いのちおり - 本来の自分に還るために

人生をよりクリエイティブに生きたいあなたに贈る
   悦月(えつき)のブログ(旧ブログタイトル:たまむすひ)
                                    

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最近、内向的な人たちのことを考えています。
私自身も内向タイプなのですが、彼らが秘める内なる世界。

表にあまり出さないので、その人の内に秘められることが多かったです。
これからはその部分が ”クリエイティビティ” として、クローズアップされていくようになると思います。

今までの時代は外向タイプの人に向いていて、理路整然と意見が言えるとか、明るくハキハキしているとか、周りの人たちとすぐ友達になるとか、一緒にいて面白いとか、すぐ行動に移すとか、そのように表に向かって行動できる人たちが良いという傾向がありました。

外に向かうエネルギーですね。

自分を出さない人たちは意見は言わないし、何を考えているかもわからないし、大勢の中に埋もれてしまい、朱に交われば赤くなって目立ちません。

その中でも強い個性を持つ人たちは、その才能を発揮していきます。
研究者やアート系には内向タイプは多いです。

多くの内向的な人たちは、幼い頃に自分の内的世界を表に出すことは良くないことだと学んでしまいます。
うまく言葉で表現できなかったり、人といると疲れたり、引っ込み思案になったり。
親にはもっと外で遊びなさいとか、もっとはっきり言いなさいと言われます。

自分はダメなんだ、なんで積極的になれないんだろう、友達がなかなかできない、、など自分についていろいろ悩み、ネガティブに陥りやすいのは残念な事実。


明るく楽しい人には、人が集まやすいです。
facebookを見ていてもそうですが、元気よく楽しそうな記事をアップしている人たちの元にはたくさん人が集まります。

もちろん内向的な人の記事でもたくさんの人に読まれているものはありますから、一概に言えないですが、外向的な人たちは目立ちますし、楽しそう、幸せそうに見える人が多いです。

まあ、そんな感じで、内向タイプの人たちの内的世界は放置されてきたように思います。
しかしながら世の中で成功している人たちの中には内向タイプも多いです。

なので、外向がいい、内向が悪いという話ではないです。
が、世間的にはそのきらいはありますね。

日本は周りに合わせる文化、人と同じことが良しとされる風潮があります。
内向的な人たちは、自分を出すことに躊躇してしまって、無難な自分を演出してしまいます。


今回言いたいのは、内向タイプの人たちの内面は、想像以上に豊かなのではないか?ということです。

彼らはそれをあまり表に出さないので、人知れず消えていっていたのですが、これからはそういうところがクローズアップされるようになるのではないでしょうか?

内向的というわけではないですが、知的障害の方々のアートなどもその一つですね。


外向的な人たちのエネルギーは外に向かうので、外の世界で表現します。

内向的な人のエネルギーは内に向かうので、内的世界が人知れず養われています。
が、多くは表に出ることなく、言葉にもされないままに、気づかれずになんとなくある状態。

今、引きこもりやうつの人が多いのも、内的世界がないがしろにされてきたことへの警鐘なのかもしれません。

内向型の人たちがネガティブな内的世界を繰り広げるのではなく、その創造性豊かな世界を勇気を持って外の世界に表現していけるようになっていったらいいなと思います。

というか、そういう流れにこれからはなっていくんだろうなと私は考えています。

例えば、今はインターネットの発達で、個人の表現がいくらでもできる時代になってきています。そういうものもどんどんと活用していってほしいなと思います。


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ここ数ヶ月、大きな変化の時を迎えている人は少なくないでしょう。
昨年からもっと自分に見合った生き方を求め始めて模索している人がたくさんいます。

今までの自分、自分の生き方は本来の自分ではなかった、、、

多くの人がこういう風になりなさい、こんな風に生きなさいと言われて、
それを鵜呑みにして、そのようになろうと頑張ってきたのではないでしょうか?

でも何かおかしい、それは自分が欲しい生き方でない、
と心のどこかで感じながらも、どうすることもできず、ズルズルとそれを続けてきた。

でも最近になって見えてきた。

違う生き方が。

自分の中で少しずつ目覚めていく過程をあなたも感じているのではないでしょうか?


