはすべてを「透過する者」です。
透過させながらも自分という存在を見つめ直す良い機会となるでしょう。


では、穏やかな4月となりますように。

「和音」2020.4.1



要するに『新型コロナウイルス騒動』という映画の登場人物になっている人と、
その映画を見ている側(観客)になっている人

という感覚に分かれるということでしょう。

どちらがいいというものでもなく、医療従事者の人たちはその映画の登場人物にならざるを得ないでしょうし、傍観するのは嫌だなと何らかの関わりを持とうとする人もいるでしょう。
その騒動に巻き込まれながらも、映画を見ている感覚が生じる人もいれば、どっぷり現実視する人もいるでしょう。

人によって違った感覚で、起こっていることを受け止める月となりそうです。


もし気持ちがいっぱいいっぱいになっていることに気づいたら、

自分はどんな映画に出演しているのかな?
何の役をやってる?
その映画に出演したいのかな?

と現実を見渡してみてください。

いつでもあなたは観客席に移動できますし、違う映画に出演することもできます。

あなたが体験している現実は一つの映画だと思いましょう。
そして他にもいろんな映画が上映されていることを知っておきましょう。

外側の動きが鎮まる分、内面に沈んでいた未処理の思いや問題が出てきやすくなります。

向き合いたくないことだとしても、せっかく奥から出てきたのなら
ちゃんと向き合って、気持ちよく開放してあげたいですね。

心のドブ掃除です。

そうなることで、あなたも楽になるし、集合意識も軽くなります。

出てこない人はわざわざ探す必要はないですからお気楽に構えてください。


では体調管理に気をつけてお過ごしください。


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昨夜、下記記事を読みました。
そしてすごく腹立たしく思いました。

『人類全滅への道』
コロナウイルスとイナゴに対しての世界規模の「殺菌と消毒の嵐」で、地球の微生物と昆虫が
絶滅に向かうんじゃないかという話です。

人間側の現実問題として、最善の方法とは思ってなくても、目の前の状況をどうにかしなくては!と思うのはわかるし、行政や法の枠組みの中でそのようにしか動けないとか、利権のためとか、理由はいろいろあるでしょう。

でもそこを言っていてはきりないし、らちがあかない。

わかっているけどどうしようもないというところで、いろんなことが動いています。
それを止めるには、今までの価値観を覆すことが起こらざるを得なくなります。

人間が通常の営みを止めたことによって、大気汚染が減ったり川がきれいになったりしています。コロナウイルスの現死者数よりも多くの命が救われてるそうです。

ここで「新型コロナウイルスでたくさんの人が死んでるんだよ!」と言われたら、返す言葉はないです。

人道的な議論としては、「目の前の一人を今救うのか、未来の1000人を救うのか?」みたいな話になりますが、今それをしたいわけではありませんし、消毒するなと言いたいわけでもありません。


大気汚染で亡くなろうが、ウイルスで亡くなろうが、命は尊いものです。

でも同じように、昆虫や微生物や地球も尊い。
人間も ”同じもの” です。

「え?じゃあ、あなたはゴキブリと自分の親の命が同等だというんですか?」
と憤慨する人もいます。
そういう話をしているのではないです。

私だってゴキブリより親の命が大事です。同等に思えるほど悟ってません。
手も洗いますし、多少の除菌もします。


”同じもの” というのは、同じ生態系のバランスの中で生きているものという意味で。
同じ船に乗っている仲間みたいなもんです。
「宇宙船地球号」の乗組員です。

私たちは、地球という”生き物”に住まう微生物みたいなものです。
人類のために、地球や自然環境や他の生き物があるのではなく、私たち人類は地球という星に共存させてもらっている生物の一種です。

そういう意味では、草一本と同等です。

生態系や自然環境のバランスを壊すことは、自分の首を絞めていると同じです。
地球にとっては人間が最悪のウイルスと化しています。
そのツケはめぐりめぐって自分たちに返ってきます。
 
COVID-19はその警告です。
未だそれに気づかない私たち、あるいは気づいていても、その流れを変えることができない私たちはとても愚かです。
  
なにごとも7代先のことを考えて決めるというネイティブアメリカンの教え。
そのような考えを持たないと、人類が人類を滅ぼしかねません。

<ネイティブ・アメリカンの言葉>

「地球はあなたの両親からあなたへと与えられたものではない。あなたの子供があなたに貸し出したものだ。人は祖先から地球を継承するのではない。子供たちから借りているのだ」
 
