いのちおり - 本来の自分に還るために

人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

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今更ですが、4月のメッセージを出した時に、追記も書き出していたので載せます。
と言っても、4月の話というより、それ以降の話です。




新しい旅の準備を整えましょう。
5月から新元号のもと、新天皇のもとに新しい時代が始まります。

「令和」という元号が決まりました。

礼に始まり、礼に終わる。
零に始まり、零に終わる。
霊に始まり、霊に終わる。

魂の時代の始まりです。

今までは、身、実(み)の時代でした。
これからは霊(ひ)の時代です。

元号が変わるということは、
いろんな組み替えが起きるということです。

と言っても心配はいりません。
それは成されるべくしてなされます。
自然な現象です。

霊の時代(霊性の時代と言っていいでしょう)になると、
稼いでなんぼ、というような現実的な豊かさは色あせていきます。

生き方、あり方に焦点が当たり、
生きることの喜びを見いだせる人が豊かな人となっていきます。

人とのつながりや、森羅万象とのつながり、「間」が重視されます。

今までは「個」が重視されて来た時代でした。

が、全体意識に移行する人が増えるに連れ、
「共同創造」つまり「共に世界を創り上げている」
という意識が高まっていきます。

「個」よりも「世界」の方が重要視されるようになっていきます。

今は、個々の人が世界と自分を切り離して、
世界は自分の外にあるように感じています。

が、それがだんだん「自分=世界」、自我という自分が薄れていき、
「創り出す世界(観)」が自分となっていきます。

自分の内側の世界が外側に反映しますから、
自分が自分の世界を想像している感は強まります。

そして自分が変われば、世界も変わっていくことをもっと理解します。

今までは自分は映画の中にいて、それが現実だと思っていたのが、
映画の外に出て、ストーリーを見ながら、その中にいる自分を感じながら、
その映画を制作していきます。

二つの視点を育んでいきます。

自分が作っていることをわかっている。
その映画自体が、自分を表現していることをわかってきます。

それは自己表現でありながら共同創造です。

なぜならそれをする自分はすでに、
エゴの自分の欲求からはだいぶん離れていくからです。

全体がどこに向かおうとしているのか?
どこをどう調整していけばいいのか?

そこは個々の意識が体験し、表現していきます。

が、もはや個を表現したいというより、
”創り出す世界” に興味が移っています。


「自分に何ができるか?」
「自分のやりたいことは何か?」

というよりは、
そういうことを考えなくてすむ状態にまで
自分を昇華していくことが大事です。

言葉にしなくてもわかっている状態。

そして目の前に来ることを淡々とこなしていく。

じわじわと沸き起こる充実感、歓喜。
それは生きている喜びです。

生きている、というより、存在している喜び、
自分の魂とつながっている喜び。

言葉にはしにくいですが、
「自分が自分である実感」とでも言いましょうか。

しかしこの自分はエゴの自分ではなく、
反対にエゴの自分が消えている状態です。

世界に存在することがあたりまえであるような、不思議な感覚。
存在する意義を問わない。

なぜならあなたが世界そのものだから。

目が目を見れないように、
世界となってしまった者に世界は認識できません。

それはまた、「新たな自我」として認識されます。

それは意識の進化です。

宇宙を含めた自己として存在を認識できた人は、
次なるステップに進みます。

共同創造の世界に入っていくと、
今までとは全く違った価値観になります。

そこにたどり着くまではまだ時間がかかりますが、
早い人はすでにその領域に達しています。

「和音」2019.4.2

次回に続く...


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話は春分の日にさかのぼります。

先日、三上山、石山寺と行った流れで、
春分の日にはどうしても佐久奈度神社に行きたくなり、行ってきました。

佐久奈度神社には3回ぐらい行っています。
ありがたいことに毎回、人に車で連れて行ってもらってました。
なので土地勘なく、辺鄙なところにあるとずっと思ってました。
スクリーンショット 2019-04-13 21.54.43
地図を見て、こんなところにあるのかと思いました。
ちょうど瀬田川が曲がっているあたりです。

勝手に交通の便が悪いと思ってて、ペーパードライバーの私はどうやって行こうか?と思いあぐねてましたが、なんと、1時間に4本ぐらいバスが走ってました
それも石山駅発、終点下車でわかりやすい。
ラクラク行けちゃいました ♪