6月はまだ低迷期で、色々と試行錯誤しながら霧の中を歩いている状態かもしれません。
でもその過程を経て、自分が本当に歩きたい道を見つけます。

なので、あせらないでください。
自分の心をゆっくりと見つめ、不必要なものは手放していきましょう。

悶々としている人は、その状態が自分だとは思わないようにしましょう。

今、低迷している人は、時期的なエネルギーの影響を受けています。
あなた自身がそうなのではなく、天体の影響もありますから、差し引いて考えていいです。

どんより曇り空に気持ちが重くなるようなものです。
これから梅雨の季節に入るとますますくぐもってしまいかねません。
気持ちを明るく以て過ごしましょう。

あまりやる気ではないかもしれません。
ちょっとパッとしいない月ですが、それを自分に投影せずに過ごしましょう。

こちら岸からあちら岸に行ってしまうまではあまりはっきりしないので、
「自分なんて…」と思ってしまうかもしれません。

でもそれは時期の仕業。
そこに取り込まれないようにしましょう。

では心地よい6月をお過ごしください。

「和音」2018.6.1


今月のメッセージは、悶々としている人には励ましになりますね。

よくあることですが、物事がうまくいかなかったり、思うようにできなかったりすると
自分の性格や欠点だと思って悩みがちです。

でもそれの半分ぐらいが天体や時期的な環境の影響を受けていて、
そのように感じているだけだとしたら?

なーんだ、自分じゃなかったんだー

となります。

そんな場合は、その時期が抜けると自然と心も晴れてきて、
あの時のあれはなんだったんだ?ということが起きます。

今、低迷期を感じている人はその影響も受けているでしょうから、
なんか思うようにいかないと思ってもあまり深刻に捉えないことです。

常に自分の考えの枠の外に出るよう、心がけてみてください。


追伸:

「なんだ、お前まだ生きていたのか?」と思われそうなぐらい
久しぶりの配信です(笑)

更新を楽しみにしてくださっている方には申し訳ないなーと思いながら、
ある行に勤しんでいるこの頃です。

さすがに毎月のメッセージは配信しておきたいと思いました。

とはいうものの、もうそろそろ毎月のメッセージは終了してもいいかも
という気持ちもありながら、、、。

私も変化の時期を迎えているなーと感じています。

では楽しい6月をお過ごしください。

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今月はアウトプットの月です。
今までやってきたことをどんどんと形にしていく時期。
ためらうことなく進んでいきましょう。

今までいろいろと悩んでこられたと思います。
やろうかやるまいか、こちらかあちらかと。

今月はその迷いを捨て、動き出しましょう。

悩んでいる時、迷っている時は停滞している時です。
どちらにも動けません。

そういう時はいくら悩んでも、「これが正しい」という答えは出ません。
答えが出ないから悩んでいるわけなのですが。

つまり、決められないということです。

決められないから悩みます。
その時はほとんど損得で考えています。

どちらを選ぶ方が自分にとって得か、損にならないか?

そもそもその考え方自体がいりません。
損得で考えていると判断ができません。

やりたいか、やりたくないか?
よりチャレンジなのはどちらか?
どれが全体の未来にとって良い選択か?

というところで決めましょう。

もっと言えば、自分がする決断は
たいてい目先のことしか見えてません。

自分が決めるというより、
「こちらに行け」と言われていると思える方向に進みましょう。

これをきちんと把握するのがまた難しくもあるのですが、
内なる声にまっすぐに耳をすませば、どう動けばいいかわかります。

我でがんばろうとするより、内なる声に従うといいです。

身体が動く方向に動くというか、自分が動くというより
「動かされている」感覚で動く方が良いです。

操り人形みたいに自分の後ろに糸を操っている存在がいて、
あなたは動かされるままに動いている状態です。

そういう風であれば、邪魔が入らずスムーズに動けるでしょう。

そのような状態になるように心を整えましょう。
そうすれば自然とやるべきことをしています。

自我意識が先頭に立つというより、
自我は見えない導きに気づいて、後ろをついていく感じです。

そうなれば、いい流れに乗ることができるでしょう。

「和音」2018.5.2


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4月のメッセージ」の補足ですが、
4月は幸せの定義を考えるといい時期なのかな?と思いました。

私たちは、足りないもの、欠けているものを見るように教育されています。

幸せが自分の外にあるように思わせられ、
仕事や収入、結婚などによって満たされるもの
と多くの人が思っています。

「今の自分は幸せでない」という前提のもと、
外に幸せを求める人が多いです。

お金があったら、
パートナーがいたら、
いい職があったら、
性格が良かったら、
美人、イケメンだったら、、、

と何かを得ることで幸せになれると思っています。


幸せはどこから来るか?