「最後の木が枯れ、川が汚染され、最後の魚が釣り上げられてはじめて、人間はお金を食べることができないことに気がつくものだ」

「白い兄弟は、文明化するためにこの地に到着したが、それまで私たちは、刑務所も持っていなかった。なぜなら何の非行もなかったから。ドアに鍵することもなかったのは、泥棒がいなかったからだ。誰かが馬やテント、毛布を買う余裕がないなら、みなが分け与えた。文明という名の所有物に重要性を感じないほどシンプルな暮らしだった。お金の種類を知らなかったから、人間の価値も富によって決定などしなかった。もちろん、お互いを騙すことはなかったし、書面による法律、弁護士、政治家もいなかった。」
(引用元)
アメリカ先住民から学ぶ「10の教訓」。自然との共存、シンプルな生き方

  
人類にとって最悪のシナリオになる前に、上記の最後のパラグラフのような世界に向かっていくと私は思っています。次なる世界はそれに近いでしょう。
 
今は移行の過渡期ですが、最初のリンクの『人類全滅への道』の記事を読んで、ここまできてまだ人間中心主義なのかと無性に腹立たしくなってしまいました。

ウイルスやイナゴの嵐が来たら、駆除したい気持ちはわかりますよ。
でも大量イナゴにしたって、人間が生態系を崩したことに起因しているでしょうし。
  
人類が変わらないことには、いくら消毒しても殺してもワクチンが見つかっても、次々とまた新しい「何か」がやってくるでしょう。

それは人類が変わるか、滅亡するかの際まで続きます。
そこまで切羽詰まるより、この機会に人類が大きく変わることを望みます。
その進化のために起こっていることととらえます。

大気汚染を止めたり、大量消毒を減らしたりということは個人にはできません。
が、一人一人の意識が変わることがとても大事です。
それなくしては変革はあり得ません。

「現状維持 vs 変革」「正義 vs 悪」「敵 vs 味方」のせめぎ合いはずっと人類のテーマとしてあります。宗教的な争いや種族間の争いも、個人的な悩みも。

今は「ウイルス=人類の敵」の構図ですね。

自分にとって都合の悪いものは害だ、悪だといって、排除しようとするやり方では解決しない。
わかっちゃいるけどやめられない...。

今までの歴史を見ても、最後にはウイルスと共存することで両方が生き残っています。


人々の心の中にある「今のままではいけない」「今の世の中はなにかおかしい」という潜在的な思いの蓄積が臨界点に達し、創造的無意識が動き出して、今の現象を引き起こすきっかけになったと私は思っています。

だからこそ人々が今起こっていることをどうとらえ、対応していくか?で、今後の流れが変わっていくんだろうなと見ています。

あんまり悪いシナリオは感じてません(といってもしばらくはハードでしょう)。
ゆくゆくは上記のネイティブアメリカンの話にあるような信頼と分かち合いの世界に向かっていくだろうと思います。

そこに至るにはまだ時間がかかりますし、逆の方向も加速します。
この状況のなか、自殺したり、DVが増えたりということも海外では発生しています。
そちらには呑まれないようにしてください。


共存世界と、支配世界、破滅に向かう世界といくつかの道があります。

そのためには、その世界にマッチした自分である必要があります。
そこは自己責任です。

ただそれは今の世界にマッチするということではなく、
自分が願う世界にふさわしい自分になる」ということです。

あなたがそうなっていくほどにあなたの世界もそうなっていきます。

人と違っていいのです。
”大衆”とは違う方向を向きましょう。

あなたはどんな世界に行きたいですか?

まずは自分の心の中にその世界を育んでいきましょう。


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一昨日はいいお天気だったので、自転車に乗って畑に向かいました。
そうしたら5〜6人の子供達が用水路のところで遊んでいます。
一人もマスクせず。

のんきだなあと思いながら、またチャリを走らせていると、
今度は中学生(高校生?)の4人組が雑談しながらチャリに乗ってます。

やはりマスクなし。

みんな、けっこうのんきですね。

帰りに女学生二人が歩いてましたが、彼女らは黒マスクをしてました。


畑が広がっていて、比較的のんびりしている地区だからでしょうか。
私のいる市でも感染者が出たので、公共の場で休みになっているところもあります。

休みが続くと子供らも遊びたくなるよね、とチャリ漕ぎながら思いました。
それがいいかどうかは別として、このゆるさは好きですね。


外で遊んでいる分、近寄らなければ飛沫も届きません。
話をしてると飛んじゃうけどね。

学校が休みになって、ウイルス怖いと家に閉じこもるより、
人の少ない外の自然に触れている方が健康的です。


私たちは周りの影響をかなり受けます。

自分が潜在的感染者であることを考慮して、マスクをする場合もありますが、
皆がマスクしていたら、マスクしないとヤバイかも?と思います。
みんながマスクしてないと、「なんだ、大丈夫なんだな」と思います。


これは怖いところでもあります。

自分で選ばず、まわりに合わせることで間違った方向に進むこともあるからです。

緊急時の集団心理で、みんながそうだから大丈夫だろうと思ったり、
自分一人だと違う行動がとりにくく、まわりに合わせることで
みんなで逃げるタイミングを失ったり、ということがあります。