バスは川沿いに進んでいきましたので、琵琶湖から佐久奈度神社までの川の様子が見てとれました。

IMG_4394

IMG_4417
琵琶湖から唯一の水の出口である瀬田川は、始まりは大きな川のゆるやかな流れです。

それがだんだんと細くなっていきます。

そして、山の川というか、岩がゴロゴロあって、そこを勢い良く流れる川に変化しています。


ちょっと不思議な感覚でした。
IMG_4415
通常、山から湧き出た水が集まってきて谷川となります。
それがどんどん大きくなり、ゆるやかな流れの大きな川になって、海に注いでいきます。

なのに、瀬田川は逆でした。

琵琶湖という湖から始まり、ゆるやかな流れの大きな川が、だんだんと細く、流れの激しい山の川になっていくのです。

山から琵琶湖に注ぐ川と勘違いしそうです。

琵琶湖から流れ出て川になって、山沿いをぬって淀川に合流して、海に向かいます。

今回は佐久奈度神社までしか流れを見ていないので、そのうち淀川に合流するところまで行きたいです。
IMG_4407
そんなところに、祓戸四神が祀られている佐久奈度神社があるんですね。


三上山山頂からは、琵琶湖からの流れと山々による龍脈が見えました。
そして瀬田唐橋からは、琵琶湖が瀬田川に変容していく風景が見えました。

そこから石山寺という龍の気配のあるところがあり、川沿いに進んで、佐久奈度神社となります。

佐久奈度神社ではしばらく河原にいました。
IMG_4416

この小旅を通して感じたのは、川を生き物のように感じたこと。

川沿いに行かなければ、そう感じなかったでしょうが、琵琶湖が川になり、谷川になっていく様をずっと横で感じていたら、「この川は生きている」と感じるようになりました。

「川」という生き物。

その感覚は今も抜けなくて、今では琵琶湖も瀬田川も、生き物のように感じています。
川というより、水の集合体にそう感じているのかもしれませんが。

『蟲師』というアニメで、移動する「生き沼」の話がありました。
そんな風に、形を変えながら移動しながら、海に至るまでの旅をしているような。

人間に血液が流れているように、大地には水が流れている。
水や自然を生きていないもののように感じる人間の感覚がおかしいんでしょうね。

自然界の精霊は、こういうエネルギーがもっと凝縮したものか、
それを敏感に感じ取る人間がそう受け取るのか?

それはわかりませんが、川の流れのうしろで息づく”何か” を感じ続けた一日でした。
この感覚を得たのは大きな収穫でした。

佐久奈度神社のあとは、立木観音にお参りして、立木山〜袴越山をまわって温泉に寄って帰りました。
IMG_4421

立木山からの風景(写真上)では、左に石山寺のある石光山が見え、その向こうに琵琶湖が広がっています。
瀬田川は中央にチラリと見えますが、すでにだいぶん小さな川になっています。
IMG_4426

温泉は「南郷温泉 二葉屋」。
川沿いにあり、貸切状態で気持ちよかったです。

今度は岩間山に行くことになりそうです。








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4月は引き続き、変革の月です。

多くの人が感じていますが、春分前後を
機に大きくエネルギーが変わりました。

それは劇的な変化ではなく、
いつのまにか変わっていたという感じでしょう。

昔のことがだんだんと思い出になっていく
その記憶さえも薄れていっている

そんな感じがしていませんか?