それは自己充足感です。


ではどうすれば、それが感じられるのか?

上記のものを得て幸せを感じられる人もいれば、
感じられない人もいます。

「こうなるのが幸せな人生ですよ」と教えられ、
自分がそうでないから幸せでないと思い、
「もっと手に入れなきゃ」「なりたい自分にならなくては」と思う。

このトラップにはまっている人は要注意。

それが自分を躍進させる原動力となるならまだいいですが、
自己肯定感を低めるのであれば、
”はめられている”ことに気づきましょう。

あなたはあなたの好きなように生きていいんです。


不幸を味わえるのも幸せ。
楽しさを味わえるのも幸せ。

なぜドラマや映画には波乱万丈な展開が多いのか?
なぜ私たちはそれを好んで観るのか?


「幸せ」という言葉が生まれると同時に、
「不幸せ」という言葉が生まれます。

そして私たちが今生きている世界は言葉で縛られている世界です。

「幸せになりたい」と言う時、
あなたは何を思い描いていますか?

「幸せ」という言葉がなければ、幸せについて考えません。

幸せでも不幸でもない、ただあるまま。

幸せの基準は外に求めるのではなく、
自分の内に見出しましょう。


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4月は拡大の月です。
今までやってきたことが現実的に落とし込まれ、少しずつ形になっていく月です。
完成はもっと先の話になりますが、ずっと夢に思い描いていたことが
実現可能かもしれないと思える月です。

私たちの思考は大変制限されており、たくさんのことをできないと思い込んでいます。

それはそのように思い込んでいるがゆえにそうです。
その縛りをどんどんと取り払っていってください。

本当にやりたいことは何か?はそれらの制限が外れて初めて見えてくるものです。

ほとんどの人が「これが幸せ」と思い込まされていますので、そのようになろうとします。

が、何が幸せであるかは一人一人違います。

それを一つの型にはめてしまってはおもしろくありません。

これからは型にはまった生き方をするのではなく、
もっと自由に生きる術を見つけるべきです。

もともとそのように生きていけるのですが、
あまりに今のシステムにはまりすぎて、その外側が見えません。

思わぬところに盲点があります。
それに気づいた人は、外の世界を知り始めます。

知らぬが仏と言いますが、知るが幸せか、知らぬが幸せか。

なんとも言えない気分です。

カゴの中の鳥が幸せか、カゴの外に出た鳥が幸せか?

どちらとも言えません。

そもそも私たちは幸せにならないといけないのか?

皆が幸せを欲しますが、今は幸せでないのか?
もし幸せでないとしたらなぜなのか?

もともと私たちは幸せ、というか、幸せがどうかなど問う必要がないぐらい
その時その時を満喫すればいいのです。

不幸を味わえるのも幸せ、楽しさを味わえるのも幸せ。

幸せしかないのですから、幸せはないと同じです。

それを問うという認識がどこからやってきたのか?

そこを探ってみるといいでしょう。

幸せの定義が大きく変わっていい頃です。

生きるとはどういうことか?
この世はなんなのか?

あなたはなぜ今、ここにこうしているのか?
その問いの答えは必要か?