また、危険が迫っていてもそれを避けたいと思うので、
「自分は大丈夫」と危険を見ぬ振りして必要な行動をしないということもあります。


その時その時の状況にパニクらず、しっかりと状況把握して
判断する力を身につけておきたいですね。

その時にならないと、実際はどういう行動に出るかわかりません。
平常時から自分で現状を把握し、瞬時に判断できる力をつけておくことが大切になります。

突然できるものではないですから。
それも緊急時に。


私もその時にならないとどう反応するかわかりません。
今までの非常時から考えても反応はいろいろですね。
状況によって冷静の時もあれば、けっこう動揺する時もあります。

そういう時の自分の状況を知っておくのも大切です。
が、実際にそれが起こらないとわからないのでなんともしようがないです。

普段からちょい危険なスポーツなどで味わっておくといいですね。
自分で判断し、行動できるように。


こんなことを書くと、そんなに非常時なのか?と思われてしまうかもしれないですが、
そうではなくて、子供達がマスクせず、外で遊んでいるのどかな風景があった、
という話のつもりだったのですが。


これもどこに目を向けているかだなあと思いました。

どこにいるかにもよりますけどね。
毎日人混みの中にいる人は不安になりやすいでしょう。

私が不安な状態にいたら、
「子供達がマスクせずに遊んでいるなんて!感染したらどうするの?」
とますます不安になったかもしれません。

が、今、私は不安ではありません。
子供達が用水路でザリガニか何かを取っている(?)姿をみると、
外で自然に触れてていいねーとホッとします。

そして、ふとニュースを思い出し、
(私はテレビを見ないので、インターネットのニュースです)

なんか全然違う世界にいるみたいだ、と思った次第です。

かたや暗黒緊張モードで、かたやのどかでのんびり田舎気分。


お亡くなりになられた方がいらしたり、
医療従事者や高齢者に関わる方などはすごく大変だと思います。

また子供が在宅となり、その余波を受けて大変な人や、今後の仕事のめどが立たず、
途方に暮れている人たちもいらっしゃるでしょう。


だからと言って、深刻な重い気分でいなければならないのか?

そうしてないと不謹慎な気がする...
と思ってそうしていたら、集団心理にやられています。



だからこそあなたには、外で楽しく遊ぶ子供たちのように
明るい世界にいてほしいのです。(やるべき予防はしたうえで)


視点を変えることで、ピンチをチャンスに変えていきましょう。


最近、私は楽しく過ごしています。
その理由のひとつは、今回の件で世の中が
大きく変化した先を感じてワクワクしているからです。

私が子供の頃から望んでいた世界。
その世界の息吹を感じています。



気分転換にこういうのに参加するのもいいですよ。
 ↓
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【アートレ】日程
(マインド&アート・レッスン)

東京 3/14、4/25、5/10、6/7
京都 3/28、4/18、5/30、6/27


今月は

「自分を知る-自分とは何者か?」

をテーマに。

いくつかのワークを通して自分を見つめ直します。

いろんな角度から自分を見つめ直すことで
ゴールやミッション、自分が存在する理由
などを知るきっかけとなるでしょう。

今月は自分の存在意義を探り、来月は過去の見直しをします。


【3月受付中】
早割 25000円を17000円に。
(東京3/8まで、京都3/22まで)

お申し込みはこちらから
概要についてはこちら


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だんだんと自分の中で、ウィルスのゲシュタルトができてきました。
ウィルスとはどんなものか?についての私の勝手な考えですが。

微生物には以前から興味があったし、ウィルスについても知りたいと思っていました。
が、まだ調べるまでには至ってませんでした。
今回の件で興味を持ったので、これから調べたいと思います。

今はまだウィルスの知識はほぼないので、私の妄想話と思って読んでください。
医学的、生物学的な知識とは次元の違った話になりますので、そちらで攻めないでくださいね。

この記事は面白かったです。→ 生物と非生物の境界、ウイルスとは何か

ここで書く「ウィルス」がウィルス全般のことなのか、新型コロナウィルスに限ったことかは今のところわかりません。
ここに書く話が本当かどうかもわからないけど。


私が感知したのは、

ウィルスには、ウィルスの個別意識はなく、集合的意識(場)として動いている。
そして宿主に感化される。

量子論で、観察者がそこにあると思った途端、それは現れるという話があるけれど、それと同じ。

ウィルスに対してなにもしなければ、ウィルスも何もしない。
けど、その「なにもしない」はとても難しく、本当に悟った人ぐらいにしかできない。
 
私たちの意識(潜在意識含め)は常になにかしら感じているし、考えています。
その微小な振動をウィルスはキャッチします。
そしてそれに便乗するというか、憑依するというか、寄生するというか...。