私たちはひとつの意識体です。
その中で共同創造をしています。

個の意識から全体意識へ。
そのリンクづけ、橋渡しがだいぶん進んでいます。

いつのまにか気持ちが軽くなっている、
昔、気にしていたことがどうでもよくなってきている、

「がんばらなきゃ」と思っていたけど、
今では「どうにかなるさ」と肩の力が抜けている、

そんな風に感じている人は、
ほぼ橋を渡り終えているでしょう。

季節は今、春らしくなってきていますが、
暦では立春は2月初めです。

冬の寒い時期に木々は新芽を育んでいます。

つまり表面に事象として現れる頃は
発端からかなり時間が経っているということです。

今、あなたの生活に現れていることは昨日、今日ではなく、
もっと以前にあなたの内面に生じたことです。

今、楽になってきている人は、昨年、一昨年あたりに
心の断捨離を済ませた人でしょう。

願いについても同じです。

すぐに具現化するものもあれば、
時差が生じるものもあります。

表にあられなくても焦らないことです。
時期が来たら芽吹きます。

ただし水面下での準備は必要です。
人で言えば、心のあり方だったり、健康管理だったりします。

今月は、より軽くなるでしょう。

古いしきたりや観念にとらわれている人は葛藤が続きます。
「こんな自分」という自分は捨ててしまいましょう。

あなたは自由自在な存在です。

そのとらわれから自由となり、
なんでもあり、と思える人は飛躍します。

頭ではなく、心が望むままに動いてみるといいでしょう。

「和音」2019.4.2



どんどんと、

楽しいことをする
自分の好きに生きる

という空気感になってきています。


自分がわからないという人、
今までの価値観に縛られている人、
過去のしがらみやを手放せない人、
自信がない人、
罪悪感や被害者意識がある人、

にとっては苦しい時代となります。


SNSの影響もあり、
まわりがリア充っぷりを見せてたり、
楽しそうにしていると、

自分には価値がないとか、
どうせ自分は、、

と思いがちです。

が、そんな思考こそ過去の影響です。

人と比べる必要はありません。


自分が人生を楽しむことと、人がどう過ごしているかとは
何の関係もありません。

自分の楽しみを見つけるのに遅いということはありません。

ただ突っ立っているだけでも楽しい。

そういう風になれるといいですね。

ただ突っ立っているだけでも、今の季節なら、
天気のいい日は気持ちいいです。

ポカポカ日光があたり、心温まり、
そよ風が心地よく、鳥がさえずり、
地面からのエネルギーも感じられます。

立っている体の感覚を楽しむこともできます。

あるがままを楽しんでいる時。

そんな時は心が平安です。
焦りも自信のなさも不安もありません。



今月の4月のメッセージ、実は追記があるのですが、
こちらより長くなりました。
今月がどうこうという話ではないですので、今日はここまでで。

時代は移り変わっていきますね。


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三上山奥宮から見た風景からいろいろと思うところあり、
気になった石山寺に行ってきました。

石山は何度となく電車の乗り換えで通り過ぎてました。
石山寺があることも知ってましたが、お寺にあまり興味のない私は素通りしてました。

が、今回行ってみて、ビンゴ!
すごく良かったです。ここはお勧めです。

石山寺というだけあって、まさに石の山にお寺があるって感じでした。
行ってみて、紫式部や松尾芭蕉が滞在して物書きをした理由がわかりました。

禅寺などとまた違った趣。
自然と人工物がうまくマッチした静かで心地よい空間です。

物書きをする人にはすごくいい場所に思えました。
しばらく滞在していると、インスピレーション湧きそうです。
宿泊所があれば、私もしばらく滞在してみたいですね。
IMG_4384
一番良かったのは八大龍王社。
この寺の他の場所とはまた違ったおごそかな空気感でした。

ここには龍がいるな...という感じ。
社の上の木の枝も龍っぽく。
昔、儀式が行われていた雰囲気ありました。

以前、同じく琵琶湖西岸の八大龍王が降臨したと言われる場所の探索に行きました。
その奥の山と雰囲気が似てました。
(参考:琵琶湖の龍を追って

この琵琶湖の南の地域は八大龍王との関わりが濃いようです。

三上山奥宮から見た時、生駒山あたりに流れが集結しているように見えました。
調べて見たら、生駒山に龍光寺という八大龍王総本山を見つけました。
やはりちゃんとあるんですね。そういうところには。

龍光寺は、御開祖 弘法大師 (空海)となっています。
空海は3ケ月間、石山寺に籠もって修行したと言われています。
近くにある立木観音にも弘法大師の逸話があります。
平安時代前期、山に光を放つ霊木を見つけられた弘法大師が瀬田川の急流で渡れずにいる所、白い雄鹿が現れて、大師を背中に乗せて川を跳び越えられ、霊木の前まで導き、雄鹿は観世音菩薩のお姿になられました。以来、この地は「鹿跳(ししとび)」と呼ばれています。
大師は自身が42才の大厄の年にあたっていたため、観音さまに導いていただいたのだと歓喜され、自身のみならず、未来永劫の人々の厄難・厄病を祓おうと発願し、霊木を立木のままに聖観世音菩薩を刻まれ、一宇の堂を建てて安置したと伝えられています。
大師はその後、高野山を開基されたので、立木観音は「元高野山」とも呼ばれています。
立木観音

昔、三上山頂上にも八大龍王の祠があったようです。
御上神社

三上山からのあの風景を見た私としては筋が通っているように思います。

石山寺のある石光山の隣に伽藍山があるので、そこにも登ってきました。
石山寺では龍のエネルギーが感じられましたが、
伽藍山はすぐ近くなのに、ごく普通の山って感じでした。

その後、俵藤太のムカデ退治の話に出てくる瀬田唐橋に行きました。
IMG_4392

IMG_4395
ここから三上山は見えなかったように記憶してます。

なぜ瀬田唐橋と三上山なのか?