ありとあらゆることに対して質問を投げかけ、その質問すら疑問視する。

「世界はこうである」という認識は、そう信じてきたからそうなのであって、
それが真実とは限りません。

無数の可能性があるなか、自分が何を選び取っているかに注意しましょう。

では、楽しい4月をお過ごしください。

「和音」2018.4.1


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出産はセクシュアルな体験である。

「オーガズミックバース」
これは出産に対する考えや出産経験そのものを
変えるムーブメントなんだそうです。




最近は自宅出産や自然出産への関心も高まってきています。
病院での出産に対して、自然に反したやり方だと
疑問視する意見はたくさん出ています。

「出産は痛い、怖い、たいへん」というイメージがあります。

病院でギラギラと光を当てられ、仰向けになって
足を大きく広げて痛さで叫んで出産するシーン。

なかなか生まれないと、明日は病院が休みだから
と促進剤を打たれる。

生まれても抱っこもさせてもらえず、
すぐにへその緒を切られて、赤ちゃんは
検査のために連れていかれます。

そんな出産をイメージしていたら、
そりゃ不安になるでしょう。

初産だと恐怖と不安が先立ち、
身も心もが緊張してこわばってしまいます。

そんな状態で出産に臨めば、それは痛くもなるでしょう。

これは「出産は痛い」という先入観による部分も大きいです。


セックスをして受胎して子供が生まれることは
素晴らしいことのはずなのに、
セックスは隠さなければいけないこと、陰ですべきこと、
恥ずかしいことのようになっています。

性や女性が、恥ずかしいもの、忌むべきもの、
とされることにより、キリスト教の「原罪」のように、
私たちは生まれながらにして罪を背負っているかのように
命を謳歌できなくなってしまいました。

性の抑圧は、私たちから尊厳と創造性と自由を奪い取りました。
そして歪んだ性への認識が生まれ、
女性は性的快楽物のように扱われることもありました。

これは意図的にそのようにもたらされたものです。
それがすっかり定着してしまっているのが現代です。


しかし女性性の時代になってきて、
いろんなことが変わり始めています。

出産も通常の病院ではなく、
自然出産を好む人も増えてきました。

出産が自然や地球のリズムに乗ったセクシュアルな体験になるなら
出産への不安より期待が増します。

自主上映や詳細についてはこちら→ 「オーガズミックバース」

出産がこんな風に変わると、親子関係、夫婦関係、
家族関係、人間関係、女性自身のあり方など
いろんな面で変わっていくことが予想されます。

出産が愛を深め、命の素晴らしさを表現し、
自分が生まれてきたことを肯定できる、そんな気がします。


現代の出産方法は、自分が生まれてきたことを
肯定しにくいものだと思います。

「お母さんがお腹を痛めて産んだ」というイメージが、
病院の機械的な出産手順を思い起こさせれば、
「お母さん、痛い思いさせて生まれてきてごめんね」
になってしまいかねない。

でも動画にあるような出産であれば、
「私は生まれてよかったんだ。産んでくれてありがとう」
と即、自己肯定できそうです。

性に対する歪んだ認識は人間の尊厳を下げます。

「お父さん、お母さんがやらしいことして生まれてきた」
という認識。

なんかヘンですよね。

「愛し合ったから生まれてきた」ときれいごとを言う気はないですが、
性への価値観が変わると、気持ちが軽くなる女性は多いでしょう。

自分らしくできないという人の中には、男性社会の中で、
女性性が出せずにしんどい思いをしている人も多いです。

「こんな風に振る舞わないと」
「女性らしくするなら、こうならないと」
と社会的な「型」があります。

でもそれに従う必要はありません。
それは「型」ですから。

型に合わせようとせず、自分に素直に
正直に「自然体の自分」でいられると楽ですね。

自分に素直に振る舞うことに対して、
まだいろんな葛藤や抵抗は起きるでしょう。

葛藤や抵抗は、次の段階が見えているからこそ起こります。

ネガティブなところばかりを見てしまうと、
そのぐるぐるループにはまってしまいがち。

実はすぐ横に抜け道があったり、
実はそこはもうこだわらなくてもよくて
先がイメージできないだけなこともあります。

「ここを直さなきゃ」「ここがダメ」と思うより、
自分はこうであるほうが心地よい、やりやすい
ということをまず知ること。

それを受け入れて、それを優先させて過ごすこと。

それができたら、周りの環境もだんだんと
自然にそうなっていきます。

そうして自分であることが心地よくなってきたら、
今度はそれを壊す段階。

新しいこと、自分らしくないと思えることに
挑戦していきます。


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どうも自分はまわりの人と相容れない、違和感があると感じる人は、
自分は変人だと認めてしまえばいいです。