昔、初めて玉置神社に行った時に、目に見えない地球外生命体について、アイデアが降りてきたことがあります。

人に寄生(憑依?どっちの言葉がいいんだか)して、その人の欲を助長する地球外生命体。

本人は自分の力だと思って成功していくわけだけれども、実はその寄生物というか地球外生命体が操作している。
人に寄生して、その人の欲望を満足させることで、その人を思いのままに動かしている。

取り憑かれた本人は自分の力だと過信しながらも、心のどこかでそうではないことを感じているので、その寄生種を手放すことができない。

つまり欲を手放せない。
寄生種がそうさせている部分もあるけど。

でもって、それに寄生されている人間が相当数いる、ということ。
人口の2/3か、3/4ぐらいそうかもしれません。

自分の欲を満たすために動いている人たちは、たいがいそれに寄生されて動いています。
政治家や支配層と言われる人とかの大半はそう。


とまあ、随分と前ですけど、そんなことを感じ取った経験があります。
「地球外生命体が人間を乗っ取ってる」という話は本当にあるんだ!と体感して、びっくりしました。突然降ってきましたから。


神様の二重性を感じました。
神のフリをしている地球外生命体と、地球の本来の神(的なエネルギー)と。

今まで神様だと言われてきた存在には、神様のふりをしていた寄生種も多いようです。
その存在は一見、神と思えるほど神々しく感じられます。

憑依された多くの人は自分に神が降臨したとか、自分は選ばれた特別な存在だと勘違いします。「私は神の使いだ」「〇〇の生まれ変わりだ」と言う類の人で、その種に憑依(寄生)されている人もたくさんいます。
その情報場につながって情報をダウンロードしているのを、生まれ変わりと勘違いしている人もいます。


寄生された人は自分の願望を実現できるし、寄生種にとっても宿主を通して自分の望みを叶えることができるので、ある意味、win-win。

この寄生種は我欲エネルギーを食べ物とします。
宿主が利他精神に目覚めると、違和感を感じ出します。

寄生された人が、これはなにか違う、自分が本当に望んでいることではない、とその寄生のうしろに隠れた本当の自分の願いに気づきだしたら葛藤が始まります。

今までの成功は自分の力によるものでないと気づきます。
その寄生を「悪魔との契約」と例えればわかりやすいです。
契約を取りやめると、その力を失ってしまいます。

それはめちゃくちゃ怖い。
自分のアイデンティティを失うほどに。

だから多くの人は手放さないんだけど、稀に手放して自由になる人がいます。

そうなると地球本来のエネルギーにつながることができます。
無駄な力が抜けて自由に感じます。
そして全体性の関わりの中でどう生きるかを考え出します。


地球外生命体が神的存在を装って人を誘惑し、操ったとも言えますが、エゴの欲望や欲求をエネルギーとする地球外生命体がその食料を得るために、人をそのように動かしたということもできますね。

となれば、成功することもしかりだけど、ネガティブな思いも願望のひとつなので、そちらも食料にし、実現してくれてるのでしょう。

また、わざわざそれを地球外生命体のせいにしなくても、エゴの執着や自分の信念や思い込みと言ってもいいですね。
それが手放せないのは、その思い(エネルギー)に自分がエネルギーを与えているからです。


そして今回、もしかしてそれはウイルスのなせる技だったのか!?と思い当たりました。
今、新型コロナウイルスで起こっていることは、上記の話とは異なりますが、地球外生命体がウイルスということもあるなーと思った次第です。


地球土着の神(エネルギー)は、その表の世界(人間社会)を支配した地球外生命体の後ろに潜み、人間がいつか気づくことを待っていたと言えます。
すでに何年か前にその交代劇は起こりましたが。

大国主命が幽界にお隠れになったというのは、無意識界に座されたということだと思います。
顕在意識界より無意識界が圧倒的に力を持っていることを知っているからこそ、「表世界で活躍したいのならどうぞご自由に」と引き下がられたと思います。

まあ、そういうお約束ごとだったのでしょう。
これから顕在意識の世界になるから、しばらくうしろ引っ込んでる、という暗黙の了解で。

顕在意識が活発である限り、無意識(潜在意識含む)は表には出ずに、裏舞台で活躍しています。
左脳が活発だと右脳の発想が得られないように。

今、女性性の時代になってきて、神々の交代劇も終わり、再び無意識の世界や右脳的世界が重視され、表に現れつつあります。

この例えは、神の世界でも、ウィルスでも、生物や意識、脳の進化でもなんでもいいのですが、つまるところ同じことを言っています。


新型コロナウイルスの名が「COVID-19」。
「コロナ(Corona)」「ウイルス(Virus)」「疾患(Disease)」と、2019の「19」
コビット、コービット、コビト、小人です。