昔はこの橋は大事な拠点でした。
向こう岸に行こうと思えば、この橋を渡るか、琵琶湖か瀬田川沿いをぐるりと回るか、船で渡るかだったようです。

IMG_4394

琵琶湖の水はこの瀬田川だけが出口です。

琵琶湖は見慣れてましたが、いつも見ている大きな湖が
川になっていくところに出会うのは感慨深いものがありました。


石山寺と反対岸にある、唐橋近くの建部大社にもお参りしました。
近江國一之宮と言われ、古くからある神社です。

日本武尊が主祭神。
のちに大己貴命が権殿に祀られています。
ヤマトタケルの家臣や親族がたくさん祀られているのはなんか違和感を感じました。

八大龍王、日本武尊、大己貴命、ムカデ退治...

以前白山に登った時に、大蛇と大百足の出迎えに会うということがありました。
白山の蛇たち(後半部分)』

石山寺の八大龍王社で、3つの言葉(忘れてしまった)をいただき、
「岩の間」と閃いて、岩間寺にも行かねばな、と思いました。

調べてみたら、岩間寺は、加賀白山を開いた泰澄大師が
722年(養老6年)建立したことに始まるそうです。
だから岩間寺か、と思いました。

八柱神社からは熱いエネルギーが感じられました。
祭神:藤時平、融大臣、事代主命、市杵嶋姫命、素盞男命、豊玉彦命、櫛名多姫命

瀬田橋龍宮・秀郷社は、この時に気づかず、行きそびれてしまいました。
近くだったのに。

石山寺はまた行きたいので、その時、この社にも行こうと思います。

(自分の備忘録兼ねて書いてます)


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滋賀県にある「近江富士」と呼ばれる三上山は432mで決して高くない山です。
いくつかルートがあります。
私は一番健脚向きと言われるルートを登りました。

京都の愛宕山は、924m。
琵琶湖対岸の日吉神社の奥宮がある八王子山は381m。
奈良の三輪山は467m。

三上山は、八王子山や三輪山と似た高さですが、
私が登ったルートの険しさはこれらの倍はあります。
勾配が急な山道で、岩場も多いです。
低い山とはいえ、体力に自信のない方は楽なルートをオススメします。
こんなところ ↓ けっこうありました。
IMG_4320

やっぱり現地に行ってみるが一番ですね。
行って初めてわかることがあります。

この時は山自体には特に何も感じませんでした。
奥宮や奥津磐座にも。

一番印象深かったのは、奥宮付近から見える景色。

左手奥にある山と右手奥にある山と琵琶湖。
これらが前に広がる景色の中心に向かってラインが流れています。
IMG_4326

写真ではわかりにくいですが、右側には琵琶湖が瀬田川に流れていくあたり。
光が降りてきているあたりに左右の流れがまとまっていきます。

昔の人はこういうのを龍に例えたのかと思いました。
右の山脈と左の山脈、琵琶湖の流れという3つの龍脈が一点に集約していく印象です。

光が差すあたりに、三上山のようにポツンとある小さな山が気になりました。
IMG_4330

あとで調べてみて、最初は、立木観音のある立木山かと思いました。
が、あとでそれは石山寺のあるところかなと。

が、それも撤回。今は牟礼山かなと思っています。
地図を見る限りは、この山には特に何もないように思います。

以前、磐座がアンテナ的な役割をしていると感じたことがあります。
三上山にしろ他の山にしろ、ポツンとある山は何かそういう役割があるのかもしれません。

私が三上山奥宮からの風景を見て感じたのは、三上山がパワースポットどうこうというより、
三上山から見える風景がまさにパワーあふれる龍の姿でした。

三上山は、山脈と琵琶湖からなる自然の大きな流れが見えるポイントとして
神聖な場とされたのではないかと思いました。

昔の人はどうやって大きな流れを感知したのかわかりませんが、
この風景を見ていると、普段とはスケールの違う流れがあるのがわかります。

そこから龍のエネルギーを感じ取ったのでしょうか?
ここでは水龍(水流)と地龍(地流)です。
スクリーンショット 2019-03-20 16.49.27
三上山から生駒山へのラインは淀川とは平行になりますが、

この流れで、ポツンとある山を地図上で追って見つけたのは、東に太郎坊宮(阿賀神社)のある赤神山、多賀大社横の山。
そして三上山、石山寺のある山、岩清水八幡宮のある山。
等間隔に近い状態で並んでいます。