と言っても、あなたが変人かどうか私にはわかりません。

ここでいう変人は、その他大勢の一般的な人たちとはどうも違う、
相容れないところがあるという、少数派という意味での変人です。

80%ぐらいの人たちが信じ込んいることと違う意見を持っていたら、
もうそれだけで変な人扱いされます。

でももう変人、変態の時代になってきています。

既存のルールに縛られない生き方やあり方が求められています。

あなたはもうその他大勢の中に大人しく混ざっている必要はありません。

「でも私は目立ちたくないんです」という人も多いでしょう。

目立たなくてもいいですが、人と違うことを認めると、
状況によっては自然と浮いてしまうかもしれません。

それもよしとするということです。

自分のやりたいことをする、行きたい道を行くことに決めれば、
多数の人たちはそのように生きてないですから、変な目で見られたり、
一人浮いてしまったりすることもあるでしょう。

でもそれは、今まであなたが80%の人たちに紛れて
生きてきたからそうなります。

20%のへんな人たちと一緒であれば、変人どころか、
すごく普通の人に見えてしまいます。

なんて自分はまともだったんだ!?とびっくりするかもしれません。

そんなもんです。

自分が属するグループが変人ばかりであれば、何の問題もありません。

自分とは合わないところに合わせようとしているとかなりストレスになります。

自分が人と違うこと、変人であることをよしとする。
それは個性であり、感性豊かだから、色々と感じとれるから。

あなたの個性をぜひいい方向に生かしていきましょう。


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周りの影響を受けやすい”えなフィー” な人たちに。

一番いいのは影響を受けなくなることですよね。
その方が楽。

人に合わせようとするから疲れるし、ストレスがたまります。

なぜ人の顔色を伺って合わせようとするのでしょうか?