大国主命と共に国づくりをしたのは、少彦名命(スクナヒコナ)、ちっちゃな薬の神です。
一寸法師のモデルにもなった、海からやってきて常世に去っていった小人の神様です。

余談ですが、19の数霊を調べてみると「国家や人類全体の栄光を讃える数」となっています。
出雲の神在月に全国から神様がやってきますが、そのお宿が左右に19社ずつ並んでいます。
また19は芸術的でおめでたい数で、「音」や「歌」「和歌」に関係しています。
それらは神と人の思いをやり取りする手段となります。
「個々の利益や感情を抜きにして、大きく手を広げて国や人類の栄光を称える」のが19だそうです。(『数霊に秘められた宇宙の叡智』より)


トイレットペーパーを買い占めてちゃいけませんね(苦笑)
そもそも政治家で個々の利益や感情を抜きにしている人が少ないでしょうから、小人の神様も荒れますわな。
「COVID-19」が最終的に、国や人類の栄光を称えることができるような流れになっていけば良いですね。
きっとそうだと思いますけど、そこに至るまではいろいろありそうです。


さて、ウィルスが意識の振動数に合わせて活動するとしたら、「病は気から」という話になります。

心や細胞の状態(情報)に自動的にウイルスが反応するのだとしたら?

心身が健康な人は健康な振動数を放つので、ウイルスもそれに呼応し、大事には至らない。

持病があったり、エネルギーが落ちている人がウィルスにやられやすいのは、ウィルスがその人の細胞の振動数に合わせ、体の機能を低下させる活動をするからではないでしょうか?

罪悪感は自分を傷つける行動をもたらすと前回書きました。
自己否定感が強かったり、被害者意識が強いと自分を苛めます。
ウィルスはただそれに同調して同じことをしているだけかも。


鏡の法則と同じで、

「ウィルス怖い」と思っていたら、「怖いんだねー」と怖くなるように働きます。
「私はなんでこんなにダメなんだろ?」と自分を責めれば、ウィルスもあなたを責める動きをしてくれます。

「私、健康だし」と心から感じていれば、「健康なんだねー」とそれに調和するから、発病しないか、しても軽症ですみます。
時には発病することで、体内にある毒を出してくれることもあります。

健やかな自然体の波動であれば、ウイルスも健やかなまま体内に自然にいるだけで、なにも反応しないのかもしれません。


結局、すごくベーシックなことになりますが、自己管理の話になってきますね。

新型コロナウイルスは、ACE2 受容体を多く持っている人種がかかりやすいそうです。
それには日本人男性が含まれます。

今の日本人は自己肯定感が低い人が多いです。
そのセルフイメージは、普段の精神状態や生活習慣、食生活にも影響を与えます。

今すぐ自己肯定感を高めようと言って高まるものではないですが、少なくとも自己否定、自己卑下は減らすよう努めるほうがいいでしょう。
これはウイルス感染に限らず、これから生きていくうえでも大切なことですね。


今、中国の大気汚染のレベルが低下しているそうです。
ウイルス対策で経済活動が停滞していることが原因の一つと言われています。

中国で大気汚染レベルが低下、新型ウイルス流行による経済停滞も一因=NASA

これを読んで、『風の谷のナウシカ』に出てくる腐海の話を思い出しました。

腐海の植物は「瘴気」という毒を放ち、マスクなしでは腐海には入れません。
人間にとっては害になるものとされてましたが、その地下では、汚染された大気を浄化する役割を担ってました。

ウィルス感染のため、車や工場などが停止していますから、大気汚染が減るのは理屈に合ってます。

が、もしウィルスがそういう背景をも含んでの自然現象の発現だとしたら?

ウィルスを悪者扱いばかりするのは、人間の勝手すぎることかもしれません。

ウィルスをいかに止めるか?も大事ですが、いかに人間の暴走を止めるか?ということに、ウィルスが一役買っているといえるのではないでしょうか?


私たちはもともと菌だらけの世界に住んでます。
私たちの体には100兆個以上の微生物がいると言われます。

体は自分一人の所有物と思っている人が多いですが、実はたくさんの微生物との同居生活です。

なのに、人間は自分たちの欲望のままに自然を破壊し、ますます欲を満たすことしか考えてません。

いつになったら自分の首を絞めてることに気づくの?と集合的無意識と自然界(地球)からの警告がきていると思えば、ウィルスを殺せばいい、封じ込めればいい、という話ではなくなっていきます。

それができたとしても、また新しいウィルスが現れるでしょうから、いたちごっこです。


私たちは地球の微生物です。
私たちの体は微生物の集合体です。

すべては相似象と思ってみれば、私たちの心身が健やかであれば、地球もそうだろうし、地球の自然界が豊かにバランスよく成り立っていれば、私たちは健康に過ごせるでしょう。