そして、岩清水八幡宮付近からは京都から合流した川もすべて一つとなって淀川となり、大阪湾に流れ、その先には淡路島、四国。

日本の山や磐座、神社仏閣は、線を引けばどこかとつながったり、図形になるのかもしれませんが、昔の人はすごいですね。

今回、これらを調べるために地図をよく見たのですが、
「ここは!」と思うようなところにはほぼ必ず神社やお寺があります。

要所はすでに押さえれられているって感じです。

ナスカの地上絵のように上から見たのか?と思えるようなつながりが見えてきます。

昔の人は、日本列島という”生き物”を、
地上にいながら、空から見たかのようにつかんでいます。

ちなみに、地図を見ていたら、山の中でけもの道を見つけるように、
地脈の流れが見えてきます。中央構造線はわかりやすいです。

とはいえ、今ではあちこち山が削られたり、川や海、湖が埋め立てられたり、
昔の自然なままではないですから微妙ですけどね。

今回の三上山は、人間サイズでない大きな流れを垣間見せてくれました。

それにより龍が想像しやすくなります。
見えない大きな流れがあることが感じ取れます。
そして、自分がまだ行ったことのない地まで伸びているのを感じられます。

水の流れ、風の流れ、山脈の流れ、雲の流れ。

昔の人は想像で、というより、体感で、見えないところも感じ取って、
全体図を構成していたのでしょうね。

部分を見て全体を知るというか。

今回の三上山からの風景は、
見える流れが見えない流れを想起させるのを感じました。

日常をはるかに超えたダイナミックな流れ。
それを感じることができたのは良かったです。


三上山には、俵籘太がムカデ退治をしたという伝説や、
ピラミッドではないか?という話があります。

麓にある御上神社は良い雰囲気のところでした。
御神体が三上山なのに、なぜか社殿はそちらを向いていません。
琵琶湖の方を向いているそうです。
それが気になりました。

奥宮の前にある奥津磐座と、対岸の日吉大社の奥宮、八王子山の金大巌は
呼応しあっているという話もあるそうです。

この流れから、石山寺、立木観音、佐久奈度神社、石清水八幡宮にも行きたいと思いました。

石山寺,立木観音、佐久奈度神社はすでに行きましたので、その話はまた後日。
(自分の備忘録兼ねて書いてます)


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しばらく前に、滋賀県にある近江富士と呼ばれる三上山に登りました。
三上山は近江富士と言われるだけあってきれいな形です。

対岸からは、北斎の東海道五十三次の絵のように、
いつも三上山が対岸に見えるので気になっていました。
IMG_4218

三上山から見たら対岸にある志賀八幡宮、そこを通り過ぎて
山中にある樹下神社を通るラインは下鴨神社に到達します。
三上山、志賀八幡宮、樹下神社、下鴨神社は意図的に並んでいるようです。
(地図の星印右からの順)
スクリーンショット 2019-03-18 2.26.51IMG_4352志賀八幡宮の鳥居のちょうど正面には三上山が見えます。(写真の赤い矢印のところ)

志賀八幡宮の裏から山に向かう道があります。

その道は近江と京都を結ぶ昔ながらの道で、「山中越え(志賀越え)と言われたそうです。
崇福寺(今は跡だけ)、志賀峠を通って、山中町に入ると、樹下神社があります。
そこから京都の北白川の道に出て、その道に沿って行くと下鴨神社にでます。

一度このルートを歩いてみるのもいいかなと思います。
樹下神社までは無謀にもチャリで行ったことがありますが。


余談ですが、樹下神社を地図で検索したら、なんと琵琶湖沿いに8社もありました。
が、他地区にはないようです?スクリーンショット 2019-03-18 2.55.03

下鴨神社〜三上山のラインを東に行くとどうなるんだろうなと思ったら、なんと熱田神宮を通って富士山に至りました。
こちらはもっとズレがあると思うので、すごく大まかなラインになります。

なんかまた、いろんなヒントをいただいたなと思います。


話変わって、今回「オートマティック・ライティング講座」を京都市内で開催しました。
それが瀧尾神社の近くでした。

私が参拝した時、神社のもっと北のほうに何かあると感じました。
帰ってから地図を見たら、下鴨神社〜鞍馬、貴船がありました。

これを伸ばすと、鵜瀬(福井)〜串本(和歌山)ラインとなります。
この縦ライン、以前私が関わったラインだったので、そうきたか!と思いました。
(昔の関連記事:「自然と共に生きる」