影響を受ける一番の理由は、自分軸がしっかりとしていないから。
自分をちゃんと持っていないからブレます。

そこに潜む自分の思いを探っていくと、
あなたにそうさせてしまう思い込みがあります。

人に嫌われるのは悪いことだ、
みんなと仲良くなるべきだ、
いい人にならないといけない、

というような。

何を恐れているのか、探ってみましょう。


大切なのは自己尊厳。
自分を尊重する姿勢。

「自分なんて」という思いは、自分を低める行為。

あなたと一生を共にするのはあなた自身です。

一生涯を共にする人を大切せず、「幸せになりたい」と思うのは
思考と行動がマッチしていないです。


「誰かいい人に巡り会えば幸せになれる」
と世の中の女性は思いがちです。

でもそれは依存です。

「誰かに幸せにしてもらおう」は自分の人生を人に任せてます。

私を幸せにしてくれる人に出会ってない私は不幸せだ、、、。
そういう人がいないから不幸せだ。

なんか変ですよね。
自分を幸せにしてくれる人に出会わないと幸せになれないなんて。

本当は、そういう思考の仕方があなたを不幸にします。

「出会えてないから」というのはとってつけた言い訳に過ぎません。

また、出会いたいなら、いわゆる”運命の出会い”を
引き寄せられる自分になっていることが大事です。

自分の内面が外側に現れてきます。


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えなふ通信

”イザナミのダークサイド”と私は呼んでいるのですが、
昨年12月に女性性のエネルギーのネガティブ面が非常に重く感じられる時期がありました。

11〜1月あたりしんどかった人はそのエネルギーを感じていたり、
自分の中からその部分が浮上していたのでしょう。

もう消えていくために、そして未解決なことは解決されるがために浮上してきたようです。

1月〜立春にその集合意識に対してのヒーリングジャーニーを行い、
いろんなことが出てきました。

このブログに記事アップしていた何年か前の出来事とも繋がったりして、
記事にして残しておくことも大事だなと思いました。

そのヒーリングで最終的に出てきたことは「龍とはなんぞや?」でした。
それについてはいろいろと思うところありますが、
それはまたおいおい書いていきたいと思います。


今日は先日の龍リサーチについて、自分の記録として書いておきます。

京都から琵琶湖西岸に住み始めてはや5年目ですが、
琵琶湖と龍についてほとんど知らんかったなーと気づきました。
しばらくは琵琶湖周辺を探索しそうです。

八大龍王が降臨したらしいという場所が気になったので、2月最終日に行ってきました。
実際にそこかどうかはわかりませんが、ネットで写真を見てすごく気になりました。

その前に、茶臼山古墳、小茶臼山古墳に行きました。

ここに「彦坐王」が祀られているのにびっくり。
この方は、以前、記事にしていたので、まさかこんなところで再会するとは!と驚きました。
日子坐王

ここに秋葉神社があります。
そこには大友皇子とその家臣6名が祀られています。
奥の場所は今もその物悲しさが感じられ、涙が出そうになりました。
死ぬことになった口惜しさではなく、家臣の皇子を思う心に涙が出ました。

”イザナミのダークサイド”では「報われてない思い」が強く残っています。
この場には恨みの念が残っていたわけではないですが、世の中の無常さへの虚しさを感じました。

その後は八大龍王が祀られているという行場に行きました。裏に磐座があり、その後ろにも磐座かと思しきものがあります。「登ってよろし」とのことだったので登りました。

急な斜面で、登るはいいけど降りれるかな?と心配しながら登りました。登ってみれば、尾根が続いており、しばし歩きました。

そこは一つの龍の道というか、気が流れているところだったようです。
IMG_3168

降りて戻ろうとしたら、龍白大明神に「あっちは行かんの?」と呼び止められ、はたともう一つの目的地を思い出しました。


それは地図で見たその先にある池。
谷川に沿って道があったのでそこを歩いて行きました。





IMG_3173


そこを歩いて初めて気づいたけど、
行場の磐座はほんの鼻先。

この山自体が大きな磐座になっているようです。
かなりでかい。

その道を行けばいくほど、まわりの自然が息づいてきて、トトロの世界というか、岩や草木が話しかけてきてもおかしくないような非日常な雰囲気の森でした。

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など思いながら歩いていたら突然、目的地の池が目の前に。

これには背筋がぞくっとしました(いい意味で)。
久々に畏敬の念に打たれました。
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池自体は普通の池といえば、普通の池なのですが、
その水の色が、池の主が金の斧を持って現れてきそうな感じ。
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池沿いにはまるで龍かと思われるような木がありました。
IMG_3183

行場はほんの入り口なんだと思いました。
IMG_3180


もしここが私の来るべきところだったらサインがあるはずと思っていたら、岩笛を吹いていた時、なんと魚が二匹、足元に現れました。

これにも感激しました。
こういうことがあるから楽しいですね!

龍の形をした木と魚が二匹現れたこと、
その夜、雨が降ったこと。

これはサインと見ました。


帰りは引き返さず、そのまま道を進んで行ってぐるりと回って戻りましたが、
この道はまったく普通の山道で、先ほどの非日常的な雰囲気はまったくありませんでした。

翌日は春の嵐。北海道は雪嵐で真っ白、栃木か千葉では白の竜巻、
沖縄石垣島では地震震度5と続きました。

これは関係あるかないかはわかりませんが、白のキーワードが...。
二匹の魚はキリストを思い起こしますね。

琵琶湖周辺には龍が封印されているスポットがいくつかあるようです。

これらが見せてくれる現象の背後にある情報をちゃんととらえていかねばと思います。

これからしばらく龍の探求は続きそうです。
意識の古層にある情報場、遺伝子あたりとも繋がっていくように思います。

人の意識が覚醒していくためにも、女性性の時代が始まるためにも、
龍の情報がオープンになっていく段階なんでしょうね。


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3月は、蛹から出てきた蝶が羽を伸ばして
飛び立つ準備をしているような、そんな月となります。