少彦名命も小さい神様ですし、これからますます人間より微生物が主たる時代になっていくんだろうなと思います。
ウイルスが、ということではなく、微生物は情報や無意識にも関わっていると思うので、人間の自我意識が主体の時代が終わりつつあり、集合体である自分を認識する時代に移っていくんだろうなという意味で言っています。

と私の妄想話でした。



*気持ちの問題だから予防をしなくてもいいという話ではありません。
私たちがわかっている範囲なんてちっぽけなものですし、常にスコトーマ(見えていない、気づいていない部分)があります。
物理的にも最善の予防を心がけ、心配しすぎないことが大切です。

また、現実的な話、これだけじゃないというのもわかります。
ウィルスによっては、こちらの状態など関係なく、攻撃的なものもあるだろうし。


*先述の地球外生命体の話を探してみたら、10年前の記事に残ってました。
地球の今昔物語

渡来種をウィルスとして読んでみるとおもしろいかなと。
今読むと書き直したいところもありますが。


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3月は混沌とした月です。
通常でさえ、花粉、黄砂、PM2.5、春一番と大気が不安定な月です。

春分の日があり、木々が芽を出し、
季節が冬から春へとサイクルが変わる月です。

それプラス、年度末、確定申告、卒業式、人事異動があります。

いろんな「動き、移動」がある月なので、不安定になりやすいです。


そのうえ、今年は新型コロナウィルスです。

ウィルスの身体への影響よりも、それによって
引き起こされる混乱、そちらの方が危険です。

新型コロナウィルスは身体よりも、
社会システムや人のメンタルへ関わることを
目的としているウィルスかもしれません。

それがウィルスの意図によるものか、
集合的無意識が作り出したものかはさだかではないです。
(「ウィルスは非生物で意図はない」という意見もあるでしょうが)

集合的無意識に眠る潜在的な願望が
カタチになって現れたとは言えるでしょう。
(潜在的願望については後述)


ウィルス自体は、人工的意図的に仕掛けられた
ものではないでしょうが、すぐに便乗して
色々と仕掛けている人たちはいます。

またこのウィルスが、例えば、
トキソプラズマのようにとりついた生物を
意図的に動かしているという懸念も否めません。

社会や人の弱い部分を突いてきます。
賢いウィルスです。

病気の威力はそんなに強くないですが、
感染力は強く、社会機構を壊しかねません。

亡くなる人がいたり、日常生活に支障が出たり、
従来のあり方のままではいられないことが
起こったとしても、それは次なるステップに
むけての進展
とみなしましょう。


人間が地球上に住むウィルスのようになってます
ウィルスの振り見て我が振り直せ」です。

私たちの生活そのものを見直す良い機会です。
こんなことでもない限り人間は破壊を繰り返すでしょう。

このウィルスは、人間の中に眠る自然の力の顕現化と見てもいいです。

人間の進化に必要なプロセスと思ってみれば、
不安がる以外に見るべきことが見えてきます。

人間の多くがいかに愚かな生き物になっているか
今一度、見直して見る良い機会です。


これはけっこう自傷行為に近いです。
人間は罪悪感を持っていると自分を傷つけたり、
痛めつける傾向があります


それが世界的規模で起き始めている現象と見ることができます。

「自分、他者を愛すること」「世界、地球を愛すること」
という根本的な課題が突きつけられています。

「愛する」というとかっこつけているようですが、
「敬意を払う」「尊重する」「謙虚になる」
「慈悲、慈愛を持つ」「自然体になる」
などの
言葉で置き換えられます。

自らのウィルス性に気づいたほうが良いよ」ということです。

改めて、健全な心身であるということの大切さと、
いかに健全ではない生活や社会、自分になっているか
ということを見つめ直す良い機会
です。

良い機会ですが、見つめ直せる人は
この混乱に巻き込まれません。

見つめない人、気づかない人が
巻き込まれやすくなるから困るのです。

情弱者や自分で考える力を失っている人は
どんどん情報に流され、不安を増大させていきます。

恐れれば恐れるほど、ますます不安材料を見つけてしまいます。
そうやって心身ともにストレスが増せば、抵抗力が弱まります。

この先気をつけるべきは、この見えない恐怖
(自分で作り出しているのですが)に取り込まれないこと
です。

そちらがウィルスより怖いし、もしかすると
ウィルスが望んでいるのはそちらかもしれません。

人間の中にあるアルマゲドン思想や罪悪感、
死にたい願望、世の中が壊れてしまえばいい願望、
刺激を求める欲求、生きている実感を感じたい
などの潜在的な思いを洗いざらい見るといいですが、
これをするには膨大なエネルギーを使います。