3回目の講座は下鴨神社の少し北にある会場でしたので、下鴨神社に参拝しました。

そういう流れがあり、3回目の講座前には三上山に行っときたいと思ったので、
やっとこさ重い腰をあげたのでした。


「オートマティック・ライティング講座」は、いわゆる自動書記をできるようになろうという講座です。
これは、完全なトランス状態になって書くのではなく、しっかりと意識は持ちならが書きます。

自分が意識できている領域と、感じるけど言葉にならない領域、
そして気づいていない領域。

瀧尾神社から三上山に行くまでの流れができました。
その後、その流れを汲んで石山寺にもいきました。

またもや水関連ですが、琵琶湖周辺にも行くところがたくさんありそうです。

参加者の方もそれぞれメッセージが来ていたり、リンクする場所に赴いておられたりと、
何やら見えないところでつながりが起きているように感じます。

三上山に登った時の話を書きたいと思ったのに、前置きが長くなりました。
続きは次回に。

先日、京都の歌舞練場でしていた草間彌生「永遠の南瓜展」に行ってきました。
IMG_4310

入り口のところにあった大きなカボチャ彫刻を見て思いました。

「背景に馴染んでいる!」

彼女の作品は異質感満載なので、ものすごく目立ちます。
が、自己主張しているようで、まったくしていない。

自然のものがそこに在るように座しています。


野外に設置されてる彫刻作品の多くは作家の意図や主張が感じられ、
風景に溶け込まない違和感のあるものが多いと感じてました。

パブリックアートとなると、室内展覧会の作品とは違い、
街中の日常の中にある風景の一つとなります。

建物や自然物、人などに混ざって、ずっとそこに存在し続けます。

けれども、そこだけ切り取られた空間のように設置されていることがよくあります。
あたかも人が作った「彫刻」あるいは「立体造形」がそこにあるって感じです。

そういう意図のもとに作られているなら、それは成功しています。
が、見る側としてはそんなに心地よくない。


サティが『家具の音楽』と言ったもの。

音楽が音楽たらしくあるのではなく、
日常の中に溶け込んで、家具のようにさりげなくある音楽。

草間彌生の作品は、日本家屋にすごく溶け込んでいました。
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『黄樹』という作品の説明でこんな文章がありました。

草間は抑圧的な社会と同じように恐れたのが、幼少期から頻繁に目にして戦ってきた幻覚や強迫観念でした。「ある日、一面に、窓ガラスにも柱にも同じ赤い花の形が張りついている。部屋中、体中、全宇宙を埋め尽くされて、遂に私は自己消滅し、永遠の時と無限の空間の絶対の中に回帰し、還元されてしまう。これは幻ではなく現実だ。私は驚愕した。ここから逃げなくては赤い花の呪詛にかけられて生を奪われてしまう。」(わが魂の遍歴と戦い『芸術新潮』1961年)

こう語るように、草間は自分を絶対の中に還元し、消滅させようとする宇宙的な存在を、自らが絵画として再構成することで、自分の生命の永遠の居場所を作り上げてきました。その宇宙を構成する要素が水玉(ドット)でした。ドットにより、構成され、無限の空間が描かれた黄樹は、自らを解放する重要な芸術装置の一つだと考えられます。