1月2月と着々と飛び立つ準備がなされてきました。
あと少しというところです。

これからの時代は、自分のやりたいことをやって、
好きに生きたい人に向いています。

想像力、創造性が活かされる時代になっていきます。
クリエイティビティですね。

生きることは、クリエイティビティを活かすこと。
生きること自体が創造であるべきです。


が、多くの人が反対の生き方をしています。

創造力を殺し、できるだけ自分を出さず、社会システムにマッチするように、
それが幸せで正しい生き方だと思い込まされています。

もうそろそろその洗脳がとけてくる時期です。

その洗脳がとけ、自分の生き方を模索してきた人は、
そろそろ羽を伸ばして飛び立つ時期にきています。

今月、来月、再来月あたりに次々に飛び立っていきそうです。


もし今、あなたが葛藤やストレスの中にいるとしたら、
潜在的にはその洗脳に染まっている自分に気づき、

そうでない本来の自分が生きたかったように生きたいと思いつつ、
そうなれていない自分を暗にもどかしく感じています。

表面上はそのストレスやイライラを他者や出来事のせいにして
自分は被害者のように思っています。

が、本心では、それは自分が抵抗できなかったから、
安全を求めてしまったからと知っていますので、葛藤します。

でも意識上では、そのカラクリに気づいていません。
自分は報われない、人生はなんて不公平だと思っています。

できるだけ早く、自分自身がそれを招いていることに気づきましょう。


「わかっているけど...」という人はわかってないです。
「わかっているつもり」です。フリをしています。

自分の否を認めたくありません。

でも現状を認めることから始まります。
認めて初めて手放せます。

手放せないと飛べません。

蛹になる前の姿に固執していたら、いい変態ができません。
きっと蛹のままで羽化しないでしょう。

蛹前の自分を捨ててこそ、次の段階に行けます。

古い自分、つまり思い通りにいってない自分、
社会システムに洗脳されている自分を手放すことができれば、
自由に自分の望む生き方を手に入れることができます。


3月はできるだけ自由に過ごしてください。

社会のルール、規範、常識、教育、道徳などに縛られず、
自由にノンルールで過ごしてみてください。
ただし、自己責任で。

人に迷惑をかけることや、取り返しのつかないことをすれば、
それは自分に返ってきますので、「自由に」というのは自己責任を伴います。

「わたしはこれをする。それをすることで起こることに対して全責任を担う」
というつもりで、自由に過ごしてみてください。


人によっては自由であるより、檻の中にいる方が安全で良いと思う人もいるでしょう。
それはそれで良いのです。自分にあった生き方で。

自分にマッチした生き方をすれば、ストレスがありません。


「自分はそうしたいけど、まわりが...」とか、「お金が...」というのであれば、
何かあなたの中に不具合があります。

それは他に責任転嫁してるだけなので、
そのような環境、状況を選んでしまっている自分を省みましょう。

自由になることに自己責任を持てる人は
今月からどんどんと羽ばたいていってください。

流れはそのようになっていますので、追い風が吹きます。


スピリチュアルな目覚めを得る人もいます。

以前より、声が聞こえたり、瞬時に何かを理解したり
ということが増えていきます。

ので、そういうことに興味のある人は
アンテナをそちら方向にも伸ばしておきましょう。


第六感や感覚的なセンサーを磨くのに良い月です。

現実的なことと、直感的世界が混ざり合っていきます。
非現実的、非日常的と思われることも増えていきます。

これは良い方向と悪い方向、両方に作用します。

奇跡と思えることも多くなりますし、
ありえないと思う悲惨な出来事も起こりやすくなります。


逢魔時(おうまがとき)・・・夕方の、昼と夜が入れ替わる頃が
一番、魔が入りやすいといいいます。

あの世とこの世の境目あたりにいるような感覚がこの3月です。

3月は超常現象や得体の知れない生物(妖怪、宇宙人、幽霊、小人、神獣など)にも
出会いやすくなる周波数に遭遇しやすいと思ってください。

それらは、ある周波数のエネルギーを見る人が、
トトロと思って見るか、ヌリカベと思うか、エイリアンと見るか、
という風に、見る側によって還元されます。

エネルギーは同じでも、見る側のエネルギーが
干渉した時に現れる像が違うということです。

どちらにしろ、これからは楽観的に自由に
考えられる人の方が人生、楽しめます。

いつの時代でもそうでしょうが、これからは理屈ではなくなっていくので、
「好き」「やりたい」で動いていく方が上手くいくようになるでしょう。

抑圧から解放されていってください。

では楽しい3月を。

「和音」2018.3.2


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