根源的な話になっていきますが、
考えてみたい人は考えてください。


さて、この先どうなるか?が気になるところですね。

実際はパラレルワールドですので、
パンデミックが起きる未来のラインに行く人もいれば、
このまま終息に向かう未来に行く人もいます。
ので、一概には言えません。

だから大事になるのは、個々人の心の状態

すごく恐怖を感じている人は、今まで
ちゃんと生きてきてなかった人に多い
です。

生きてないから怖い

ちゃんと生きている人はちゃんと死にも向き合ってるので、
あまり動じませんし、そもそも情報に振り回されません。


世間の不安の波にのまれないことです。
違うタイムラインに乗っかってください。

「ウィルスに感染したらどうしよう?」
「パンデミックが起きたらどうなるのだろう?」
と不安に向かうのではなく、

「私はウィルスに感染しない。もし感染しても治るよ」
「そのうち終息するだろう」
「生活に変化を強いられても対応できる」
楽観的に構えつつ、手洗いや健康管理には
気をつけてください。



見方を変えれば、とても面白い時期です。

いろんなことが強制的に変わらざるを
得なくなる可能性を秘めています。

その波を良い未来に向けていきましょう。

新しい家を建てるには、古い家はいったん壊さないといけません。

そういう時期だと思いましょう。


新しい家をどんな風にしたいのか?

そちらに意識を向けましょう。


全体の意識がどちらに振れるのか?が3月のキモです。
「全体の意識」ですが、「あなたの意識」のことです。

新しい世界に向けての布石としていくのか、
不安に怯えて過ごすのか。


ちょっと視点を変えれば不安なぞないのですが、
それをしない人がたくさんいます。

なぜなら人は変わることを一番恐れますから、
それが最大の恐怖です。

変わることを良しとできる人は達観できます。
もうすでにその先を見ているでしょう。

現状維持を望む人や、ちゃんと生きていない人は、
不安材料を取り込み、怯えます。


それをしているのは自分なのだと気付きましょう


まずは自己コントロールがしっかりできること。

既存の社会システムの中で生活していると、
それが崩れたり、止まるとどうしようもなくなります。

その時に、いかに臨機応変にクリエイティブに考えて
行動できるか
が大事になります。

そういう自分を培っていきましょう。

「和音」2020.3.1


(今月はデリケートな内容ですので、
自動書き下ろし後、多少編集しました。)


要するに、恐れるのではなく、これをきっかけに
良い変化を起こしていきましょうということですね。


もしこのウィルスが、人の細胞で増殖することは
表向きで、それよりもシステム(社会システムや、
人体というシステム)に混入し、混乱を引き起こす
ことにより変容を促すものであるとしたら?

そしてそれを引き起こしたのが、集合的無意識の
ある「場」の情報が臨界値に達したために表出
したものだとするなら?


「人間の中に眠る自然の力の顕現化」とは、

集合的無意識の中に潜む自然界の法則や、
全体意識の自己治癒力みたいなものが動き出して、
調整をし出したともいえるのではないか?
という話です。

自然調整がはいったというか。


短い目で見れば、人間にとっては災難ですが、
長い目で見れば、「あの時あれがあったから」
と言える現象にならないとは限りません。

本文にも書かれていますが、でないと人間、
なかなか変われませんから、自滅する方向に向かうでしょう。


「人は変わることを一番恐れる」と出てきました。
ウィルスに感染したり、生活に支障が出れば、
いつもとは違う対応を強いられます。

自分の生活や環境が変わってほしくない、という思い。
普段は「変えたい、変えたい」と思っているとしても。


最大の変化は死です。
その先を誰も知らないのですから。


ウィルスを恐れていない人は、
その変化を恐れていないというか、
致命的な変化になるとは思っていません。

感染しても治るだろうし、生活に支障が出ても
どうにかなると思っています。


ちゃんと生きていれば問題ない。
ちゃんと生きていないから問題に感じる。

というシンプルな話なのかもしれません。


じゃあ、亡くなった人はちゃんと生きていなかったのか?
という単純な話ではなく、

その関連性を見ていけば、すごく複雑な
関係性のネットワークの中での話になるので、
そうシンプルではありません。

でも基本になるところは、それぐらい
シンプルなことかもしれません。


では、ちゃんと生きるとはどういうこと?