彼女の見続けた幻覚は本当は幻覚ではなく、
この世界の本来の状態に近いと私は思います。

しかしあまりにもパワフルすぎて、
彼女の自我はその中に埋没してしまわないために、
その世界を自分にとって客観的な対象物にするために表現を続けたのでしょう。


この世界は、私たちの自我が自己消滅しないために、
作り上げられてきたんだなと思いました。

自我が必死で一線を保っている世界。

理性のタガが外れたら、ある一線を越えたら、
自我崩壊してしまう恐怖と、そうなることへの憧れと快感。

私たちは自我消滅しないために理性を保っています。


最近、人を次々に殺す、食べる、八つ裂きにするという残酷描写や、
精神崩壊の手前の極限状態の描写のある映画やアニメをよく目にします。

異世界系やゾンビ系にしても、

自我を超えたい、消滅させたい、全体に戻りたい、
でも自我を保ちたい、という葛藤と郷愁と憧れが入り混じってるように思います。

遂に私は自己消滅し、永遠の時と無限の空間の絶対の中に回帰し、還元されてしまう。』

この感覚ですね。

これはいつも起こっています。
けれどもものすごいスピードで循環しているので、私たちは気づきません。

自我はここに恐怖と快楽の両方を感じます。

それが歪んだ方向に向かうと殺戮の快楽になるし、
良い方向に向かうと悟りやアートになります。


ほとんどの人が全体意識を忘れ、分離された自我を自分だと信じ込んでいます。

自我放棄して全体に戻りたいと願いながら、
自我は自我から離れることを恐れ、自分はここにいると叫び続けます。


草間彌生さんの作品が独特で目立つわりには、
背景に溶け込んでしまえるのはそこに自己主張、自我がないから。

彼女は自分の内的世界を表現しているだけなので、
そこには彼女はいない。

その作品全体が彼女自身だから、
あえて意図や自己主張を込める必要がありません。

水の中にいる魚が水があることに気づかないように、
呼吸をしているのに空気の存在を忘れている私たちのように。

彼女が観ている世界は常にそこにありながら、
自我がその境界をクローズしている人たちには気づきにくい世界です。


goo国語辞書によると、

「正気(しょうき)」は、正常な心、確かな意識。

「正気(せいき)」は、

1. 天地間に存在するという、物事の根本をなす気。
2. 2 正しい気風・気性。


現代社会に適合している人が正気ではなく、

天地間に存在するという、物事の根本をなす気」を観て、
「正しい気風・気性」を保ち、「正常な心、確かな意識」を持つ人が
正気な人なのでしょう。

現代社会で正気を保って過ごせている人は一風変わった人に見えるかもしれませんね。
これに気づかず、生きている人が多いですから。

この基準が変われば、生き方も変わっていきます。


以前、東京で見た草間彌生さんの展覧会の時はこのようなことは感じませんでした。

設置の仕方により、印象が違うのでしょうか?
京都の歌舞練場には異様なほど馴染んでいた彼女の作品でした。

歌舞練場は、芸妓・舞妓さんたちが活躍したり、練習した場です。
そういう背景も、自我の繰り返される消滅と生成というテーマにあっていたのでしょう。


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昨日載せた3月のメッセージの補足です。

2月のメッセージで、
「やりたいことをやることを自分に許そう」
というのがありました。

今振り返ってみると、2月は猶予期間だったのか?と感じます。
なぜなら、今月のメッセージは、ちょっと脅し入ってるみたいな(笑)


先月、たまごの殻を内側からつついてヒビを入れたのなら、
今月はそこから外の世界に出てくる時期と言えますね。

だからこそ信念や価値観が変わることが起きるかもしれない。

内側から湧いて出る衝動や情熱を外に出した人は、
今月のメッセージは「ふんふん」という感じでしょうか?


これから自分自身や自分の世界の構築に向かう人が増えます。
だからこそ、そこに迷う人も増えます。

迷う人のほとんどは、自分の価値を見出してません。
どこかに正しい答えがあって、それを教えて欲しいと思っています。

でも答えはあなたの中にあるのだから。

そこで悶々とする人も多いでしょう。


自分の人生は自分で決めて選んでいく

ただし、今月のメッセージにもあるように、

「エゴの欲求、欲望でなく、それを超えた
大きな枠組みでの自分の欲求、それを生きる人」

この姿勢で決めて選んでいくための
すり合わせが起こるのが今月なんでしょうね。

自分の魅力に気づいて、それを生かしていくことも、
今月の大切な要素なのでしょう。

では、楽しい3月となりますように!


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これからは主にそちらに記事を載せていきます。

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3月は革新の月です。
古いしきたり、観念、習慣が崩れていき、新しい仕組みに変わっていく段階です。
その変化が顕著となっていきます。

新しい世界への希望を持って、古い世界の絶望が明らかになっていきます。

私たちの中にある二元性、正誤、善悪などの仕組みが変化していきます。
つまり、価値観が大きく変化する出来事が起こりやすくなります。

価値観や信念が変化するときはかなり揺さぶられます。

今まで正しいと思っていたことがそうではなかった、
悪だと思っていたことが実はそうではなかった、

今までの価値観や信念が崩れる時は、
自分の世界や未来が再起不能に崩壊してしまうように感じます。

なぜならあなたの世界はその上に成り立っていたのですから。
自分の今までの人生を全否定されたように感じる人もいるでしょう。

しかし再生するには、古きを捨てねばなりません。

新しい家を建てようと思えば、いったん家を解体して
しばらくは他所に住んで、新しい家が建つのを待ちます。

再婚したければ、それまでの人と離婚しなくてはなりません。

「これが幸せ」と思っていた価値観が変化するなら、
今の生活も変化していくでしょう。

何事も移行期には落ち着きません。

いろんなことが起こりやすくなります。
それを崩壊、崖っぷち、終焉、再起不能と思う人もいますが、それは一時的です。

今まで信じてきたものを手放すのは勇気が入りますし、痛みも伴います。
しかしその移行期に、しっかりと自分がどこに向かうのかを前向きに見ているのであれば、大丈夫です。