これはひとりひとりが考えるべきことですね。
自分で見出すことに価値があります。


こちらはそのお役に立ちます
 ↓
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【アートレ】日程
(マインド&アート・レッスン)

東京 3/14、4/18、5/10、6/7
京都 3/28、4/25、5/30、6/27

今月は

「自分を知る-自分とは何者か?」

をテーマに。

いくつかのワークを通して自分を見つめ直します。

いろんな角度から自分を見つめ直すことで
自分のゴールやミッション、
自分が存在する理由などを知るきっかけとなるでしょう。

今月は自分の存在意義を探り、
来月は過去の見直しをします。

【3月受付中】
早割 25000円を17000円に。
(東京3/8まで、京都3/22まで)
お申し込みはこちらから

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私はよく「すべては自己責任」と言います。

確かにそうなんですが、それは言い換えれば、
自分の状態が外の世界に反映する」からです。

同じ時刻、同じ場にいたとしても、
何を体験しているかは人それぞれ違います。
まったく同じ現実であることはあり得ません。


自分が体験する現実は、言い換えれば、
自分にはその現実以外は見えていない
ことになります。

でも人は違う現実を体験しています。

違う現実の可能性も山ほどあります。


自分が考えることは非常に限られた
自分の知識と体験の中での話です。

その中で私たちは必死に悩み、
「どうにかしなくては」と思います。


もしストレス多い人生なら、何かをする以前に、
なにを根拠にそれをしているか? そう思うのか?
の前提を見つめ直した方がいいです。

そこは見ずにやり方だけを変えて
どうにかしようとしても、

元を成すところがそのままであれば、
見えるものもそのままです。


錆び付いた水道管を使っていたら、
茶色の水が出ます。

いくら蛇口をきれいに磨いても、
水はきれいになりません。

それと同じです。


蛇口はすぐに磨けますが、土の中に
埋まっている水道管は簡単には掃除できません。

それなりの手間と時間がかかります。

だからよっぽど水が汚くならない限りは
後回しにしてしまいます。


自分の信念体系を変えるのも同じです。


例えば、

「私は悪い子。だからいい子にならなくては」
という前提のもとに、いい子になろうと
努力したとしても、そもそも

「あなたは本当に悪い子ですか?
”悪い子”ってどういうことですか?」

というところを問う必要があります。


誰かの影響を受けたか、そう思う方が
自分にとって楽だったり処世術だったりしたのでしょう。

しかし今もそうである必要があるのか?

客観的に見れば、デメリットのほうが多いです。


エゴの自分だけで考えようとすると、
どうしてもそれまで自分を支配してきた
感情や思いにとらわれやすくなります。

そこが自分にとってのコンフォートゾーン
なので、そこにとどまりたくなります。


「本当にそこから脱出する」と決める
ことができた人は出れます。

決断できるまでが長いんですね。

「決断」とは、決めて断つ。
決めたつもりでも、なかなか断てない。


しかし、そんなに気張らなくても、

「ちゃんとしなければいけない」と
思いがちなエゴ意識以外にも、

大きな視野を持ち、信頼に足る意識が
自分の中にあるのだと知ると気持ちが楽になります。

そちらがまっとうなことを言ってくれると、

「あれ?自分の中にそんなことを
 言ってくれる存在があるの?」

と不思議な気分です。


エゴががんばってがんばって
どうにかしようとしなくても、

なぜか私たちはその愛ある”内なる声”を
聞くと安心し、従いたくなります。


自分の中のその「何か、誰か」は
エゴにとっては未知の存在。

理解できないんです。
自分の外にあるから。
(いや、内だけど、笑)


主体だと思っているエゴ意識が弱まると、
もっと大きな存在を感じることができます。

それはエゴにとっては羊水の中にいた頃の
安堵感を秘めています。


昨年は「オートマティックライティング講座」
と称して自動書記の講座を開催しました。

自動で文章が書けることも素敵なことですが、

普段のエゴ中心の意識から解き放たれて、
自分の中にも神様みたいな存在やアドバイザーが
いるのだと気づけて良かった

「自分が頑張らなくては」という思いが
抜けて楽になった

という感想が多かったです。


右脳は無邪気です。

水道管を直さなくても、裏庭を掘ったら
飲料可能な美味しい湧き水が湧いてきたわー

なんてことが人生に起こりやすくなります。

そんな笑える奇跡を
人生に起こしていきたいですね。


エゴ支配から解放されたい人、
自分の想像力、発想力を鍛えたい人、
自分の内的世界を豊かにしたい人、

ゆる〜く楽しみながら
脱皮していきたい人はぜひどうぞ〜!
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今日は節分ですね。

鬼は外、福は内。

この言葉に秘められているものは歴史を物語っていますね。

私たちの心は、自分たちに危害を加えるものは外に出し、
利益や幸をもたらすものは取り入れたがります。

それは自然なことです。

が、それがいつのまにか形骸化して、
何を鬼とし、何を福とするのかの判断が
他者に任せられてしまっています。

つまり歴史上の話や常識、噂などで
鬼扱いされているものをそのまま鬼とみなしてしまう。

みんなに福扱いされるものを崇めてしまう。

自分の判断はさておき、すでに区分けされた
善悪や正誤によって判断しています。


今日は、そんな自分に気づく日でありたいですね。

節分は、節を分ける日。

無責任な判断によって傷つく人もいます。

節制と分別を持った人になりましょう。

「和音」2020.2.3


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