揺れる吊り橋を渡っている最中は怖くても、それがしっかりと向こう岸までつながっているのなら、落ちることはありません。

吊り橋を渡る人は、向こう岸まで行けると思っているから渡ります。
「途中で切れたらどうしよう?」と恐れていては怖くて渡れません。

そしてたいていの場合、吊り橋は切れません。
無事に向こう岸にたどり着きます。

自分の信念が崩れる時には、新しいより良い信念を見つけてください。
それは古い信念を捨て、新しい信念に変えるチャンスです。

古い信念は今まであなたを導いてきました。
その信念をそのまま持っていても、それは今までの生活をもたらしてくれるだけです。

信念が変われば、あなたの前に現れる世界も変わっていきます。
なぜならあなたがあなたの世界を作り出しているから。

人によっては、ガラリと生活様式が変わる人もいるでしょう。

大抵の人は同じような日々を送りますが、
今までの生活を続けることにズレ、違和感を感じる人が増えていきます。


今までの生活を保持しようとするより、

本当に自分が欲していること、
魂レベルで、自分がやりたいことはなんだろうか?

とそちらに気持ちを向けましょう。

それが見つからなくても大丈夫です。


それを求め始めるということは、すでに今までの自分や生活に固執するのをやめようとしているということですので、だんだんと変化は現れてきます。

意識の水面下でこの作業をしてきたのに未だに動き出してない人は、
今月「あちゃー」と思うような出来事が起きて、強制移行もあり得ます。

それは自分がもたもたしていた結果であり、良い変化と受け取りましょう。


今まで頑張ってきたことにやる気を失っていく人もあるでしょう。
がんばれない場合、魂レベルで本当にすべきことはそれではないのでしょうね。

魂レベルとは、あなたの核となる部分が求めるところと思ってください。

「この世に存在することにした理由」みたいな部分ですね。


これからはだんだんと魂レベルで生きる時代になっていきます。

今までの「物があれば、金があれば、裕福であれば、、、」
という価値観は廃れていきます。


「自分が創り出す世界」になっていきます。

自分自身についても、自分の人生においても、

「自分が何をしたいのか?」
「どう生きたいのか?」
「どうありたいのか?」

というところを、エゴの欲求、欲望でなく、
それを超えた大きな枠組みでの自分の欲求、
それを生きる人が輝ける時代となっていきます。


今月はそれを顕著に感じられる月となるでしょう。

「そこを生きたいけど、できてない」という人は、
大きなストレスとジレンマに悩まされます。

そういう人は、その思いをどんな形でもいいので、
行動に移すといいでしょう。

もう魂レベルを生きている人は、
「行きたいけど怖くて行けない」という人のサポートをするといいです。


が、まずは自分が良い状態になっていること前提です。

「自分の心が世界を創り出している」

この言葉について考えていきましょう。

では、エキサイティングな3月をお過ごしください。

「和音」2019.3.1


このブログをしばらく書いてませんでしたが、
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2月のメッセージの補足です。

2月は、やりたいことをやる自分を許す、許可すること。
そのプロセスは殻を破るプロセスの一つなので、そこで抑えないこと


とありました。


「芸術は爆発だ!」といったのは、岡本太郎。

長年あなたの中に溜め込まれてきた感情、アイデア、エネルギーなど。
それを”良いカタチ”で放出、表現できるよう模索していきましょう。

それには「正しいやり方」があるわけではありません。
なぜなら一人一人、秘めているもの、表現したいものが違うからです。

あなたならではの表現方法
それはそのままあなたの生き方に現れてきます。

「何者かになる」のではなく、あなたがあなたを表現していく。
それがあなたの生き方となり、人生となる


そんな時代になってきました。
今から5月に向けて、その軸を整えていく時期になりそうです。


自分はこう生きる!
そこを定めていくわけです。
それはいつでも変更可能です。

求め始めれば、何かが見えてきます。

最初は迷うこともあります。
間違うこともあります。

わからないからと放っておけば、なんとなく人生が続きます。

自分の生き方と向き合っていると、だんだんと軸が定まっていきます。

5月までに軸を整え、それ以後はその道を広げていく。
その自分を活かしていくことになります。

今年後半には、そこに向かって進み始め、
来年はそれがなんらかの形となって現れてくる。

そういう流れを心に留めておくといいでしょう。

では、素敵な2月となりますように!


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